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52話

 御者から、もうすぐヨーツヤの町に付きます、と聞いた時は、正直感極まる思いがあった。


 いやぁ本当長かったわぁ。ユニコーンの時もまぁ結構なもんだとは思ったけどね。

 やっぱり一人と連れがいる場合とでは時間の感覚も数倍違うね。

 おまけに今回は普通の馬車だから、時間もより掛かったし。


 宿も何回止まったかなぁって感じだよ。

 まぁといっても誰とも話さずにいたってわけでもないけどね。


 何せこっちは見た目には女の一人旅だ。もう村に行く度にやたらと声を掛けられた。

 まぁその殆どは冒険者だったわけだけどね。

 

 今回はこっちもそれっぽい格好してるけどね、そのせいか同業者と思われる事も多かったわけで。

 仲間に誘われたり、頼んでもいないのにボディーガードをしてやるよ、とかまぁウザいウザい。


 とは言えこっちもまぁ相手の実力次第じゃ一発ぐらいしてやってもいいかなって思ったりもしたけどね。

 あたし正直やるリスクないし、寧ろ相手の腕が確かなら得るものの方が大きいしね。


 だけど駄目。一応あたしより強いなら付き合ってやるよ、とか言って腕試ししたんだけど、その誰もが全然大したことない。


 犬と馬鹿がどれだけ優れた腕を持ってたか、改めて実感したね。

 まぁ幸いあたしに声かけてきた奴らにはそこまで厄介なやつはいなくて、寧ろ妙に称えてきたりで、酒を奢ってくれたり、冒険者アルアルを聞かされたりもした。

 初心者は大概薬草採集に向かうとかそんなの。


 でもまぁそれはそれで、それなりの退屈しのぎにはなったかな。

 で、ついでにゴブリンの事も色々聞いてみたりもした。


 事前に犬からも聞いてたんだけど、ゴブリンは馬鹿の領地にはいない魔物らしくてね。

 だから実際ゴブリンのいる地方の冒険者にきけば色々聞けるかもと思ったんだけど。


 でも、どの冒険者に聞いても共通してるのは、ゴブリンは大した事がないって話。

 あたしよりも弱い野郎が、力瘤見せながら、四、五体なら俺でも楽勝とか言ったりしてね。


 でも妙だなと思ったのも、実際には誰もゴブリンを狩ったことがなかった事。

 あたしも見たからギルドに依頼書が貼られるんだろうなってのは判ってるんだけど、どうやらゴブリンを狩るのを専門にしてる奴らがいるんだとか。


 だから弱い弱い言ってても、話で聞いた内容からそう思ってるに過ぎないって事だったみたいだね。


 てか、自分でやったわけでもないのに、よくもまぁそこまで言えたもんだよ、とは思ったけどね。


 まぁそれはそれで……多くの村を通り過ぎようやくここまで辿り着いたってわけさね。





 ヨーツヤの町は周辺に多くの畑を抱えてるようで、町の町長は領主……まぁようはショタの事なんだけど、から更に細分化された領地の一つを任されてもいるらしい。

 爵位としては男爵にあたるようだね。


 で、そんな町だから、やっぱ入ってみると本当田舎っぽいのどかな雰囲気の漂う町だったね。

 まぁショタの暮らす街とかと比べたら駄目なんだろうけどね。


「ようこそいらっしゃいました。チヨダーク侯爵殿下より話は承っております」


 馬車から降りるなり出迎えてくれたのは、その男爵であり町長のおっさんだった。

 身体はまあ一見普通だけど腹はそれなりに出てて、まぁ良くも悪くも中年らしい体格だね。

 ただ、なんか髭が左右に飛び出る感じに伸びてて、本当こんな髭のやついるんだなってちょっと感動した。


「宿の方はご自由にお使いください。ゴブリンの件、私達も困り果てていたところです。なんとか宜しくお願いいたします」


 髭男爵はそう言って頭を下げてきたんだけど、なんだろう? ちょっと妙な感じもあるんだよなぁ。だから。


「あの、ところでゴブリンの被害というのはどの程度出ているのでしょうか?」


 気になったから聞いてみる。


「え? 被害ですか? いやまぁそうですね。それなりに……いやまだそこまで多くはないのですが、奴らは徒党を組むと手が付けられないですからな。その前になんとかお願い致します」


 そう言ってから、では私も仕事の方がありますので、とか言って去っていっちゃったよ。

 なんだろうね全く。


 まぁとは言え、空を見るともう薄暗い。少なくとも今日は宿屋に泊まるしかないかなっと。





◇◆◇

 

 髭男爵が自由に使っていいと言っていた宿はすぐに見つかった。

 まぁ町に一つしかないし、そんな広い土地でもないしね。


 建物は木造の二階建て。こっちの世界だと本当わりとどこにでも建っていそうな何の変哲もない宿屋だ。


 で、入るとカウンターにはカッパみたいな頭をした宿主が一人。

 そのカッパに事情を説明すると話はすんなり通って部屋の鍵を渡された。


 ただあたしはここで合流予定の騎士の事が気になったんで、ちょっと聞いてみようかなと、そのカッパに話しかけようと思ったんだけど。


「おい!」


 て、うん? これあたしに呼びかけてきてるかな?


 とりあえず振り返ってみる。そしたらあたしの後ろに立っていたのは、銀色の鎧に包まれた、まぁいかにも騎士って感じのみなりの奴なんだけど……うん、見覚えがあるね……。


「全く随分と遅かったな。一体何をぐずぐずしていたのだ愚か者が。貴様のおかげでこの私がどれだけ無駄な時間を過ごしたのか判っているのか?」


 …………あぁ。はいはい。成る程ね。こいつがそのあたしを見極めるっていう。

 

「どうした? 何をぼーっとしている? というか何だお前は? こういった場で挨拶すらまともに出来ないのか? 本当に程度が知れるな。おまえみたいのが神の使いなどと、勘違いも甚だしい」

 

 ……本当相変わらずだなこのBL野郎は。


「失礼致しました。お久しぶりでございますわね。でも、まさか貴方だったとは、少々驚いてしまいまして」


「驚いた? ふん。まぁそうだろうな。どうせ貴様の事だ。適当にやり過ごせばいいなどと甘い考えでも持っていたのだろう。ところが私のような誤魔化しの効かない相手が現れた事で内心焦っているのであろう? 当然だ! 私はハナっから貴様のことなど信用してないのだからな!」


 あ、やべ。自分でも顔がひきつってるの判るわ。てかこのBL。前にあった時より更に敵意剥き出しにしてきてないか? 

 なんだ? ショタにでもフラれたか? だとしてもあたしに八つ当たりすんのは勘弁してほしいってんだマジで。





 うるさいBLとの話はそこそこに、あたしは用意された部屋に向かった。

 てか遅い遅いって一応こっちは約束の日にしっかり来てやってんだっつの。

 けどそれをやんわりと言ったら、約束の日の前日に乗り込んでおくぐらい常識だろ! と、またクドクド言い始めるしな。

 てか男の癖にネチネチとしつこいのな。BLだからか?


 まぁ、で、部屋に入って荷物を置いて……と言っても大した量はなかったんだけどね。

 着替えとかぐらいかな。


 そして用意された部屋は……これも可もなく不可もなくといったところ。ただ衛生設備が整っているのは評価できるかもしれない。


 部屋の確認が終わった後はまた下に降りる。ちなみにいちいちBLが付いてくる。

 あたしを見極める試練はすでに始まってるだのなんだのいいながらね。

 マジうぜぇ。


「あの、食事はどこでとったらいいでしょうか?」


 BLが付いてきてるから言葉は選んで使うことにする。そしたらチラリとあたしをみたカッパが入り口の扉を指さした。


「そこを出て正面をまっすぐ歩いて行くと右側に酒場が見えてくる。みんなそこで飯もとってるよ」


 成る程ね。宿に食堂はついてないっぽいね。で、代わりに酒場で食事を提供してるって事か。

 

「あの……えっと……」

 

 あたしは一応このBLにも確認を取ろうと後ろを振り向いたんだけど……正直名前が思い出せない。あたしの中では只のBL野郎でしかないからねぇ。


「レイダンだ。なんだ貴様は? 出会った人物の名前すら覚えていないのか? よくそれで神の使いなどと曰われたものだな。貴様の低脳ぶりが早くも露見したぞ。言っておくが今の会話一つとっても、私のお前に対する評価は確実に下がっているからな」


 あ~なんだろ~この感情~。


「申し訳ありません。チヨダーク侯爵殿下からも只の一度しか貴方のお名前などお聞きしておらず。すっかり忘却の彼方へと飛び去ってしまっておりましたわ」


「ふん。言い訳とは見苦しいな。まぁ殿下が貴様程度に一度しか言わないのは当然だ。所詮貴様などはメルセルク伯爵のオマケでしかなかったわけだから、敢えてそこまで詳しく話す必要は無かったのだろう」


 あはは~む・か・つ・く。

 とは言えこんなところで無駄ないい合いしてても仕方ないしね。

 とりあえず腹ごしらえにいくか。

 で、まぁ一応は……。


「私、これから食事でもと思っておりますが、貴方はどうなされますか?」


「馬鹿かお前は? 私はお前の監視役として来ているんだ。だから行きたくなくても行く必要があるんだよ。そんな事ぐらいはこれまでの話の流れでわかりそうなものだろう? そこまで察しがわるいのか? 神の使いというのは随分とボケてらっしゃるのだな。あぁそれと付いて行くとはいっても、先にいったように仕方なくだ。本来は貴様と共に行動するなど、反吐が出るぐらい耐え難いことなのだからな」


 社交辞令で聞いただけだっつの! なんだこいつ? こっちの言ったことにいちいち反応して、やたら長い文量発言してきやがるな。

 これずっと続ける気か? 言ってるほうが疲れんだろ普通に。


 まぁいいや。とりあえず勝手に付いてくるといってんだから、あたしもそれ以上は何も言わず酒場に向かう。





 場所はすぐに判った。まぁそんなに大きくもない町だからね。

 ついでに酒瓶のデザインが施された看板も入り口に掛けてあったから一目瞭然だ。


 建物は三角屋根の木造平屋ってとこだね。

 もうすでに外は暗くなってるから中も薄暗く感じるけど、騒がしい声だけは外まで漏れてきている。


 扉はスイングタイプの物で、身体を押し付けるようにしてあたしは店内に入っていった。店に入った後、後ろから更にギィギィとドアの揺れる音が聞こえてきたから、まぁしっかりBLも付いてきてるんだろうね。


 で、店内は中々の盛況ぶりだ。木製の丸テーブルの殆どが客で埋まっている。

 その殆どは男で、中には冒険者らしい風貌の連中も多く見られた。


 正面にあるカウンターにはバーテンダーって感じの渋いおっさんが立っていて、更に奥の厨房でも誰かが作業しているようだった。

 他にはエプロン姿のウェイトレスっぽい子が立っている。髪はおさげで田舎娘って雰囲気はあるかな。

 

 まぁとりあえずあたしは空いてる席を見つけ、そこに座った。そしたら黙ったままBLもテーブルを挟んだ向こう側に座る。


 テーブルの上には、木彫のメニューが置いてあった。

 すると程なくしてウェイトレスが注文を聞きに来たので、メニューを見ながら適当に頼んで。


「貴方はどうされますか?」


 まぁ一応聞いてみる。けど、特に返事もせず、直接おさげの子に頼みやがった。感じ悪いなこいつ。


 で、注文が終わってウェイトレスが引っ込むと、BLが睨みつけるような目でこっちをみてくる。


「注文などはこっちで勝手に取る。勘違いしてるようだが私はお前と馴れ合うつもりなどない。もし少しでも好意をもたせて評価を上げたいなど考えているようなら無駄な事だ。判ったら気安く話しかけるな。飯がまずくなる」


 そこまで言うならお前も少しは黙れよって話だ。いちいち糞長い台詞を連々と並べるなっての。


 ……まぁいいか。考えるだけ馬鹿らしい。てかこれでこいつイザとなったら協力する気あんのかね? まぁそのイザは無い方がいいんだけどね。


「お待たせいたしました~」


 ウェイトレスが頼んだ料理をテーブルに並べていくので、あたしは目の前のBLは無視して黙々と口に運んでいく。

 BLもあたしから何も言わなきゃ黙ってるしね。


 まぁ後は適当に飯を食って、宿に戻ってって感じかな。こいつも部屋まではついてこないみたいだし――


「よぉ。随分と綺麗なネェちゃんじゃねぇか。どうだ? よかったらそんなもやしは放っておいて、俺達と遊ばないかい?」


 ……ハイハイそう来るのねっと。

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