ストレートな恋
ゆさゆさ、ユサユサ――。
紫上ナオは揺さぶられて目を覚ました。
目を開けると、そこにいたのは緑色の肌を持つ存在――イノリ。
人間のような姿をしているが、人間ではない。
彼女は「プラントガイノイド」と呼ばれる人型植物で、胸や生殖器といった哺乳類的特徴は持たない。普段は服も身に着けず、切り取った一部を再生させて食用にすることさえ可能だった。
イノリは声を発することができず、ただ微笑みを浮かべるだけでナオを見つめていた。
支度を終え、ナオがダイニングへ向かうと、妹のカナエが飛びついてくる。
「お兄ちゃん、おはよう!」
「うわ、朝っぱらから抱きついてくるな」
「だって、将来はお兄ちゃんのお嫁さんになるんだもん!」
無邪気な宣言に、ナオはため息をついた。
妹と並んで家を出ると、二人は隣の家へ向かう。表札には七崎と刻んである。ナオはインターホンを押す。
「おはよう、ナオ君。カナエちゃん」
扉を開けたのは2人の幼なじみ。彼女は笑顔で手を振り、カナエから本を受け取る。
「ニンフェちゃん、この漫画、面白かった。また貸してね」
カナエは別れ、中学へ向かった後。
ナオとニンフェは二人並んで登校する。
「なあ。カナエにどんな漫画を貸してたんだ?」
「『ストレートな恋』っていうタイトルの漫画よ。」
「どんな話なんだ?」
「……それはね。ある火山が噴火して、有害物質が降り注ぐ世界の話なの。毒を避けるため、人々は地面に伏せて生きるようになり……長い長い時間をかけて、やがて逆立ちで生活するのが当たり前になったの」
ニンフェの語る物語は奇妙で鮮烈だった。
その世界では、大人の男女が出会うと、まず接吻を交わす。だが「逆立ち進化人間」の身体構造では、頭部にあるのは生殖器。キスは即ち妊娠の儀式だった。
妊娠に至れば交際が始まり、妊娠しなければ「相性が悪い」と別れるのが常識。だが、それでも別れず愛し追いかけ続ける者もいる。そんな者たちは「恋愛野郎」と呼ばれ、蔑まれていた。
「その世界では遠縁で結婚するのが普通なの。そこでは五親等以内で結婚すると奇形が増えるみたいなの。私たちの世界と違ってね。
五親等以上で奇形の出生率が増える、この血球では兄妹やイトコで結婚するのがストレートな恋だもんね。」
「純愛と恋愛って、何が違うんだろうね」
ニンフェの制服に付けられた「遠縁の子」を示すバッジが、朝日にきらめいた。
その問いが、ナオの胸に重く響いた。