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Journals of the Dead  作者: 数奇者星
第一部 学園監獄編
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手記1

独白形式と三人称形式を織り交ぜた構成となっています。

今回は独白回になります。


ある種の出来事が、私たちすべての価値観というものを変えることがある。


それはテロリストによる大量虐殺だったり、政治家による汚職の発覚だったり、高名な人物が死んだりすることで起こる。

その結果、社会が殺気立ち、皆が疑心暗鬼と凶行に至ることがあるかもしれない。

あるいはそれは多くの人の心に傷痕を残すかもしれない。

しかしそれでもそれまで気づいてきた人生というものを手放すには社会は強固だ。

誰かが続けている昨日までと同じ今日を、手放せる人は少ない。

よきにせよ足きにせよ、私たちは日常というその泥の中にとらわれてしまっている。

だからこの何十年もの間、自由と不自由を満喫しながら、平和という時代を生きてきたのだ。


だがそれでも、何か決定的に変わる時が訪れる。


それは天変地異と言われる出来事だったり、戦争と言われる状態だったり、つまりは私たちがたっている場所そのものが大きく揺れ動かされる出来事をいう。

それは人の力の手の及ばない範疇での出来事であり、川下にいる私たちはただただその流れに身を任せるしかない。


けれどもこの出来事を、それと同じものと見なすのにも、やはり抵抗がある。

私たちが今巻き込まれているこの状況を。


価値観が変わった、そういうレベルではない。文明それ自体が変わったのだ。

失ったものは、枚挙すれば暇がない。社会、秩序、安全、日常。それから家族。

ルールと数字、そして歴史に裏打ちされた世界は、今はもうない。



思えばあの日。皆が登校してくるあの一日前こそが、最後の日だった。

いや、厳密に言えばおそらくはすでに終わりは始まっていたのだろう。私たちの思いもつかぬ別の場所から。

けれど、最悪な現実として私たちの目の前に現れた日が終わりだとするなら、日記に退屈なことをかける最後のページこそが、その日だった。

友人と早く出会いたい一心で学生寮まで二日はやく学校にやってきた私が、互いの再会を喜んでいた日のことだ。


だからあの日はといえば、クラスメイトの香奈ちゃんと朝からずっと一緒だった。彼女と一緒にご飯を食べ、勉強をして、それから私の部屋で、おしゃべりばかりしていた。


たわいもない話だった。あのときはお互い精一杯にまじめに話をしていたけど、今になってそう感じる。


けれども、かけがえのない時間だったと、今になってそう思う。けして軽んじることのできない、私の人生の一ページ。ありふれた、どこにでもある、退屈な一日。それでよかった。私の人生は、そういう風に出来ていたんだから。

話は、お正月の話。初詣に友達と神社に行ったら、大吉が当たったこと。帰りに食べたラーメンが美味しかったこと。ちょうど隣にいた人がカッコよかったからどきどきしながら見ていたら、女の人がやってきて手を組んで店を出て行ってしまったこと。もらったお年玉で、福袋を買ったこと。中に入っていたものを、店の外の喫茶店で同じように買っていた人と、交換したこと。


自分の話は、あまりしなかった。普段から私は聞き手にまわるのが好きなのだ。香菜ちゃんのころころ変わる表情を見ながら、相槌を打っているのが私の楽しみなのだ。だから、この日もそうだった。


今になって、自分の話がもっと出来るようになッていればと思う。私は聞き手にまわることで、自分の感情や気持ちを出せないことをごまかしていたのかもしれない。


全ては手遅れかもしれないけど。もっと佳奈ちゃんに、私のことを知ってもらったらよかったのかもしれない。誰にも話していない苦い初恋や、親から受けたひどい仕打ち。

そして私がどんなに香菜ちゃんを大切に思っていたのか。


こうやって紙に記していても、実感がわかない。私は何を言おうとしているのだろう。

悲しみをぶつけたかったはずなのに、怒りをぶちまけたかったはずなのに。

ペンを通して書きだされる私の言葉は、血の通っていない黒い染みでしかない。

いったい私は、何を伝えたかったのか。何を言いたかったのか。よくわからなくなってきた。

いつかこのノートが誰かに見られる事があるなら、それをきっと見つけてほしい。


とにかく、私の失われた最後の日常は、やっぱり当たり前の日常だった。

後悔も無念ものみこんで、ただただ今になって特別な輝きを放っている、平凡という一日。

ただいつもと違うこと、特別な出来事があるとすれば、ひとつだけ。


転校生が、やってきたことだ。




―――阪上千波

一応続きは、第一話の方になります。

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