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「おやおや、仲良くなったもんだ」
二人を見たあの土曜日から、もう一ヶ月。
十二月に入って気温はぐんぐん下がり、学ランを着ていないと寒く感じるようになった。
既に自由登校になっていたけれど、大学に合格している生徒は強制登校で修平と俺は週三回、学校に来ていた。
つーか、修平は高校の部活にも大学の部活にも出てるから、結構忙しそうだけれど。
今日は補講があるからか受験中の奴らも来ていて、慶太も登校していた。
「莉子さん、本当にバスケ上手いんだよ。もう五回はミニバスやってるけど、昔の勘を取り戻したとか何とか言って駆け回ってる」
修平が楽しそうに、携帯の液晶画面を慶太に見せていた。
見なくても、分かる。何が写ってるかなんて。
それは昨日見せられたからなんだけど。
「そろそろ恋愛モードに持っていけそう?」
液晶画面を覗き込みながら慶太がにやりと笑うと、修平は携帯を閉じながら片手で首筋を押さえて笑った。
「今は、このままが楽しいかなぁ」
恥ずかしそうに告げる修平の言葉に、俺は席を立った。
「よかったじゃん、修平。俺、ちょっと出てくるわ」
座っている修平の頭を軽く叩いてそう言うと、教室から出た。
……恋愛モードね。
最近定位置になりつつある屋上で、フェンスに凭れかかりながら両腕をその上に乗せた。
修平は、あれからも何度か莉子と会っているらしい。
ここ最近、修平の口から出るのは莉子の名前ばかりだ。
これじゃ、忘れようにも刷り込まれている気分。
それでも、以前のようにイライラする事はなくなった。
あれだけ気にしていたことが、嘘のように。
多分、俺の中で莉子の存在が小さくなったんだろう。
――きっと、そうなんだろう。
「涼介、またここに来てたの?」
後ろから掛けられる声に、振り向きもせずに溜息をついた。
最近、俺が一人になると傍に来る女。
俺が最後に付き合った、らしい彼女。
未だに、名前さえ思い出せない。
「ねぇ、そんなに落ち込んでるなら、また付き合ってあげようか?」
俺の隣に立った彼女は、そんな気がないことがまるわかりの表情で笑う。
「必要ねぇ。大体、落ち込んでないし」
顔を反対に向けて、腕に頬をつける。
「そこまで面白いくらいに落ち込んでるのに、見え透いた嘘だよね」
――慶太か、こいつは
「つーかさ、お前一体なんなわけ? なんで俺んとこ来んの?」
一瞬表情を固めたそいつは、少し顔をくしゃりと歪ませた。
それはすぐに笑顔に戻ったけど。
「んー、別に? 会いたいからーかな?」
「なんだよその疑問系。俺は一人でいたいんだよ、どっか行けって」
顔を背けたまま片手をひらひらと振ると、そいつはくすりと笑ってフェンスから身体を離した。
「涼介、私ね」
……まだ、しゃべるか
「付き合ってくれてた時より、今の方が楽しい」
――は?
そむけていた顔をそいつに向ける。
初めて、まっすぐに顔を見た。
「……マゾ?」
「どんな言い方よ」
思わず呟いた言葉に、そいつは俺の肩を軽く叩いた。
「だって、ちゃんと私の言葉を聞いて答えてくれるじゃない。付き合ってた頃は、まったく眼中なかったのにね」
茶色い髪が風に揺れて、白い肌を掠めるように揺れている。
客観的に見れば、綺麗に分類される姿。
――莉子とは、まったく違う……
「んなこと……ねぇよ」
一瞬言葉を切ったのは、その通りだってこと自分で分かっているから。
現に、まだ名前さえも思い出せない。
「別にまた付き合いたいわけじゃないし、過去の事なんて今はどーでもいいけど。やっぱりなんか悔しいじゃない、少しはあんたに後悔してもらわなきゃ」
腰に両手を当てて、ふんぞり返るように笑みを零す。
それは確かに好きな男の前というよりは、友達同士の雰囲気で。
ただ単に俺に付きまといたいだけなのかと思ってた気持ちが、少し揺らいだ。
「なんだよ、それ」
思わず、口元が緩む。
子供みたいな彼女の行動が、今の俺には優しかったんだ。
「あ、笑った」
俺の顔を見て、嬉しそうに笑ってくれる。
「じゃ、邪魔してごめんね」
くるりと身体を反転させて、歩いていく彼女の後姿をフェンスにもたれながら見つめた。




