18話
巨大猪を引きずった馬車は、河原を出てわりとすぐに村に着いた。
今日は昨日と比べても随分早くに宿に付いた気がするな。感覚的には昼過ぎの二時か三時って感じだ。
ここは昨日の宿場よりは村と言ってるだけにちょっとは大きい。と言っても村である事には代わりはないんで、見た感じは普通に田舎だ。
木造の平屋が多くて畑も多い。ただ野菜だけを育てているって事じゃなくて、畜産もさかんなようだね。鶏の鳴き声が聞こえるよ。ってアレコケッチョウじゃん! 飼われてんだなあれ。
「どうやら食べ物の心配はあまり無さそうでしたね」
犬が笑みを浮かべて言うけど、まぁここには猪はいないだろう。生前の世界ではボタン肉として食われてたけど、あたしは食べた事なかったしちょっと興味がある。
それに肉の種類が多いことにこしたことはないしね。
今回は一旦馬車を宿の前に横付けした。理由は勿論、荷物が色々あるからだ。とくに後ろで括りつけているコレはでかい。
「あんれまぁ、こんなお土産もって泊まりに来た人はじめてみたわぁ」
独特な喋り方をするおばさんがあたし達を出迎えてくれた。あの巨大猪は犬が背中に担いでいる。ほんとパネェな犬!
とりあえず、馬鹿が代表して皆の名を帳簿に記入した。前の宿場ではなかったけど、ここはわりとしっかりしてるんだな。
そういえばちょっと内装も綺麗かもしれない。部屋の数も多いようだ。
もしかして風呂ぐらいあったかもな。だとしたら水浴びする必要なかったかなぁ。
で、試しに犬に、風呂ある? と聞いたら宿主に聞いてくれたけどね。
「そんな大層なものあるわけないっしょ~~」
口調がムカつく! イラつく! てか、いいから温泉ほれ! ボーリングしろ!
「ときに、このマウンテンボアを料理して貰うことは可能かな?」
馬鹿がババァに聞いた。それ結構大事な事だね。馬鹿にしてはナイス。
「まぁやれっていわれたらやんけどねぇ。ちょっとあんた~~」
ババァが呼んだら奥から油ギッシュな親父が出てきた。キモ! 何これ旦那? センス悪!
「これ今日料理できるんかって聞いてっけど、いけっかい?」
「あん? まぁ出来ないことはねぇけんど。精々焼いたり煮たりってとこやどぉ。そっちの綺麗な嬢ちゃん達ならぁ、美味しく料理すっけどなぁ」
何行ってんだコイツ。キモ! てかもうスラパイとマセコの目がすごい。嫌悪感通り越して憎々しげって感じだ。
「全くあんたはしょうもないことばっか言ってぇ。ほんと駄目で馬鹿でしょうもないんだからぁ」
バカ夫婦が指で頬を突っついて、コイツぅって感じのやり取りみせつけてっと。
ヤバイ。取り敢えず何かぶつけたい。
「マリヤ様の許可が出れば私めが殴りますわ」
こわ! 意外とスラパイこわ! てか察しがいいな。でもやめとけ。
てか、そもそもこいつらフレンドリーって言えば聞こえはいいけど、侯爵ってのの客人を相手にするには失礼すぎねぇか? あたしが言うのも何だけど。
で、なんとなく犬に囁くように聞いてみたら、馬鹿の願いもあって、詳しい身分は明かさないようにしてるらしい。
成る程ね。でもユニコーンってのがいるんだから気づけや! そして馬鹿も余計な事言わないで、畏まらせとけばいいんだっつの。
だから油親父とかお気楽ババァが調子のんだよ。
「で、どうすんだいこれぇ? 切ってから焼っかぁ?」
「そうだな。それじゃあ――」
「少々お待ちください」
あたしはとりあえず待ったを掛ける。いや、なんかこの油親父に頼んでたら、正直ろくな物が出てこねぇ気がしてならねぇって。
折角こっちも色々とってきてんだしね。無駄にしたくない。
「宜しければ私の方で調理場をお借りして宜しいでしょうか? あと出来れば道具など使えそうなのがないか拝見出来ると嬉しいのですが……」
「あん? あんた料理すっの? どっちかというと料理されちゃうほうが得意そうにみえっけど。がはははははははっは!」
「アレックス私の剣を用意してまいれ」
「私めには弓を」
「では私にも大剣を」
「ユニコーンの角でぶっさしてもらいますか?」
と折角其々の気持ちが一つになったのに、お、落ち着いて下さいここは堪えて、とか犬がいうから、とりあえずたたっ斬るのだけはやめておいた。てかスラパイ弓使えんのか、初耳だな。
あと密かにマセコ過激だな、処女なのに。
しかしこの油ギッシュムカつくな。
よりによって料理される方とか抜かしやがって。
あたしは常に料理する方なんだよ。なめんな!
たくっ、コイツのこの油絞り出して肉焼くのに使ってやろうか。いや止めとこ。食う気なくなる。
「ほんと馬鹿な旦那っでぇ。しっずれいなことば言うて、ごっめんねぇ。お詫びにここにあるもんなら好きにしてもらってえぇがら~」
◇◆◇
とりあえず荷物を部屋に運んで、材料も厨房に持っていった。勿論全部犬がやったわけだけどね。
ユニコーンの馬車に関しては昨日と同じで村の馬房に預けとくそうだ。まぁそっちはまかせて、その後は、折角あぁ言ってくれたから遠慮無く色々物色する事にした。マジで遠慮しない。
だけどロクなもんがねぇな。厨房を見てると材料だけは野菜とかキノコとか肉切ったのとか見つけたけど、調味料がほとんどねぇ。塩ぐらいはあったけどそんなに多くないし。犬の話だと結構貴重らしい。
なめんな! 工場作れ! 大量生産しろ!
一応胡椒も探したけどないな。やっぱ高級品らしい。全くかってが違うなしかし。そして当然だが醤油も味噌もない。
「本気で料理をされるおつもりですか?」
犬がなんか眉を落として聞いてきた。なんだその顔! たく料理も出来ない女だと思ってたんかね? 確かにあまりすすんではやんねぇけど、男言いなりにするのに役立つスキルは持ちあわせてんだっつの。
「てか犬。お前そういえば水浴びの時助けないで覗き見してたろ?」
犬、大量に汗拭き出してんな。そういえばこいつあたしの正体教えたあん時も覗き見してたな。時代が時代なら捕まんぞこら!
「あんた後で罰としてムチ打ちね」
「え?」
て! なんで嬉しそうなんだよてめぇ! それじゃあ罰になんねぇだろうが!
「やっぱ今のなし。暫くヤルの禁止で」
て、うわっ、めっちゃ悲しそうな顔してるし。眉が谷ぐらい落ちてんぞ! どんだけヤリてぇんだよ!
「うぅ、只でさえ今は我慢しなければいけないのに」
拳握りしめて、悔しそうに泣き始めたな。めっちゃ渋い泣きかただけど、理由がヤレないからだからな。なんだこの騎士。
ちなみにこの旅の途中では犬とはヤってない。というかこいつとの関係をあの馬鹿とかはしらない。あたしは気にしてないんだけど、犬が言わないでくれって懇願してきたからね。まぁ専属騎士の立場とか色々あんだろ。
「判ったよ。だったらチャンスやるからちょっと協力しろ。使えるもん探す」
あたしがそう告げたら、一気に表情を明るくさせて、ワン!、て吠えてきた。あたしが言うのも何だけどお前それでいいのか?
厨房にはほんと使えるのがないから、物置みたいなのがあるって聞いてそこに向かった。
なんか散らかってんな。見た目からしてそんな気はしたけど確実にズボラだなあの夫婦。
で、まぁ色々探してたら下の方に面白そうなの見つけた。こういう時丈の長いスカートは面倒だな。一応簡単なドレス着てんだけどね。
この世界にやってきた当初の服が懐かしい。
盗賊とのファックでドロッドロになったせいで脱いだまま置いて来ちゃったんだよね。勿体無かったかな。
まぁ仕方ないから裾を上げて屈んで……てなんか後ろで息を荒くしてんな。おい犬! こんなとこで盛んな!
で、引っ張りだしてはみたけど、これはなんだろな? 犬に聞いてみる。
「これはバックラーですな。戦で使われていた丸型の盾です」
あぁそういえば内側に持ち手が付いてんな。でも……。
「これってどうみても陶器ぽくない? こんなの盾にしたらすぐ壊れるんじゃないの?」
「いえ。確かにそれは土を練って作られたものですが、この地方の一部の土は焼いて固めると耐久性が増すものがあるのです。それもその一種かと」
なるほどね。あたしの世界では知らないタイプだけど、異世界ならそんなのもありなのか。でも深さとか考えると……これは使い道がありそうだな。
でもこれだけだとちょっとな。他にもなんか使えそうなのないかなって物色してたら、なんだこれ? バケツ? 円筒形で鉄製っぽいんだけど。
「グレートヘルムですな。いわゆる兜です」
あぁそう言われると覗き穴みたいの付いてるわ。ちなみにこれは鉄板を加工して作られてるみたいだけど……これは中々使えそうだ。
「ねぇ犬。これの穴上手く塞げない?」
「こちらをですか? う~んそうですな……」
犬はそのバケツみたいな兜を叩いたり眺めたりしながら一考して、いけそうですな。やってみましょう、と応えてくれた。
ナイス犬! この辺の万能さは流石だな。
あたしはついでに、火をくべるのに使ってる木材の加工も頼んだ。ペンとかないから地面に指で書いて説明すると納得してくれた。
で、厨房に戻ると、スラパイがやってきて何か手伝うことありませんか? と聞いてきたから、野菜とか切ってもらう事にした。そこにマセコも加わって、厨房にあった肉の処理とかもお願いする。
「うふふん。マリヤさ、マリヤと一緒に料理が出来るなんて幸せ~」
鼻歌交じりに手伝ってくれんのはいいけど、あんまりびっつくなって! 流石にマセコも変な顔してんだろ!
「マリヤ様。お待たせいたしました」
「マリヤ。私も何か手伝えることあるかな?」
犬と馬鹿が同時にやってきた。で、犬の処理してくれた兜は完璧だった。木材の加工もイメージした通りにできてるし、こいつ騎士より鍛冶とかやったほうが向いてんじゃねぇの?
で、馬鹿には近くの井戸から水を汲んでくるように頼んだ。犬には厨房に入ってもらって、あのでかい猪の解体をやってもらう。
あたしは皆に気づかれないよう、膣から魚やらウナ蛇やらを出してそれの処理に入った。
包丁というものはないみたいで、コッチの世界の人間は代わりにナイフを使ってるみたいだな。ちょっと戸惑ったけど、まぁ慣れたらそんなに難しくはない。
で、アレックスは愛用の大剣で豪快に処理してやがる。すげぇな、マグロの解体ショーなんかよりずっと迫力がある。
あたしはあたしで魚を下ろしていくんだけど、ウナ蛇の処理にはちょい苦労した。
てか魚にしろウナ蛇にしろ、まだ生きてたのにびっくりだ。あたしの中は一体どうなってんだって感じだ。
けどまぁこっちはウナギとあんま変わんないし、鉄の串もあったから目打ちして皮を剥いでっと。流石に膣はともかくあんなとこに入ったものだから丹念に洗うのも忘れない。
ちなみに犬の話だと毒はないらしいけど、一応血とかもしっかり落としてっと。
いやぁまさか前に付き合った鰻屋の男から教わった技術が役立つとは思わんかったわ。
そういえばウナギみたいに、ひょろ長かったなあいつ。
まぁこのウナ蛇のほうが相当に立派だけど。
と、そうこうしてる内に馬鹿が水を汲んでもってきた。ちなみにあの兜に入れてもらった。犬がうまいこと叩いて穴を塞いでくれたから漏れることはない。
で、それを竈に乗っけて火を起こす。犬の方も上手く肉と骨を分けてくれたから、部位を適当に選んでその骨と一緒に肉、野菜、キノコ類、魚、ウナ蛇なんかを煮込んでいく。
「ところでマリヤ様。これは何をなさってるのですかな?」
「出汁を取ってますのよ」
すると犬が不思議そうな顔で、出汁? と問い返してきた。よく聞くと出汁の概念はこっちの世界にはないようだ。
呼び名が違うとかじゃなくそういった風習がない。だから骨を煮こむなんてのも初めてみたそうだ。
マジかよ! どうりで屋敷の料理も味が単調だと思った。
てか、今回はあたし自らやったけど、こんなんめんどいから今後は犬にやるようそっと命じる。それで罰の件はまぁ勘弁してやることにした。
しかしなぁ、やっぱなんか調味料が足りないよなぁ。いいのがあればいいんだけどなぁって、考えてたらスラパイが使えそうなのがありますって部屋から私物をもってきた。
スラパイが持ってきたそれは、なんか瓶みたいのに入っていて色は黄金色、やたらドロッとしててヌメリもあるんだけど――
「ちょっと前に行商から買った物ですわ。塗って楽しめる油みたいなものとのことですが、食用としても使えると……」
それってローションじゃねぇか! 一体これでどう楽しむ気だったんだよ! てか食用って……あぁでも舐めてみると甘いな。隠し味としてはいいかもしんない。
よし! じゃあこれもちょっと入れて更に煮込んでっと。うんいい感じの味になってきたなっと。
そんな感じでやってたら何時の間にかいい時間になっていた。まぁ夕食には調度良い時間だろうねっと――




