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門出の空

 一


 切羽拓郎こと原口勘兵衛との、逃れざれぬ死闘から、三日が過ぎていた。

「本来、もっと早く、お伺い致すべきところを、まことに申し訳の無い次第です」

「いえ、仕方がありません。父が、迷惑をおかけしました。代わって、謝らせて頂きます」

「そのような……」

 若菜梅雪軒景勝、若菜留伊の姉弟と共に、高科乙の姿はいま、切羽宅の畳部屋にあった。

 乙は、梅雪軒と留伊を、後ろに控えさせ、対座する切羽アレックスへしきりに、その頭を下げていた。

 乙とアレックスの間には、勘兵衛の遺髪と、彼の刀である野田繁慶(はんけい)の大小があった。

「勘兵衛さま――お父上のご遺体は、勝手かとは存じましたが、アンドリュー教会へと、お運びさせていただきました」

「そうですか……ありがとうございます」

 アレックスはさして、屈託したふうは無かった。

「お父上のご遺髪と、ご遺刀です。お受け取り下さいますよう」

 アレックスは深く、乙へ頭を下げた。だが、彼は遺髪には手を伸ばしたものの、繁慶は無視するかのようであった。

「アレックス殿……?」

 思わず、眉根を寄せた乙へ、アレックスは言った。

「……僕は父と、血の繋がりは、ありません。ですが、厳しく、躾けられた方だと、思います。ですから、武士だとか、侍だとか、忠義の道だとか……理解は出来ます」

 不意に、アレックスは微笑を刷いた。

「ですけど、僕は、武士じゃない。父はそうだったか知れませんが、僕は違う。手習い塾の講師です。刀なんて、使う生活はしていませんし、価値も、よく分かりません。ですから、乙さんがお持ちになって下さい」

「そう言うわけには……繁慶はわたしの国広以上の名匠。誉れ高き正宗に、勝るとも劣りません。お父上のお形見ではございますが、価値の分かるものに鑑定をされれば、それなりの金額が、提示されるはず。もしもの時に、言葉は悪かろうございますが、もしもの時、お金になされれば……」

 野田繁慶は、乙の差す堀川国広と同じく、新刀期を代表する、刀匠である。元々は、鉄砲鍛冶であったのが、徳川家康に見出され、作刀に専念するようになった。相州伝を究め、刀鑑定士・本阿弥から、

「正宗と、誤ること必定」

 と、ほとんど手放しの賞賛を受けたにもかかわらず、繁慶の言い放った言葉は、次であった。

「正宗がごときと誤られるのは無念」

 相当の自信家であったのだろうが、繁慶はむしろ、先の本阿弥の言葉を、

「正宗の贋作を作らせたのであれば随一」

 というような、勘違いをしたのではなかろうか。

 もっとも、神君家康公に見出され、江戸に住むようになってから、彼に奇行が目立つようになる。己自身を「天下第一」と吹聴し、挙句、吉原からの帰り、辻斬りの手にかかってその命を終える。

 本阿弥鑑定の報せは、二代将軍秀忠の治世の時であった。あえて、色々な意味で自信を持ち、かつ、色々な意味で勘違いをしていたのだとすれば、頷けぬ事も無いと思われる。

 確かに、正宗は第一級の刀工である。これに、異論を挟む者は、まず居るまい。

 しかし、五郎入道正宗は名工とは言え、鎌倉期の人物である。数百年を経て尚、「正宗こそ第一」と、後世、いつまでもされれば、技術を磨いてきた、以後の刀工の、存在意義にかかわるのではなかろうか……。

 ちなみに、現代の価値にして正宗は、二千万円。繁慶は千三百万円ほどするという。

 アレックスは頑なであった。

「父は、その刀の手入れを、たまにしていました……」

 乙は黙った。アレックスの目が細まり、昔日の父親を思い出しているようだったからである。

「……父が、特に大切にしていた物の一つです。乙さん、貴女と、父のいきさつは父から聞かされました。ですから、是非とも、貴女に持っていて欲しいのです」

「ですが……」

 渋る乙に、アレックスは、

「父の遺言でもあるのです」

 と嘘を言ったものであった。


 二


 乙がシド・ミレイリアから、誘いを受けたのはその日の内のことである。

 切羽アレックスから繁慶を、半ば強引に譲り渡され、

「どうしたものか……」

 と思案しながら、ガイエル邸の自室に戻ったのだが、答えは易々と出てきてはくれぬ処であった。

「乙さん、留伊さん。お二人とも、王都へ行く気はありませんか?」

 まず、人懐こい笑顔で、銀髪の少年はそう切り出した。

「王都? と、申されると?」

 逆に乙が尋ねると、シドは少々困ったような顔を見せた。

「えっと……そうですね、この国の中心の都市です」

「あ、いえ、そういうことでは無く、なぜ、わたしどもをお誘い頂いたのか、と」

 この問いに、シドは表情を引き締め、真面目な声で続けた。

「正直……今回のスピレイン家の騒動では、厳しいと思うんです」

 それは、乙も考えていたことであった。オドアケル・スピレインは現在、ビシュケ司教と共に、このガイエル邸へ隔離軟禁されている。困った領主ではあるが、一応は立場に合わせた世話を受けていた。別段の興味も無い乙は会っていないが、梅雪軒やメアリーの話では、やはり、傲岸な態度であるという。

 もし、オドアケルに、立場を追われるという不安が、ほんの僅かにでもあったのであれば、もう少しは神妙にしているはずだと乙は思うのである。

「ですが、もし不首尾に終わったとしても、梅雪が言うところの足掛かりには、なろうかと思われます。梅雪は、つい先ごろまで、御宰相さまの命で、動いておりました。きっと、よしなにお取り計らい頂けるのではないかと」

 これは、実は、口にした乙自身が、あまり期待のしていないことであった。そもそも、彼女は、宰相ゼクス・セーティに目通りする気が、ほとんど失せていた。

 シドは乙の、面には見せていないこの変化を、気付いたようであった。

「……どうかされたんですか? その、なんだか、元気が無いようですけど……」

 シドは一度、留伊へと視線を移したが、彼女は悲しげに俯くばかりであった。

「シド殿、此度のこと――シド殿はわたしに手柄があると、お思いですか?」

 一瞬、きょとんとした顔つきになってのち、シドは頷いた。

「もちろん。事件が発覚したのは、乙さんと留伊さんのおかげじゃないですか」

「そうとも、言い切れません。事件の露見は、シド殿とデューク殿がおられたからです。わたしどもでは、あの剣の事など、気にも留めなかったでしょう。また、事件の収束も、ガイエル殿がおられてのこと。まことの手柄は、あなた方にあるのです」

 淡々と、乙はそう語った。シドはしばし考えるふうだったが、すぐさま、勢い込んだ。

「もし、乙さんがそう考えているのなら、やはり、王都へ行った方が断然いいですよ。何と言っても、このノールバックの中心ですし、正直、カディスに居るよりは、チャンスも沢山ありますよ」

 言ったのち、シドは微笑んだ。自分のことを気遣って、勧めてくれているのだろう、と乙は解っているが、だが、今はまだ、その気になれぬのであった。

「ですが……ガイエル殿へのご恩返しも、まだですから」

 やんわりと言ったのだが、シドに頓着する気配はないようであった。

「そんなこと、お師匠は気にする人じゃないですよ?」

 彼には申し訳ないが、にこにこと、相好を崩すシドが、いい加減煩わしく、乙には思えた。

「シド殿、時に、デューク殿はどちらに?」

 不意に乙は、ここ一両日見ていない、デューク・ミレイリアの仏頂面を思い出した。もともと、デュークとはあまり話をしないのだが、互いに挨拶程度は交わしているのである。それが、二日にわたって、無いのに気付いたのであった。

「デュークでしたら、さっき帰ってきた梅雪軒さんと、武器屋に行くとか、なんとか」

「……武器屋?」

「ええ。なんでも、この間の戦闘で、彼の剣が刃こぼれをしたとかで」

 乙はしばし黙ったのち、

「そうでしたか……」

 ほとんど、独り言のように呟き、刀架けへと、目をやった。そこには、麒麟国広では無く、繁慶があった。

「おや――?」

 乙の視線に、シドも視線を合わせたようだ。

「あの刀が、乙さんのでしたよね?」

 刀架けの隣に、麒麟国広が立てかけてある。

「ええ」

「じゃあ、あの刀は?」

「あれは、さる御方の御刀でした。本日、ひょんなことから……」

「どなたの?」

 普段のシドであればここまで、突っ込んだ質問をしてこないはずであった。それだけ、乙と留伊の様子が沈んで見えるのであろう。乙はそれが解っていながら、否、解っているからこそ、今日のシドにいらついた。そして、そう思う自分にも、唾を吐きかけたくなるのであった。

「それは……よんどころなく、お願いいたす。シド殿」

「あ、はい」

 乙は真っ直ぐにシドの顔を見つめると、しばらく言葉を探し、

「お気持ちは、ありがたいのですが、王都へとのお話、しばし、猶予をお与えくださるよう、この通りです」

 と言って、深々と彼へ頭を下げた。


 三


「田舎の書より京の昼寝――とは申しますが……」

 留伊の言葉に、乙はゆっくりと頷いたのみである。シドは、すでにその姿を消していた。

「いかがなされます?」

「そうだな……」

 答えてから、およそ十を数えて、乙は言った。

「……わたしは、現世利益という言葉が、嫌いだ」

「――存じております」

「なのに、不思議なものだ……。今は、すがりたい気でいる」

 感情の色を、乙は言いながらも見せなかった。

「わたしも、あのビシュケとかいう僧のように、狂気に憑りつかれたら、しんどくは、なくなるのかも、知れぬな」

「姫さま――!」

 留伊は、はっとして、乙の横顔を見た。

「案ずるな。そうであったらば、楽であったろうと、掠めただけだ。わかっている。これではいけぬことくらい」 

 と、乙はにこりと微笑んだのだが、留伊にはその笑顔が、ひどく力無いように映るのであった。

 ――なんと健気なお方……!

 将来の良人(おっと)を、その手にかけ、並みの者ならば、心を病んでもおかしくは無いというのに、乙は必死で、先祖への義務を、臣へ対する主の責任を、果たそうとしているのである。

「留伊……」

「はい」

 留伊から視線を外した乙は、

「今だけ、頼っても、良いだろうか……?」

 ぽそりと、言った。今にも、壊れてしまうような声音に、留伊は聞いた。

 留伊の心に、愛おしさが込み上げてきた。留伊は、知らず、乙を抱きしめていた。

「お頼り下さいませ。わたくしは、いつでも姫さまと一緒でございます! 今だけと申されず、いつでも、このわたくしをお頼り下さいませ!」

 留伊は、かいなの中に、主が、今まで押し殺していた涙を吸わせた。嗚咽を聞き、慰められる心を感じた。

 わずかの時間ではあったが、留伊にとって、至福の時間であった。


 四


 翌日。宰相という要職にありながら、ゼクス・セーティが、供の一人も無く、その姿をガイエル邸へと見せたのには、乙も留伊も、大いに驚いたものであった。

 しばらく、ゼクスはガイエルの部屋で、梅雪軒とともに、話をしていたのだが、それを済ませ、乙らを客間へ呼び寄せた。

「先ほど、ガイエル様と若菜から話は聞かせてもらった」

 ゼクスは、苦み走った男であった。黒髪で長身痩躯のこの宰相は、歳も四十二と若い。

 切れ長の目で、ゼクスは目の前の少年少女四人を見つめ、

「方法に問題はあるが、それはともかくとして、ご苦労だった」

 硬質な声でねぎらった。

「スピレイン家は、今後どうなるんでしょう?」

 シドは、乙らへと変わらぬ態度でゼクスへ尋ねた。

「オドアケルは、強制的に隠居させられ、領地は娘が継ぐことになるだろう」

 不思議にも、ゼクスに気分を害した様子は無い。

「さて――高科乙と言ったか?」

「はい」

 椅子に腰掛けていたので、立ち上がろうとする少女二人を手で制した。

「若菜から強く頼まれても私にはどうも、よく解らないのだが、家を再興する、というのは具体的にどういうことなのか、説明して欲しい」

 問われた乙は、背筋をしっかりと伸ばし、真っ直ぐに宰相の顔を見つめた。

「ご先祖から受け継いだ高科の名を、この地で、子孫に伝えていきたいのです」

 ゼクスが首を捻ったが、乙は続ける。

「ですから、もし、ご褒美を下さるとおっしゃるのであれば、この高科を、女王さま御旗本の末席へ、加えて頂きたく存じます」

「それは、女王陛下の臣となりたい、と理解すればいいのかな?」

「はい。ですが、先日の一件は、わたしに手柄など無く、そのうえ、ご褒美を頂くとなれば、これは、わたしのみならず、高科の恥。慎んで辞退させて頂きたく存じます」

「乙さん、またそんなこと言って……」

 ほとほと、困った顔でシドは頭を振った。

「シド殿、申し訳ござらぬ。しかし、わたしにはどうしてもそうとしか考えられぬのです。お誘いはありがたかったのですが、昨晩、留伊とも話し合い、戦へでも参加するのが、一番早いのではないかと」

 この言葉には、シドのみならず、ゼクスも呆れたようであった。

「戦で功を挙げれば、どなたかへの仕官も、きっと」

 不意に、デュークが口を開いた。

「俺もあんなところなんぞさっさと辞めて、戦場に行きたい」

 デュークもゼクスを真っ直ぐに見ていた。しかし、その眼には、睨みつけるような色があった。

 慌てて、シドが諭す。

「あのですね、もし今戦場なんかに出たら、それこそ乙さんの人生終わっちゃいますよ」

「わたしには、成さねばならぬ事があります。それを成すまでは、いかに戦場とはいえ死ぬつもりはございません」

「そうじゃないんですよ! ……とにかく! 誰かに仕官を求めておられるんであれば、王都で探す方が、ずっと早いんです。――あ、それより、今ここでセーティ様に仕官するのはいかがですか?」

 急に思いついたように、シドは人差し指を立てた。

「そうですよ! ノールバックの貴族の中でも名門中の名門ですし、いろいろ逆恨みされていますけど、女王陛下の信頼は特に篤いんですよ? ワオ! 名案!」

 興奮するシドとは対照的に、ゼクスは苦虫を噛み潰しているようであった。

 乙は留伊と顔を見合わせた。確かに、悪い話では無かった。また、長くゼクスの下にいた梅雪軒の事を考えても、心安いであろうと思える。

 つい、己の口で手柄云々とこだわっていたのも忘れて、乙はゼクスの言葉を待った。

「構わないことは、構わないが」

「まことでございますか!?」

 目を輝かせたのは、乙よりも留伊であった。

「よろしいのですか」

 乙も、裡の興奮を隠しつつ言った。

「条件さえ、飲んでくれればだが」

「条件……」

「まず、若菜をもう少し、私に使わせて欲しい。それと、シドの言葉ではないが、君たちには王都へ向かってもらう」

「それだけですか」

 ゼクスは頷いた。頷いたかと思うと、

「いや、もう一つ」

 と続けたが、しばしの間、考えを巡らしているようであった。

 ――側になれとなどとは、申されぬであろうが……。

 わずかに、緊張をしたものだが、さすがにそれは無かった。

「士官学校へ入ってもらおうか」

 ゼクスのこの言葉に、デュークが顔をしかめた。乙はそれを奇妙に見たが、

「士官学校……とは」

 これを確かめるのが今は先決であった。

「僕たちが王都で通っている学校です。将校の育成をしている所です。……周り、貴族ばっかですけどね。でも、門戸は誰にでも開いてますよ。成績次第ですが、卒業後は部隊長を任せられるのが基本です」

「では、そこに行けば、姫さまをお取立て下さるのですね」

 乙にとって、ますます悪い話では無い。武門に生まれた者の、第一の名誉こそ軍場にあるのである。

 ふと、話が急で、あまりにもうまく出来すぎているような気がした。

「姫さま」

「う、む……」

「無論の事、ご決断なされるのは姫さまでございます。ですが、良いお話かと存じます」

 ――そうなのだ。良い話なのだ。この機を逃せば、留伊や梅雪に、要らざる苦労をかけるやもしれぬのだ。

 機を見るに敏。この言葉を思い出しながら、乙は決断した。


 五


 門出を祝っているかのような、晴天であった。ガイエル邸の前庭で、三騎の馬が、背に、人を乗せるのを待っていた。

「短い間でしたが、ガイエル殿には本当にお世話になりました。このご恩は、いつか必ずお返しいたします。レイラ殿にも、お礼申し上げます」

 乙と留伊はガイエルとレイラへ礼を述べる。

「構わんよ。欲を言えば、もう少し居てもらいたかったがの。……それにしてもゼクスめ。ワシに断わりも無く、話進めよってからに」

 と、シドがそっぽを向いて表情を隠した。乙主従は、微苦笑を刷く。

 場にいる、ほとんどの者たちの笑顔の中にあって、浮かぬ顔をしているのが、メアリーであった。

「メアリー」

 乙は声をかけたが、メアリーは俯いた。

「泣くなメアリー。姫と姉上の、晴れの日だぞ。泣くやつがあるか」

 梅雪軒はメアリーの隣に立って、声音も優しく言った。

「そうですよメアリー。さ、姫さまに笑顔を見せて」

 留伊に励まされ、メアリーはおずおずと顔をあげた。今にも、泣き出してしまいそうであった。

「元気をお出しなさい」

 乙は微笑む。

「だって……せっかく、お友達になれたのに……」

「なにを申しているのです。離れるからといって、友では無くなるという法がどこにあります。わたしも留伊は、これからもずっと、メアリーとは友達です」

「乙さま……留伊さま……」

 メアリーはそれでも泣きそうな顔で二人を見つめた。が、すぐに涙を堪えて、無理やりではあっただろうが、笑顔を作った。

「お二人とも――頑張ってくださいね」

「はい。メアリーも」

「姫――そろそろ時間かと」

 もう少し、別れを惜しんでいたかったが、梅雪軒に促され、乙主従、デュークとシドは馬の背に乗った。

 日本では当時、婦女子の馬術修練は禁じられていたが、乙と留伊は密かに習っていたのであった。本邦ではひた隠しにしていなければならぬものが、こちらで役に立ったのである。

 もっとも、留伊は着物なので、跨る訳にもいかず、乙のうしろに腰掛けるように乗っている。

「お気をつけて」

 レイラの声に、乙と留伊は小さく頭を下げた。

 馬首を回したところで――、

「梅雪」

「はっ」

「お前も、くれぐれも気をつけるのだぞ」

 梅雪軒は、乙らを見送ったその足で、これから、メルベ山へ入らねばならぬのであった。鉱村の再探索を、ゼクスより命じられたのであった。

「きゃ奴、あの深手で、おそらく生きてはおるまいが、万が一ということもある」

「ご心配には及ばぬでしょう。仮に生きていたとして、まだ数日と経ってはおりませぬし、満足には動けぬでしょう。それに拙者には、姫よりお預かりした、この野田繁慶がございます。きっと、拙者を守って下さるかと」

「うむ……そうだな」

 乙はメルベ山の方角へ、顔を向けた。

「デューク、シド、お二人を頼むぞ」

 梅雪軒が馬上の二人へ釘を刺す。

「お任せください! お二人は僕が身を呈してでも!」

 シドは己の胸を叩いた。だが、デュークはため息を一つ、漏らすのみであった。

「行くぞ」

 デュークが馬腹を軽く蹴り、二騎に先んじた。

「僕らも行きましょう」

「ええ」

 短く答えて、乙も馬腹を蹴った。

 揺られながら、ふと、空を見上げる。

 雲の無い、どこまでも青い空であった。

「ここは日本ではございませぬし、日本晴れと申しますのは、おかしゅうございますね」

 留伊も空を見上げていた。

「うん。そう言われれば、そうだ。……どう、表すべきなのであろうな――」

「乙さーん! デュークってば勝手ですから、お早く!」

 気が付けば、デュークの馬影はすでに無く、シドが門を抜けた所で、停まっていた。

「留伊、あとで二人して考えよう」

「はい」

 留伊の腕に力がこもるのを待って、乙は手綱をしごいた。


 本来、作品紹介欄に記入すべきなのですが……これは第18回電撃小説大賞に応募したものの、見事に一次を通らなかった作品です。

 現代人が異世界や過去に行く、あるいは向こうの世界の住人がこちらに来る。というお話は良く見かけるものの、

 あれっ? そういえば、サムライが異世界に行くっつう話はまだ読んだことがないぞ?

 と、いう考えから生まれたものです。

 主人公がサムライだから、時代小説っぽい雰囲気の文章にしようとして、シバレン調を意識したら、こんな感じに十代の読者を置いてけぼりのものになっちまいました。

 とはいえ、まだまだ、柴田錬三郎氏の劣化コピーのまた劣化コピー程度でしょうか。

 

 一次落ちですが、愛着のある作品でしたので、せめてのものとして、こちらに投稿させていただきました。


 こんな読みづらい作品を、ここまで読んで頂いた方には感謝で言葉もありません。

 読んで頂き、本当にありがとうございました。  岸本

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