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「涼介。昼ごはん、食わないの?」
翌日の、昼。
屋上に寝転がっている俺の横に、修平と慶太が腰をおろした。
それを目の端に映してから、瞼を閉じる。
「……昨日の夕飯。食いすぎて胃がいてぇ」
それだけ言うと、仰向けの体勢から二人とは反対方向に身体を横向けた。
「大丈夫?」
心配そうな声で頭を撫でる修平に、小さく頷いて大丈夫と呟く。
それでもゆっくりと頭を撫でていた修平は、慶太の笑い声にその手を離した。
「なんか、覇気がなくなっちゃったねぇ。涼介ってば」
パンの袋でも開けているのか、ガサガサという音。
それに混じって、慶太の言葉は続く。
「修平は、その後どうなの?」
「その後って?」
のほほんと聞き返す修平に、慶太は同じ様にのんびりと聞き返す。
「莉子さんだよ。会ってるの?」
――莉子?
一瞬、ぴくり、と反応してしまったのを隠すように、ゆっくりと首をまわす。
「今度の土曜日に、会う約束してるよ」
――え……
「莉子と、付き合い始めた、のか?」
思わず上体だけ起こして、修平を見る。
あれだけ恋愛に疎い女だったのに、こんなにあっさりと?
修平はペットボトルを持ったまま、慌てて両手を振った。
顔は、一気に真っ赤。
「違う違う、ただバスケしに行くだけ」
「え、そうなの?」
それに反応したのは、もぐもぐと口を動かしていた慶太。
「莉子さん、子供の頃ミニバスケやってたんだって。中学でバスケ部に入ったけど身長差がついた頃から周りについていけなくなって止めたんだって。だから、たまにはどうかなって思って」
「あぁ、だからこそのジャンプシュートだったんだね、学祭の時。それで修平から、誘ってみたんだ?」
うん、と嬉しそうに頷く修平。
「そつか。付き合ってないんだ、まだ」
慶太の言葉に、照れくさそうに頭に手をやった。
「全然、そんな感じじゃないから」
「莉子さんだもんねぇ」
苦笑気味の慶太に、修平はそれでも嬉しそうに笑う。
ふぅん……
修平、莉子と出かけるんだ。
誘ったら、莉子が了承したって事だよな。
脳裏に、莉子の言葉が響く。
――もう二度と会うこともないだろうから
修平には、二度でも三度でも会うってか。
制服、一番似合うとかほざいといて。
そんな俺とは、もう二度と会わないって断定しやがったくせに。
「涼介、なんて顔してんの」
「……は?」
目の前に慶太がパンを差し出しながら、くすりと笑う。
「気になる? 莉子さん」
なんとなく流れでそのパンを受け取りながら、頭を振った。
「別に、全然」
袋をあけて、パンをかじる。
甘ぇ……
「会いたければ、連絡すればいいじゃない。そんな顔してないで」
「うるせぇな、別に会いたかないし。つーか、どんな顔だってんだよ」
普段食べない甘いパン……メロンパンを腹におさめながら、目線だけ慶太に向けた。
慶太は食べ終わったパンの袋を丸めてビニール袋に入れると、缶珈琲を一口飲み込む。
なんとなく答えをじらされている気がしてならないのは、俺、うがりすぎ?
慶太はゆっくりとそれを嚥下したあと、にっこりと笑う。
「すっごい、拗ねた顔。涼介でも、そんな表情できるんだね。な、修平」
話を振られた修平は、のほほんと笑う。
「そうだねぇ、初めて見た」
「拗ねてねぇし、どーでもいい」
食べ終えたパンの袋を丸めて慶太に放る。
それを片手で受け取ると、くすくすと笑い出した。
「それが拗ねてるって言うんだよ。まったく、子供だねー」
そこまで話したとき、予鈴が辺りに響き渡った。
それにつられるように、慶太と修平が立ち上がる。
「そーいえば涼介。告白、片っ端から断ってるそうじゃないの」
続いて立ち上がりかけた俺は、中腰のまま慶太を見上げた。
「何で知ってるのって、表情だね。そこらへんは企業秘密。どーしたの、なんか心境の変化?」
企業秘密ってなんだよ。
内心突っ込みながら、身体を起こす。
「別に、面倒だから」
ズボンについた汚れを払いながらそう言うと、
「へぇ? 断るのが面倒って言ってたのに」
慶太が、物珍しそうに呟く。
「でも、いいんじゃない? 優しくなったね、涼介」
「――は?」
優しく? 告白断って、優しく?
意味分からん。
考えている事が顔にそのまま出たのか、慶太は頷くと屋上の出口に身体を向けた。
「断るのも、優しさだよー」
「慶太、いい事いうねー」
同じく歩き出しながら、修平がにこにこと笑う。
そうでしょ? と、おどける様に肩を竦めて話す二人に、俺はゆっくりと背を向けた。
「だから素直になって……って、あれ? 行かないの? もう、昼休み終わっちゃうよ」
出口とは反対のフェンスの方に歩き出す俺に、慶太が立ち止まる。
俺は少し顔を傾けてそっちを見ると、
「胃が痛いから、次、サボる」
それだけ言って顔を前に戻した。
「大丈夫?」
修平の心配そうな声に頷くと、慶太が大丈夫だよと俺の代わりに言った。
「メロンパン、おいしかった?」
そして、この意味不明な問い。
よく分からずに、それでも上手かったと答えると、
「胃が痛いのに、メロンパン、結構負担だったでしょ」
と、笑いながら屋上から校舎内に入っていった。
――バレてら
別に胃が痛いわけじゃなくて、ただ、イライラしているだけだって事を。