自分探し
会社員として働く平山太一は20代後半という若さもあり、もっとふさわしい生き方が自分にはあるのではないかと考えていた。しかしそうはいっても彼には自分がどういう人間なのかが分からない。人前で明るく振る舞える活発な人間なのかと思えば、部屋で一人塞ぎ込む夜もある。器用に何事もこなして上手くやっていける性格かと思えば、時にくだらないことでやらかしてトラブルに巻き込まれることもある。
自分がどういう人間か分からない以上は将来のことなど考えられない。そう思った平山は、長期休暇をとって自分探しの旅に出ることにした。
彼は遠い異国の地まで足を運んだ。ある時はその地域で有名な高い山に登り、命からがら帰ってきた。また有名な場所を訪れては人と関わりながら多くのことを学んだ。
しかしどうしても自分という人間だけは分からなかった。どれだけこれまでと違う経験を自らに課してみても、その本質は姿を現さない。結局そのまま長期休暇は終わりを迎えた。
平山は約2か月ぶりに会社に出社した。2ヶ月間自分の仕事を任せて旅に出ていたわけだから、よくは思われていないかもしれない。そんなことを思いながら出社した。
しかし会社の人たちの反応は優しく、
「無事だったか?よく帰ってきてくれたな」
と声をかけてくれた。平山はスムーズに仕事に復帰することができた。
その日の夜、平山は交際している彼女とご飯をともにした。2カ月の間彼女とは会っていなかった。
「長い間心配をかけたな。変わりはなかったか?」
「私は大丈夫よ。あなたこそ無事だった?」
「ああ無事さ。だが本来の目的である自分を探すことは叶わなかった。そんなものはどれだけ探しても見つからないものなんだろうな」
「あなたはとてもいい人よ。それでいいんじゃない?」
と言った彼女の笑顔はあまりにも無邪気であり、それを見るだけで平山は悩みを忘れそうであった。しかし我に返り、
「いい人なんていえばだいたいみんなそうさ。でもそんな簡単な結論じゃだめなんだ。自分という人間をちゃんと分かったうえで、最適な生き方を考えないといけないんだ」
と告げた。
「あなたがそう思うなら私は何も言わないし応援するわ」
と言って彼女はまたしても優しく微笑んだ。
翌日は休日で天気もよく、平山は一人で街を歩きながら、会社の人たちや彼女のことを考えていた。自分はなんと多くの理解者たちに囲まれたことだろうか。そんなことを思いながら彼は見慣れた街並みの中で歩みを進めた。
彼は生まれてこの方ずっとこの街に住んでいて、離れたのはこの2ヶ月間だけであった。彼にとって見慣れたその街並みは優しく、彼を包み込んでくれるようだった。
緩やかに波打つ海沿いに田畑が広がり、海と反対側には大きな弧を描くように山々がそびえ立つ。その山の麓のあたりに彼の家はあり、そこから海に向かって彼は特に目的もなく歩いていた。
その時ふと彼は立ちくらみのような感覚に襲われた。陽の光が街中のあらゆるものを照らし出し、それらが自分の目の中に一気に飛び込んでくるかのようだった。
しばらくするとその感覚は消えてなくなった。それとともに彼は何ともいえない清々しい気持ちに浄化されていった。そして彼は一つの真理に到達した。それは彼が間違いなく大地を踏みしめてその場に存在しているということである。それは当たり前のことでありながら、この世界で最も大事な真理なのだ。
彼の顔色からは悩みが消えていた。探すべきものは見つかったのだ。




