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莉子はこっちの気持ちに少しも気付かず、慶太がもうそろそろ爆笑しそうなのにも気付かず、少しバツが悪そうに頭に手をやって俺を見上げた。
「ごめんね、あの時は考えなしの発言しちゃって。や、言われて見れば格好いい子だよね。だから機嫌直して、ね?」
「言われて見れば……ねぇ」
「あー……」
俺の言葉にまた失敗したか、と顔を歪めて視線を彷徨わせる莉子にやっぱりイラつきがつのる。
この小動物め――
嫌味を言いたい気持ちが強いけれど、頑張って飲み込む。
「別にいいよ。莉子こそ、仕事大丈夫なのかよ」
俺の言葉に、少し目を見開く莉子の表情を盗み見するように観察する。
経験上、ほぼ初対面の女に対しては。
少し砕けた口調。
一応これも誇れる、低音ボイス(こーいうとき以外、あんまつかわねーけど)
で、止めの最上級笑顔。
これで落ちなかった女はいない。
ほれほれ少しは赤くなれ、そして意識しろ。さっさと突き放してやる。
俺がお前に言われた言葉以上に、ぐっさりとくる言葉で。
でも、俺の価値観とずれている彼女は、返答もずれてました。
「――莉子さん」
彼女はピッと右の人差し指を立てて、俺を見上げながら自分の名前を告げる。
「はい?」
思っても見なかった態度と内容に、アホ面な声がでた。
莉子は左の手を腰に置き少し背を反らせて、右の人差し指を突きつける。
「涼介くんはいくつ?」
へ? 歳?
「じ……十八」
ぱちぱちと幾度も瞬きをしながら、答える。
「私は二十三歳の年上です。慶太くんも修平くんもちゃんと莉子さんって呼んでくれてるのに。り・こ・さ・ん。……ね?」
小さい子に言い含めるように、ゆっくりと自分の名前を俺に告げる。
「――莉、子……さん」
勢いというか呆然として何も考えられていないというか、とにかく雰囲気でそのまま口に出す。
すると納得したのか少し尖らせていた口を戻して、にっこりと笑った。
「そ、いい子だね、涼介くん。さて、お昼食べてきてる?」
「――いえ……」
「食べてないです! 学食行ってみたい!」
俺の言葉に被せるように、修平が手を上げて叫ぶ。
莉子はくるっと修平の方を向いて、学食の話をしながら歩き出した。