15
翌日、自分のクラスから間に三つ教室を挟んだクラスに、放課後、顔を出した。
覗き込んで目当ての人を見つける。
そいつは誰もいない教室の窓際の一番後ろの席で、ぼうっと窓の外を見つめていた。
そのまま入り込んで、彼女の横に立つ。
「お前、随分いい席に座ってんのな」
俺の声に何気なく顔を上げた彼女は、目が合うと動きが止まった。
「どうした?」
あんまりにも呆然とした顔に、ポケットに手を突っ込んで問いかける。
「どうしたって……」
鸚鵡返しのような答えに、思わず笑いが込み上げる。
「お前もそんな顔するのな。ちょっと、今、いいか? 話、あって」
勝手に隣の席の椅子を借りて、腰を下ろす。
彼女は驚きながらも、小さく頷いた。
「私も、謝らないといけないと思ってて……。その、慶太に聞いたよね?」
たどたどしく紡がれる言葉に、にやりと笑って机に頬杖をつく。
「不感症、あれ、慶太の入れ知恵なんだって?」
途端、真っ赤になる顔に、笑いが込み上げる。
「なんちゅー言葉を、幼馴染にいわせるんだってんだよな?」
俺が笑った事に少し安心したのか、ぎこちなく口元を上げる。
「慶太は、悪くない……から。ごめん、無理言って、その、協力してもらってたというか」
「あぁ、聞いた。慶太にも、あんまり苛めないでやってくれって言われた」
「ははは、そっか……」
片手で首元を押さえながら、彼女は小さくごめんねと呟いた。
「ストーカーみたいな事して、ごめんね。もう、しないから」
「こっちこそ、いろいろありがとな。それと、いろいろごめん。無神経、だった」
俺の言葉に、うつ向き加減だったその顔が、ばっと持ち上がる。
「涼介が謝ってる……。これで二回目、凄いレアだわ」
「なんだ、そりゃ。つーか、まぁそれはいいんだけど。言っておこうと思って」
何を? という風に首を傾げた彼女を、頬杖をやめて真正面から向き直る。
「俺、莉子の事、好きだ」
「……」
彼女は、数回瞬きをして、目を細めた。
「やっと、気付いたの?」
それは少しだけからかう様な、声音を含んでいて。
「やっと、気付いたんだよ。で、昨日、告白してきた」
「え、早っ!」
それには驚いたようで、真顔で引かれた。
で、どうだったの? と、しばらくして聞かれた問いに、苦笑を返す。
「涼介くんの制服姿、大好き。だって」
「は?」
「んでその後、修平くんのユニフォーム姿が大好きよ、と、一緒にいた修平に対しても言ってたな」
「え?」
何それ? という視線に、大げさに肩を竦める。
「莉子にとっての俺は、制服を着ている涼介くんなわけ。
恋愛対象として、まったく見られてないわけで。あたって砕け散ってきました」
軽くおちゃらけて伝えると、呆気にとられたような顔は見る間に笑顔に変わって、噴出すように笑い声を上げた。
「莉子さんらしい! 昨日も写真撮りたくてうずうずしてたものね?」
「まったくだ。学ラン着てなかったら、学ラン着て来い、眼鏡もってこい、写真撮らせろって叫ばれた」
視線を合わせて、笑いあう。
ひとしきり笑って痛くなった腹をさすっていたら、彼女がそれで? と、口を開いた。
「諦めるの?」
挑発するような、笑み。
それに返す、否定の笑み。
「いいや? 人生で初めて俺のプライドを壊してくれた人を、そう簡単には諦めないね。追いかけるよ、似合わなくても」
「そう、よかった」
そう言って彼女は、椅子から立ち上がった。
少し腕を伸ばして、身体を伸ばす。
「話してくれて、ありがとう。私、帰るわ」
机の横にかかっていた鞄を手にとって、俺を見下ろした。
どこかすっきりしたようなその顔に、慌てて礼を言う。
「あのさ、ありがとうな」
彼女は翻そうとしていた身体を止めて、苦笑したまま首を傾げた。
「何もしてないわよ、別に」
「いや、この感情に気付かせてくれたのは、お前のおかげだから」
その言葉に、くすりと笑って歩き出す。
「本当に素直になっちゃって、涼介じゃないみたい。ま、頑張ってね」
そのまま教室から出て行こうとした彼女を、俺は立ち上がって呼び止めた。
「敷島」
「……え?」
既に教室から廊下へと足を踏み出していた彼女は、驚いたように振り替える。
俺はその顔を見ながら、もう一度彼女を呼んだ。
「敷島 美優。お前の名前だろ? 今度は、覚えたからな」
彼女――敷島は、瞬きを繰り返して、目元を和らげる。
「ありがと、……宮下くん」
そう言って、廊下へと消えていった。
俺は立ち尽くしたまま、もう一度心の中で“ありがとう”と呟く。
礼を言うべきは、俺だ。
プライドを崩したのは莉子だけど、最後は敷島、お前が壊してくれたんだから。