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Journals of the Dead  作者: 数奇者星
第一部 学園監獄編
26/33

手記7

何もかも変った世界にいて私がふと思い出してしまうのは、昔のことだ。

みんなはやったことはないだろうか。一日先生、という特別科目は。

ようは小学校だか中学校高の時分に、高学年の生徒が低学年の生徒に先生代わりになにがしかを教えてみようという授業だ。普段とは違う立場、違う目線から物事を見てみようということで、まあそれは大事なことだと思う。情操教育だとか道徳だとかはよくわからないけど、実際そういう風に別の立場に立って見ると、またいろいろと得るものがあるとされている。

しかしその実態は、大体が一過性のもので、のど元過ぎれば何とやらにすぎなくて、先生は依然としてサボる分には厄介な相手だし、真面目に授業していたって詰まらない授業はつまらない。得るものがどれくらいあるんだっていう程度の授業だ。

大体私のところでは壇上にたってみればそんな感じでで、みんな言葉を詰まらせたり適当にお茶を濁しながら、白けた空気や気もそぞろな生徒たちを相手に時間をつぶす。

まあ適当にお調子者の奴とか真面目な委員長とかはそれなりにこなしていたけれど。

でも、私が一番覚えているのは普段は目立たない一人の生徒が、その授業で気炎を上げていたことだ。

いわゆるいけてないグループに属している彼とは言葉もあまり交わしたことはなく、たまたま同じグループに割り振られていただけの相手だった。

そんな彼だったけれど、壇上に立って話し始めてみると、意外にも人を引き付けていたり堂々としたそぶりで見事下級生たちをまとめ上げて授業を成立させていた。

まあ教えることと言っても自由発表とか学生生活のいろはとかそういうものだったんだけれど、その時だけ彼は別人のように堂々と上級生の威厳を以てして授業を進めていった。

グループの他の皆も驚いて彼の手伝い役としての職務を全うしていた。呆気に取られながら、私もそうしていた。

そんな風に機嫌よくしていた彼だけれど、トラブルは起きた。教室の中にいたやんちゃそうな生徒が、途中で携帯を鳴らして廊下へ向かおうとしたのだ。

その時に彼は、どなり声を挙げてそれを制止していた。私はそれにおどろいてしまった。

彼自体その後は別になんてことはない普段の彼に戻ったのだけれども、とにかく彼のその時の振る舞いは

先生や周りの生徒から評価されることになった。

それ以来若干自信を付けたらしく、彼は他の女生徒と付き合い始めたりしたわけなのだけど、それはまた別の話になるのだろうか。


つまり私が言いたいのは、人間教える立場になってやろうと思えば、意外と簡単になることができるということなのだ。そういう立場を与えられて、それらしい態度をとることが出来るのならば。

いや、なにも話すないようそれ自体は特別でなくてもいい。

ちょっと奇をてらってみたり、自分にしかないと思えるような経験を付け足したり、もっともらしい場所、つまりまじめに聞こうとしてくれている人たちがいる場所で語りさえすれば、それはそれで教える側でいれるわけである。

別に私はそういう人のことを否定しているわけではない。けれども私がみんなみたいにそういう人を素直に称賛できないのは、その人の言葉がどこからきているのか、と言うのがよくわからなくなるからだ。

つまり私たちは、私たち自身の本当のすごさとか立場とかを超えて、人に何かを語りかけてしまったりできるのだ。

話すべきでないことも、語るべきでないことも。


こんがらがってきた。

つまり私が言いたいのは、そう、権力というやつはすごい危険なんじゃないかということだ。

彼に与えられた教師役という立場が、彼を何か人の上に立たせる力を与えていたんじゃないか。私にはそう思えてならない。そういうところで目ざめたのも、彼自身の資質だと言われればそうかもしれない。

でもそれ以上の何かに突き動かされる様に、彼が動いていたように思えてならないのだ。


今私たちはこれまであった何もかもを失って、新しい秩序が生み出されようとしている。

確かにまあ、うちの教師どものやらかしたことはぶっちゃけ最悪だし最低だったし、ああいうことになるのは当然のことだと思う。けれども残された子供たちの中で、まるで神様みたいに霧生を崇める人がいる。

私はそれが、少し怖い。

彼女は世の中がめちゃくちゃになってから、まるで眠れる獅子とでも言う風に積極的に皆を命令する立場に立って、色々な問題を取りまとめてきた。

彼女のそれまで不気味にしか思われなかった得体の知れなさみたいなものは、今はもはや神秘性とかのものにすり替わっている。

霧生は確かに物事を私たちみたいにぶれブレで見ていない。けど、けれども私は時折彼女の態度を見ていて思ってしまう。彼女のそれはひょっとして、私たちとは別の場所に立っているからそういう風に見れるんじゃないか、と。

私たちみたいに暴れ狂う激流の上でゆれゆれな船の上じゃない。まるで海の中にいる魚みたいに、激流の中を悠然と泳いでいる。どんな状況になっても、それを思っていないんじゃないかと思う。

私たちが彼女に船長の役割を期待するのは、ひどく間違いなきがするのだ。私たちのかじ取りを任せるべきではないという気がするのだ。

水の上からみた川と、水の中から見た川は違うものじゃないか。


彼女が教壇に立った時。立つことを任された時。果たして一体何が起こるのか。どうなるのか。

私にはそれが一番怖い。



―――二岡瀬良

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