10
そのまましばらく黙ったまま歩いて。
途中の分かれ道で、やっと彼女がこっちを向いた。
「ね、涼介。本当は莉子さんの事好きでしょ」
その笑顔は、昼に見たままのいつもの表情で。
さっき莉子を見つけたときの表情と比べて、何か違和感を感じながら口を開いた。
「別に」
ふぃっと顔をそらす。
「ふぅん?」
彼女は小さく呟くと、一・二歩俺に近づく。
「涼介、莉子さん見た途端、どんな顔したか自分で分かってる?」
「どんな顔……って」
別に、普通の……と続けようとした俺の言葉を、彼女が遮る。
「ねぇ、涼介は莉子さんの事どう思ってるの?」
どうって……
「別に、ただの制服マニア……」
「馬鹿ね、ホント馬鹿。ちゃんと素直に話しなさいよ。気になってるんでしょ?」
馬鹿を続けられて少しムッとした俺は、視線を横にそらした。
「何でそこまで言われなきゃなんねぇんだよ」
「ムカツクから。さっきデジカメ出された時、写真撮られてもいいって顔したでしょ? 何で涼介の好きな人に、涼介と撮られなきゃなんないのよ」
――、え?
「いや別に、言い出したらきかなそうだから――」
他意はないと続けると、呆れたような表情が返ってきた。
「いつもの涼介なら、絶対断ってる。少し考えなさいよね、プライド守ったって何にもならないんだから」
まくし立てるように、一気に言い放つ。
何も言えずただ見返すと、だいたい……と小さく呟いて俺を睨み付けた。
「今、自分がどんな顔してるかなんて、全然分からないんでしょ?」
それだけ言うと、俺の返事も待たず走り去ってしまった。
その後姿は、その目は、その表情は。
怒っているようで……でも、悲しそうで。
俺は声もかけられずその後姿を見送った。
「あ、おかえ……り……?」
家に帰りリビングにも行かず自分の部屋へと階段を上った俺は、丁度部屋から出てきた皓と鉢合わせになった。
「ただいま」
なぜか疑問形にされたそれに短く答えて、さっさと自分の部屋に入る。
上着だけ脱いで放り投げると、倒れこむようにベッドに沈んだ。
少し埃くさい布団に、顔を押し付ける。
なんで、あんな顔するんだよ。
別に写真撮られるくらい、いーじゃねぇか。
溜息をついて、息苦しくなった顔を横に向けた。
「……」
「――やぁ……」
そこには、ドアからこっそりと覗く皓の姿。
「――やあ?」
鸚鵡返しのように、皓に対して呟く。
人の部屋のドアを開けてこっそりと中を覗く理由は、何?
口を開いて文句を言ってやろうと思ったが、なんだかそんな気力も無く小さく息を吐いて布団に顔を押し付けた。
「あれ? 何も言わないの?」
言われない方が恐ろしいとでも言うように、ドアの隙間から身体を部屋の中に入れた皓は、ベッドの脇に膝を落とす。
「くそ生意気な俺の弟が、何の反応も示さないなんて。まずいよ、槍が降るよ、少なくとも明日は台風だ」
わざとらしく大げさな声を出す皓に、布団から顔を上げて横を向く。
「……十二月に台風きたら、異常気象過ぎて笑えねぇ。つーかなんで皓がいんだよ、平日の六時だぞ? リストラ?」
「明日から出張、故に今日は定時前に取引先から直帰」
社会人の、話す、言葉……だな。
なんでもないように話す皓の言葉に、ふと莉子の姿が脳裏に浮かぶ。
二十三歳、大学院生。助手もしている社会人。
あぁ、皓が相手なら……。二十五歳の皓が相手なら、恋愛感情を持ってくれるんだろうか。
――……? は? 恋愛感情??
ふと浮かんだ考えに自分自身驚いて、がばっと身体を起こした。
隣では皓が、何事かと瞬きをしながら俺を見ている。
だめだ俺。
何を、考えて……
「あー、涼介。お前、どーしたの?」
「は?」
まだ自分の考えから立ち直れていない俺は、呆けたように皓に視線を向けた。
「どーしたって?」
鸚鵡返しのように聞き返すと、皓は俺の顔を指差して肩を竦めた。
「どーしたの、その顔。酷い表情」
――今、自分がどんな顔してるかなんて、全然分からないんでしょ?
彼女に、最後に言われた言葉。
それを、思い出す。
「そんな、酷い……?」
自分がどんな顔してるかなんて、ちっとも分からねぇ。
「うん、酷い」
皓は、あっさりと頷いた。
――
その言葉に、起こしていた上半身がそのまま布団に沈み込む。
彼女と一緒にいた時、皓が言うほど酷い顔していたって事か?
なんで?
「あのさ、涼介」
ぽんぽんと、頭を撫でる感触。
「たまにはさ、おにーちゃんを頼ってみない? 多分、涼介の悩みって自分じゃ解決できないよ」
「――なんで」
どうして、断言できるんだよ。
少し非難めいた声音で聞き返すと、前に聞いたような答えが返ってきた。
「追いかけられてばかりでちゃんと恋愛と向き合ってこなかったんだから、涼介にはきっと分からないと思うけどね」
皓の言葉に、俺は何も言い返せなかった。
……それは、慶太から言われた言葉と同じだったから――