表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Journals of the Dead  作者: 数奇者星
第一部 学園監獄編
6/33

第一話 赤と白(4)

学生寮から五分ほど歩き、日和良は学園の中心にある広場にまで連れてこられた。


「どうしたのよ、こんなとこにまで引っ張って。月見酒にはちと時期外れじゃない?」

「いや、いいじゃんか。そんな日もあるって」

そう言って、響はベンチに腰を落とす。日和良もそれに続く。


「松浪とクリス。いい奴だよな」

「……そうね。クリスは気安く接してくれるし、松浪さんもいい人よね。二人、仲がいいのもわかるわ」

二人とも、これまでほとんど接触がなかったのが悔やまれるくらい、気の合う相手だ。あの二人を通じてほかの学生とも付き合いを重なれば、友達を増やしていくことも難しいことではないだろう。

今のところ評判こそ良くないが、学生同士での付き合いでも問題のある相手ではないとしれれば、それだけでも十分だ。


「なあ。あの二人を、本気で打算だけで仲良くしようと思ってたのか」

それはもはや質問ではなかった。響はこういう時遠慮なく問い詰めてくる。


「……わかってるわよ」

白い息を闇に溶かしながら、足元をみつめる。

こうやって、人との繋がりを作れば、居場所が出来ていく。逃げ出すはずのこの学校という場所で。

居心地のいい場所を作っているのだ。


矛盾しているのだ。私たちのやっていることは。


居心地の悪いはずの場所から逃げ出そうとしていたはずが、少しずつ慣れて、認めて、そうして当たり前になっていく。

オペレーション友達?それは本当か?

目指す場所は違っていても、結局は同じことをやっている。

ただただ以前は軽蔑していただけの、「ごく普通の」学生と。

ただただ何も考えず、毎日を謳歌する若者。

それとなんら、変わらない。


それに、と唾を呑みこんでから響は言った。


「おまえ、ひょっとして私らに罪悪感……あるんじゃないか」

響は言葉を噛みしめるようにして、日和良に話しかける。

「誘ったのは自分で、巻きこんじまったとか考えて……そんで、今私らをあっちに馴染ませようとしてるんじゃないか?」


「……あんたも、色々考える奴よね」

大森響の本質は、その態度や容姿とは裏腹だ。

繊細で心の機微に敏感で、そして傷つきやすい。だからこそ彼女は敵に対して冷ややかであり、仲間に対しての温情に厚い。友人でいたいと、思わせてくれる。

そんな彼女だからこそ、色々なものが見える。色々なことを、分かってくれる。

「買い被りすぎ。考えることはあるけれど、そこまで深い人間じゃないわよ、私は。何でも間でも他人の責任までひっかぶっるのも、失礼だって知ってるわ」

日和良は大仰に肩をすくめると、響に向かってはっきりといった。


「私はこれまでと同じ。こうしたいから、こうすべきだと思うから今行動している。それだけよ」

そうして相手の目を見据える。響はしばらくそのまま瞬きを繰り返すと、視線を外した。

「ならいいんだ」

響が隣に並ぶ。どこを見るともなしに、夜の山の向こうを見つめている。


二人は黙って、しばらくそうしていた。


「綺麗だな」響が呟く。あまりにも真っ直ぐな言葉。だから私も、思いついた言葉で返す。

「……こういうのも、青春かな」

「だろな。つまんない、当たり前の、何でもない毎日だよ」

「でも、悪くないと思える……のかな?」

友達とあれこれ騒いで、おしゃべりして、ぼんやりとあさっての方を見つめる。勉強もスポーツもしてないけど、多分こういうのがこの学校にいる生徒の正しい青春なんだろう。打ち込むモノがなくったって。みんなと一緒なら、なんとなくでも生きていける。

「ま、一人で歩いてるんじゃないってわかってりゃ、大丈夫だよ。みんなさ」

明確な目標や倒すべき敵。超えるべき壁。そんなものがなくっても、人は困らない。


「かもな。……てかお前寒くね?」

「寝間着のまま連れ出したのはアンタでしょーが!」

そう言って、二人笑いながら、肩を震わせながら、寮へ歩きだす。そうして、夜空を眺める。

星はきれいだけど私だけのものじゃない。友達はいるけど、私だけの友達じゃない。

特別なものは何一つない。何でもない一日。

でも悪くない。そう思える。


「明日は明日で、声掛けるわよ。それが、私らだから」

へいへい、と響は片手をひらひらさせながら答える。


まあいいさ。何かが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。それでいい。

自分は一人でないと、それだけを分かっていれば。


なんとなくいい気分になった日和良は、ふとその視覚のなかで、違和感を感じた。

そうして、じっと寮の四階を見つめる。

「……?」

隅の部屋のカーテンが揺れた気がした、のだが。

気のせいだろうか。いや……。

まあいいさ。大きな欠伸をしながら、日和良は寮まで歩いた。



橘夕の部屋として割り当てられたのは、最上階の奥にある一室だった。

元は物置代わりに使われていた部屋だが、掃除されており埃臭さは感じない。

何より、他よりも狭いため一人部屋なのがありがたかった。

窓の外に立つ人影から視線を外し、夕は簡素なベッドの上に座りこむ。


部屋の天井を見つめながら、今日一日を振り返る。


優しげな言葉をかけながら、迎えてくれた理事長。

人の良さそうな笑みで、自分を案内してくれた副会長。

才能にあふれ、青春を謳歌している学生。

食事しながら、おしゃべりに講じる者たち。


「くだらない」


そう一人ごちると、一度上着を脱ぐ。上半身裸になったまま、喉元につけていたチョーカーを外し、しばし手をはわせる。そこにあるしこりを確かめながら、自分の体を確かめる。

華奢な体に、整った顔だち。体の随所に擦過傷ややけどの跡さえなければ、十二分に魅力的な女性と間違えるかもしれない。加えて、ボクサーパンツを脱がなければの話だが。


そうして、机の上に置いたノートを見つめる。鍵をかけられるノート。自分だけが読めるような、自分にしか吐き出せない思いを書くノート。

杉村は何と言っていたか。「これは、みんながもらうノート。鳳凛の学生の証しみたいなもの」

夕はしばしそれを見つめると、ボストンバッグの底に手を突っ込む。そこから隠し入れてあったライターを取り出し、親指に力を込める。薄暗い部屋を小さな火が照らし出し、全てを明らかにする。

その火の中にノートの端を突っ込んだ。


火が、ノートを炙り形を変えながら、踊る。


その灯りを見つめながら、夕は今日図書室でした会話を思い出す。


長いまつ毛。人形めいた面持ち。人を測る様な視線。

「―――あの人は、殺されたのよ」あの女はそう言った。

そんなことは知っている。問題は、殺したのは誰か、だ。

「―――そうよ。学内の生徒がやったのよ。でも、誰かは分からない。それでも学園は揉み消した。ここはそういう場所なのよ」女の唇が、歪む。

そうだ。誰も傷つかず、誰も困らず、何もなかった。そういうことにされる。鳳凛学園は、そういう場所だ。


「クソ野郎どもめ」


楽しい学園生活?素晴らしい青春?学ぶ機会?

偽善者め。お前たちの悪行を、俺は知っている。


火が手元に迫る中、その半分燃えカスになったノートを、ゴミ箱の中に投げ込む。

頭の中に残った女の声が、耳朶を打つ。

「―――貴方が一体何をする気かは知らないけど、楽しみにしているわ」

好きにすればいいさ。

お前たちが何であれ、何者であれ、関係はない。俺のできることなど高が知れている。

死人はかえらない。だから、人間に出来るのは死人を増やし続けることだ。


深い闇の帳の中で、暫くその火は一人の少年の影法師を窓に投げかける。

そうしてやがて燃え尽きると、再び全ては闇の中に消えた。



第一話 了

次話からようやくゾンビの登場となります。お待たせしました。

が、その前に手記をちょっとだけやります。すいませんが、もうしばらくのご辛抱を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ