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Journals of the Dead  作者: 数奇者星
第一部 学園監獄編
16/33

第三話 鐘がために誰がなく(2)

感染者は、音に引き寄せられる。だからこそ礼拝堂は危険な場所となる。日和良が危ない。

だが、それ以外は?


「学園中の感染者が集まっている間は、私たちは安全になります。その間に此処から脱出し、閉鎖すれば、安全は確約される」


橘の発想はある意味最も適切なものだった。立てこもっていることが安全とは言っても、それは怯えながらの安全だし、助けが来るのを待たなければならない。

だが、連中を閉じ込めさえすれば、安全が確保されるだけでなく、安心もまた確保される。


「すでに話はつけてあります。杉村生徒会副会長や、鳴海さんが他の建物にいる学生をまとめてくれています」


彼女らには体育館や食堂にいる生徒、そして寮にいる学生達を連れて脱出する段取りをつけてもらうという役割を担ってもらっていた。他の学生達にも顔が利く彼女達だからこそまかせられる役だ。

「そして同じ時間に、私たちは礼拝堂から小林さんを脱出させます」

そう。おそらく、全生徒の安全を確保するために、もっとも適切な策だ。絵美はそう納得していた。



「し、しかしだな」

「避難訓練ぐらいは、みんなしたことがあるでしょう。おはし、ですよ。おすな、はしるな、しゃべるな。それさえ守ってもらって正門から出るぐらい、小学生でもできるはずです」

これには教師陣も頷かざるを得なかった。確かに、状況が異常なだけでやること自体は極めてシンプルだ。その誰かが口を開く機をうかがう気配がした。だが、一旦建物の外に出るのだって危険が伴うはずだ、と。待つべきではないか、と。

それに煎じて、橘は職員に冷たい一瞥をくれる。

「警察が来ても、直ぐに対処できるとお思いですか?」

実際、警備員たちも最低数しか詰めていなかったとはいえ、あの状態の人間の力には並々ならぬものがある。そのうえ、今ではその彼らさえも「感染者」と化してしまっている。はたして対抗できるのか?

その点は理事長も認めざるを得ないのか、反論してこない。

「しかし、一度礼拝堂まで行けば、簡単には戻れないんじゃないか?それこそ連中の間を突っ切れるのか?」柿谷がこちらの話に乗ってきた。彼の方を向いて、橘は話しだした。

「ちょうど、広場から少し出た、あのぽつんと立っているスピーカー。あれを別の生徒に後で壊してもらいます。。そうすれば、何度も音を鳴らしてもらえば、あそこ以外のスピーカーに感染者も集まるはずです。そこを通って、体育倉庫へ隠れます。あとは連中が通り過ぎた後で、外に出て皆と合流します」

先ほど建物のチェックしたのもそのためだ。案の定、ボールなどによって割られないよう、格子でガラスを補強されていたため、戸締りさえ気をつければ容易には入れないはずだ。

つまり、最悪取り残された場合でも助けが来るまで立てこもっていればいい。

「今から五分後に、放送をお願いします。内容は、先ほど自分が話したことで結構ですので。それから三分おきに、同じ内容を繰り返してください。そのときに、ここまで戻ってきますから」

「待ちなさい。勝手な行動は許しません」

理事長が、再び立ちはだかった。

「そ、そうだ危険だ。君たちにまで何かあったら……」

教師たちも、それに追随してきた。

こんな時だけ聖職者づらか。日和良なら、なんて言っただろう。「反吐がでる」だろうか。

「いやです。代わりに、先生達がくれますか?」

絵美の一声に、教師たちは一様に視線をさまよわせる。それが彼らの内心を雄弁に物語っていた。

「貴方達は……!!」

絵美は思わず思いのたけをぶつけようとする。

奇妙な音が聞こえてきたのは、その時だった。



ううううう。


突然、地の底から唸るような声が聞こえてきた。

橘と浜形は、即座に身を固くする。

「いや大丈夫だ」教頭が手を広げる。「心配ない」。

だが教職員達は皆何処か苦々しげな顔になるだけで、特別奇異には思っていないらしい。

「見せてあげなさい」理事長に言われると、柿谷が職員室の奥に向かい歩きだした。心情の読みとれない、複雑な表情だった。

三人は戸惑いながらも、後に続く。

「入りなさい」招かれた室内には、信じがたいものが転がっていた。

最初絵美はそれを死体だと思っていた。

だが、それは絵美たちが部屋の中に入った途端に動き出した。

「これは、一体……」

部屋の扉の隣に立てかけてある刺又。本来ならば暴漢を取り押さえるための道具だ。血糊が所々に付着したところを見ると、これを使って捕まえたということらしい。


「なにを、してるんですか」


男は拘束されていた。口元には縄を噛ませられ、手足をホースらしきもので縛られ、動けなくさせられている。

「見ればわかるでしょう。拘束しているんです」

「だから、いったいなんのつもりで!」

絵美の言ったことを、いかにも心外だとばかりに理事長は彼女をねめつける。

「彼らの症状がどんなものであるにせよ、彼らは病人なのです。危害を加えずに状態を見るには、こうするしかなかったの。ねえ」

守衛にそう語りかけるが、相手は首をよじらせるのみだ。

絵美は信じられない思いで理事長の顔を見た。

普段漂わせている威厳はない。そこにあるのは狂気。理事長は狂っていた。彼女にとっての日常、常識を常に当てはめて、そこから一歩も動こうとはしていない。

「そんな、話だなんて……」絵美は絶句しながら、大人たちを見つめる。

彼らは、誰も目を合わせようとはしなかった。彼らには、何が言いたいのか分かっているのだ。

おそらくそれが無理であろうことは承知していたのだろう。それでもやらざるを得なかったということ

だ。

それはそうだ。人を殺せ、と言われるよりも、人を殺すな、といわれる方が楽だ。

人を助ける。傷つけない。そんな甘美な言葉に乗せられているだけだ。それが嘘だとわかっていても。

責任。義務。モラル。法。そう言ったものにがんじがらめになった彼らに、非常な決断など下せるはずがなかった。

あるのはただ盲目的な順法精神と、常識という自らを繋ぐだけの鎖。

広場での惨劇。殺戮。そして眼の前にいる男の凶行。

そんなものをみて、いったいどうしてそんな風に考えられるのか。

絵美には理解できなかった。

「うううううう!」

橘が近づく。守衛は一層の興奮を見せて、体をよじらせる。

しかし橘はその顔を踏みつけるように壁に押しつけ、首筋に手を伸ばした。

「手遅れですよ。脈もない。こいつらは、そういうルールの外側に居るんです」

「素人が口を出すことではありません。良いから、その方から離れなさい!」

一喝。過度なまでに感情的な叫びを、橘にぶつけてくる。

権力を振り回すだけの愚かな女。こんな奴に……。

「とにかく、わかりましたね。彼らに手出しをすることは許しません。私は……」

不意に、浜形が動いた。その巨体に似合わぬ俊敏な動きで橘が腰に差していたナイフを抜き取ると、理事長を羽交い絞めにしていた。

「ひっ」

「動くな」

刃の切っ先を喉元に突きつけると、浜形はどすの利いた声を職員室に響かせた。

理事長は腰を抜かしそうになりながら、浜形のナイフを見つめる。

「な、なにをしているんです!あなたは!」

「馬鹿な真似はやめろ!」

職員も色めきだち、皆腰を浮かす。

「お互い様だろ」

しかし浜形は冷静にそう述べた。初めて聞いた彼女の声を、思ったよりも高かった。

「ひ、ひいいいい!」

切っ先が喉元を薄く切り、刃を血が伝っていく。

「さっさと礼拝堂のカギをよこせ」

「し、従いなさい」

相手は本気だ。それを理解した職員たちは慌てて言うとおりにした。

そうして硬直していた絵美と橘を、一瞥をくれる。

「言葉は無意味だ。行け」

彼女は短くそう言い放つと、顎で出口をしゃくる。

橘は職員から鍵をひったくると、浜形の持っていた槍を手にした。

「とにかく、放送をお願いします。これ以上死人を出したくなければ」

「あなたたち!こんなことが許さ、れると思っているの!?」

わめく理事長を無視して、他の教員に視線を走らせる。

「よろしくお願いします!それから、ありがとう!」

どちらにせよ、彼らの力が必要だ。絵美は精一杯の誠意をこめて一礼する。最後の一言は、浜型に向けたものだった。彼女はいつものように口を結んだまま、こくと頷いた。

「行こう」

それからきびすを返すと、二人は職員室を飛び出した。


しかし絵美はふいに思う。思ってしまう。


―――だが果たして、私たちが狂っていないとも言えるのか。

人だったものを、殺すことに何のためらいもなくなった自分たちは。



それから二人は非常階段を駆け下りる。

「あっ……」

絵美が漏らした声の原因を、橘は見た。

先ほど突き落とした警備員の遺体が、なくなっていた。

「消えた死体、か。ミステリーなら、死体が歩くなんてありえない、とでも言うんでしょうがね」

平時なら面白い冗談だったかもしれない。今はただ、絵美には蒼い顔で頷くことしかできなかった。

そのまま二人は無言のまま周囲に視線を走らせ、安全を確保しつつ礼拝堂に向かった。


ところどころに偏在している建物の陰や間を通り、できるだけ見晴らしのいい場所を避けて進む。

今はほとんど使われていない古井戸のある小屋を抜けて、木々の向こうにようやく礼拝堂をとらえた。

「もうちょっとだね」

「……」

しかし、橘は答えなかった。代わりに指さした場所を見て、その理由を理解した。校舎の向こうから、こちらに向かってくる影をとらえたからだ。

「つけてきやがった」舌打ちとともに発せられた粗暴なつぶやきに、絵美は一瞬ぎょっとする。が、それを頼もしさととらえなおして、彼女の袖を引いた。

「とにかく急いで……」


「あー」


何者かの声。二人は一瞬で体をかがませ、木の陰に伏せた。

感染者。思ったよりも近い。このままいけば、遭遇するところだった。

たった一体だけなら、片付けることが出来なくもない。

「……隠れて」

だが問題は、それ以外の連中に気付かれた場合だ。とにかくばれないように、ここはやり過ごさなければ。二人は息をつめながら、相手が立ち去るのを待つ。

ぱき。絵美は一瞬色を失う。枯れ枝を踏みつけてしまった。へし折れる音が、あたりに響く。

感染者は案の定、体をゆっくりと反転させ、此方に顔を向けてきた。二人は慌てて顔をひっこめた。

気付かないで。お願い。願いもむなしく、足音が一歩一歩、近づいてくる。

「……」橘が、槍を両手でつかみ直した。絵美も震えを止めるように、バットを握り込む。


しかし、一瞬甲高い音があたりに響く。


「あー、あー。こちらは、鳳凛職員一同。今みんなは感染者立ち似囲まれていると思います。彼らは音に反応することがわかりました。そのため、皆が姿を隠している間は、十二時の鐘に引き寄せられると思われます」


放送だ。どうやら、此方の作戦に一応のってくれたらしい。

土を踏む音が止まり、何かを考えるように沈黙が訪れる。


「……えー、そのため、これから皆さんには、感染者が一カ所に集まっている間に、学園の壁の外まで脱出してもらいたいと思います。できるだけ、音を立てることなく、皆でパニックになることなく、外にでてください。まず、建物にいる人間を全員一か所に集めて……」


そうして間もなく足音は、此方から離れて行った。絵美はほっと一息つき、橘は槍をそっと下ろす。

念のため少し移動して見渡しのいい場所まで来ると、やはり連中はスピーカーの立っている場所に集まっていた。

「成功、かな」

「これからですよ」

橘が土を落としながら、言う。

「とにかく、いきましょう。もう十五分を切りました」



戦前からある建築物。かつては鳳凛のシンボルともいわれた建物だった。

元々は学長であった現理事長の夫が熱心なクリスチャンだったらしいのだが、彼が亡くなってからは廃れる一方らしい。

理事長も元はクリスチャンだったらしいが、死後判明した旦那の寄付金によって宗派替えしたらしい。冷遇はその意趣返しと言うことだ。

現在は以前から務めているシスターが一人で取り仕切り、その屋台骨を支えている。その甥っ子でもある檜尾の手伝いもあって、週に一度はありがたいお話をそれぞれのクラスごとに聞かせてもらっている。

鐘は三階部分にあった。丁度教会の屋根の先端部分だ。あれが鳴り響けば。絵美は喉を鳴らす。

「外から逃げ出すのは、無理そうですね」橘が呟いた。彼女は、その後ろ側を見ていたらしい。

確かに鉄条網の掛けられているのを見ても、あちらから逃げ出すことはできそうにない。猪や猿を入れないため、というふれこみだったが、どう考えても中にいる人間を出さないための仕掛けだろう。

悪趣味なことだ。

「開けるね」

あと十分。

絵美が断りを入れてから、ゆっくりと力を入れて扉を開く。ぎぎぎ、と音を立てねがら扉が開いていくのを、背後を見つめている。先ほどの感染者を警戒しているのだろう。

行儀よく並べられた長いすの間を抜けて、託宣台に向かう。

「こっち」

そこから裏に入り、わたり廊下の突き当たりにある扉を開く。

中はちょっとした小部屋だ。シスターが普段使っている調度品をしり目に、そのさらに奥の扉を開いた。

「ひよちゃん!聞こえる!」

「絵美!絵美なの!」

すぐさま闇の向こうから返事が返ってきた。

二人は顔を見合わせて、地下へ向かう階段を下りた。

とはいっても十五段ほどの階段だ。ほんの小さな隠し部屋。

その奥の石畳の部屋に、日和良がいた。

「絵美!どうしたの、わざわざ!」

「大変なの。今、感染が……」一体どこから説明したものか。

「今、錯乱した先生や生徒が学園で暴れているんです。もうすぐ、こっちに来るかもしれない」

「ええっと、それは、どういう、ことよ?」

まだ状況がつかみ切れていない日和良は、のんきに聞いた。

橘は錠前に鍵を差し込み、手早く施錠を解いた。「ここから急いで逃げ出すってことです」

三人は階段を駆けあがり、再び一階まで出た。

「ねえ、二人だけなの。ほかのみんなは、先生たちはどうなってるの?」

「詳しい説明は後でね。それから、錯乱した人を見ても、なにも言わないでね。私にはなにも答えられないし、向こうも答えてくれないから」

その態度が尋常でないことを察したらしく、日和良もさすがに口を結んでうなずいた。

「くそ」

窓から外を見た橘が毒づく。「一人、来てますね」

女生徒の一人が、此方に近づいてきていた。

「やだ、あれ、怪我をして……」

「ひよちゃん!あれが感染者なの。とにかく、今は……私たちを信じて、したがって!」

動揺する日和良の両手を握り締め、そう説得する。日和良もしぶしぶという形で頷いてくれた。

「……わかった。絵美を信用するわ」

内心の葛藤を見せずに、日和良はそう答えてくれた。

「とにかく、今は待ちましょう。次の放送が、あるまで」

橘が時計を見た。十二時まで、あと五分。



「まったく!信じられないわ!」

理事長が都合何度目かの悪態をついて、哀川は目を合わせないように必死に自分の足のつま先を見つめていた。

理事長にはもう余裕はない。普段の張り付けたような笑顔ははがれて、独善的でヒステリックな本性がよく見えている。ざまあやがれ。

どちらにせよ、この状況がクソなことに変わりはないがな、と哀川は一人ごちる。子供に言いように指図されなきゃ動けないなんて、どれだけ俺たちは無能なんだ?

しかしそれにしたって、何もしないよりはましかもしれない。

「浜形。もういい。どうせ、俺達も乗るしかないんだ」

だが職員一同も、今は何か腹を決めたような顔で、脱出の準備をしている。下の階にいる学生たちにも情報を伝え、残される人間がいないよう確認したり、大きめの画用紙で他の校舎の人間に準備を促している。浜形はというと、そそくさと下の階の学生達のところにまぎれてしまった。後でどうなることやら。

「そういえば、理事長。武器に関してなんですが」

「いったい、何かしら」教頭が話しかけても、不機嫌さを隠そうともしない。

「いえ。前学園長が、確か……」

そこでふと哀川は、応接室にナイフがおいてあったのを思い出した。スイスだかで買っていたそれなりに値の張る一品だった。応接室に入りたいとも思わなかったが、誰かを連れていくとなるには空気が荒みすぎていた。

だから哀川は一人、ひっそりと応接室に足を踏み入れた。できる限りゾンビ野郎の顔を見ないようにしながら。ばたばたともがく音が聞こえてくるのを集中力を動員して無視しながら、哀川は棚の中を探る。確か、このあたりに……。あった。

刃渡りは十五センチほど。柄の部分に花の装飾がなされたナイフだ。模造品ではないのは、指の腹で刃先を感じてわかった。

もっとも、こんなもので死体もどきの相手をできるとは思いもしないが。気休めは必要だ。

そうして思わず棚にもたれ掛かったとき、展示だなからトロフィーが落ちた。まずい。しかしトロフィーはぼこんと床に安っぽい音を響かせるのみだった。

驚かせやがって。安堵のため息をつきながら、哀川はトロフィーに手を伸ばす。机を動かし、拾い上げる。

しかしそこで、近づいた再び警備員が興奮しだした。哀川はぎょっとしてしまった。

だが次第に、自分が不愉快な思いをさせられていることに、哀川は理不尽を感じだした。相手ががっちり拘束されているのをみて、顔を蹴りつける。ざまあみろ。

しかしその衝撃で、相手の口元の縄がゆるんだ。呻き声が大きくなる。哀川の眼の前で、ボロリと何かがこぼれ落ちた。

しかし縄自体はゆるんだだけで、おちはしなかった。一人で締め直す必要はなさそうだ。ほっと胸をなで下ろしながら、哀川は地面に落ちた「何か」を見つめる。

それは、人の指先だった。



一体なぜ、いつ、だれの指先だ―――。

哀川の背中を、嫌な汗が流れおちる。

非常口でうだうだしている時、こいつは確か大口を開けていた。そうだ。それから刺又で押さえつけ、柿谷が組みふせてから、それからまずこいつの口を塞いだ。

一体、誰が?

あの時、そうだ、縄を噛ませようとしたのは―――


「遠坂先生。ちょっと、大丈夫ですかー。これからですよ」

哀川の眼は、応接室のブラインドから、窓の外を眺める遠坂の姿を捉えた。そして、それに近づく近藤が。

そうだ、窓の外の監視をずっとしていたのは、どうしてだ?わざわざみんなから離れて、一人なぜこそこそしていた?

「だ、だめだ!」

皆がぎょっとした顔で、此方に振り向く。しかし皆の視線は訝しげだ。

だが、不思議そうに振り向く近藤の後ろで、遠坂だけは別のものを見ていた。

自分の真っ赤に塗れた牙を、いままさに突き立てようという相手の首筋に。



「おかしいですね」橘が、玉の汗を額に浮かべながら呟いた。

嫌な汗がわきを伝っている。制服もどろや血がべとりとついてしまった。シャワーも浴びたい。

立ち止まって待っていると、とりとめのない思考があふれてくる。絵美はそんな雑念を振り払いながら、必死に考える。

放送がない。三分おきに今後の行動について述べた放送が流されるはずだが、もう一分以上たっている。

「ここからだと、聞こえないということは?」

扉をかすかに開いて、外の様子をうかがう。

「いや、少しは聞こえてくるよ。あっちのほうにあるスピーカーが……」

話声は、甲高いハウリング音にかき消された。


「……ぁ……え……」


日和良が顔をしかめる。橘は眼を見開きながら、耳を澄ます。

それからまもなく、雑音に混じって、何か聞こえてきた。


「……たぁ……すけ!……て!助けてくれぇ!」


その悲鳴がはっきりと聞こえてきた瞬間、三人は作戦が失敗したことを悟った。



「鐘を止めろ!」


橘が叫ぶ。

スイッチは二階にある。三人は、ミシミシと悲鳴を上げる段差を駆けて、上層へ向かう。

「きゃっ!」

瞬間、階段の板が割れて、絵美のがその中に足をとられてしまう。

「絵美!?」日和良が倒れそうな絵美を支える。

「何をしているんです、急いで!」橘が檄を飛ばす中で、三人は急ぐ。

「どこですか、スイッチは!」

「そ、そこ!そこにある奴!」

「何をもたもたしているんです!」

「あかないのよ、このカバー……鍵、鍵がかかってる……」 あわてて、鍵を取り出す。

しかし、どの鍵か迷う。「ど、どれ?」「そこの端の……一番ちいさい奴」


「早く。早く!」

ギチギチという音が鳴る。駆動音。


その瞬間、時計の針が、動く音がした。

十二時。

その一瞬だけ、三人の時は止まったようだった。全員が首を巡らし、窓の向こうを睨みつける。


「クソったれめ」


誰がそれを呟いたのか。それは誰にもわからない。

全員が同じ心情であり、なおかつその後の轟音にかき消されてしまったからだ。


鐘が、鳴り響く。


学園中に。


絶望の音が、鳴り響く。

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