28話
「お嬢――いやマリヤ様は、冒険者ギルドの事をどの程度知ってるのかな?」
お嬢ちゃんとでも言いたかったのかな。別にあたしはそれでも問題はないけど、ショタの連れとしてきてるから、無駄に気を使ってる感じか。
でも普段丁寧な話し方には慣れてないんだろうな。無理してる感じが有り有りと出てるよ。
で、質問については、どこまでと言われてもなぁ。物語として見たり読んだりといった記憶はまぁまぁあるけど、それを言っても仕方ないだろうし、とりあえず犬から得た知識で語っておくか。
「冒険者が集まる場所で、色々な依頼を請けられる――という事ぐらいでしょうか……不勉強でお恥ずかしいのですが」
顎に指添えて、視線を下に向け、ちょっとは考える仕草を見せた後、あたしは応えた。
そしたら、
「いやいや」
とブルドックが太い腕を胸の前で交差させて言う。
「それだけ判ってれば十分ですよ。いや素晴らしい!」
今度は組んだ状態からぶわっと左右に腕を広げて、本当大げさなリアクションだな。だから逆に馬鹿にされてる気分になるっつの。
「まぁ更に補足するなら、ここはそういった依頼人と冒険者を繋ぐ場であり、また彼ら冒険者の情報などを管理するところでもあります」
人差し指を立てて得々と話しだしたな。更に続くブルドックの話だと、このギルドだけでも登録者数は千人を超すんだと。
と言われても多いのか少ないのか判らないんだけどね。ただこの街だけでなく領内の各所にギルドはあるらしいね。
「ちなみに依頼に関してはそちらのボードに貼られている中から、各人が選んで請け負うという形になってます」
そう言ってブルドックがボードを指さした。まぁそれぐらいはなんとなく予想は付いたけどね。
まぁ、ショタも見てみるかい? と言ってボードの方に向かったからあたしも一緒になって見てみる。
ボードの前では数人の冒険者が依頼内容に目を通してたけど、ショタが近づいたら一気に散ったな。
ショタは、
「気にしないで見ててくれたまえ」
とか言ってるけど、やっぱ気にするんだろう。
仕事場に突然社長がやってきた! みたいな雰囲気だな。妙に気を使うし相手からしたら迷惑な事この上ないと思うよ。
で、とりあえずあたしも目を通してみる。依頼内容はまぁ犬が言ってたように、護衛なんかが目立つな。
「こういった護衛系の依頼は、商人から出される事が多いのだが、狩猟に向かう貴族の護衛だったりすることもあるな」
ショタは顎を擦りながらあたしに説明を続けてくる。まぁとりあえず聞く事に徹するかな。こういう時はあまり口を挟まないほうがいいし。
「ただ勿論依頼するのが貴族や商人ばかりと言うこともない。たとえばこれだ、田畑の見張りの依頼。これは農作物の実る時期を狙ってやってくる害獣から田畑を守るのが仕事で、依頼主も農民だ。他にも薬の材料になる植物の採取やまぁ例えば飼い猫の捜索や大小様々な依頼がある」
そこまでいってあたしに顔を向けてきて。
「こういった依頼は身分などに関係なく誰でも行うことも出来るのが特徴とも言えるかな:
笑いながらそう言ってきた。
「まぁ、と言っても、あまり報酬が安かったりだと冒険者連中が請けない事もあるんだけどね。ただ大体の基準見たいのは儲けてて、そこまで馬鹿高いわけでもないから、皆けっこう気楽に依頼してくるよ」
ブルドックもにこやかな表情で説明を付け加えてきた。
なのでこっちも、便利が良さそうですね、とかいって適当に返しといた。
「ウチはできるだけ達成率が上がるよう、紹介も積極的にするからね。だから依頼が手付かずで残るってこともないのが自慢だよ」
そうなのですね、とこれも笑顔で返しておく。
「しかしチヨダ-ク侯爵殿下がギルドを増やされたおかげで、商人たちも旅をしやすくなったと喜んでおりますよ。ギルド一つあるだけで、人々の負担も減ることに繋がりますしな」
ブルドックがそう言って、ガハハと大口を開けて笑い出した。
成る程ね、色々話してはくれたけど最後にブルドックが言ったのが、あたしに知ってほしい部分なのかもね。
まぁ個人的にそれで? て気もしないでもないけど。
ただこの冒険者ギルドってのはアレだね、要は派遣の会社に勤めるみたいなもんってとこなんだろう。
まぁ猫探しとか……何だこれ? 身辺調査? こんなのまであると探偵っぽくもあるけどね。
と、うん? 何だこれ?
「ゴブ、リ、ン?」
あたしの頭に疑問符が浮かんだ。なんか聞いたことある名前だけど。それの退治ってのが依頼。
ふとショタの手が伸びた。あたしが注目した依頼書を掴み取りたぐり寄せる。
「ゴブリンがいたのか」
依頼書に目を向けたままショタがいう。口調から問いかけてるって感じかな。
「あ、はい。そうなんですよ。まぁそれはいま張り出したばかりですが、すぐに請ける者は現れると思いますけどね」
ショタへの応えはブルドックが返した。それを聞いてショタは手にしていた依頼書を元の位置に貼り直す。
それにしてもゴブリンってなんだっけなぁ。あぁこういう思い出せそうで思い出せないって気持ち悪いんだよね。
「あの。ゴブリンというと――?」
わからないなら聞くのが手っ取り早いからね。あたしはひそめた声で、ショタに聞いた。
「あぁ。そういえばあいつの領地にはいないのだったな。ゴブリンというのは時折姿を表して人間たちに危害を加える魔物の事なのだよ」
その言葉でやっと思い出した。そういえばオタゲーやオタラノなんかで見た気がする。あたしのイメージでは背が低くて鼻の長い小悪党ってとこだ。
「ゴブリンは、手練の冒険者なら特に問題としないセコい奴らなんだけどね」
そう言ってブルドックが顔を歪めた。表情からみるにあたしの世界でいう害虫を思い起こしてるような、そんな感じだね。
「とは言えゴブリンは一匹一匹は大した事ないが集団でいる事が多いからな。農民なんかにとっては脅威でもある。だからこそギルドが役に立つとも言えるがね」
ショタもここは真面目な顔で話してきたな。まぁこっちを向くときにはすぐ表情を緩めてきたけど。
「魔物ですか――確かにそれは怖そうですね」
あたしはちょっとだけ表情を曇らせながら、か弱い乙女を演じてみる。
「まぁマリヤ様のようなお美しい方なら例えゴブリンが現れても無報酬で助けてやる! て冒険者が多いと思いますよ」
よくもまぁこの顔でそんな台詞がはけるな。
「私などがそんな……でも嬉しいです。ありがとう」
心のなかでキモ! と思っても外面は良くしておかないとねぇ~。
「でも私、冒険者ギルドには何か少し興味がわきました。ここは誰でも依頼を請けることが可能なんですか? 例えば私等でも?」
ブルドックを振り向いて何となく聞いてみる。もしかしたらいい暇つぶしになるかもしれないし。
「貴方のような御方が興味を示すとは! いや中々珍しいことですな」
意外って感じに目を丸くしてるね。まぁ仮にも貴族の側室って立場だからかね。
「いやいやマリヤは好奇心旺盛だな。とは言え残念ながらギルドには登録が必要でね。条件として先ずは、生活を営む領地内での冒険者ギルドへの登録が義務付けられているんだ」
つまりあたしの場合は馬鹿の治める領地で登録しないといけないってことか。て、そもそも馬鹿の領地にはギルドがないじゃんって話だね。めんどいな。
「一度登録さえしてしまえば、管理は王国なので、後は自由がきくんだけどね」
笑いながらブルドックが補足してくれた。
ようはとりあえず住んでる領地内で登録さえしてしまえば、あとはどこのギルドに行っても依頼は請けれるって事みたいだね。
「そうですか。残念ですわ」
ここはまぁ軽い感じに言葉を返しておいた。
と、そこでショタが何かに気づいたように上目を向いて。
「おっといかんいかん。長居はしないといいつつ、結構経ってしまったな。昼食が遅くなってしまう」
で、あたしに顔を向けて、済まなかったな、と謝ってきたけどね。
「いえ。色々タメになりましたし、楽しかったですわ」
微笑んでそう返しておく。
「それは良かった」
その後ショタは、
「それではこれで失礼するよ」
とブルドックに言った。
それを聞いたブルドックは、畏まった感じに腰を低くして、
「宜しければまた気軽にお立ち寄りください」
と言葉を返した。その時また髪の毛が数本抜けてった。こいつ、その内きっと完全にはげんな。
まぁ、てわけで、とりあえずあたしもカウンターのブルドックと女にむけて頭を下げて、ショタとギルドを出て馬車に乗り込む。
これで漸く昼食って感じだね。
◇◆◇
ショタの案内で向かった店は、中々洒落た外観をしていた。三角屋根のミニ神殿て感じのデザインだ。
店の中に入ると中々開放感のある造りだった。ゆったりと食事やお茶を楽しめそうだね。
店員は窓際の席にあたしとショタを案内してくれた。護衛は随分離れた位置に席を取ったようだね。
直前にショタが彼らになんか耳打ちしてたから、席の配置はショタが決めたのかもしれない。
料理はショタに任せることにした。あたしがアレコレと注文するよりは、ソッチの方が淑やかに見えるかもしれないしね。
ショタが注文をしてからは、まぁ何気ない話を少しする。
料理の前に店員が紅茶入りのポットとティーカップを運んできたから、それをショタに注いでやった。
ありがとう、と軽い笑みを浮かべてお礼を言われた後は、紅茶を飲みながらも、適当に笑ったりしながら、まぁ会話してたんだけどね。
そしたら話の途中で、ショタがさっきのギルドの事を聞いてきた。
「どうだったかな? ギルドをみてみて?」
と言われてもな。なんて返したらいいんだか。
「依頼の仕組みなどよく考えられてると思いましたわ。人々のお役にも立ってるようですし」
あたしの回答に、ショタは、うむ、と瞼を閉じて紅茶を一口啜る。
そしてゆっくりとカップを皿の上に置いた。カタンッ――と小さな音が耳に響く。
そこから流れるように、やっぱりどこか幼い感じの両肘をテーブルに乗せる。
そしてニコニコとした笑みはそのままにショタが口を開いた。
「実はマリヤに一つお願いしたい事があるんだけど聞いてくれるかな?」
ショタは疑問符付きで言ってきたけど。
う~ん、これはまぁ聞いてくれって話なんだろうねぇ。一体何を言ってくるんだか――。




