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Journals of the Dead  作者: 数奇者星
第一部 学園監獄編
14/33

手記4

囚人のジレンマという言葉がある。

簡約すれば、協力すれば皆が利益をそれなりに得られる。けれども裏切った人間がいれば、その人だけがすごく利益を得られるというものだ。

ただし裏切られた方や、ある一定の数以上が裏切ったり場合には全員に、不利益が生じる。

これを、複数犯での罪状を認め、犯行を認めるか否かという立場の囚人達にたとえられるから、社会心理学というのでは囚人のジレンマというらしい。兄が教えてくれた。


あるいは、社会的ジレンマとも。地球環境の問題がそうだ。温暖化を解決するためには、世界中のがCO2を削減しなければいけない。けれどもそれは経済的な制約にもつながるから、皆が喜んで賛同するわけではない。お互いに課したルールを破りあって、好き勝手に二酸化炭素を出し合う。こっちの方が、私たちの世代にはピンとくる。社会全体が抱えた問題。ゼロサムゲーム。

こういう風に話してくれたのは、立木先生だった。

授業中に雑談して、得意げに囚人のジレンマを語っていた私に、お節介にも頭をはたくついでに講釈を垂れてくれたのだ。

あの時はびっくりした。

後で聞いたら、見た目ゴリラみたいな人だと思っていたのに、意外と本を読んでいるということだった。

「暇だからな」180cmの巨体にごつごつした顔でそう言った先生が、ちょっと恥ずかしそうに見えたのは、自分でも似合わないからだと分かっていたのだと思う。そういうキャラじゃないって。


私がこの話を思い出したのは、つい先ほどのことだから、ずいぶんと忘れていたのだと思う。

感染者。先生がああいう風になった時、そんなことは微塵も思い出さなかったのに。

図書館にある役に立ちそうな本を調べていた時、ふと思い出したのだ。

あの時のことを。


感染者たちの力は、圧倒的だった。特に、先生と警備員の人たちが感染した時は、誰も自分たちでどうこう出来るなんて思いもよらなかったと思う。

体格。腕力。重さ。どれをとっても、女子供ばかりの私たちが、敵うと考えられるはずもない。普通そうだろう。

あの時、そういうことを考えられたのは特別な人たちだけだ。

いや。そんなことを言いたいんじゃない。


ノルウェーだったかグリーンランドだったか忘れたけど、そこでも確かとんでもない虐殺があった。

五十人以上の人が、たった一人の武装した男の人によって殺されてしまったのだ。

みんなは「怖いね」と言っていたけど、私は内心で腑に落ちないことがあった。

なぜなら、何十人もが協力しさえすれば、その人を捕まえることは不可能ではなかったはずなのだ。武器があると言っても、所詮は一人なのだ。何発か撃たれる覚悟でつっこんでいけば、それほど死ぬはずがない。そう思っていた。


これが、社会的ジレンマだ。皆で協力すれば、犠牲も最小限にできたはずなのに。

皆が一歩を踏み出せば、もっと大勢の人間が助かり、死ぬことはなかったのに。

どうにかできる問題だったのに。

私たちは羊だった。

恐怖と無思慮によってただの一歩も踏み出すことを忘れてしまうような、迷える子羊にすぎなかった。

感染者は、私たちの大半にそのことを思い知らせてくれた。


理不尽な暴力と凄惨な光景に、私たちは竦み上がってしまっていた。あの場で動けることが出来た人は、自分の頭で考えることを知っている人達だけだった。

私はあてはまらなかった。ただただ場の雰囲気や皆がやっていること、注目していることに追随していくだけで、自分一人では何一つとして出来なかった。

二階に逃げ出した後「非常階段をみはろう」と美心ちゃんが言いだしたのだって、しぶしぶついていったくらいだった。

そのあとガタガタと音が鳴りだした時、私は思わず駆け出してしまっていた。副会長を呼んでくる、なんて言って、美心ちゃんをおいて。

けれど本当は逃げ出したかっただけだ。それを美心ちゃんは分かっていた。それでも丁度副会長に出会って戻ってきた時は、笑って許してくれた。美心ちゃんは強い子だと思う。

私は、駄目だ。小林さんを助けるために木中さんが知恵を絞っている時も、何も言うことはできなかった。美心ちゃんは、きちんと意見を言っていた。その後にどう動くのかも、生徒全員を集めるのにも一役買っていた。

臆病で、馬鹿な人間。美心ちゃんは私がそういう人間だって、教えてくれたのだ。見せつけてくれたのだ。



私は子供だった。誰かの足跡を追い、背中に隠れて、踏みならされた道を行くことを許された子供だった。

けれども、大人たちが居ない時。荒れ果てた大地を、照りつける太陽を浴び、道なき道を歩き続けるにはどうすればいいのか。



そのことを、誰も教えてくれなかった。



―――柏木優菜

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