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Journals of the Dead  作者: 数奇者星
第一部 学園監獄編
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手記2

都会に生きる若者に、音楽プレイヤーは欠かせないものだ。それは都会の雑踏やけたたましい騒音から耳を守ってやるというだけでない。自分が、自分だけの世界にその心を浸らせるために必要な、必須アイテムでもある。ただの耳せんとは訳が違う。自分の気持ちがよくなる音楽、テンションが上がり、気分を落ち着けてくれる振動をそのまま脳に伝えてくれる。

耳は自分の意思で閉じることが出来ない。だから、うまく付き合う必要がある。

イヤホンは瞼とか唇と同じくらい重要なものだと、私は思っている。自分が自分であるために。


あの日も私は、そんな風にして自分の世界に入っていた。だから自分の目の前の光景に、なにも気づかなかった。


編隊を組んで飛んでいたヘリコプター。都内でやたらと走っているのを見かけた、自衛隊の車。車の事故の多発と、電車の遅滞。ひっきりなしに聞こえるサイレン。交通止め。鋭い眼光で無線を取り合いながら、街の中を走る警官たち。


でも私はそんなものに目もくれずに、携帯電話で学外の友人たちにおくるメールを打ち込みながら、音楽ロック調の激しい洋楽を聞きながら電車を乗り継いで行た。私にとっては退屈な学園での生活の前の、今ある最後の自由な時間が大事だった。それに、そうした厄介事は自分とは関係ないと思っていた。


だってそうじゃないか。


凄惨な事件がとか大変ゆゆしき事態だとか、いつだってテレビや新聞はかきたてるけれど、それだってしばらくすればみんなけろりとして何にもなかったかのように過ごしている。ウチの叔母なんか、そうだ。一日中テレビにかじりついて、「かわいそうにねえ」「なんてひどい」「こわいわねえ」なんてことを母と毎朝交わしている。

そんなことを毎日毎日言っていて、おかしいだなんて思わないのだろうか。他人の悲劇や、誰かの凶行が、たったそれだけの言葉で済まされていいのか。機械的に事務的に反射的にそういっているだけじゃないのか。

これは、ほとんどのテレビにいえることだ。現実を一部分だけ切り取って、それでまじめ腐った顔をしてもっともらしい言葉を言う。

でもそれは大抵、もっともらしいだけの言葉だ。何の重みも価値もない、だれかが思っているであろう言葉。誰かが言うであろう言葉を言っているだけだ。

最大公約数ってやつだ。見ている人が不快にならないよう、適当なことで場を濁す。

そうして大事だったはずのこともルーチン化してしまえば、どんな意味のある言葉だってその本当の価値を失ってしまう。

水槽だって、綺麗な水を保つにはをフィルターをまめに変えないといけない。


いや、というよりはティーパックだ。

使い古したティーパックは、薄くてまずくて、古くさいお茶しか出すことができないんじゃないだろうか。

だから私たちは、出されたマズイお茶に、みんな見向きもしなくなっていくんだ。お茶を出すのは、一応の礼儀だったり習慣だから一応する。でも、まずかったら誰も飲まない。そういうことだろ。

だから私たちはテレビが何か言っていることに見向きもしなくなるし、つけるのもうんざりしてくる。こういう風に感じているのは自分だけじゃないと思う。

頭のエライ人は若い人をバカだバカだというけれど、それくらいは分かるんだ。


でも、気づかなかったのは私だけの責任だろうか。

誰が思うんだ?いつも必要以上に騒ぎ立て、あおり立てるだけのニュースが、テレビが、みんな一斉に口をつぐんでしまうなんて。

本当に危険な出来事を前に、何も知らせようとしなくなるなんて。


ほかにも、深夜に起きた緊急速報。何かを言おうとして、突然消えたレポーター。映像の途切れた中継。

不自然なほどのCM入り。


彼らは自分たちが伝えるべき言葉を、喉の奥にひっこんだまま、ただただ嘘をつかない程度に事実を伝えるようにしていた。


後から聞いた話しによれば、政府が事態を本格的に認めたのは、海外でも同様の事例があったことが認められたからだって言うじゃないか。それでも政府は詳しいことを何も言おうとはせずに、とにかく自宅から出ないようにとしか言わなかったらしい。

大人たちがどうしようとしていたのかは知らない。こっそりと事態を収拾する可能性に賭けていたのかもしれないし、そうしなければもっと悪いことが起こると思って、あえてそうしたのかもしれない。

それが彼らにとっては、最善の選択肢だったのかもしれない。彼らにとって。


それでも、思ってしまう。彼らの誰かが、声を上げてくれていたら。真実を叫ぶことができたのならば。


今の状況は少しでも変わっていたのだろうか。死ぬべきでなかった人間たちは、生きることが出来たんじゃないだろうか。

それともみんながパニックになってめちゃくちゃになって、今よりもっとひどくなっていたんだろうか。

どちらにせよ、今となってはテレビをつけても、砂嵐以外見えるものはない。くだらない話も、乾いた笑い声も、テレビからは聞こえない。


私たちに聞こえるのは、誰かの叫び声か、すすり泣く声。

あるいは亡者たちが時折発する、うめき声だけだ。


だから私は、今日もずっとイヤホンをしたまま眠りに就く。

少しでも、彼らの声が聞こえぬように。耳にこびりついた音を、忘れるために。

自分が、自分であるために。



―――中田汐織

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