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「絶対、嫌だ」

「ご褒美くれるんでしょ?」


デジカメ片手にちょこんと俺の前に立つ莉子と、ニヤニヤ面白そうに遠巻きに見守る教授以下二名。

修平はまだ部活の方でやることがあったらしく、ここにはいない。




えーと、俺の今の現状は。

慌てて教室に戻って制服の入ってるスポーツバッグを引っつかんで逃走を図ろうとしたら、莉子に捕まったわけで。

つーか、早くねぇか? 

どんな身体能力だっ。




「莉子は制服の事になると、素晴らしい身体能力を発揮するわけです」




坂口が俺の思考を読んだかのように説明してるその言葉に、やっぱり制服かよ、と溜息を零す。



「ほらほら、その衣装嫌がってたんだから、さっさと着替えればいいじゃない」

慶太が手近な空き教室のドアを開けて、俺においでおいでと手を振った。

「着替えたいけど、写真は嫌だ」

スポーツバッグを肩にかけてふぃっとそっぽを向くと、坂口が嫌みったらしそうに鼻で笑う。

「あー、どうせあれでしょ? モテる涼介は昔っから隠し撮りとかされちゃってて、しかも高値で取引とかされちゃってて、気付いたら知らない人まで自分の写真持っててーみたいな。それで写真嫌いーなんて?」


いつの間に呼び捨てだ!


「そうそう、凄いステレオタイプ」

坂口の言葉を慶太が続けたあと、二人して顔を見合わせてニヤリと――


おまえ等、どんだけそっくりなんだよ。





「とにかく、俺は嫌なんだっての」

少し強めの口調で言うと、莉子はぱちぱちと瞬きをした後、ふぅ……と溜息をついた。

「そんなに嫌なら仕方ないかぁ」

そう言って構えていたデジカメを(どんだけ前から構えてるんだっての!)、ポケットにしまいこんだ。


「わがまま言ってごめんね。とりあえず、着替えてきたら? その衣装、着てるの嫌なんでしょう?」



――やけに、あっさりだな……



あんまりにもあっさり諦められて、若干拍子抜け……

だって、あんだけ人のことガン見してた莉子なのに。

制服に対しての情熱というか執着は、めっさ強そうなのに。

もっとごねられるかと思った。



「なんだ、もう莉子さん諦めちゃうの? もっと涼介のこと、苛めてやればいいのに」

慶太はそう言いながら、俺を空き教室に促す。

それに従うように歩き出した俺に、莉子が声を掛けた。

「ごめんね、無理言って」

本当に申し訳なさそうに小さく頭を下げる莉子に、なんとなく後ろめたい気持ちになりながら教室のドアを閉めた。





着物から制服に着替えながら、後ろめたかった気持ちがどんどん深くなってきて目を伏せる。

いや、俺って全然悪くないんだけど、あっさり引き下がられるとなんとなく気になるのは……俺が日本人だから? ←いや、そうじゃない



制服のシャツのボタンを留めながら、思わず唸る。



写真ぐらい、別にいいか……?

自分に惚れさせてからプライドずたずたになるような感じで振るのが目的なわけで、まずはあの天然を俺に振り向かせなきゃならない。

つーか、ライバルが制服ってどうよ……



思わず溜息をつきながら、シャツの裾をズボンの中にしまいこむ。



しかも修平の行動が若干気になるわけで、一歩でも差をつけておいた方が……

あいつだったら、ほいほい写真なんて撮らせるんだろうなぁ。

俺が写真を了承しなけりゃ、修平のとこにでも行きそうだよな。

仲よさげだし。





でも、莉子に他の奴なんか撮られたくな……





そこまで考えて、ふと思考を止める。



「は?」




……俺、今何考えてた?

莉子に他の奴なんか撮られたくない?

いやいや、何俺おかしなこと考えてんだよ。

別に撮りゃぁいいじゃねぇか。

修平だろうが慶太だろうが、その他大勢だろうが。





頭をぶるぶると振って阿呆な思考を追い出す。

そのまま着物を腕にかけて荷物を手に取ると、教室のドアを開けた。



パシャッ



途端、目の前が一瞬真っ白になった。


「え?」


顔を背けて何回か瞬きすると、残像のように目に映っていた白いもやが消えてなんでもない廊下を映し出す。



「ふふふ、ご褒美頂きましたっ」


莉子の、嬉しそうな声。


……は?




ご褒美? パシャッ? 真っ白?




顔を前に向けると、デジカメを構えた莉子の姿。

「あっさり騙されたわねぇ、涼介」

坂口が笑いを堪えながら、口元を押さえてて。

「押して駄目なら引いてみろか。三島、お前変な駆け引きに強いな。その頭を研究の方に向けてくれ」


好き勝手な事を言ってる外野は放っておいて、莉子は嬉しそうにデジカメを鞄にしまった。

「ごめんねー、涼介くん。不意打ちで。だってこんなに制服似合ってるのに、写真撮らないなんて私的に私が廃る!」



――は?



「うっふっふ~、修平くんのユニフォーム姿も執事さんも撮ったし、慶太くんの牧師さんも撮ったし、今日は最高~!!」



――へ?



うきうき顔の莉子は俺の手を両手でぎゅっと握ると、満面の笑みでそれを振った。

「ありがとうね、涼介くん! 私の趣味心は大満足! 眼鏡してたらもっと満足だったけど、まぁいーや。 またどこかで会ったら制服姿堪能させてねー」



――え?



何も言えないままの俺の手をぶんぶんと振り終えると、莉子はくるりと教授たちの方に振り返った。




「ほら、教授も唯もぼーっとしてないで、研究室に戻らないと! 今日こそ資料の整理を少しでも進めないと、年末が辛くなりますから」



跳ねるように小走りで教授達の下に駆け寄った莉子は、不満の声を漏らす二人の背中をその小さな手で押し始める。



「もう少しいようよ、莉子」

残念そうな、坂口のぼやき。

「資料の整理なんざ、やらんでもいいっ。俺が許す! 俺が許すから、女子コーセーをもっと見たいっ!」

教授の言葉には、莉子と坂口のドツキが一発。


「最後に困るのは教授ですから!」


まだ納得いってない表情だったけれど、教授と坂口は肩を竦めて下に降りる階段の方へと歩き出した。




「――え? 莉子さん?」



俺はというと、ほとんど頭がついていっていない。

理解が出来ずに思わず莉子の名前を呼ぶと、彼女はくるりと振り向いて首を傾げた。

「何?」

「え……何って……」

鸚鵡返しのように同じ言葉を繰り返した俺に、あぁ!、と何か気付いたのかぽんっと手を叩いた。



「不意打ちしたの、怒ってるの?」

え、不意打ち? ……、あぁ、不意打ち。

写真の事なんて、まったく頭に残ってなかった。

そうじゃなくて。



――またどこかで会ったら……って?



莉子は拝むように顔の前で両手を合わせると、ぺこっと頭を下げた。

「どうせ、もう二度と会わないだろうから、許して!」



――どうせ、もう二度と会わない?



「じゃーね、涼介くん、慶太くん! 受験頑張ってね~」



弾んだ声でそれだけ言うと、莉子たちは帰っていった。








いきなり静まり返った廊下。

教室の前で立ち尽くす俺と、壁際に寄りかかっている慶太。



俺は動きを止めたまま、視線をうろうろと動かす。

莉子が言っていた言葉を、頭の中で繰り返しながら。



えーと……二度と会わないって、莉子はもう俺と会う気がないってことか?

通りすがりとかで会うかもしれないけど、それ以上会う気はないと。


「うわー、涼介が振られたところ初めて見たかもー」

面白そうに慶太が呟くと、あぁでも……と続けた。

「ていうかさ、振られる以前の問題かも? だって、莉子さんに何も伝わってないし」



やっと、頭が理解した。



もう、莉子にとって俺は会う理由のない人間という事。

写真撮れたし、もういーやって?

莉子にとっての俺は、制服の似合う人。

それ以上でも以下でもナシってこと。



「寂しいんだー、涼介」

壁によりかかったままの慶太が、くすくす笑う。

なんかこいつ、莉子が絡むとイライラする言葉を吐くな。

慶太の言葉に、つい口調が強くなる。

「別に、いいよ。俺だって莉子に会う理由ないし」

「ふぅん」

慶太はそう呟いて、口を噤む。




人の考えを見透かすような、こいつの沈黙は好きじゃない。



慶太のほうは見ずに、莉子たちとは反対側の階段に向かって歩き出す。



「ねぇ、本当にもういいんだ?」

慶太は俺を呼び止めるわけでもなく、ただ疑問を投げつける。

「メアド知ってるのは俺だけだし、本当にこれで会えなくなっちゃうけど? 追いかけないの?」

「うるせぇな」

「ふぅん、じゃあ修平に協力しよっと。けしかけた手前、罪悪感だったんだよね。莉子さんに涼介が近づくの」

それには答えずに、歩き続ける。



協力だろうがなんだろうが、勝手にすりゃぁいいだろ。

どうせ、莉子には通じねぇよ。



「涼介も、これで少しは分かったんじゃない? 眼中にも入れられない人の、悔しさってものをさ」



――




思わず、足を止めた。





眼中にも、入れられない……?




「じゃ、ね」




後ろでは慶太が俺とは反対方向に歩き出す音が、響く。

上履きの底が廊下を踏みしめる、規則的な音。

それを聞き流しながら、慶太の言葉が脳裏に繰り返す。





――眼中にも入れられない人の、悔しさってものをさ





慶太は。

あいつは俺に、一体何が言いたいんだ――








慶太の足音が階段に消えて、俺は自問自答しながら横の壁に寄りかかる。



要するに、莉子にとって俺は眼中にもないってことを言いたいわけだろ。

そんなこと、言われなくても分かってるっての。

なんなんだよ、あいつ。

莉子が絡むと、言う事が本気でむかつく。


「くそっ」


押さえつけられない鬱憤を壁に八つ当たりしてみたけれど、殴った右手が痛いだけで何の解消にもならない。


目を瞑って、怒りを押さえつける。

長く息を吐き出してから、もう一度壁に背中をつけた。



「もういいよ。……面倒くせぇ」


制服しか興味のねぇ女、俺の方こそ願い下げだっての。

大体、何で俺が追いかけなきゃ行けねぇんだよ。

プライドとかより、もう、面倒くさい。



莉子にとって俺がどうでもいいように、俺にとってもどーでもいい人間だったんだよ。



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