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その頃、涼介の部屋のドアには、耳をそばだてる皓の姿。
涼介の声が聞こえなくなった後、足音をさせないようにリビングへと降りた。
「涼介、一体なんだったの?」
リビングのソファに座っていた母親が、無表情気味の顔を皓に向ける。
皓は冷蔵庫からアイスコーヒーの入ったサーバーを取り出すと、コップにそれを入れて母親の前の椅子に座った。
「珍しくも、女の子がらみの悩みみたい」
同じ様にアイスコーヒーに牛乳をたっぷり入れたカフェオレを飲みながら、母親が物珍しそうにふぅんと呟く。
「あの子がそう言ったの? あんたにそんなこと言うなんて、結構重症?」
負けず嫌いの涼介が、兄とはいえ相談事をするとは思えない。
あえてそれをしたなら、精神的に重症な気がする。
皓は母親の言いたい事を理解したのか、持っていたグラスをローテーブルに置いて手を振った。
「涼介がそんなこと言うわけないじゃない。あんまり無いんだけど、あいつ女の子がらみで何かあるとさ、俺の顔を見るの嫌がるんだよね」
いい迷惑だけど、と肩を竦める。
――その女顔、目の前で晒さないで
確かに、涼介はそう言った。
母親は無表情に戻った顔を皓に向けて、グラスを手に取る。
「ホント、憎らしいくらいあんた女顔よね。私とかわって欲しいくらい」
「俺だって、かわって欲しいっての」
性別を間違えたんじゃないかって程、悲しいほど女顔の二十五歳長男と、男顔の四十八歳母親。
不毛な言い合いに、思わず溜息をつく。
ちなみに女顔の遺伝子を持つ父親は、自分の部屋で仕事中。
「それに俺が出て行った後、なんか叫んでたし。莉子の事は忘れよう! ってね」
「あら、振られた感じ? いーんじゃないの? あの子、恋愛に関しては生意気で嫌な男だから」
母親が言う言葉かと皓は内心苦笑したが、口の悪さは言っても直らないので諦めてそれを流す。
「まぁ、あれだけもてれば女性への見方が捻くれるのも、分かる気がする。涼介は、追われる恋愛しかしたことないだろうから。追う恋愛は、勝手が違くて戸惑ってるんだと思うけどね」
「分かった口を聞くのねぇ? その顔でも、恋愛経験は涼介以上?」
「その顔は余計。ただ、少なくても涼介の気持ちくらいは分かると思うよ。一応、おにーちゃんですから」
にっこりと笑うと、母親は溜息をつく。
母親はさばさばしているといえば聞こえはいいけれど、根っからの鈍感な性格。
天然とまではいかないけれど、あまり気にしない性格だから子供も放任主義。
父親似でよく気がつく皓に、涼介の面倒を見てもらってきたといえばその通り。
内心苦々しい気持ちを味わっていると、皓が溜息をつきながらソファの背もたれに寄りかかった。
「大体、涼介。自分が相手の事を好きだってこと自体、気づいてないんじゃないかなぁ。あの言い方だと」
「は? そこまで、鈍感なの? あの子」
けれど目を細めた皓に鈍感はかーさんもでしょ、と言われれば口を噤むしかない。
「わからないんだよ、多分。好きの気持ちがさ。自分が好きになる前に、相手に好かれてたんだから」
その言葉に二人で視線を合わせると、同時に溜息をついた。
――面倒くさいけど、不憫な子……