第6章 女神の後始末
オークションハウス「時の蔵」は、まさに蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
けたたましい警報音が鳴り響き、警備員たちが右往左往し、VIPルームからはラッキーの「俺の力が……消えた!? 」という絶叫が、俺が飛び降りた窓から夜空に虚しくこだましている。
俺はといえば、そんな混乱を尻目に、古都アルモニカの入り組んだ路地を、月明かりと星影だけを頼りに疾走していた。
怪盗稼業で鍛えた身体能力は、こういう逃走劇でこそ真価を発揮する。
(さて、最初の仕事は上出来だ)
安全な裏通りまでたどり着き、息を整えている女神が興奮した声を上げた。
「お見事です! 鮮やかな手際でしたわね! まるで、こう……影のように現れて、嵐のように去っていく……まさにファントムです!」
ミーアは、なぜか自分のことのように興奮して、手足をパタパタさせている。
おいおい、あんた、俺の正体を知ってて召喚したんじゃなかったのかよ。
「それより、ラッキーって男の後始末はどうするんだ? 」
俺がそう言うと、ミーアは「ふふん、そこはわたしにお任せください!」と、なぜか得意げに胸を反らせた。
そして、目を閉じて何やら集中し始める。
◇ ◇ ◇
その頃、オークションハウスでは、能力を失い、おまけに自慢の「秘宝」まで盗まれたラッキーが絶叫していた。
「俺の幸運が!」「ありえない!これは何かの間違いだ!」とわめき散らしているが、もはや何の奇跡も起こらない。
その時、ラッキーの頭上、いや、その場にいた全員の頭上に、どこからともなくミーアの凛とした(しかしやっぱりどこか間の抜けた)声が響き渡った。
「――ラッキーさん。あなたのチート能力『ガチャマスター』は、その効力を剥奪されました。これより、地球へのご帰還となります」
声と共に、オークションハウスの中庭あたりだろうか、眩い光の柱が天から降り注ぎ、そこに巨大な魔法陣のようなものが現れた。
ラッキーは最後まで何かを叫び、抵抗しようとしていたが、その姿は有無を言わさず光のゲートに吸い込まれ、次の瞬間には跡形もなく消え去っていた。
チート能力者、一人目、強制送還完了。
◇ ◇ ◇
「ふぅ、無事送還完了です! 影時様のおかげで、後始末もスマートに済みました!」
俺の隣で、ミーアは額の汗を拭う仕草をしながら(神様も汗かくのか?)、満足げに微笑んでいる。
「……思ったより、後始末は簡単なんだな」
「えっへん! わたくにかかればこの通りです! ……まあ、あの規模の帰還ゲートを遠隔で精密に開くのは、結構神力を使うので、そう何度も連続では無理ですけど……」
すぐにぜえぜえと肩で息をし始めたあたり、やっぱりこの女神はポンコツで、そして燃費も悪いらしい。
「さあ、影時様! 次なるチート能力者はどこにおりますでしょうか! この調子で、どんどん行きましょう!」
ミーアが、すっかり元気を取り戻して、期待に満ちた目で俺を見上げてくる。
その瞳は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。
やれやれだな。