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「……涼介、さいてー」


なんか、ひらがなのような口調で言われた気がするけど、まぁ、いい。


今までの経緯を説明した後の皓の反応は、なんとなく想像していたものと同じだった。

呆れた表情と、呆れた言葉。

眇めた目が、綺麗な顔の中で目立って冷たい。

「最低って……」

なぜか皓の前で正座しながら、両手を膝の上でぎゅっと握り締める。


「だってそれ、男としてって言うか人として、さいてー」

「そこまで言うか」

「言う」


断定の上に断定を重ねられるという、あまり皓から受けない仕打ちに若干言葉を詰まらせる。

いつも俺が上で、皓が下出にでていたから。

だから、本気で俺がダメと言われている気がして、へこむ。


皓は前のめり気味だった体勢をもどして、後ろの壁に背中をつけた。


「とりあえずその今日の女の子? まだ、名前思い出せないの?」

「……まったく」


もう少しで聞けるはずだったけど、彼女が莉子を見つけたタイミングが重なって聞くことが出来なかった。


皓は小さくため息をつくと、まぁいいか、と呟いた。


「涼介はさ。今まで誰か好きになったこと、ないの?」


――好き、に?


好き?


腕を組んで眉を顰める。

いや、それくらいは……


ぐるぐると昔の記憶を掘り起こしてみる。

その結果。


「記憶にない」


「マジですか――」


苦笑気味の口元が、ひくりと震える。

「追われる恋愛って言うか、恋愛自体したことないって? マジでー? 涼介いくつだよー。おにーちゃん、そんな風に育てた覚えないよ」

「育てられた記憶ねぇ」

「はいはい。まぁ、そんなことだろうとは思ってたんだけどさ。好きって、どーいうのか分かってないでしょ?」

「んあ?」


思わず威嚇の声が出る。

「好きがどーのとか、そんくらいは分からぁ」

これでも十八歳、男子高生なめんなよ。

腕を組んだその格好のまま、ふぃっと顔をそらす。

そこまで俺は馬鹿じゃない。

「じゃー、涼介の考える好きって何よ」

ふてくされたような俺の態度に、皓はやっぱり呆れ気味の声。

ちらっと皓に視線を向けて、すぐにそらす。


呆れていつつも興味津々のような、複雑だけど確実俺的面白くない顔。

この女顔にそんなこと聞かれたくないし。


「つーか、こんなことなんで兄貴としゃべんなきゃなんねぇんだよ」

「そりゃ、涼介が不甲斐ないから。ていうかー、ホントはまったく思いつかないんじゃないのー?」

「わけねぇだろっ」

「じゃあ、どうぞー」

と、やんわりとした口調で返事を促されて、仕方なく口を開く。


「あー……あれだろ? 人押しのけてまでそいつと一緒にいたいとか、周りの迷惑考えないくらい我を通すとか」


「……はい?」


一瞬、間をおいて聞き返してきた皓に首を傾げる。

「だから毎日メールしないとダメとか、他の人を蹴落としても手に入れたいとか、相手の迷惑お構いナシとか」

組んだままだった腕を下ろして、溜息をつく。

「人を好きになるのって、はた迷惑だよなー」

一人ごちてから、皓に視線を移した……ら。


「――皓?」

なぜか、瞬きもせずまん丸に見開いた目で俺を見ていた。

何も答えない皓にもう一度呼びかけると、溜息交じりにその綺麗な顔を俯けた。

「……リョウスケクン……」

「ん?」

小さな呟きに、耳をそばだてる。


「君は一体、どんなオツキアイをしてきたのかね」


――?


「他の奴は、違うのか?」


「多分、涼介みたいに答える人って、少数派だと思う」


――


「え、マジで?」


ゆっくりと頷く皓を見て、瞬きを繰り返す。


「だって、今まで付き合った女って皆そんな感じ……」

ぶつぶつと呟く俺の肩を、ぽんぽんと叩いて溜息をついた。

「いや、まぁ。全部がはずれじゃないとは思うけど。んー、なんていうの?」


腕を組んで唸り声を上げた皓は、しばらくして頷いた。


「いろんなこと言っても無駄だと思うし、まーなんていうか……」


「その人の事ばかり考えるとか、もっと会いたいって思うとか、周りの男に嫉妬を抱くとか!」


「「……」」


思わず顔を上げて皓を見る。


なんか今、皓以外の声が聞こえた気が……


「……母さん」


溜息と共に皓がドアの方に視線を向けると、さっきの皓のように母親が隙間からこっちを伺っている姿。

「何してんだっ」

何、今までの会話聞かれてたって訳?!

焦って母親に怒鳴ると、開き直ったのかドアを思いっきり開けて俺たちの横に座った。


「だってあんた、めったに聞けない男子高生恋の悩み!! これは聞いておかないと、もったいないでしょ!?」


「はぁっ? つーか、恋の悩みとか言うな! 寒すぎるっ!」


「してたじゃない! 相談してたじゃない! よりにもよって、女顔の皓に話してたじゃない!!」


「自分で産んでおいて、“よりにもよって女顔”はないんじゃない? つーか、母さんは黙ってて」


怒鳴りあいに変わった俺と母さんの会話を、のんびりと皓が遮った。

「こんなに面白いのに! 後で、絶対ネタに出来るのに!」

「ネタにしないの、まったく」

諫める皓、拗ねる母親。

やばい、自分を見ているようだ。この状況。

いやしかし、俺はここまで子供じゃないはず――


「とにかく、涼介」


まだぶーすか何か呟いている母親を余所に、皓は俺を見た。


「その人のことを誰にも渡したくないって思ったら、それは少なくとも、友達以上の感情だよね?」


綺麗な顔で、にこりと笑う。


「友達以上の感情?」


聞き返す俺の言葉に、皓は頷いた。


「そう。あとは、自分で考えようね」


「……自分で」


自分で、考える……か。


押し黙るように拳を口に当てた俺の顔を、母親が横から覗きこんだ。

「それ、“りこさん”のこと?」

「……っ、え?」

驚いて、目を見開く。

「え、ちょ……なんでその名前……」

知ってんの……? と、続けようとした俺の言葉は、皓に遮られた。


「あ、て言う事は、今日一緒に帰ってきた子の名前知らないんだから、その子は本命じゃないのか」

「は?」

母親から、皓に視線を移す。

「だって前に叫んでたでしょ? “よし、莉子の事は忘れよう!”って」

――

一気に顔に血が上る。

勢いのまま、立ち上がって皓をにらみつけた。

「おっ、お前、盗み聞き……っ」

皓はしれっと、首を傾げる。

その隣で母親が、ぽんっと右の拳を左の手のひらに打ち付けた。


「りこさんがダメだから、元カノってこと? 涼介、最低ー!」


……っ


「誰が、そんなことするかぁぁぁっ!!」


沸騰しつつあった頭の血が大噴火を起こしたかのごとく、俺は部屋から飛び出した。







「……若いって、いいねぇ」

「いや母さん、焚き付けすぎだから。涼介のこと」

「何いってんのよ、日頃可愛くない涼介なんだからこれくらい弄り倒さないと。かーさん、毎日暇なんだから」

「子供を、暇つぶしに使わないように」





俺の部屋で、そんな会話が交わされている事など、まったく知らずに。


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