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Journals of the Dead  作者: 数奇者星
第一部 学園監獄編
13/33

第二話 攻撃的な死と再生(5)

話は一時間前にさかのぼる。

「あーやっぱりパンはコッペパンに限るなあ。いいだろ。ほーら、いいだろ」

うぜえ、と笑いながら顔を背ける大森響おおもりひびき木中絵美きなかえみを前にして、小林日和良こばやしひよらは遅めの朝食をとっていた。

朝食の時間は、朝の鐘が鳴ってからの三十分。本来ならそれ以降に来た生徒の朝食は抜きというところだが、なんだかんだと機を見ては手伝いをしているために心象のいい日和良は、食堂のおばさんから特別にお目こぼしをもらっていた。こうしてあまりモノのパンなどをもらって、腹を膨らませているわけである。

「ったく、よくぞまあ一人だけぐーすか寝てられるもんだよ」

「わが眠りを妨げることのできるものなど、いはしないのだ」

そういって、日和良は上機嫌に笑う。

「それで、今日も声掛けてみるの?他の人に」

「キワモノ狙いで云ったら、あとは霧生とか、バスで来る桃井とかかな」

うーむ、と三人は唸る。いずれも難敵なことは間違いない。

「でもさ、昨日はひよちゃんの予想がおおはずれだったね。学校に来ているのはわけありだっていうの」

「う……」

思わず、絵美の口からそんな疑問が飛び出していた。

「みんな普通に学校でやることあったから、来てただけじゃねーか。おおはずれだったな」

「うう……」

響も続く。二人の言っていることが真実だと思い知らされている日和良は、途端に無口になる。

「……まあ、それでも一応の成果はあったことだし、良しとしようじゃないの。千里の道も一歩から。 友達百人も、友達一人だけから」

「なんかさびしーなおい」

そんなことをうだうだと話しながら、平和な時間を三人は過ごしていた。

「相変わらず、ろくでもないこと考えているみたいじゃないですの」

いつの間にか食堂の入り口にいた一人の女生徒が、そんな声を飛ばしてくるまでは。


顔を確認するまでもなかった。名雲文香なぐもふみか。県内にその名をとどろかす政治家の一人娘である。

成績優秀品行方正眉目秀麗。何か優れた才能を持ってはいるが、人格に問題があるのがデフォルトと言われている鳳凛の学生の中では、逆に異彩を放っている秀才型の生徒である。

彼女に関しては親の過保護が行き過ぎて、この学校まで連れてこられたというのが一番説得力のある理由とされている。

二番目の理由は、彼女の容姿と話しぶりだ。

「聞きましたわよ。なんでも内の生徒に誰かれ構わず話しかけては、仲良くなろうとしたらしいじゃないですの」

「ですの」口調に金髪の縦ロールというのは、ちょっと普通の学校では浮いてしまうのではないかというのがその主な支持理由で、絵美もこれを支持していた。ある意味クリスティーナ以上にキャラがたった人物だ。

とはいえ違和感はあっても、不快感はない。外見と性格にギャップがないという意味では、これ以上のファッションはあり得ないのは確かだった。

そんな彼女を傍から見る分にはいいのだが、問題は彼女がクラス委員長として、なにかと自分たちを目の敵にしていることだ。

学内の風紀を乱している、というのがその理由らしい。

「あらあら。なにかしら?ひょっとして、嫉妬?自分に声がかからなかったから。ごめんね、金髪は一人でいいのよ」

とくに日和良とは犬猿の仲と言っても過言ではない。日和良も相手が嫌がるところを、確実につく。文香も金髪ではあるが、クオーターであるせいかやや色は薄い。案の定、文香の眼を釣り上げる角度が上がった。

「そんなことは言っていませんわ!貴方が突然そんなことをしだした理由を、聞きたいと言っているのよ!」

とんだ物言いだと、絵美も思った。呆気にとられたような三人だったが、「おい、ひよ」ちょいちょい、と響が日和良の肩を叩いて何かをささやいた。なんだろう。ろくでもないことだけはわかるけど。

果たして絵美の予想は違わず、日和良は突然真顔になった後、にまりと顔を弛緩させて文香に話しかけ始めた。

「ねえ、ふみふみ……もう、こんな争いはやめにしましょう」

「ふ、ふみふみって……」と突然の変貌に文香は戸惑う。基本アドリブ効かないあたり、本当に日和良とは相性が悪い。

「私たち、昔はこんな風にいがみ合っていなかったじゃない。いろいろ喧嘩したこともあった。憎み合うこともあった。けれども、そんなことは昔のことにしましょうよ」

「あなた……わたくしにした数々の仕打ちを、お忘れになったの!」

と、文香が声を張り上げる。食堂内の視線を一手に集めるのを感じる中で、日和良はあくまで穏やかに話しかける。

「もう。私の何がそんなに気に食わないのよん。かわいいあだ名だってつけてあげたじゃない」

「『くも』だからって、ピンクスパイダーとか、いったいどこのロックバンドですの!」

「昔私が持ってたおかしも、ただでプレゼントしてあげたじゃない。おいしかったでしょ?」

「賞味期限が切れていて、一週間もおなかを壊しましたわ!」

「あんたの真面目さを見込んで、生徒会の役員にも推したりもしたのよ、実は」

「立候補していないのに一人だけ選挙結果の発表にちょこんと乗せられて、いじめ以外の何者でもありませんわ!」

「ふ、文ちゃん。それ……くらいで……」

と、付き添っていた大沼夏紀おおぬまなつひがなだめる。どことなくぬぼーとした彼女だが、いざという時には場を押さえてくれる。どことなく絵美が共感を覚える相手だったりする。

「……」彼女の言葉を聞いて、文香は我を取り戻したらしく、一旦矛を収めた。

しかし、一度大きく息を吸うと「わかっていますのよ」と言う。

「あなたは仲間を集めてるんでしょう。これから何かをしでかすための。お見通しですわ、その程度の浅知恵。でも残念ね。なにを企んでも、どうせ無駄ですわ」

そう居丈高に言い放つ。

厄介なのは、こういうところだ。単純なところもあるが、決して彼女は愚昧ではない。

以前に彼女ら三人―――HDDがしでかした脱走騒動の際にも、文香はいち早く動き出した。彼女の発見がなかったら、あのまま逃げ切れたのではないか、というのが三人の共通見解だった。


こちらが表情を変えないことに何らかの確証を得たのか、噛んで含めるように文香は続ける。

「あなたがなにをしようとしても、私は絶対に許しません。同じクラスの人間として、素行不良の生徒を何度でも先生のところへつれていきます」

「ひどい言い様ね」かろうじて日和良に言い返せたのは、それだけだった。それさえ時間と焦りを込めて返したため、相手を勢いづかせるだけだった。

「ふん。自分のこれまでの行動を考えてごらんなさい」

それは自分がこれまで勝利した結果であるとでも言いたげな、不遜な言葉だった。

「友達探しさえ邪魔されるなんてね。困ったものだわ」

「……でも安心して。あなたと友達になりたいなんて、絶対に思わないから。ストーカーチクリ魔」

「何とでもおっしゃりなさい。この脱走失敗女」

そうして両者火花を散らしたが、文香は鼻をならして踵を返した。

そのままようやくこの居心地の悪い時間が終わると息をついた途端、再び声が飛んできた。

「ああ、そうですわ。木中絵美さん」

突然名前を出されて、絵美は動揺した。訝しげな視線を日和良と響が贈る中で、文香は振り返る。

「あなたも、つきあう相手を考えた方がいいわよ。貴方までそんな人と一緒になるべきじゃないわ。貴方だって、わかっているでしょう。自分の立場を。それに、自分の能力を。貴方くらいの頭や、体力じゃあ。絶対に……」

文香の言葉はそこで途切れた。

水をかけられて、そのまま話していられる人間はいないだろう。

「ごめん、手が滑った」

テーブルに置いてあったコップの水を、日和良がかけたのだ。


周囲がどよめく中で、二人はぞっとするほど落ち着いていた。

「何をしますの」

「見たらわかるでしょ。手を滑らせたの。それだけよ、それだけ」

「あなた、こちらがおとなしくしていれば調子に乗って……」

「調子に乗ってんのはあんたでしょ。喧嘩売る相手を選びなさいよ」

きっかけは水だったが、行き着く場所は泥沼だった。

両者立ち会ってにらみ合い、近づく。

そうしてお互いつかみ合い、押し倒しあいながら体を叩きあう。

日和良と名雲、双方の取り巻きが必死に止めようとしたが、教師がくるまで事態は収まらなかった。

「おまえら、いい加減にしろ!」

泣きじゃくる文香と日和良に説教をかますと、判決はすぐに決まった。

暴力はいけない。先に手を出したほうが悪い。

つまり、重い罰を科されるべきは小林日和良である、と。


そして日和良に課されたペナルティは―――。




いつの間にかうたた寝をしていた日和良が目を覚ましたのは、大勢の悲鳴が重なって聞こえてきた時のことだった。


礼拝堂の奥。その半分地面に埋まったような懲罰室で、日和良は横になっていた。

元は隠し部屋だともいわれていたその部屋は、日の光も外の様子も届かない、まさしく牢屋そのものの部屋だった。ゴキブリなどの害虫こそいないものの、薄暗く湿った室内に長時間入れられる事は苦痛でしかない。そのため鳳凛の学生の中でも最も恐れられるべき罰の一つであった。

もっとも、それなりに肝の据わっている日和良のような生徒にとっては、昼寝する場所でしかないのだが、今回に限っては違った。

遠くから聞こえてきた甲高い叫び声は、尋常ではない事態を伝えてくる。

何か起こっている。不安と焦りが体中に伝播し、心臓の鼓動ばかりが速まる。

「誰か!?誰か、いないの?」

大声をあげて、ドアを乱暴に叩く。

しかし蝶番でとじられた扉は開くことはないし、廊下に出る扉も動く気配はない。耳を澄ましても、答えるものもいない。おそらく自分を閉じ込めた教師は礼拝堂を去ったのだろう。つまり自分は今建物に一人きりということか。

日和良はいったんあきらめて、再び地面に座り込む。それから腕にはめた時計を確認する。今の時間なら、もうバスが到着しているはずだ。そちらで何かあったのだろうか?

「……」

しかし、そこから先は推測以外出来ることはない。

絵美と響。彼女たちは、無事だろうか。

日和良はくすんだ天井を眺めながら、ぼんやりと友人の無事を祈った。



「礼拝堂へ行く?あなただけで?」

はい、と少女は頷いた。

話が通じる相手が飛び込んできたのにほっとしたのもつかの間、彼女はとんでもないことを言い出していた。

「ええ。さっき言った通りです。今、あそこにはひよちゃん……小林日和良が、一人でとじこめられているんです。はやく、助けに行かないと」

そのために、力を貸してほしいと、彼女は告げたのだ。

「助けてほしい」駆けこんできた少女―――木中絵美は、開口一番そう叫んだ。

生きている相手と把握した一同はとりあえず直ぐ様非常口を閉めて、直ぐ隣にあった空き教室の中へ彼女を連れて一息ついた。そうして彼女が来た目的について、話を聞いているわけである。


小林日和良が、礼拝堂に一人取り残されている。杉村明里すぎむらあかりはその事実を聞いて、生唾を飲み込んだ。

だが、それに対して取り組む前に彼女は自分たちの安全に関する情報を確認した。

木中はなんでも、運動場の方から来たのだという。

「体育館の方にみんな集まったっていってたわね?無事なの?」

「はい。みんな慌てていましたけど、バスケ部の人とか陸上の人が集まっていたんで、まとまっていました」

どうやらあちらの方が、まだ安全らしい。確かにあちらは皆が知己だし、統率も取りやすい。建物の中に逃げ込むのもはやかったという。それに建物としての特徴上、窓が少ないことからみても、立てこもるにはここより安全だろう。離れている分、パニックも少ないだろうし。

「ちなみに、外の様子はどんな感じ?広場にいる感染者は、今三人ほどだけど」

バスから這い出た女生徒らしい感染者が二人。あとは、佐志場が一人。彼は足をやられたという話の通り、背中を曲げて足を引きずったまま、教務棟の方をうろうろしている。

あとは西校舎の方の裏手に何人か回ったり、雑木林の方へ向かったりと感染者の行動はばらばらだ。

だが、だからこそ危うい。迂闊に出歩くことは避けねばならない。

「はい。来る途中で、一人だけ……警備員の人が、その……」

体育館の方にも向かっている感染者はいるらしい。しかしそれでも全個体の位置まで把握することはできそうになかった。

「それで、木中さんはどうしてこっちの校舎まで?」

礼拝堂に行くにしても、小林がいるのは懲罰室だ。掛けられた鍵を手に入れなければ、助け出すこともかなわない。だから一旦教務棟へいく、というのはわかるのだが、どうして東校舎の方まで来たのかが不明瞭だった。

「はい。行くまでの道で、血が点々と続いていて……気配がしたもので。職員室に行くのに、渡り廊下を使えないかなって……」

「?一階は、入り込まれちゃって使えないわよ」

「いえ。屋根を伝っていけば……」

なるほど。屋根越しに教務とうへ行こうというわけか。確かにそこなら、感染者に襲われる心配はないだろう。しかし明里は、渋面を作って首を振った。

「だめよ、あっちの方が危ないわ。昔それをやった生徒が、半分もいかずに怪我をしてたもの」

運動部にも所属している活発な生徒のちょっとした悪ふざけだった。しかし雪をため込まないように角度がつけられている渡り廊下の屋根は、雪も人も滑り落とす。軽いねんざで済んだのは、不幸中の幸いといったところか。

「とにかく、外にでるのは危ないわ。……今は、ここに残った方がいい」

明里は、木中の手を握った。

残念だが、そうすべきだと彼女の理性は告げていた。



「先生も、言っていたでしょう。今は、外に出てはいけないって」

「でも。ひよちゃんは、一人取り残されてるんですよ。危険もろくに知らずに」

涙さえ浮かべながら、そう訴えてくる木中。だが、明里としては首を振ることしかできない。

「でも、礼拝堂までは距離があるわ。連中が人を襲う習性を持っている以上、たとえ手段がなくてもわざわざあっちまでいくことはないでしょう」

ねえ、と水を向けると、聡子も同意を示してくれた。

「確かに。今のところ、奴らは基本的に私らの周りをぐるぐる回っているだけに思えるね。味方によっては、向こうの方が安全かもしれないだわさ」

「まあ、持久戦といっても、今のところ連中の知能はチンパンジーよりしたくらいだしね。梯子をたてて、それを上ってくるみたいなことはなさそうだしね」

少しおどけながら、明里は言った。

「……でも」

それでも、木中の顔はすぐれなかった。

「でも、先生のところには一度連絡を走らせた方がいいかもしれないし」

「だめよ。それでもだめ。今のところは、先生達だってどうすればいいのか混乱してるのよ。だから、とにかく建物から出るなって指示を出しているの。とにかく、下手な動きをするべきじゃないわ。せんせいたちだって、警察には連絡しているはず。とにかく、それを待ちましょう。」

学園には非常時のための衛星電話などで、各施設へのホットラインが設けられている。何らかのトラブルに見舞われた場合は、一時間で駆けつけてくるようになっている。

警察。そう、彼らさえ来てくれれば。

正直な話、既に明里は教職員に失望していた。現在の状況を鑑みれば、とてもじゃないがもう無条件に信用などできはしない。

だから少なくとも外部からの助けが来るまでは、出来る限り安全策をとっていくべきだと、彼女は信じていた。

「あなたが心配するのもわかるわ。だけど、ね?今は、こらえてちょうだい。小林さんだったら、きっと大丈夫よ」

明里はそう言って、木中の肩をつかむ。

彼女は眉値を寄せる。だから、明里は最後のカードを切ることにした。

「それに……言いづらいことだけれど、あいつらの注意を引きたくないわ……」

その言葉に多くの学生の視線が、明里に寄せられた。

だが誰も責めるような視線を送るものは殆どいなかった。

そう。それが本音だ。不必要な危険を自ら招くことは、避けたい。

自分たちの生命にかかわることなら、なおさらのことだ。

「……」

木中が、何かを言おうとする。それはきっと納得の言葉だと、明里は直観した。

だが。


「私は、反対です」

橘夕たちばなゆうが、そう言った。



感染者―――死んだ少女の名前は佐藤みよ、というらしい。今彼女は物言わぬ痛いとなって、校舎裏の地面に赤い華を咲かせている。

彼女の友人だったという少女は表情をなくしてへたり込んでいた。

無理もないだろう。自分が助かったことを喜ぶべきか、悲しんでいいのか、それとも始末した人間を恨むべきか。

答えなどないのだから。


他の生徒たちも重症だった。なんせ眼の前で人が死ぬのを見たのだ。

皆どこか憔悴したような顔で、事態の推移を見守っている。


誰もが傷つき、疲れていた。明里とて例外ではなかった。

だが、事態の渦中にいた当人―――橘夕に関しては、それは当てはまらなかった。

仮にも人一人を殺める羽目になったのだ。その心中は推し量るしかないが、少なくとも外面に変化はない。

彼女に関して、明里は年の割に落ち着いている少女、という印象を塗りかえなければならない。

いかなる事態にも動じない少女だ、と。

自ら率先して棄権に飛び込み、冷静な判断で問題に対処する。

間違いなくこの状況においては頼りにすべき仲間である。

そして現状。感染者の恐ろしさを目の当たりにしている私と彼女は、彼らの危険性をもっとも知っている人間だろう。

そんな共感シンパシィを覚えていた明里は、彼女と意見が割れたことに戸惑う。

「橘さん。気持ちはわかるけど、迂闊に動くのは今のところは賛成できないわ。彼女が危険だとも限らないし、それに、あいつら……感染者がどういう風に動くとか、どんな行動をとるかなんかも全然わからないのよ。そんな相手を前にして……」

「いえ。少なくとも、奴らは不死身の化け物なんかじゃないのは確かです」

そういって、彼女は人差し指で頭頂部をつつく。

「さっきの感染者をみたでしょう。今のところ連中が動くのを止めてくれたのは、あれだけです。つまり、頭を叩きつぶせば連中も死ぬ」

さらりと吐き出された死ぬという言葉に、明里は顔が青くなるのを感じた。

「あなた、殺すだなんて、そんなこと」

「正当防衛ですよ。あれを殺しても、罪になりますか」

素朴な疑問。何気ない風で問われたその言葉に、明里は返答に詰まった。

「もう死んでいる相手なら、始末しても仕方がない。そうですよね」

そう言い放たれても、誰も何も言い返せなかった。

しかし、「そんなことはいいんです」と手を振る。

肩に担いだ槍を手にしながら、言う。

「それから、分かっていることはもう一つあるんです」

彼女はそのまま槍で教室の天井の隅の部分をつついた。

「音です」

それは、教室に供えられていた放送用のスピーカーだった。

「さっき、校舎に入りこまれた時、二階に逃げたタイミングでスピーカーがなってましたよね。あの時、自分は一階にいました。上にかつぎ込まれた時、こっちからも適当なものを感染者にぶつけようとしたんですが……そのまえに、校内放送がなったんです。奴は途端に、階段から離れて、スピーカーの方へ向かった」

そうだ。二階に上って防火壁を閉じた後、奴は来なかった。それを不思議だと自分も思っていた。

「そのあとの放送で外の方を確認していましたけど、やはりそうでした。奴らのうちの動けるのは、外に備え付けられている自分の近くのスピーカーに向けて歩き出してました。勿論、獲物を目の前に捕捉してしまえば音が何だろうが関係なくなるみたいですが、奴らにとって耳は重要な器官であることに間違いありません」

橘からつげられた、発見された新しい事実。その言葉に、皆がどよめいた。

「そうだ、やられた学生も……真っ先に悲鳴を上げたから、立木が……」

何人かがつぶやく。どうやら、橘の推論の裏付けとなる証言がでてきたらしい。


これにはさすがに明里も舌を巻いた。

彼女から時折発せられた、抜き身の刀のような鋭い空気。その正体が、分かった気がした。


観察した事実から、淡々と推論を組み立てる。皆がパニックになっている間に、すでに武器を探し出し、作り出している。その冷静さもさることながら、相手が何者なのかという観察も常に怠っていない。

果たして並の人間に、できることだろうか。

明里はすこし背筋に冷たいものを覚えながら、橘の話に耳を傾ける。

しかし、その事実がどう、彼女の決断につながるのか?


「だから、なおさらひよさんは危ないと思います。もうすぐ、十二時だ」


皆が一斉に壁に掛かった時計をみた。

時刻は十一時の四十分を指している。


「連中が音に引き寄せられるのなら、間違いなく反応するでしょうね」


そうだ。鳳凛には、学園を代表する建物がある―――


「あの音。学園中に響く鐘の音に」


そうだ。

十二時の鐘。一分間ずっと、鳴り響く。


「だから」


そうなれば、おそらくは、すべての感染者が。


「ーーーもうすぐ殺到しますよ。奴ら、礼拝堂に向かって」




第二話 了

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