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Journals of the Dead  作者: 数奇者星
第一部 学園監獄編
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第一話 赤と白(2)

かくして小林日和良こばやしひよら大森響おおもりひびき木仲絵美きなかえみの三人による作戦―――「オペレーション友達」が始まった。

やるべきことは一つ。よく知らない学生相手を、友達にすることだ。

まずは景気づけ、勢いをつけてこれからの活動に弾みをつけたい。そんな合意がなされたため、最初に声をかける相手についてはスムーズに決まった。

同学年で顔見知り程度の相手。それでいて、声をかけても嫌がられない人。

「松浪さん、だよね」

「あ、えと、はい。あなたたちは、えっと……」

東校舎のと体育館の間。寒々しい花壇の前に、彼女はいた。

花壇を眺める姿勢から腰を浮かし、少女は三人に向き直った。

垂れ下がった眼に、ふっくらとした頬。

植物の世話が好きな、園芸部の松浪曜子(まつなみようこ)が最初のターゲットだった。


突然話しかけられて、戸惑っている彼女に、日和良は告げる。

「ああ、気にしないで。話しかけたのはこれがほとんど初めてだから、私たち。私は小林日和良。こっちのかわいいのが木仲絵美、大きい方が大宮響」

どうも、と互いに挨拶を交わす。驚いてはいるようだけど、嫌そうな感じはしない。

「ええと、私は松浪曜子です。ええと、それで……突然、どうかしたの?」

「うん。いや、冬休みなのに学校にきてるしさ。あー、よかったら、この機会に友達増やしてみようと思って」

あれこれ考えてはいたが、結局真っ向から行くことに日和良はした。これが自分の性分なのだ。

そう答えると、松浪は少しだけほっとした顔になった。

「そうなんだ。それで、声かけてくれたんだ」

「うん」

「ありがとう」

そんな態度だけでも彼女の人柄は知れるというものだろう。

荒れ果てていた校舎横の花壇を復活させたり、用務員の雑用を手伝ったり。園芸部に在籍する彼女の聖人ぶりは、日和良たちも実際に目にしていた。

変な下心を抜きにしても、友達になりたいと思える相手だった。

「ま、いきなりお友達になりましょうってのもあれだし、よかったら晩御飯でも一緒に食べようって感じで、どう、よ」

ちょっと照れてしまった。日和良としても、こういう風に声をかけるのは初めてのことだった。

響も絵美も、やや緊張した面持ちで松浪を見ている。


「……うん。クラスのお友達も、みんな来るのは明日だから。話し相手ができて私も嬉しいよ」


そういって、松浪は春の花のような笑顔を向けてきてくれた。

響が息をついたのがわかった。よかったね、と絵美も笑う。

「クラスとかが違うと、知り合いが増えにくいしね。せっかくの学園生活なんだし、それはもったいないよね」

絵美が前に出て、手を伸ばす。その手をそっと握り返して、松浪も笑顔を見せた。

「うん。素敵な考え方だと思う」

絵美とはちょっとタイプが違うが、彼女も癒し系キャラだ。たんぽぽと、チューリップといったところか。かわいらしい。

「食堂って、第一食堂だよね。それなら、私と同室の子もつれていきたいんだけど、いいかな」

「もちろん。にぎやかな方がいいしね」

願ったりもない提案だ。思わず二人と視線を交わす。

「今も花壇の面倒を?」

「うん、ちょっとチューリップの球根をみてたの。寒そうなのに、大変だねって」

「あ、噂の植物とお喋りッて云う奴?」

もうそういうのじゃないよ。そう言って少し膨れてみせる。そんな仕草までいちいちかわいい。

「植物に話しかけるとね、普通より元気に育つって言うじゃない。だから、私もね。……雪が降ったりする寒い中でも、がんばれ、ってね」

日和良もしゃがみこみ、かすかに雪が残った土を見つめる。

「聞いたか―。お母さんがそう言ってんだから、がんばれよ、おまえらー」

「おい、おまえ呼ばわりとか球根さんに喧嘩売ってんのか?さんつけろよ」響が口を挟んだ。

「なんで球根の方が私より偉いのよ!」

などというやり取りをしながら、四人は笑う。

「春が楽しみだね」絵美が呟く。

うん。そうだね。土の間から少しだけ頭を出した球根たちを、松浪は慈しむように見つめる。

寒空の下で、春を待つ少女か。

日和良にはそんな彼女がまぶしく見えるのだった。



と、駐車場のほうに視線が伸びて、ふと尋ねてみた。

「そういえば、さっき理事長が帰ってきたけど、見た?」

「あ、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしていたから……音は聞こえたけど」

それがどうかしたの?と松浪は首をかしげる。

「いや、それがね」

日和良はさっき車から見知らぬ少女が見えたことを話した。

「なんだ。そんなのが見えたのかよ」「転入生ってことかなあ。こんな時期に不思議だけど」

「そ、そういえば、この前うちの寮の四階の部屋を整理してなかった?もしかして、あの部屋じゃない?」

松浪の言葉に、響が続いた。

「ああ。空き部屋になってたところだろ。大掃除じゃなかったのかもな」

「ふうん。じゃあ、一人部屋になるのか?というか、もう寮の部屋っていっぱいだっけ?」

基本的に寮生活において、部屋は二人で一つである。日和良は絵美と同室だからそんなに問題はないが、響はちょっとうらやましそうな顔をした。



「そっか。それじゃあ、その転校生さんも食事に誘うの?」

そんな松浪の言葉に、ふむん、と日和良は考える。計画は抜きにしても、個人的に興味があった。

「そうね……せっかくだから、それもいいかな」

「うーん、でもよ」

と、響が割って入ってきた。

「久しぶりの転入生だったら、面倒を見てくれる人がいるんじゃねーの?」

そう言われて、日和良にもピンと来る相手がいた。

「丁度今一人来てるんだしな。うちの、「面倒見がいい」生徒会副会長様がさ」



食堂に食料を、購買部に雑貨を置きに行った後、橘夕たちばなゆうは職員室につれてこられた。

それから教師陣にあいさつした後、応接室で人心地ついた。

「こちらが事務棟になるわ。お隣が東校舎で、ここからちょっと行ったところが西校舎。特別科目はそっちで受けてもらいます。食堂はさっき言ったからわかるわね。

それから、その裏手に職員棟があるわ。大人はみんなそちらで寝泊まりしています」

先ほど見た限りでは、男性の教師も多かった。女子生徒と寮が違うのは、そのせいだろうか。

「ええそうよ。淑女を育てるという責任を持っているわけですから、ご家族の方達が気にやまないようにそうしています。あなたに入ってもらう宿舎は、学園から出て二十メートルほどのところ。」

それから、体育館は門から入ってすぐのところにあったという。

「スポーツはお盛んなんですか?」

「ええ。ここでは、皆さん勉強やスポーツに、雑念なく打ち込んでいます。特にアーチェリーでは、県大会でも好成績を収めています。ちなみに橘さん、スポーツは?」

夕は首を振った。

「あまり。静かに本を読んでたりする方が性に合っています」

「そう。それはよかったわ。読まれる本は知りませんけど、西校舎の地下にある書庫には結構な数の良書があります。最近の物は知りませんが、あなたの気に入る物もあると思うわ」

「楽しみにしておきます」

そうやって二人歓談していると、ドアがノックされた。

「……ああ、ちょうどきたみたいね。それじゃあ、あまり年寄りと話していても楽しくないでしょうし、そろそろお若い人と変わりましょうか。どうぞ」

失礼します、とドア越しの声とともに扉が開いた。

「はじめまして」

ヘアバンドでだされたおでこに、くっきりとした眉。

意思の強そうな瞳をもった、清潔感のある少女がそこにいた。

「彼女が来学期からこちらに通うことになりました。橘夕さん。一年生よ」

「二年で生徒会副会長をやらせてもらっています、杉村明里すぎむらあかりです。どうぞよろしくね」

清楚で朗らかな笑みに、よろしく、と出来るだけ失礼のないように返した。

「杉村さんは、生徒会に二年連続で所属している方で、成績優秀で品行方正、鳳凛の生徒の模範となれる生徒です。それじゃあ、このあとは貴方が学内を案内してあげてね。お願いするわ」

はい、と杉村は笑顔で答えると、改めて向き直った。

「それじゃあ、行きましょうか。橘さん」

二人は理事長室を出て、職員室の教師たちに会釈しながら廊下に出た。


「ふう」

と、杉村は途端にため息をついて、

「お疲れ様。お喋りでしょ、うちの理事長」

先ほどより少し砕けた口調で、そう話しかけてきた。

「あんまり緊張はしないでいいわよ。理事長がどういっていたかは知らないけど、学生はみんな割とのんびりやってるから、ね。ミッション系なんてのも形だけだし、スポーツや勉強も程々だし。それに何より、私みたいなのが副会長をやってるくらいなんだから」

どうやら、此方の緊張をほぐそうとしてくれているらしい。それを理解した有は、こくんと頷いた。

「分かってくれたんなら、よし。不便も多いし、戸惑うことも多いと思うけど、大丈夫。みんな、いい人だからね」

「……ありがとうございます」

なんと答えるべきか暫く考えた後、もっとも無難な答えを夕は返した。

それを緊張と捉えたのか、杉村は満足げに頷いた後、「学内の案内を始めようか」といった。

「まあ、そんな変わったところもないし、楽しいかどうかはともかく……」

そう言って、杉村はそっと窓の外に視線をよこした。

「ここは色々個性的な生徒も多いから。面白い友達は、いるかもしれないわね」



化学室は東校舎の三階の奥に位置する。長期休暇において本来ならば科目室は閉じられているはずだが、そこだけは違った。

日和良がドアに手をかけると、鍵を開けるまでもなくがらがらと音を立て開いた。

「ありゃ。お間抜け三人組じゃないの。何してんのさ」

黒塗りの巨大な机に顔を押しつけながら、少女は問うてきた。

気だるげな表情と、寝ぐせのままの髪の毛。

彼女が学園でも怪人物として名高い鳴海聡子なるみさとこだ。

小中と神童ともてはやされ、数々のコンクールなどで優秀な成績を残していた才女だ。

しかしその好奇心があだとなったのか、なんでも一度火薬を使った実験でボヤ騒ぎを起こし、ここに入れられる事になったとのこと。実はヤバい薬を作っていたとか、ほんとは学校を爆破しようとしていたとか、そういった類の噂がささやかれているが、その真偽は不明だ。

ただ彼女はいつも化学室にこもり、得体のしれない何かをやっているということだけが、周囲の人間が知ることのできる彼女の姿だった。

「まーたなんか企んでんのさ?」

「中国三千年の技、黙秘拳を行使します」

そう言って日和良がファイティングポーズをとると、無邪気な顔で鳴海は笑う。

「殴って黙らせるのか、黙らなきゃ殴るのか?」「それどっちも同じだよ響ちゃん」

「わはは、分かりやすいねアンタら。ま、どうでもいいけどね」

とろんとした目つきで、ばっさり切り捨てられる。そうしていかにもどうでもいいという体で、眼を閉じられる。およそ人との応対をしようという気力を感じられない姿だった。


「それはまあ置いといて。それよりも、ちょっとお話があるんだけど」

「何だわさ。アタシはさっさと、自分だけの世界にこもりきりたいんだけど」

「まあまあ、あ、コーヒー入れてくれるんだったら、ミルクよろしく」

フラスコに入っているコーヒ―を見て、あつかましく日和良はそう言い放つ。

「三人分はないだわさ。友情にひびが入るから、これはアタシが全部処理するわ」

めがねを曇らせながら、アルコールランプで沸かしたコーヒーをすする。

「まああんたらのノリは、私も嫌いじゃないけどさ。その無駄なエネルギーは、きっと地球温暖化に一役買ってると私は見てるね」

「そりゃどうも。その割には相変わらず学園内はクソ寒いけどね。で、話なんだけど。夕食みんなで取るんだけど、どう?」

「遠慮しとくわさ」

そう言って肩をすくめる。「ま、おしゃべりは嫌いじゃないけど、飯食いながら話すのは下品だってアインシュタインも言ってたし。舌は味わう為にある、って舌を出した写真もとられてたっしょ?」

「あれ、そうだっけ……?」騙されてるぞ、絵美。


へらへらと笑う鳴海。

彼女とはそれなりに付き合いがある。

鳴海の持っている知識は幅広く、以前の脱走の前にも下準備として色々と山登りで大事な人間なメカニズムなどの話もしてくれたのだ。

最も、彼女自身に脱走を手伝ったというつもりはなく、あくまで質問に答えただけだという言い分を学園側も認めた。そのため彼女に対しては、特におとがめはなし。

誰とでも仲が良くて、誰とも仲が良くない。それが鳴海聡子だった。

「そっか。まあ、アンタはそういう感じのことを言うんじゃないかって思ってたけど」

「ま、それがアタシのスタンスなんで。あんたたちも、風邪引かないようにさっさと部屋に帰りな」

「へいへい」

「まったく。こんなクソ寒いのに学校ない歩き回ってるのは、あんたらぐらいだわな。あと、杉ちゃんか」

「杉ちゃん手……杉村が、どうしたって?」日和良が頬をつつきながら言う。

「ああ。だから、杉ちゃんは、新入生を案内しに行ったわけさ。生徒会副会長としての仕事だからって」

「予想どおりっつー感じだな」響が肩をすくめた。

「謎の転校生ねえ。いやしかし、そうなると今日はタイミング悪いかもね」

彼女はまずそうにコーヒーをすすりながら、指先でテーブルをつついた。

正確にはその下に居る何者かに、指先を向けた。

「今日はよりにもよって、魔女がいる日だからね」



夕はそれから図書館まで案内するよう頼んだ。彼女はとくに何でもないようにふるまっていたが、前を歩く間にため息を何度か漏らしたのを見逃さなかった。

「ええ。まあ、そうねえ。此処に居る人は、ちょっと変わっているけれど……気にしないようにね」

そんな得体のしれない忠告を受けながら、夕は杉村のあとを歩いた。

西校舎の地下。どことなく埃臭い空間に、本が所狭しと並べられている。

「あら、お客さん?」

そう言って、カウンターに座っていた女子生徒が顔を挙げた。

「ああ、そちらが噂の転校生?図書委員の霧生詠きりゅうよみです。よろしく」

その姿に、夕は一瞬心を奪われた。

女子高生離れした艶のあるほほ笑み。日本人形のように整えられた挑発でありながら、肌はフランス人形を思い起こさせる白さを見せていた。

「橘夕です。よろしく」

「あなた、お料理とか得意?」

不意にそんな質問が投げかけられた。

「簡単なものなら。あまり、手の込んだものは」

「あら、どうしたの桐生さん。料理部にでも入ったの?」

ぎこちなく笑いながら、杉村が会話に入ってきた。しかし、桐生はまじまじと視線を夕から放さない。

「あなた……そう、いい手ね。慣れているわ。器用で、いろんなことが出来る手ね」

独り言のように呟く桐生に、夕は強引に手をひっこめた。

なるほど。相当な曲者らしいということは、夕にもよくわかった。


「ああそういえば、桐生さん。橘さんも読書が好きらしいの。ね」

気まずくなりかけた雰囲気の中で、杉村がそう水を向けてきた。

「ええ。ミステリーやサスペンスはありますか?」

「もちろん。数少ない娯楽だから、頻繁に仕入れているわ。中にはお嬢様が読むには過激なのもあるわ」

「桐生さん。変な方向に橘さんを連れてかないように」

それはごめんなさいね、とくすくすと笑う。歯を見せない、上品な笑い方だ。

対する杉村の笑みはぎこちない。腫れものに触れるような態度を訝しく思いながら、本棚を案内する彼女のあとを歩く。

「こっちの、手前にある方が新しい作品。人気のあるのはみんな予約しちゃって、殆ど見かけることはできないから、向こうに張り出してある人気ランキングを見て予約を入れて。それから、あっちが外国の作品で―――」

ふらり、と不意に本棚に手をついた。俯いて息を荒げる。

「だ、大丈夫!?霧生さん」

「あ、ごめんなさい。少し……ごめんなさいね」

「保健室まで行く?」いえ、と霧生は首を振った。

「お水……何か飲み物でも、買ってきてもらえないかしら」

わかったわ。霧生に肩を貸して座らせると、杉村は階段を上って行った。


「今のは演技ですか?」

「あら、私が貧弱なのは本当よ。ただ、私がそのことをどのタイミングで思い出すかどうか、の問題」

そう言って悪戯の共犯者に向けるような笑みを浮かべる。

「杉村さんはいい人よね」

「からかう分には、そうでしょう」貴方にとっては。

「ふふ、そうかもね」


「ところで、貴方何かを探しているようだけど……今なら、どんな質問にも答えてあげるわ」


彼女の言葉に、心臓が一瞬跳ね上がる。

しかしそれを一歳表情にも仕草にも見せることなく、夕は霧生を見据える。


「何が言いたいんですか?」

「勘違いならいいのよ。ただ、私は思ったことを口に出しただけ。でも、杉村さんには答えられない質問を、私は答えてあげられると思うわ」


それから、夕はしばらく黙って本棚を眺めた後、一つの質問をした。


その質問に、霧生は答えた。


「ええ。人が、死んだのよ。―――この学校でね」

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