14
声までも、想像できそうで悔しい。
はじかれるように駆け出したその先には、莉子と修平の姿。
立ち上がった莉子の手に、修平がさも当たり前のように自分のそれを重ねる姿。
一ヶ月前、同じ様な場所で同じ様な光景を見たことを思い出す。
花壇の後ろに隠れて、出て行く事も会話に混ざる事も出来ずに二人を見送った。
もう、見たくない。そんな光景、何度も目の前で見せられてたまるかっ!
「……っ、ちょっと待て!」
ぐっ、と莉子の手をひったくる。
「……え?」
「涼介?」
呆気にとられたような、二人の顔。
そっくりな反応に、何かイラつきが募る。
「どうしたの、涼介くん。さっき帰ったんじゃ……」
「用があって、戻ってきたんだよ。つーか、何? どっかいくの?」
途中から修平を見上げて言うと、素直に“うん”と頷く。
「何か食べにいきませんかって、聞いて。それで、了解を得たところだよ」
そう言って、にこりと笑う。
なんだよ、その邪気のない顔!
いや、ないんだけどさ。本気でないんだけどさ、こいつにそんなものなんて!
「別に、手とか繋がなくてもいいじゃねぇか……」
素直な修平の反応に、思わずぶつぶつと呟くように言葉を返す。
「莉子さん小さいからはぐれないようにって思ったんだけど。……じゃあ、涼介は?」
「は?」
聞き返されて、同じ様に聞き返す。
「何が?」
修平は笑んだ表情のまま、俺の手元に視線を落とした。
それを辿るように、俺も自分の手元を見る。
――
莉子の手を掴んだままの、自分の手。
――
思わず勢いで掴んだものの、離していなかったことに気付く。
ていうか、離す事も思いつかなかった。
少し視線をずらすと、同じ様に手元を見ている莉子のつむじが見える。
……離したくないんだけど、離さなきゃ、ダメかな。これは。
沈黙が漂う俺たち三人を、横目で見ながら通り過ぎていく人たちの視線も気になってきた。
どうする、俺。
離したくない。
けど、離さなきゃいけないような状況。
でも、離すタイミングが掴めない!!
どうする、俺! を頭の中で繰り返していたら、いきなり莉子が俺の手を振りほどいた。
その行動に、頭から冷や水をぶっ掛けられたように硬直する。
繋いでいたはずの手が、凄く寒い。
「――り、こ?」
呻く様に呟くと、莉子は少し怒ったような顔で俺を見上げた。
「涼介くん!」
莉子の声に、思わずびくりと肩を震わす。
「はいっ」
やっぱり、修平の方がいいって……こと?
俺、お邪魔な感じ……?
そう心の中で呟いていたら、ふわりと首元が温かくなった。
無意識にそれに手をやると、見えるのは薄いベージュのストール。
「……え?」
意味の分からない状況に、ストールから視線を外して莉子を見る。
莉子は怒ったような口調で、右の人差し指を立てた。
「こんな寒空に、そんな薄着で歩き回っちゃ風邪ひくでしょ? なんで、上着を着てこないの?!」
「え?」
思わず、ストールの端を手のひらで掴む。
拒絶の言葉が飛び出すと思っていたその小さな口から出てきたのは、俺を心配する言葉。
莉子は、まったくもうと、ぶつぶつ言うと再び俺を見上げる。
「あと、私は年上! さん付け忘れてるし!」
そこかよっ
思わず噴きそうになって、口を手のひらで押さえた。
「大体ねぇ、……大体……!」
何か怒りを堪えるようなその姿に、口元を押さえながら次の言葉を待ってみる。
ダメだ、笑い出しそうだ。
頼むから、変なこと言わないでくれよ……?
「大体、何で学ラン着てないのよ! さっき着てたのに! 私の目の保養を返せっ!! 写真撮らせろっ!! ついでに、眼鏡も持ってこい!」
莉子は自分の要望を一気に言い放つと、もうっ、と両腕を組んでおもいっきり睨みあげてくる。
俺はその視線を受け止めながら、限界を突破した。
「……ぶっ、ぶははははははっ!!」
そっちか! その怒りは、そこか!!
堪えきれなくなって、盛大に笑い声を上げる。
その大声に、莉子が怒りを消してきょとんとした表情になった。
それさえも、愛しくて面白い。
「……はっ?」
自分で思った感情を、目を細めてもう一度呟く。
愛しい。
「そうか……」
愛しいって、こんな些細な事で感じるものなのか。
制服好きで、眼鏡好きで、人間観察が好きで。
二十三歳で、大学院生で、助手をしてて。
たったそれだけしか知らない。
しかも会って話したのは、たったの四回目。
でも、それでも――
「修平」
莉子から視線を外して、修平を見上げる。
「ん?」
修平は複雑そうな表情のまま、俺を見る。
にやりと笑って、もう一度莉子の手を握り締めた。
「悪い、俺も参戦」
修平は一瞬目を見開いてそれを細める。
「……そっか」
そう言って、空いている方の莉子の手を掴んだ。
「こればかりは、負けたくないなぁ」
いつものほんわか笑顔に戻った修平は、ね?、と莉子を見下ろす。
莉子は何を聞かれてるのか意味が分からないらしく、ただ握られた両方の手を軽く持ち上げた。
「何で、手、繋ぐの?」
ずり落ちそうな肩にかけたバッグを気にしながら、困ったような声で俺たちを交互に見上げる。
「莉子が小さいから」
「莉子さんがちっちゃいから」
同時に答えた俺たちの言葉は、異口同音状態で。
「何それ、二人が大きいだけじゃない」
むぅっ、と膨れる莉子に思わず笑う。
莉子の事ばかり、考えて。
莉子に、もう二度と会うことはないって言われて落ち込んで。
莉子の傍にいる修平に嫉妬した。
この気持ちが、好きってこと。
てか、どーでもいいや。“好き”の意味とか理由とか。
誰にも、触れて欲しくないと思う。
傍にいるのは、自分でありたいと思う。
だから、伝えるんだ。
「莉子」
頬を膨らせたまま、何? と俺を見上げた莉子に、笑いかける。
「俺、莉子のこと、好きだよ」
「――え?」
膨らませていた頬が、しゅっと平たくなる。
まん丸の目が、大きく見開かれた。
修平はずるいなぁと呟きながら、莉子の意識を向けさせるためか握った手を軽く持ち上げた。
「ね、莉子さん。俺も、莉子さんの事、好き」
「は?」
突然の告白に、口をあけて呆けたように俺たちを見上げた。
さっきまでのふくれっつらはどこへやら、大きい目をさらに見開く。
公開告白のようなこの状況。
通行人の興味を惹くのは、当たり前で。
さっきまでの盗み見のようなものではなく、何人か立ち止まって成り行きを見守っている。
その中で、男二人に告白された莉子は、今まで見たことのないような満面の笑みを浮かべた。
「私も、大好き!」
叫ぶように、嬉しそうに笑う、莉子。
それはどっちを? という周りの雰囲気に、俺と修平は返ってくるだろう答えを予測してそれを待つ。
「二人とも、可愛いんだから! そんなに好いてくれているなんて、気付かなかったわ」
いや、だからどっちを! という、野次馬の歯軋りが聞こえそうだ。
莉子は俺と視線を合わせて、にこりと笑う。
「私はねぇ、涼介くんの制服姿大好き!」
いつもの右の人差し指を立てるポーズをしたいのか、俺の捕まえている右手がふるふるとするけど一切無視。
制服姿限定だけど名前が出て、通行人が莉子の視線で俺の方に決まったかと動き出そうとしたその時。
莉子は修平の方を見て、同じ様に笑いかける。
「でね、修平くんのユニフォーム姿が大好きよ!」
「え?!」
俺たち以外から、声が上がる。
それは見ていた通行人の一人で。
目が合って、気まずそうにそらされる。
きっと周りも皆そう思ったらしく、唖然とした顔で莉子を見ていた。
でも、当の本人は我関せず。
手を引っ張って、離すように訴えてくる。
俺と修平は笑いを堪えながらその手を離すと、莉子はがさごそと鞄を探った。
目当てのものを見つけたのか、両手でそれを構えるとぱっと俺たちに向ける。
「だから、写真撮らせて!!」
思った通りの言葉に、俺と修平は盛大な笑い声を上げた。