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シャナと花のバラッド  作者: 藤和葵
第三章・玉響に咲く花
16/61

01.ラス・アラグル


 月の光が薄暗い室内を照らす。

 冷たい石壁がぐるりと円になってこちらを囲み、まるで牢屋のようだと雛菊は思った。

 室内は陰気な部屋には不似合いな純白の天蓋付きのベッドと、小さなテーブルと椅子。そして鉄製の扉が一つに、大きな出窓。

 外界と繋がる入口はその扉と窓だけだが外には出られない。

 扉は強固に閉じられていて、唯一の窓から広がる景色はまるで天空。

 そこは遥か高くに聳える塔の上。

 逃げ道はない。

 雛菊は被せられたヴェールを投げ捨て、唇を噛み締めた。

 涙を零すものか。

 強く誓う。

 胸に下げた真紅の石が台座に収まった指輪が月光を浴びて小さく光った。




 * * * * *


「すっごーい! ホントに走ってる~」


 過ぎ去る景色を眺めて雛菊は歓声を上げた。

 時折畔道に揺られ、少し車体が傾くのも風情として受け入れられるくらい、今、雛菊は興奮していた。

 なにせ生まれて初めて乗る馬車だ。シンプルながらも高級感漂わすビロードのソファーに身を埋め、気分はまるで舞踏会に行くシンデレラ。乙女思考中枢に触れないわけがない。

 窓から顔を出して振り返れば轍。前方を見れば車体を引く馬の気品ある背中。白毛の馬で、それこそお姫様にでもなったようで興奮冷めやらない。しかし馬と言っても羽毛のようなふわりとして毛に覆われ、前足は小さく後ろ足で二足走行で鳥に近いが顔付はトカゲのようなので雛菊の世界の馬とは全く異なる種である。

 此所に来て見せられる幻想的な光景を前に落ち着けというのも彼女にとっては難しい話だ。


「車内ではもう少し大人しくしてくれませんかね、セラフィム」


 雛菊のはしゃぎようにとうとうランフィーが不機嫌そうに眼鏡を光らせる。隣りではセラフィムの世話係りという名目で乗り込んだ筈のシャナこと、シャルーン嬢が主人である筈の雛菊の世話もお構いなしにそっちのけで腕を組んで居眠りとしけ込む。その向かいではアサドが苦笑いで窓から顔を出す雛菊を引き寄せた。


「頭出すのはやっぱ危ねーから」

「……それもそうだね」


 やんわりとたしなめられ、雛菊は残念そうに元の席に落ち着いた。

 王宮へ向かう馬車の中、ランフィーはあからさまに疑惑の視線を雛菊に投げ掛けてわざとらしく溜息。


「まったく品のない。貴女、本当にセラフィムなのですか?」


 冷ややかな目付きで眼鏡越しに睨まれ、雛菊は少し不愉快に口を尖らせる。


「本当にセラフィムだよ。ルビさんが私に懐いてるでしょ? それにさっき見せた教科書とかケータイとか今着てる制服とか、全く知らないもので不思議がってたくせに」

「それが全ての証拠になるとは限りません。ただ、セラフィムである可能性がある以上真偽にかけない訳にも行きませんから仕方なくで……それに――」


 語尾を濁らせてランフィーはちらりとアサドを窺った。

 そもそも雛菊がセラフィムとして同乗出来たのも、シャナがセラフィムの世話係りとして強引に同行を許されたのも全て鶴の一声ならぬアサドのフォローがあったからだ。

 ランフィーにとってアサドは仕える国の王子という以外にも特別な思い入れがあるらしく、彼に対し強気で歯向かえないきらいがある。そこに付け入って王宮に乗り込みたい雛菊の思い通りになってはいるのだけれど、歓迎されていないことは態度で伝わった。


「ところでセラフィム、王宮に着いたらそれなりに身形を整えて下さいよ。こんな素足をみっともなく晒した姿で王に謁見などさせませんからね」

「失礼だな。セーラー服は立派な式典兼用装束だよ。それに私の名前は雛菊。セラフィムって嫌味たらしく呼ばないで」

「別に嫌味など込めてませんよ、セラフィム」


 まるで小姑のように目の敵にされ、王宮までの道中も雛菊とランフィーは何度も衝突をしていた。

 道程は長く、途中何度か宿場で休息を得たが、ランフィーが食事からなにからすべてにおいていちいち難癖を付けるので正直あまり楽しい思いはしなかった。

 ランフィーとぶつかっては膨れ面の雛菊に、アサドはいつも優しく頭を撫でては、ランはまだガキだから流してやれと宥められる。その顔がまるでランフィーの兄のような顔付きだから、雛菊は向こうの世界にいる自分の兄の姿を思い出した。

 ふと懐かしく思いを馳せると胸が苦しくなる。

 けれどそんな時は決まってシャナが黙って傍にいた。

 なにをするでもなく、表向き世話係りの少女として同伴しているシャナことシャルーン嬢は雛菊の同室にいて普段より近い場所にいるだけ。それでもこの少しの旅の間、雛菊はシャナとアサドに支えられてるそんな気がしたのだった。

 王宮までの三日間の旅の彼女なりの感想である。

 それから宿を出て四日目の昼過ぎ。

 この世の果てとも錯覚しそうな王宮、アーシェガルドが心臓部ラス・アラグルがパノラマの海を背景に姿を現した。

 白亜の宮殿、ラス・アラグル。旅の途中で耳にした噂通りの壮大さには圧巻された。

 異名の通り真っ白な宮殿が日の元に建つだけで、光を浴びてさも内側から輝いているように見える。王冠を被ったような本殿を中心に尖閣が数本聳え、外敵に備えるように見下ろしては、華麗で優美な外観に反し守りも堅固であると示唆していた。背景の海も決してリゾート感覚の立地ではなく、その見晴らしの良さから他国の干渉を一切受けないという主張なのだと、海と浜辺にはしゃぐ雛菊にランフィーが偉そうに解説をして水を刺す。

 ランフィーに水を刺されたからだけでもないが、王宮に近付く程、馬車内の空気が変わったことに雛菊は気付いてはしゃぐのをやめた。

 家出王子との帰還で凱旋気分のランフィーは気付かないのか、明らかにシャナとアサドの面持ちは暗かった。

 アサドは自ら出た王宮に戻る憂鬱さもあるのだろうが、果たしたい目的の場所と実家が同一ということでまるで決意を秘めたように厳しい目をしている。反対にシャナは一切の感情を閉ざしたように全くの無反応で、開いた瞳もある一点を睨むばかりで何も見ていないのと同じだった。


(昔、此所で宮廷精霊師をやっていた事に関係があるのかな……)


 シャナが何を思っているのか気になるが、ランフィーの手前尋ねることも出来ず、仕方ないから安心させる意味で雛菊はシャナの手を握った。


「……何?」


 突然加わった温もりに意識が返ったのか、シャナは伸ばした肩までの黒髪を揺らして雛菊を見た。


「や、なんでもない……」


 素の顔で尋ねられ、雛菊は返す言葉が思い浮かばずに語尾を濁らせた。

 心配するより大丈夫ないのかも知れない。

 考えを改め、誤魔化す意味で首を振って笑みを返した。


「変なの。心配しないでも、君に危害は与えないように守るから安心しなよ」


 雛菊の行動を不安からでたものだと思ったのか、シャナはふんわりと笑んで返す。


「シャナ……?」


 雛菊は一抹の不安を覚えた。シャナが手を握り返した上、このように笑って見せること自体が稀なのだ。

 そんなシャナの奇行の所為で、初めて訪れる宮殿を前にして雛菊のお伽話を描くような余裕はすっかり消え去っていた。

 光に包まれ気高く出迎えるラス・アラグルの門を前に、雛菊は台本もなしに本番の舞台に放り込まれたような錯覚を覚えずにはいられない。

 ラス・アラグルは外見も豪奢で壮大であったが、内部にも目を見張った。

 案内された場所は謁見の間へと続く一直線の通路。長く先の見えない通路の天井には創世時代を表現する絵画がこちらを見下ろし、それを潰さぬように吊るされたシャンデリアの輝きが視界を突き刺す。更に外の光を受けたシャンデリアは乱反射をし、室内でも星をちりばめたように廊下は眩い。足下も白大理石が周囲を埋め、その廊下の脇を鎧を装着した兵士達が等間隔を保ち並んでいる。

 豪奢で童話の挿絵のような光景だが、雛菊は漂う緊張感を現実として真正面から受け止めるより、いっそ本当に台本なしの舞台のつもりで劇中のセットに放り込まれたと思うようにした方が緊張も紛れる気がした。

 ランフィーは一人の兵士に王との謁見の旨を伝え、アサド帰城の伝言を預かった兵は直ぐさま鎧の金属音をカチャカチャ慣らしながら急ぎ走って行く。この一連の流れもまるでシナリオを見るようにどこか一線を置いてしまう。


「ではアサド様、この先で国王がお待ちかねでおられます」


 ランフィーは一度肩口のマントを正してアサドへと告げる。アサドは此所最近の不機嫌面を更に色濃くし、ああとだけ頷く。


「セラフィムと使いの娘はご遠慮願いますよ。後ほど時間を空けてセラフィムには審問をかけさせて頂きますからね」

「わ、分かったよ」


 事務的な付け足しで我に返った雛菊は今まで自分が惚けていたと気付いた。

 やはりこれは舞台でもなんでもない、現実だと身を引き締めて深呼吸をする。

 謁見の間に行くアサドを見送る姿勢で、その間自分は別の場所で控えていればいいのだろうと壁際に歩もうとした途端、横から肩を抱かれて引き寄せられ思い切り体が傾いでしまった。


「待て、俺はヒナ同伴で親父殿に会う」

「へ、私も?」


 肩を抱くアサドを見上げ雛菊が声を裏返せば、ランフィーは目を尖らせた。


「ですがアサド様! まだ彼女はセラフィムと決まった訳ではないのに御前に差し出すには……それに久々の親子の再会に邪魔でしょう」

「ヒナの身元は俺が保証する。それに、今更感動の対面にもなれねーし」

「しかしそれならせめて身を清めてからでも……。さすがにその格好は失礼かと――」

「だからセーラー服は式典用でもイケるって言ったでしょ! 第一差し出すとか人をなんだと――……」


 相変わらず鼻につく嫌味に雛菊が憤慨して言葉を返すと、顔面に雛菊の頭でも包めそうなアサドの大きな掌を翳されて遮られた。


「ラン、俺はヒナと一緒に大事な話をしたいんだ。他にも用があるし、謁見は一度で済ませたい」

「ですが――」


 納得が出来ずに渋るランフィーを流し、アサドは壁際に佇むシャナへと振り返った。


「シャルーンはチェリゥフィーの所へ行ってくれ。ラン、お前はそっての案内から頼む」

「アサド様、僕……私にだって王に報告が――」

「後にしろよ。今更俺に道案内は不要だろ」


 それじゃあと軽く手を上げると、アサドはズカズカと雛菊の肩を抱いて廊下を進んで行く。それを雛菊が転ばないように小走りでついて行く形になり、ランフィーとの距離が開き始めた。


「アサド君、私も一緒で本当に良かったの?」


 ランフィーにはむきになってこの格好のまま拝謁は可能だと反論はしたが、やはり一国の王に一介の女子高生が拝謁とはあまりにも心の準備が足りない。勢いで此処まで物見遊山混じりで来てしまったが、早まったと思うくらい今更足が竦み出す。


「あまり固くならんでいいぜ。そんな大層な御仁じゃねーんだから。つか気構えるだけ損」


 そんなの王様の子供だから言えるんだよと心中で叫び、雛菊はシャナを振り返る。彼の方はランフィーと言葉を交わしたのち、二人で別の道へと引き返して行く所であった。


(心細いなんて言ってられない)


 雛菊はお守りのように胸で大人しく寝ていたルビを抱きしめ、長い廊下をまず一歩力強く踏みしめた。

 暫く歩くと、背丈の何倍もある大きな扉が眼前に聳えていた。

 扉の前にはそれぞれ両脇に兵士が二人ずつアサドを前に胸に拳をあてて敬礼を見せる。緊迫した空気に雛菊はドキドキと手を組んで扉が開かれるのを待った。

 侵入対策の一つなのだろうか。一見豪奢な扉はあるだけで強固で、一人で押しても動きそうにない重圧を与えている。蝶番の位置から廊下側から扉を引かねば開かようだが、常人の力でこの扉を引くことはどう考えても単独では難しく、扉の向こう側から招かれないと開かれない仕組みになっているようだ。


「今の俺なら外からでも開けられるんだけどな」


 と言いつつ実行して見せるのは面倒なのか、アサドは扉が開かれるのを待った。

 引き摺るような重い音を強調するように徐々に扉が開かれる。ゼンマイのような機械仕掛けの音が混じり、絡繰り使用なのだと察したが、そこまでやるより普通の扉では駄目なのだろうかと雛菊は開ききるまでの時間そう思った。

 王宮だからこそ凝った造りを施すのかと呆れもしたが、扉の向こうを前にしてすぐに撤回した。

 玉座の間はやはり圧倒されるものが必要だ。

 真紅の絨毯が目に入った。真っ直ぐに伸びる真紅の道はある一点に続き、突き当たりに床よりも一段高くなっている玉座にぶつかる。その玉座の上には金細工の手摺に肘を置いて頬をついて訪問者を迎える男がいた。

 この赤い道は王者へと続く。その者を守る為、真紅の道の両脇には表の兵よりも屈強な護衛が微動だにせずに並んでいる。それにも関わらずそんな鍛えられた兵に全く見劣りしない男が鎮座するのだ。

 威厳とは演出も大事だと分かる。


(それがないから私はランフィー君になめられるのかな)


 比べるまでもないのだが初めて見る王様は纏うものから違っていた。

 服を着ていても分かる逞しい体躯。黒に金糸模様の上着の上に右肩には厳めしい顔の大型の銀毛の獣の毛皮を下げている。見るからに凶暴そうな肉食獣らしい牙を覗かせた獣の皮を被る男。

 玉座に相応しいと威厳とオーラを発するその者こそが、この国の王――コル・レオニス六世なのだと雛菊は肌で感じた。

 レオニス王は少し褪せた金色の顎鬚を時折指で撫で、退屈そうに待ち構えていたと言わんばかりに欠伸を見せた。そしてゆっくりと間を持ってようやく口を開く。


「帰ったか。十年も経つがお前は真に何も変わらぬな」


 それはアサドの老うことのない体を知っていて発せられた皮肉に聞こえた。それに対してアサドがどんな反応をするのか、内心ハラハラしながら雛菊が窺っていると随分涼しい声が返される。


「親父殿もお代わりなく、相変わらず狩猟がご趣味のようで……。肩のファング、絶滅危惧種として指定したのは誰でしたっけ?」

「儂だなぁ。あまりに乱獲されると取り分が減るではないか」


 アサドの指摘も全く意に介せずとレオニスは答えた。


「それにしても儂も老いた。これしきの獲物に二撃も要してな。あと白髪も増えたし、朝も早くなったし、小便も近いし切れも悪い。おまけに枕もなんか臭ってきた」

「それは十年前から臭ってた」

「いや、死んだオヤジの臭いに近付いてだな」

「…………」


 玉座とその下で交わされるやり取りを雛菊はただ呆然と聞いていた。

 緊張するかと思っていた場面なのに、場にそぐわない間の抜けた会話。

 紛れもなくアサドの性格は父親似だと認識し、雛菊はそっと息を吐いて肩の力を抜く。緊張していたのが馬鹿らしくなったのだ。


「ところで、そこな娘が例のセラフィムか? ランフィーの使いで報告はあったが……ふむ……」


 突然雛菊の方へと視線を移したレオニスが、じっと頭から爪先まで観察するように見つめる。

 アサドと同じ金色の瞳。

 けれど視線が与える威圧はアサドとは全く違う。気を抜いた途端にプレッシャーを与えられた所為か、雛菊は蛇に睨まれた蛙の心境でただ体を強張らせてレオニスの反応を待った。


「娘、名は?」

「く、久遠雛菊でございましゅっ!」


 言葉を噛んだ。焦って口にした瞬間、雛菊は顔から火を吹くかと思った。

 これは悲しい小市民の性なのか、アサドの父親と分かっていても一国の王である未知の人間を目の当たりにし、緊張のあまりに舌が回らなかったのである。

 隣りでアサドが吹き出した。レオニスも目尻を細めて口の端を吊り上げた。


「初いなヒナギク。どれ、見るになかなか美味そうな脚線だし、どうだ、儂の側室に入るか?」

「へっ!?」

「おい親父っ」


 まさかのセクハラ発言に思わずスカートの端を押さえて雛菊は後退り、その前にアサドが隠すように立って睨みを利かせる。

 そんな攻防にレオニスは気の抜けた一言を発した。


「なんた。ヒナギクは既にアサドに開通させて貰った後か?」

「は?」

「そろそろ黙れクソ親父! ヒナもいちいちコイツなんかに真面目に耳貸すんじゃねぇぞ」

「なんだ、まだか。アサド、お前儂の子のくせにまだ手も付けとらんとは、俗世で何してたんだ」

「余計なお世話だ! つか、んな俗っぽい目でヒナを見んじゃねぇよっ。孕んだらどうすんだっ」

「アサド君怖いことゆわないでっ!」


 自分の世界とは違う法則のある世界なので、本当に視線だけで妊娠するのではないかと危ぶんだ雛菊が叫ぶ。


「アサド、視線だけで人が孕めば国がもう一つ作れる自信が儂にはあるぞ。というか、子の作り方もお前は分からんのか」


 呆れたと、わざとらしく息をつくレオニスに雛菊はアサド以上のマイペースさを見た。普段はおふざけ担当とも言うべきアサドがレオニスの言葉に振り回される様は、まさに子供そのものの姿だったので微笑ましくて嫌な気持にはならなかった。


「アサド君のお父さん、面白い王様だね?」


 こそっと耳打ちして雛菊は笑う。

 アサドは“何処が?”と言いたげに不納得な顔を見せるが、雛菊の中での王様のイメージといえば童話に出て来るずんぐりむっくりで人の良さそうなオジサマ。レオニスはその想像を裏切る人物故に自然と面白いと認識される。直感的に好きになれそうな気がした。

 だからだろう。

 ふと気付けば正気に帰ったように真面目な視線を送る為政者のプレッシャーにも、今度こそ雛菊は平常心で受け応えられた。


「ヒナ、一つ儂の問いに答えられるか?」

「はい、どうぞ」


 同じ失態は繰り返さず、笑みも伴って雛菊は玉座を見上げる。

 レオニスはいい返事だと頬を緩ませ、それでも声音厳しく言葉を放った。


「――そなたがセラフィムなら、誰が為に花開くのだ?」

「それは、私が誰の願いを叶えるか……という意味ですか?」


 質問の意図について尋ねるとレオニスは明確な返答はせず、意味深に肩を竦めた。

 質問の解釈も含めた問いなのだろうか。

 雛菊は思った通りの解釈の回答でいいのか、暫し返事に迷う。そこをアサドが背中を優しく叩くから、雛菊は守られている気がして安心する。


「花は水と光がないと咲きません。だから、セラフィムは水と光を与えてくれる人に応えようとすると思います」

「それはセラフィムの心を手に入れた男が覇者を望めば叶えると?」


 更に尋ねるレオニスに雛菊は難しく眉を顰めた。


「相手が誰であろうと叶えるなら良識の範囲内です。切望する願いなら別に可能な限り私は叶えたい。人の力ではどうにも出来ないことの為に、人じゃない力は使うものだと思いますから。いえ、そうあるべきです」


 不思議と毅然した態度で答えられた自分に雛菊は驚いた。レオニスも幾許か雛菊を少女だと侮っていた部分があったのだろう。はっきりとした意見を通されて面食らった顔で肘置き頬杖の体勢から姿勢を正した。


「そなたは美しいな……」

「へっ」


 国王直々から予想外の、しかも生まれてこの方言われたことのない言葉に雛菊は驚きおののいて、頬を赤く染めてからアサドに助けを仰ぐ視線を向ける。

 アサドは優しく雛菊の頭を撫でながら素直に受け取ればいいよと答え、実父など見向きもせずに狼狽える少女を宥めるのに努めた。

 どう素直に受け止めたらいいのだろう。礼でも言って軽く流すのとは違うのかと雛菊は変な汗を掻きつつ、何処か憂いのあるアサドの微笑を見上げていたら、レオニスの息を漏らすよう音を聞く。

 謁見の間は広いが音をよく拾う造りをしていて声に反響が残るらしい。


「ヒナギクはお前のジオンか? こんなきな臭い時に呑気に娘同伴なのは、それを儂に誇示しに来たのだろう?」


 見透かそうとしているのかレオニスは我が子の反応を窺うように目を細め、やがてしたり顔で口角を片方だけ上げて笑った。


「親子だな……」


 独言のように吐いた言葉は何処か辛辣に聞こえた。

 この二人のやり取りが理解出来なかった雛菊は、最後までその言葉の意味を考えて頭を捻った。



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