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Journals of the Dead  作者: 数奇者星
第一部 学園監獄編
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手記6


私は、自分をそれなりの人間だと思っていた。

別に、根拠あってのことじゃあない。普段の私はと言えば、教師には従順で友達だってそれなり、勉強だって、平均よりちょっと上くらい。

けれども内心では、周りにいる人たちを皆馬鹿にしていた。


こっちが適当に合わせていたら、直ぐに心をゆるしていつも人の後ろにくっついてくるお人よし。ちょっと話に笑ってやったら、すぐに上機嫌になるお調子者。泣きごとにつきやってやったら、何でもかんでも相談してくる甘ったれ。それに、結局こんなところで働いている馬鹿な教師たち。周りにいる奴らは、みんなそんな連中だと私は嘲笑っていた。

そんな周囲に合わせていながらも、誰にも内心を詠まれていない自分も気に入っていた。

そういう風に心の奥で他人を軽蔑して馬鹿にして、自分を特別だと信じていた。

今の自分は仮の存在で、本当の自分はもっと別の姿をもっている。私はそういう風に自分を評価していた。


そういう意味では、この騒動は痛快とも言える。

普段は自分たちは不幸なんて知らない顔で楽しそうにしているクラスメイトや、内申点ほしさに偉そうにしている生徒会役員ども、他にはいつも馬鹿みたいに走りまわってる運動部の連中だとか、そういう人たちが皆不安げな顔をしていたのは、滅多に見られるものじゃあない。

病気を感染させられた奴は、皆間抜けだ。あんな風にのろのろと歩いている連中にかまれるなんて、逆に器用なんじゃないか?

私にはそう思うことが出来て、そのことに安堵していた。

私は特別なんだと。人とは違うんだと。


それは、最初のあの騒動。学園内でのパニックの後でも、揺らぐことはなかった。


そりゃ、最初はびっくりした。けれど、周りの人間がパニクっていると、不思議と自分は落ち着いてくるものだ。だから私は不思議とリラックスしていた。泡を食っている皆の姿が、おかしいなと思うくらい、心にゆとりがあった。みんなの姿がおかしかったのだ。人間、どんな状況でも笑えると思えば笑えるものだ。

私はほかの学生たちのように、ただただ右往左往していたわけじゃあないし、あそこまでみっともないわけじゃあなかったと思った。


だから、そのあと改めて自体が異常な方向に定まった時も、私の心が躍ったことをおかしいとは思わない。

百人が百人、同じ悲しみを共有できるわけでも、同じ喜びを共有できるわけでもない。

人間はそういう風にはできていない。働きアリ、怠けありの論理と同じだ。人間は集団になれば、必ず同じ行動をとるようにできない。だからまあ、私の精神状態もそんな珍しいものじゃないと思う。

一人くらいは、状況の変化を喜んで受け入れる者もいる。これは統計的な問題だ。

むしろこれから、いったいどうしてやろうかとわくわくしていた。

そして、目の前で繰り広げられた非日常的な光景にもわくわくしていた。


特に、絶体絶命のような状況を、見事ひっくり返した霧生先輩はすごいと思っていた。

以前から、彼女は只者ではないと思っていた。ただ身体が弱いだとか、不気味だとかじゃなくて。何かを持っている人だと思っていた。それと同時に、彼女も、私と同じ側なんだと思っていた。日常と退屈を憎み、普通であることを否定したい人間。

そういう共感がある相手が、眼の前で活躍するのを目の当たりにしたのだ。

自分が正しかったことを私は喜び、失われた全てを嘲笑っていた。ざまあみろ、と。


そして、私はこれから頑張ろうと思っていた。さっきこそ何も出来はしなかったけれど、この後悔をいかして、もっと行動していこうと思っていた。霧生さんに並びたてるように、勇猛に戦い、これまでの自分をひっくり返してやろう。そんな妄想と期待に、胸を膨らませていた。


けれども、私の足はあの時一歩も動かなかった。正門に向って歩いてくる少女の姿を見とめていても。

みんなもそうだった。気付いていた人もいるだろう。周囲を見渡した時、互いに探り合うようにして目を合わせた人がいるからわかる。けれどもそれでも、誰も動かなかった。動けなかった。

その後に小林が来て、後から体育館での話を聞いて。私は膝を抱えながら思い出していた。


学校に感染者が現れた時。暴れ出した時。

わたしはただ会長が言うとおりに、震えながら窓の外のゾンビたちを見ていることしかできなかった。

あの時、私の足は震えていた。その手を握ってくれたのは誰だったか。嘔吐した私にお茶を差し出してくれたのは誰だったか。震える背中に手を伸ばしてくれたのは、誰だったのか。

それを思い出した。


そうして私は、自分が普通の人間だと、思い知った。

けれどそれでよかったとも、今は思える。屈折した気持ちが、ないわけじゃあない。

それでも少なくとも、これから積み重なった難題に、土壇場で臆するということはなくなったんだから。私は私にできる範囲のことを、していく。そのことを理解できたことは、自分の生存にとって収穫だったと思う。

自分に選べない選択を、するべきでないのだから。

それが出来る人間は、限られているのだ。

恐怖と自分に、立ち向かうことが出来る人間は。


私はだから、小林達を尊敬している。

彼女は、彼女たちは少なくとも、行動することができたのだ。


たとえ結果は、どうだったとしても。



ーーー戸部友貴

まさかの割り込み手記。

()の続きのみを待ってくださっている方、すいません。

こういう不意打ちも、楽しんで頂けると幸いです。

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