第4章 奇跡の引き
月明かりが、古都アルモニカの石畳を銀色に染め上げている。
俺はオークションハウス「時の蔵」――いかにも曰く付きの骨董品が眠っていそうな、重厚な石造りの建物の屋根に、猫のようにしなやかに舞い降りた。
夜風が頬を撫で、潜入服のフードが軽く揺れる。
(さて、と。まずはご挨拶といこうか、幸運のLさん)
屋上から見下ろす限り、警備員の巡回ルートは規則的だが、数は多い。
俺は闇に紛れ、音もなく行動を開始した。
屋上のハッチを特殊な工具でこじ開け、ダクトの中を這って進む。
内部は、まるで迷宮だ。
高価な絨毯が敷かれた回廊には、ガラスケースに収められた剣や鎧、曰くありげな魔法の杖、古代文字が刻まれた石版などが、これみよがしに並べられている。
(ふん、ここのセキュリティも大したことないな。俺が昔忍び込んだ美術館に比べれば、赤子の手をひねるようなもんだ)
内心で毒づきながらも、油断はしない。
この手の場所は、最後の最後に一番厄介なトラップが仕掛けられていることが多いからだ。
そして、ついに最奥――厳重な扉で守られた、特別展示室らしき部屋の近くまでたどり着いた。
俺は隠し通路の通気孔から、その部屋の内部をそっと覗き込んだ。
部屋の中は、予想通りだった。
中央には大きなテーブルが置かれ、その上にはいくつかのガラスケース。
そして、そのテーブルを囲むように、派手な服装の男と、見るからに金持ちそうな数人の男女、そしてオークションハウスの支配人らしき恰幅の良い男が、何やら談笑している。
派手な服装の男がラッキーだと女神がそっと教えてくれる。
「どうだ紳士淑女の皆さん! さあ、今宵も新たな奇跡を呼び覚ますぜ!」
ラッキーは、芝居がかった「ガチャを回す動き」――天を仰ぎ、腕を大きく振りかぶり、何か見えないハンドルを力強く回すようなジェスチャー――を披露する。
その動きに合わせて、彼の正面の空間が、パチパチと火花を散らしながら歪み始める。
ポンッ、という軽い音と共に、ラッキーの手のひらに現れたのは、煤けた色をした「ただの石ころ」だった。
「ちぇっ、今のナシな! 肩慣らしだ、肩慣らし! 次だ、次!」
ラッキーは石ころをテーブルの隅に放り投げ、取り巻きの富豪たちは苦笑いを浮かべている。
気を取り直したラッキーが、再びガチャを回す。
「おっ、『幸運の虹髪』か! まあ、こんなもんじゃねえがな、俺様の実力は!」
大した効果でもなさそうだが、ラッキーは妙に得意げだ。
そして、数回の「ハズレ」や「微妙なアタリ」が続いた後、ついにその瞬間が訪れた。
ラッキーがひときわ気合を入れてガチャを回すと、部屋全体が揺れるほどの眩い光が迸り、彼の両手に、ずっしりと重そうな「古びた銀の鍵」が握られていた。
鍵の表面には、複雑な紋様がびっしりと刻まれている。
オークションハウスの支配人が、ルーペを取り出してその鍵を食い入るように鑑定し、やがてわなわなと震えながら叫んだ。
「こ、これはまさか! 数百年前に失われたとされる、古代エルディア文明の地下神殿の扉を開くと伝承に残る、『月影の鍵』ではございませんか!?」
取り巻きの富豪たちも「おおっ!」「素晴らしい!」「さすがは幸運のL様!」と、惜しみない称賛の声を上げている。
ラッキーは、その称賛の嵐に満更でもない様子で、鼻を高くしていた。
「ヒャッハー! 見たか、これが俺様の力よ! 明日のオークションじゃ、こいつがいくらの値をつけるか楽しみだぜ!」
(なるほどな。ガラクタからお宝まで、まさにランダムだな)
俺はその様子を冷静に観察しながら、ラッキーの油断と、彼が次にガチャを回すであろうタイミング、そして何より、あの輝く『月影の鍵』が収められたガラスケースの位置を正確に把握する。
(あの鍵も面白そうだが、まずは本命の能力をいただくか。しかし、あのガラスケースをどうやって開ける? 警備も厳重だし、ラッキー自身も警戒しているはずだ)
俺は周囲の展示物、部屋の構造、そしてラッキーたちの動きに全神経を集中させ、一瞬で能力を奪取するための最短ルートと、完璧なアクションプランを頭の中で組み立て始めた。
ショータイムは、もう間もなくだ。