第3章 古都のオークションハウスへ
「最初のターゲットは、古都アルモニカのオークションハウス『時の蔵』に出入りしているらしいですね! さっそく行きましょう!」
ミーアは、星見の塔の一室――例の、壁一面が宇宙空間みたいに星々が渦巻いている、ちょっとメルヘンチックな部屋――で、一枚の羊皮紙を広げながら宣言した。
彼女がその壁の一部にそっと触れると、渦巻いていた星々が一層強く輝きだし、まるで水面のように揺らめいて、向こう側が透けて見えるゲートへと変化した。
(本当に安全なんだろうな、この女神様の管理品……)
若干の不安を胸の奥に押し込め、俺はポンコツ女神様に促されるまま、その星の渦へと足を踏み入れた。
ミーアも「どんな素敵な街でしょう!」なんて言いながら、スキップでもしそうな勢いで俺の後に続く。
本当にこの女神、緊張感ってものをどこかに置き忘れてきたらしい。
一瞬、体がねじれるような奇妙な浮遊感。
だが、それもすぐに収まり、俺たちの足は硬いがどこか温かみのある石畳を踏みしめていた。
目の前に広がったのは、荘厳な石造りの建造物が立ち並ぶ、美しい街並みだった。
道行く人々の服装も、上質な布地を使ったものが多く、明らかに貴族や富豪といった身なりの者が多い。
「わぁ……綺麗な街ですね!」
俺の隣で、ミーアが感嘆の声を上げる。
確かに、この古都アルモニカの雰囲気は、静かで、洗練されていて、そしてどこか秘密めいた香りがする。
こういう場所には、表沙汰にできない「お宝」が眠っていることが多い。
「さて、まずは情報収集だな。ターゲットの名前は『ラッキー』だったか」
俺は早速、街のカフェや、いかにも情報通が集まりそうな裏路地の酒場へと足を向けた。
数時間後。
いくつかの情報屋に「お近づきの印」として少額の金貨を握らせ、それなりの情報を引き出すことに成功した。
金貨はあらかじめ女神から渡されたものを使った。
どうやら、俺たちが目指すオークションハウス「時の蔵」で、近々特別な展示会、あるいは会員制の限定オークションが開催されるらしい。
そして、その目玉として出品されるのが、正体不明のコレクター『幸運のL』氏が持ち込んだという『奇跡の秘宝』の数々だという。
(幸運のL、ね……十中八九、こいつが今回のターゲット『ラッキー』だな。だが、その『奇跡の秘宝』とやらには興味がある。どんな手品で『幸運』を演出してるのか、見せてもらおうか)」
ミーアの「天眼」でも、ラッキーがオークションハウスの厳重なセキュリティの奥、おそらく特別展示室かVIPルームのような場所にいることは確認できた。
ミーアの「天眼」という能力は、チート能力者の力を分析したり位置を把握できる千里眼のようなものらしい。
だが、内部の詳しい状況までは分からないようだ。
「正面突破は無理そうですね……あの建物、なんだかすごーくイヤな感じの魔法的な守りも感じますし……」
弱音を吐くミーアに対し、俺は不敵に笑って見せる。
「正面から行く必要はないさ。オークションハウスなんて、怪盗にとっては格好の遊び場だ。むしろ、セキュリティが厳重な方が、燃えるってもんだろ?」
俺は入手した「時の蔵」の見取り図(もちろん、正規のルートで手に入れたものじゃない)を広げ、警備員の配置、そして何より、あの『幸運のL』氏が潜んでいるであろう特別展示室への最短かつ最も安全な潜入経路を、頭の中で瞬時に組み立てていく。
そして、特別展示会の前夜。
俺は漆黒の潜入服に身を包み、顔には表情を隠すための黒いマスク。
ミーアは空中に浮かびながら俺のあとをふわふわとついてくる。
この女神は俺以外の人間には姿が見えないようなので、とくに空を飛んでいても不振がられることもない。
俺は月明かりだけを頼りに、「時の蔵」の壮麗な建物の屋根へと、音もなく舞い降りた。
さあ、ショータイムの始まりだぜ。