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シャナと花のバラッド  作者: 藤和葵
第一章・彼方にて
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05.篠突く雨

 

 白いブラウスのセーラー服。赤いスカーフ。波打つ紺色のプリーツのスカート。これぞまさに定番の女子高生という格好を姿見で確認して、雛菊はくるりと一回転してみせる。


「この制服も暫く見納めかなぁ」


 シャナが雛菊を誤ってラキーアに呼んで一五日目。

 制服は勿論こまめに洗濯をしてはシャナの服を併用して着回していた。幸いこの世界にはアイロンらしき物もあったので、身嗜みは十分整えられた。


「サラムのこて。精霊サラマンダーのご加護が宿り、電気を使わずに熱を発するなんとも省エネな商品。お値段はなんと二九八〇シータ」


 通信販売アナウンスを真似て雛菊はアイロンーーに近しいを戸棚にしまう。

 驚いたことに、ラキーアにも元の世界に似た文明の利器が存在する。大きく異なるのは通常は電気を使う道具が、ここでは精霊の加護を道具に留めて活用するのだ。

 発明はシャナと同じ精霊師が貢献しているらしいのだが、シャナ曰く、彼自身の管轄外らしい。同じ精霊師でも能力の使いどころは分かれるようだ。

 そのほか、冷蔵庫に似ているがそれよりもふた回りは小さいダイアン蔵というものもある。これは風の精霊シルフのご加護が宿っているらしく、空気の温度を低温にとどめ食物を冷蔵貯蔵が可能だ。冷凍機能付きがないのが雛菊から言わせれば物足りない点ではあるが、シャナのプリンを美味しく仕上げる工程に重宝している。

 とりあえず、かような道具のお陰で雛菊の異世界生活はそれほど不便を強いられることはなかった。

 不便はない。が、不満はある。

 着るものの数が圧倒的に足りないのだ。シャナの住まいは生活水準は彼曰く富裕層並みに一式は揃えているらしい。鏝や蔵は平民レベルではなかなか手の届かない贅沢品なのだ。

 なぜ、生活能力のないシャナがそんな家庭道具を取り揃えているのかが疑問ではあったが、今の家を買う際に予算を上乗せし生活道具一式を任せたら不動産屋がこのようにあつらえてくれたのだと教えてもらった。不動産屋の立場になったらシャナはさぞ上客であっただろう。

 それはさておき、問題の衣服である。さすがに不動産屋は少女用のドレスまでは揃えてはくれていないので、雛菊はこれから自分用の衣装を買いに町に出る予定だ。だからセーラー服も今日が着納めなので改めて眺めてしまうのだ。

 本当は慣れたこの制服も併用していたかったのだが、シャナが逃亡者の身だと知って目立つ制服はもう着れなくなったのだ。


「まだ入学したてだったのになぁ」


 早くもタンスの肥しになりそうなセーラー服をしげしげと見つめ、雛菊は至極残念そうに制服の上からマントを羽織った。




 * * * * *


「シャナ、私、これから買い物に行って来るね。プリンはダイアン蔵に入ってるから自分で皿に取って食べること。お茶もお湯を淹れたらすぐ出来るようになってるから自分で作ること。それからーー……」

「分かった分かった。そんなに口煩くしないで早く行きなよ。まったく、君は僕を子供扱いしてやいないかい?」


 ソファーで寝転がりながら優雅にだらけて本を読んでいたシャナは、顔を顰めて雛菊に手を振って追い払う。


「子供扱いもなにも子供でしょう。自分でお茶すら淹れない人はどんなに悪名高くても大人扱いは出来ません。もう、じゃあね。夕方までには帰って来るから」

「はいはい。何処へでも行っておいで」


 シャナの素っ気ない態度に雛菊は害をなしたか、扉を閉める音はいつもより些か乱暴だった。


「……悪名高い、かぁ」


 ソファーから体を起こし、シャナは新しい本に手を延ばす。

 自身が追われている身で、悪名高い者だとは軽く雛菊には教えた。けれどシャナが何を犯したか知らないからか、雛菊は以前と変わらない態度で、相変わらずお節介を焼きながら接して来る。

 そのことに何処かほっとしている自分に気づき、もし己が犯した罪を知られたらどう思われるか考えて苦い気持ちになる。


「……あいつ、今頃どうしてるかな……」


 独白。けれど誰もその言葉を聞く者はいない。

 二冊目の本を手に、シャナが再びソファーに寝転がろうとすると、ふと、空気の匂いが変わったのに気付いた。

 空気の入れ替えと言って、雛菊が開け放していた窓から風が吹き込む。少し、湿り気を帯びた風。


「この分だと降るのは夕方かな……」


 湿気に弱い本のために窓を閉じ、改めて本を読もうとする。けれどどうにも落ち着かない。


「傘、持って行って……ないよね」


 玄関脇のコート掛けに掛かっている傘を見て、シャナは溜息をつく。

 小さくて、携帯に便利という“折り畳み傘”とやらも不携帯ではなんの意味もない。


「濡れて帰ってこればいいんだ」


 一体誰が町まで行って雛菊に傘を届けるというのだろう。

 追っ手のいる、頭に超がつくくらい出無精の自分が? まさか。

 心の声をシャナは鼻で笑って打ち消す。

 でも、もし雨に濡れて風邪でも引かれて寝込まれたらプリンは誰が作るんだ?

 考えて、悩む。

 雛菊が作ってくれたプリンというデザートは、初めて味わう食感で、口溶け優しくなんとも癖になるものだった。甘味は元々好きで、雛菊も色々な味のプリンを作ってくれるのでこれを毎日口にしないと物足りないほどに病みつきになっている。

 もしこれで雛菊に寝込まれでもしたら、その間はきっとプリン作りなど望んではいられない。あんな美味しいものを食べられなくなるのは嫌だ。


「……仕方ない」


 シャナは今日一番の重たい溜息をついて、腰を上げるのである。




 * * * * *


「う、わー」


 シャナの家を出て森を歩くこと約三十分。雛菊は聳える町の門を前に、口まで開けて大きく見上げた。

 以前の町も大きかったが此処も負けじと立派な町である。

 港に面しているからか磯臭く、ゴンドラいっぱいに獲物を積んで町の中を渡る運河で駆け巡っているからか、何処か魚臭くもある。しかし不快には思わなかった。町の活気がそうさせるのだろうか。

 人ごみ嫌いのシャナが近くに住む町とし選ぶには賑やか過ぎるという印象は前回も抱いたが、雛菊の予想が正しければ、この町の本屋はきっとシャナ好みの店なのだろう。

 なんといったって彼は末期と言えるぐらいに本の虫に取り憑かれているからだ。取り憑かれ過ぎて、雛菊の学校の教科書にまで手を出して今では日本語の平仮名・片仮名の読み書きをマスターしてしまった。勉強熱心にも程がある。


「私も子供用の学習帳でも買って勉強しよっかなぁ」


 建ち並ぶ看板の文字だけでは、なんの店だか判別が付かない雛菊は肩を竦めて一人ごちた。

 賑やかなのはいいけれど、目的の服屋がまだ見付からないのだ。

 目的地までなかなか辿り着けずとも、道順を覚えながら散策してると思えば何の苦にも感じないのであまり問題はないのだが。

 石畳の道を歩く。脇には運河。魚を積んだゴンドラが運河を渡り、商人が声を張って魚を売る。色違いで幌を被ったゴンドラは水上に止まり、屋台のように店を構えている。


「異世界版ヴェネチアかな?」


 つい屋台で買ってしまったクレープのようなお菓子を食べながら、雛菊はぶらぶらと町を歩いた。

 皮のローファーの踵が鳴る。雛菊が通ると少なからず何人かが振り返る。やはりどうしても雛菊の格好が目立つらしい。


「早く服屋さん見付けなきゃまずいかも」


 雛菊自身が追われてはいなくとも、悪目立ちするのは居心地が悪い。シャナの身の為にも、町に出る雛菊も相応に溶け込むというのが筋であろう。

 だからその為の服探しなのだがーー……。


「見付からないなぁ」


 運河沿いを歩けどもそれらしき店は見付からない。散策がてらの探索だったのと、あまり目立たないようにと人に道を尋ねるのを避けていたがそうもいかないようだ。

 聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥。

 日本には素晴らしい諺があるなあとしみじみ、雛菊は声の掛け易そうな果物売りの中年女性を見付けた。


「すみません。普段着を売ってるようなお店を探してるんですけど、何処にありますか?」


 声を掛けられた女性は、雛菊の格好を見て一瞬何者かと目を丸くしたようだが、そこは商売人。すぐさま笑顔を浮かべ、節の目立つの細い指を右の方へと指した。


「服屋なら隣のブロックの広場にいいのがあるんだが、そこの小道を抜けると近道だよ。なんだい、今日は服の買い物で果物は買ってくれないの?」

「ゴメンナサイ。でも、暫くはこっちに住むと思うのでいずれお世話になりますよ」

「ちぇっ。なんだい」


 子供っぽく不貞腐れる女性に、笑みを浮かべると“ご贔屓に”と商売っ気たっぷりの豪快な笑顔を貰った。


「それにしても変わった服のお嬢さんだこと。外海の島から来たのかい?」

「はい、言っても分からないくらい凄く遠い場所から来たばかりなんです」


 女性の質問に、適当に相槌を打って誤魔化し、雛菊は軽く礼を述べる。


「あ、それとお嬢さん一つ注意」


 雛菊が町の奥に行こうとすると、女性は声を上げて呼び止める。


「若い内に派手にするのもいいけど、嫁入り前なんだからあまり素足を晒すもんじゃないよ。アンタ可愛いし、変な男にちょっかい出されたら大変だからね。あたしももう二十年若けりゃ足くらい出してたかもしんないけどさ」

「足出て目立つから、これから服を買うんですよ」

「そりゃそうかい」


 わざとらしく唇を尖らせる雛菊に、女将は更に豪快に笑い飛ばした。


「アンタ面白い子だね。これ、サービスでやるよ。水蜜たっぷりのペシェ」


 一つ手渡しされた、産毛の生えた鮮やかな朱色の果物。仄かに香る甘そうな匂いは桃に似ている。


「ありがとうございます」

「なあに、お近付きの印さ。今度はうちの客としておいで」


 少し艶っぽく微笑を浮かべる女将に頭を下げ、雛菊はペシェの香りを堪能しながら町の奥へと進んだ。

 果物売りの女将に教えられた通り、雛菊は水路がある表通りから裏通りへと入る。暫く進んでいると、ドレスの絵が入った立て看板と矢印があったので方向には間違いないと確信を持って歩く。

 しかし何故だろう。何かがおかしい気がした。

 道は間違っていない筈なのに、雛菊の胸に妙な不安が突き刺さる。

 建物と建物の間の小道で、影が射して暗いからだろうか。まるで夜道を歩いているみたいにドキドキする。まるで何者かに狙われているような気配だ。

 肉食動物に付け狙われている草食動物の気分とでもいうのだろうか。不安で呼吸が短くなり、また自分の呼吸がひどく煩く聞こえて周囲を探ろうにも感覚がつかめない。

 きっとこの道はそんなに長くない。思い切り走って抜け出してしまおう。

 そう決めて地面を蹴り上げた時、その判断が遅かったのだと知る。


「見付けた」

「ーーっ⁉︎」


 突然呼吸がし辛くなった。否、口を後ろから何者かの手によって塞がれたのだ。

 悲鳴を上げる間もなく、そのままこの通りにあった廃屋らしい民家に引きずり込まれ、腐った床板の上に俯せに組み敷かれてしまう。

 一瞬の出来事だった。

 なんの抵抗も出来ないままに掴まり、両手を後ろ手に捻り上げられ足に体重をかけて伸し掛られてあっさりと囚われの身になる。


「ふっ……んー!」

「……やっと、見付けた……」


 痛みに喘いでいると低い男の声が降って来る。

 背後の襲撃者の顔を見ようと、なんとか身をよじって視線を懸命に向けると、眼前に金の房が流れ落ちてきた。

 長い金色の髪だった。もっと態勢に無理をかけて首を捻れば、暗がりからでも分かる黄金色の瞳と目が合う。

 まるで猫のようだ。身動きが取れずに組み敷かれている最中にもかかわらず、雛菊は呑気にそんな感想を抱いてしまった。

 空に昇る月みたい輝く瞳があまりに綺麗だからだろうか。痛いけれど捕まっているのに不思議と恐怖は感じない。


「……どちら様ですか?」


 だからだろうか。自分を組み敷く男に間抜けな質問を投げ掛けたのは。


「ーー……は?」


 雛菊の質問も、男にとって予想外だったのだろう。厳しく吊り上げられた瞳が、瞬時に力なく丸くなった。


「……どちら様って、お前、俺を忘れたのかーーって、……アレ……?」


 余程焦っていたのか、男は金の瞳を雛菊の頭から足の先まで見下ろして額に汗を滲ませる。


「……人違い?」


 零れ落ちた言葉に、雛菊は「たぶん、そうです」と少し喘いで頷いた。




「ほんっとーに申し訳ありませんっしたっ!」

「もういいですよ。無傷なんだし、怒ってませんから。だから顔を上げて下さい」


 ドゴッと、腐った床を窪ませる程の大きな音を立て、男は額を床に擦り合わせて深く土下座をしていた。


「でもマジすんません。探していた知り合いと同じ匂いがするもんで、つい変装でもしてんのかと思って……で、嫁入り前の女の子を……組み敷いて……怖い思いをさせてしまいました」

「いえいえ、なにもなかったんだから気にしないで下さい。それに、これ以上頭を下げられるともっと大変な事になる気がするし……」


 しどろもどろになりながら、雛菊は男の顔を上げさせた。

 土下座で床板を窪ませた石頭にうっすら血が滲んでいる。


「私が怪我しなかったんだから、何も貴方が傷付かなくていいと思いますよ?」


 そう言って雛菊はポケットからハンカチを取り出して、男の額の血を拭う。


「ね?」

「……はい」


 流血を拭き取ると、思ったより傷は目立たなかったので雛菊は安堵の息を零す。


「それにしても“同じ匂い”って、随分野性的な探し方ですね。私、香水はつけてないんだけどな。はっ、それとも汗臭い⁉︎」


 慌てて腕の匂いを嗅ぐが、よく分からない。こと、己の匂いなど人はあまり分からないものである。慌てて真剣に匂いを確認する雛菊の様子がおかしかったか、男が吹き出した。


「あの……」

「あ、わりぃ。別にアンタが汗臭いとかじゃないんだ。俺の嗅覚がちょっと人以上にいいだけだから、そんなに気にしないでくれ。それにアンタ、十分いい匂いだよ」

「へっ?」


 言うが早いや、男は顔を近付けたかと思うと雛菊の首筋に鼻を当てる。


「……花の匂い。……香水……じゃないな。優しい甘い良い匂いがする。それと、さっき果物食べた? 蜜の匂いもする」

「ペ、ペシェって果物をさっき、果物屋のオバサンから貰って……」

「へぇ」


 男が顔を上げて雛菊を見下ろした。

 雛菊は、今更ながら男が物凄い美形だと気付く。

 蠱惑的で眼光鋭く切れ長の金の瞳に、稲穂のように輝く長い金の髪。細く筋の通った整った鼻梁。

 顔だけでない。姿勢のいい高い上背に、しなやかに伸びた手足、服の上からでも分かる締まった体は彫刻のような美を漂わせる。

 土下座で床に頭突きをする滑稽な動きを見せられたから気付くのに遅れたが、傷んだ木綿の服でさえも男の容姿を損なわせないくらいの美貌だった。


「申し遅れたけど、俺、アル・ダナブ・アル・アサド。長いけどこれで一つの名前。気軽にアサドって呼んでくれ」

「アサド……君?」

「そ。それで、アンタの名前は?」

「雛菊。久遠雛菊です。……雛菊の方が名前」

「じゃ、ヒナって呼ぼうか」


 笑うとまるで子供みたいにあどけない顔になるアサドに、思わず雛菊の心臓が弾けるように跳ねた。

 見たこともない美形に組み敷かれ、顔を寄せられ匂いをかがれて緊張している自分に気付く。余談だが、初恋経験もまだである。


「ところでヒナ、今から時間ある? デートしたいんだけど」

「デッ……ェト、ッスか?」


 動揺でつられて雛菊の口調が軽いものになる。デートに誘われるのは初めてだ。

 アサドは初心な反応に気を良くしたか、これ見よがしに顔を近づけて雛菊を見つめる。


「人違いに痛い思いをさせたお詫びも兼ねて、俺に何か奢らせてちょうだいな」


 右手をギュッと握られる。半ば強引なお誘いに、雛菊はたじろぎ、躊躇う。


「あの、ええと、その、私、買い物の予定があるし……」

「なら手伝うよ」


 引く気のない猛攻に、雛菊はさらに困惑してしまう。

 相手は出会ったばかりの男。

 人懐っこく笑顔を振り撒いてはいるが、出会いは力ずくの拘束による人違い。加えて、雛菊を一応擁護する側のシャナは追われる身。

 アサドは話から察するに追う側の人間だ。

 雛菊とて馬鹿ではない。“もしかしたら彼がシャナの追っ手なのかも”という警戒心くらいは持ち合わせている。

 だけどーー。


「…………」


 雛菊は頭一つ半以上は大きいアサドを見上げる。

 陽の光を浴びると輝きを一層増す金色の瞳。一心に期待を向けるその視線は、まるで散歩をねだる犬のようで、雛菊は昔飼っていたゴールデンレトリバーのオスカルを思い出す。物心つく前から飼っていた愛犬は一五歳の大往生だった。その愛犬と重なる視線は懐かしく愛おしく、むげにも出来ない気にさせられる。オスカルはメスではあったが。


「お願いします……」

「そうこねぇとな」


 結局、拒む事は出来なかった。


「そんじゃまぁ、目的の買い物に同行させてくれよ。お姫様」


 白い歯を向きだしに、子供みたいな満面の笑みでアサドは雛菊の手を引く。大きく熱い手にドキッとした。振り払うのは失礼な気がするし、そもそもこんな時はどう反応したらいいのか分からない。雛菊は思い切ってこのナンパに乗っかってみようと考える。それにちょうど、字が読めないのでガイドが欲しかったのだ。


「じゃあ、この世界の若い子の人気ファッションを教えてくれるかな?」

「了解」


 雛菊の要望にアサドは振り返りると、満足したようにそうこなくちゃと頷いて見せた。




 * * * * *


 空気が変わった。

 青年は肌に感じる大気の変化に腕を擦る。体の節々の至る所に倦怠感を覚えるのは、多量の湿気と慣れない体の為だろう。

 髪を掻き上げる。首筋が少し寒いのは、最近髪を切ったからだというのを今更思い出した。


「全く、僕は一体なにをやってるんだか……」


 青年は迷いなく路地裏を進んで行く。

 人探しは得意な方だ。相手のちょっとした気の流れを覚えれば、後はそれを辿るだけでいい。


「寄り道ばかりしてるな」


 足跡を辿れば辿る程、探し人は一定の目的を持たずに動いているのが分かる。


「ーーくそ」


 青年は苛ただしげに舌打ちした。

 それでも青年は路地を突き進む。少し苛々しているからか、自ずと歩幅も広がり早足になる。

 そして、一軒の廃屋の前で足が止まった。

 酷く懐かしい力の痕跡を感じたからだ。

 とても懐かしい。あれから十年は経つだろうか。

 遠い日の記憶が蘇る。

 忘れたわけではないが、蓋をしていた記憶だ。

 出来るなら思い出したくないが、近付く雨の匂いと記憶とが重なって胸が痛む。

 心が痛むのか、抉られた胸が痛むのかわからない。古傷などないはずなのにと溢れる笑みは自嘲だった。


「あーあ。たぶん今日は絶対ツいてないぞ」


 青年は愚痴を零し、廃屋を前に肩を落とした。




 * * * * *


「へぇ、アサド君って賞金稼ぎをしながら旅してるんだ。やっぱり大変?」

「ああ大変だね。町から町へと渡り歩くから、泣かした女の数はいざ知れず。嬢さん泣いてくれんな。あっしは渡り鳥。女という一人の枝で羽を休めることは出来ねぇのさ」

「あはは。嘘臭ーい」

「嘘臭いって……。まぁ少しは脚色してるけどな」


 出された酸味のある豆茶を一口、アサドはカップをソーサーの上に戻す。


「とにかく、俺の事情は簡単に言うとこんな感じだな。うん」

「一人旅って凄いねー」


 感心する雛菊の言葉にアサドは落ち着いた声で“大層なもんじゃない”と返す。

 しんみりと虚空を仰ぐアサドを見つめ、雛菊はスカートに落ちたビスケットのカスを払い落とす。

 セーラー服から一変し、深い緑色のドレスの装い。首には同色の幅広のリボンのチョーカーがついていてお得感があった。口の広がった袖には、金糸で小花の刺繍も入っており、ウエストには白い大きな結びリボンのスリットの入ったエプロン。

 アサドが見立ててくれたドレスだ。胸元が開いた所は若干彼の好みが入っている気がするが、これも新境地の開拓と思えば雛菊も満足の行く買い物が出来たと機嫌が良い。

 買い物の後は、すぐに購入したドレスに着替えを済ませ、その他の服共々、脱いだセーラー服も袋の中。

 アサドのお陰でスムーズに目的の買い物を済ませた雛菊は、今、二人向かいあって時計台のある広場のオープンカフェで仲良くお茶をしている。

 お茶の肴は世間話と、アサドの身の上話。


「さっきアサド君が私を襲ったのも、賞金首と間違えたから?」


 さり気なく探りを入れつつ話を伺う。

 アサドの事はいい人だと思うけれど、もし、シャナの追っ手なら雛菊は警戒をしないと行けない。

 まるでスパイのような気分と高揚感を味わいながら、雛菊はお茶を飲む素振りをしてアサドの顔を盗み見る。実際、本心から楽しいと思っているので振りとは口実である。質問はついでの要素が大きかったのだが、雛菊の視線に気付いたアサドがわざとらしくしなを作って頬に手をあてる。


「あらやだ。ヒナったら俺の顔を見つめちゃって、惚れちゃった?」

「茶化さないでよ。そりゃ、初対面の私に話せることじゃないとは思うけどさ。私にも協力で出来ることもあるかもしれないし……」

「それもそうか。ヒナは優しいなぁ」

「あ、でも私なんかこっち来て全然日が浅いから力になれない可能性の方が高いんだけどね!」


 疑いもなく褒められると、少なからず猜疑心を持った身としてはいたたまれなくて雛菊は大きく手をあげ頭を振った。

 人を見る目があると言えるほど人生を重ねてはいないので、断言は出来ないがそれでもアサドが騙すつもりで雛菊に声をかけたとは思っていない。買い物中のアサドは紳士的でとても優しかった。ゆっくり話せばナンパな部分が出てくるが、不快にはさせない。気遣いも伝わっている。それなのに疑ってかかってしまう己を雛菊は恥じた。


「ーーまあ、賞金首と言えば賞金首……かな」


 突然、声のトーンを落としてアサドが答えるので雛菊は驚いて顔をあげた。


「話してくれるの?」

「聞いたのはそっちじゃねーか。適当に流すことも出来るんだけど、ちょっと話したい気分なのかね」


 アサドは笑ったが、何処か強張っていて上手く笑えていない。これは真面目な話なのだと察すると、雛菊はアサドを真っ直ぐ見据えた。


「……確かに俺は賞金稼ぎをやってんだけど、それは単に旅費の為であって、本来の目的は奪われた大切な物を取り返す為に旅をしてるんだ……」

「何を盗まれたの?」

「ちょっと簡単には説明できない。つーか、普通じゃ信じられねえようなものだな」


 それは教えられないのだと思ったが、全部を聞けるとも思っていなかったので気にはならなかった。


「私はそのと泥棒と間違えられたんだね」


 歯に衣着せず雛菊の物言いに、アサドは苦笑気味に頷く。


「そゆこと。さっきも言ったけどさ、ヒナにその泥棒の匂いが付着してたんだよ。冷静に窺えばすぐに気づいたようなものを、焦って本人と間違えちまった。馬鹿だろ? ヒナとそいつの匂いじゃ全然似ても似つかないのによ」


 アサドは手を伸ばし、雛菊の黒いセミロングの髪を引き寄せて鼻に当てる。


「ヒナは陽だまりの花みたいな良い匂いだな……。今まで会ったどの女よりも良い匂いがする。不思議な匂いだ」


 香水じゃないのに珍しいなと、一人ゴチるアサドを余所に、雛菊は彼の気障な行動にどう反応を示したらいいのかと硬直してしまった。

 この世に生を成して十六年。彼氏遍歴皆無の乙女には、アサドのような高嶺レベルどころか男性そのものとの絡みに緊張を伴ってしまう。


「男慣れ、してない?」


 そんな雛菊に気付いたのだろう。目元を優しく緩ませ、アサドは右手に捕らえた雛菊の髪を解放する。


「わ、悪いッスか?」


 これ以上からかわれるのも癪だから、雛菊は急ごしらえのポーカーフェイスを取り繕ってアサドを見やる。

 アサドは余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべ、雛菊の頬をするりと撫でた。


「悪いな」


 金色の瞳が意地悪そうに細められる。


「俺は悪い男の子だから、ヒナみたいな無垢な子には本気になっちゃいそうになる」

「……いつもそうやって女の子を口説いてるの?」

「うん!」


 屈託なく首肯するアサド。あまりに正直に返答するものだから、雛菊も一瞬呆気に取られてしまった。

 子供のように目を丸くしたと思ったら、不意に“男”を出して瞳を映す。その一方で、出会い頭の時には敵を見るように冷酷な視線も送る青年。

 表情が目まぐるしく変わるので、雛菊はいまいちアサドの本性が捕らえられずにいた。


「アサド君っておかしいよね。よく変わり者って言われない?」

「その言葉そっくり返す。俺に口説かれて頷かない女ってアンタぐらいだよ?」

「……え、アレ本気で口説いてたの?」

「信じてなかったの⁉︎」

「だって言葉が回りくどいんだもん。緊張はしたけど本気にはしないよ!」


 唖然と口を開けたアサドに、雛菊が反論する。しかし、顔を見合わせてすぐに笑ってしまった。


「まあいい。男の矜持に賭けて仕切り直そう。お嬢さん、改めて口説いてみるけど、このまま夕食とか一緒にどうですか?」


 急に紳士ぶって、アサドは雛菊の右手を取る。そのまま甲に口付けをしようとしたので、雛菊はそこは素っ気なく交わして逃れた。


「残念。これから帰って夕飯の支度があるんだよ。私、居候の身で色々気遣わなきゃいけないから男の子に現を抜かしてる場合ではないのです」

「つれないなー」

「私、安ク、ナクテヨ?」

「そんでもってがめつい。何を贈れば応じてくれんだよ」

「んー。掃除機とかガスコンロ、電子レンジとか? あ、ミキサーで朝にスムージーも捨て難い」

「なんだよそれ。ヒナこそ変わってるってよく言われるだろ」

「い、言われないよ! 酷いなあ」

「そっちが先に言ったんじゃねーか」


 むくれて吃る雛菊の頭をくしゃくしゃに撫で、アサドはま目尻に皺を刻んでまた笑って見せた。


「分かった。悪かったって。じゃあ、せめて家まで送らせてよ」

「家まで?」

「嫌か? 無理強いはしないけど」


 他意はないのは雛菊にも伝わった。

 アサドを疑うつもりはないが、さすがに初対面の人間を居候の身である自分が、勝手に家まで案内するのは家主に良くない。

 特にシャナは逃亡中の身で、お世辞にも社交的と言えない性格だ。どちらかといえば人嫌いの気がある少年の気を煩わせたくはない。

 けれど善意の申し出の上手な断り方というものを知らない雛菊は打開案を持ちかける。


「私の住む場所、町の外なんだけど、途中までをお願いしてもいいかな?」


 夕方の森は薄暗くて心細い。それにアサドとの縁を此処で絶ってはいけない気がした。深い考えはなく、ただ直感でそう思っただけなのでアサドとは友好的に別れたかった。


「途中までって、送り狼の心配してる? 俺、嫌がる子に酷いことはしないぜ?」

「分かってるよ! そんなんじゃないって分かってるからお願いしてるのに敢えて言わないでよ。逆に疑う」


 顔を赤らめる雛菊にアサドが笑いながら謝ると、手を差し出す。


「さて、お許しが出たところで暗くなる前にお姫様をお送りしやしょうかね」


 そう言ってアサドは買い物袋を持って席を立ち、雛菊が立つより先に離席の介添えをする。

 改めて気づくのだが、アサドは当たり前のように女性優先でエスコートが上手い。それは彼の特性なのか、この世界の特性なのかは分からない。サンプルがアサドとシャナではそれも仕方なかいが、日本人の雛菊にはなんだかくすぐったい。


「とりあえず、まずは傘から買うか。降ってきそうだし、買ったばっかのドレスも汚したくねーもんな」


 微笑むアサドの顔はとても穏やかだが、言われて見上げれば和やかな空気とは裏腹に、二人の頭上の空は灰色の厚い雲で覆われ始めていた。




 * * * * *


 鼻の頭に雫が落ちた。

 一粒二粒。霧吹きでかけたような細かい粒がだんだんと大きくなる。まばらに落ちていた水滴はだんだんと感覚を狭め、石畳に染み込み侵略区域を広げていった。

 青々としていた空は一変、突如降雨に見舞われる。

 青年はその雨を鬱陶しそうに、持っていた傘で避ける。自分の物ではないが、自分の分の傘を失念していたのだから仕方ない。傘は小さいが風も弱いので直に濡れることはなかった。けれどそれでも体中に纏わりつく湿気は取り去れない。

 青年は雨が嫌いだった。

 雨の日には嫌な思い出が蘇る。

 濡れて湿った大地。泥に足を取られ、雨に全ての体温が奪われていく感覚。全身を染めた鮮血さえも綺麗に落として、血の気を奪う。白い蝋人形のような体が転がる。

 この世で一番見たくない光景を思い出すのだ。


「頭痛い……」


 嫌な記憶に振り回され、青年は足を止めて石壁に肩からもたれる。店じまいを済ませた建物の軒先を借りて一息ついた。足が泥に囚われたかのように重いのは気のせいだとわかっているのにだるかった。

 結局降り出す前に間に合わなかったと、徒労に笑えば不意に耳打ちされて伏せていた顔を上げる。

 探していたヒトが見つかったのだ。もう目の前にいると言われ、雨で視界の悪い辺りを見渡せば、格好は出かけた時と変わっていたが、もう見慣れた異国の相の少女だ。

 まったく、手を煩わせる。

 自発的に出てきておいてお門違いな文句を心中で呟きながら、また歩き出した。 

 傘を持たない少女は、向かいのアーケードの下で空模様を窺っていた。こちらに気付く様子はない。

 いくら待ってもこの雨が夜までやまないことを知っている青年は肩を竦める。

 これで恩を売っておけばメニューに口出ししやすくなるだろうか。

 そう思えば雨の日だろうが少し、気分が軽くなるのが不思議で青年は少女に向かって口を開きかけ、やめた。

 少女が雨宿りしているアーケードの店の中から、一人別の影が出てきた。遠目からでも分かる、年若い男だ。傘を持って少女に声をかけているが、知り合いだろうか。少女に親しい知り合いがいないのを知っている青年は訝しげにその男を見る。

 軽い旅装に長身。鍛えているのは経験からすぐに分かる。歩き方から身のこなしは大したものだと伝わるが、そこから嫌な予感がした。とにかく視界が悪い。確認はしたいが、知りたくない気持ちのせめぎ合いの中、金の髪をまとめたその影に青年はさらに驚愕した。それは今すぐ引き返したい衝動だった。思い留まったのはそこに少女がいたから。

 命の危険というなら、少女には問題ないだろう。むしろ己が身の方が危険だった。

 逃げ出すのは簡単だ。しかし即断出来ないのは男の性癖を知るからで、それゆえに少女も捨て置けないからだ。そしてなにより面白くない。かと言ってそこに口を挟むわけにもいかないので迷っている内に少女の方と目が合った。

 濡れ羽色の髪に、同じ色の瞳と、組み合わせとしては珍しい異相の少女。一瞬、見つかったと焦ったがよくよく考えればこの姿は教えていなかったのだと思い出し、平静を装う。

 彼女が知っているのは、彼女の肩までしか背丈のない小さな少年だ。

 彼女の頭一つ分は大きいこの姿を分かる筈もない。

 そう思い、もう立ち去ってしまおうかと踵を返しかけたその時、少女は……雛菊がなんの迷いもなく青年の名を呼んだ。




 * * * * *


「ーーシャナッ」


 何故そう思ったのか、雛菊自身も不思議だった。

 名前を思い切り呼んだ後、雛菊は少し離れた所に立つ青年を見つめて首を傾げた。

 見知らぬ男だ。シャナとはまったく背格好も違うし、その男は成人しているように見えた。シャナに見間違えるなんておかしいと思いながらも目が離せないでいると、ふと気付く。その青年が持つ傘が、雛菊が向こう側から持ってきた自分の傘であると。

 それが確証に繋がるかといえばそうではない。たとえ傘の下から覗く瞳の色が生意気な少年と同じ色をしていても、それはおかしな話だ。どうして人が数時間で成長するというのだ。

 おかしいと頭で分かっていても、雛菊は青年から目が離せなかった。

 どうしてその人を一目見ただけで、疑いもせずに頭に浮かんだ名前を呼んでしまったのだろう。自分で口走った名前に戸惑う。直接確認を取ったほうがいいか躊躇していると、傘を買って店から出てきたアサドの様子がおかしいのに気付いた。


「……シャナ……?」


 まさか彼の口からも出るとは思わない名前に、雛菊はいつの間にかアサドの腕を掴んでいた。

 アサド君、シャナを知ってるの……?

 疑問を声に出そうとした次の瞬間。風を切るようにアサドの姿が目の前から消えていた。


 ーードンッ!


 消えたアサドを探すよりも早く、思わず飛び上がってしまいそうな衝撃音が耳に飛び込む。


「探したぞ、シャナァ……」


 慌てて音の方を雛菊は見やる。すると、十メートル程離れていた筈の距離をいつの間に詰めたのか、アサドの拳が襟繰りを捕らえ、青年の背中を壁に強かに叩きつけていた。


「ーー……くっ」


 背中からの衝撃に呼吸を奪われ、青年が息苦しそうに呻いた。しかし襟ぐりを掴み上げる手をアサドは緩めない。くの字に折れ曲がりそうになる青年の体を力任せに釣り上げ、決して楽にはさせない。


「一撃で眠んなよ。起きろコラ」

「アサド君っ! やりすぎだよ! いったいなんなの⁉︎」


 慌てて雛菊も駆け出す。痛みに喘いでいる青年の前に立ちはだかり、態度を豹変させたアサドを睨み付けた。


「どけよ、ヒナ」

「どかないっ」


 先程まで笑っていた金色の瞳は、今は鋭い刃物のようにギラついている。アサドの体から漏れる、焼け付くような視線を殺気と言うのだろうか。正直、射竦められて怖かった。体が震えそうになるのを堪え、それでも視線を逸らすまいと雛菊はアサドを見据える。


「アサド君の追ってる人は、シャナなの?」

「そ」


 素っ気なく返される言葉。


「だから邪魔しないでくれる?」


 一歩、アサドが近付く。

 まるで、牙を向けた獣のような迫力に身が竦み上がる。だけど、雛菊は引くことを拒んだ。雛菊の後ろには動けない青年がいる。シャナがいる。


「この人がシャナなら、私は絶対にどけない」

「なんだよ、ヒナ、コイツの女なの?」

「違うけど! でも、シャナを傷付けないで!」


 雨の中でも凛と通る強い声に、少しアサドが気圧される。まるで引く気のない雛菊にどう手を出すか持て余しているのか、アサドとの膠着が続いた。

 叩きつける雨粒が肌の上を弾いていく。降り落ちる雨の滴が体を濡らし、服に染み込み体温を奪う。体が震えるのは恐怖か寒さかは分からないが、一向に変化のない状況に水を差すように、雛菊の背中に声が掛けられた。


「いいよ、ヒナギク。悪いのはコイツに見付かった僕の運だ」

「え?」


 雛菊の肩に手を置き、意識がしっかりして来たのか青年が若干足をもたつかせて立ち上がる。


「……随分手荒な再会をしてくれるね。アサド」


 痛む体を押しているからか、雛菊に肩を貸して貰ったまま、なんとも格好の付かない姿にアサドは苛ただしげに一瞥した。


「女の子に守ってもらうたあ、いい御身分じゃねーか」


 鼻で笑うアサド冷笑を見せて青年が雛菊を見下ろす。


「頼んだわけじゃない。僕だって彼女の行動が不可思議でならないんだ」

「その口ぶり……本当にシャナなの?」


 今更なんの確認なのか尋ねる雛菊に、青年は……シャナは少女の頭に手を翳す。


「君から僕の名前を呼んだくせに、どうして聞く必要があるんだよ」


 襲われている危機的状況なのに、シャナは薄笑った。

 大きく姿を変えても変わらない、真紅の瞳が少し和らいだように見えた。



「やっぱりシャナなんだ」

「あまり見ないで欲しいな。今の姿も……今から起こる事も……」

「ーーーー……え?」


 目の前を、翳された手から温かな光が湧いて出た。目が離せず、雛菊はぼんやりと光る淡い橙の光を見つめる。そして、見つめている内に雛菊の意識はどんどん遠のいて行った。

 そのあとに起きたことについての記憶は、残念ながら残っていない。

  

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