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ふわりと髪を撫でられる感覚に、意識が浮上した。

ぼうっとした頭で、俺どーしたっけー、と思考を起こし始める。


確か、椅子に座ってろって言われて……あぁ、寝るなって言われたけどあっさり熟睡しちまった。

脳裏に、慶太の冷たい笑顔が浮かぶ。

こいつ、可愛い顔して怒ると怖いんだよなぁ……。


「ねぇ、大丈夫なの? 疲れてるんじゃない?」

寝ぼけてる耳に、聞こえてくる女の声。

誰だ……、えらい近くから聞こえるなぁ……。

「大丈夫ですよ、ただ不貞寝してるだけですから」

んー? 慶太、なんでクラスの女子に敬語……?


ふわり


また、頭を撫でられた。

思いのほか気持ちいい感覚に、再び意識が深く沈んで……


「莉子さん、写真撮るなら今のうちですよ?」


……


……いこうとした意識が、一気に浮上した。


勢いよく目を開けると、そこには


「……莉子……さん?」


莉子がいた。


莉子はニコニコと笑いながら、俺の頭をもう一度撫でる。

「疲れてるの? 涼介くん。よく寝てたわね」

まわらない頭のまま莉子の後ろの方に視線を向けると、ちゃっかり坂口と教授が席について何か飲んでいた。


「いつ……」

さわさわと頭を撫でながら、莉子は反対の人差し指を口元に当てた。

「十分くらい前からよ? 涼介くん、全然起きないんだもの」

「頭撫で撫でなんて、涼介とは思えない光景だね」

慶太の言葉に、いきなり頭が働きだす。


おっ、俺、今……っ?


頭を撫でている莉子の手から逃れるように、思わず椅子ごと後ろに後ずさった。

「え?」

椅子が変な音を立てて、一瞬、クラス内が静かになる。

仰け反ってる俺と、宙に浮いたままの莉子の手。

「どうしたの? 涼介くん」

びっくりしたような表情の、莉子。


や、だって……頭撫でてるのって……


起き抜けだからか、少しパニックになっている俺に、追い討ちをかけるような言葉が隣から発せられた。

「おや涼介。顔、真っ赤」

慶太の声。



慶太の言葉に、過剰反応を起こしたのはクラスの奴等。

「えっ!? もしかして、彼女!?」

学祭委員の女が、叫びに近い声を上げた。


「えっ、何?」

莉子がびっくりして、後ろを振り返る。


そこに、佐野の声が響く。

「もしかして、新しい彼女の……莉子さん!?」


……、新しい……彼女?


真っ白になりそうな思考から、その理由を探し出す。


そうだ、莉子と初めて会った翌日、教室で修平が勘違いするような事吐きやがったんだ。

その時、確か佐野と木内がいて……



佐野の言葉に静かになっていたクラス内が、蜂の巣をつついたような喧騒に包まれた。

俺が黙っていたから、肯定と取られたらしい。

「ちっ、違うっ!」

慌てて否定しても、誰も聞く耳を持たない。


興味津々のクラスの奴等が莉子を囲んで質問を浴びせているようだけど、彼女自身は何が起きたのか理解できていないらしく、瞬きを繰り返しながらきょろきょろと問いかけられる声の方に顔を向けるだけ。


「ちょっと、お前等離れろって」

慌てて女の集団(男も混じってた……)をかき分けながら怒鳴ると、また一瞬静かになって悲鳴が上がる。


「あの宮下くんが、凄い大切にしてるーっ!! これ、本命だよ! 本命の彼女だよ!」

「ありえない! 宮下が気をつかってる!! 本命だ!」

目を真ん丸くしたクラスの奴等にいっせいに叫ばれて、思わず顔を顰める。

「おまえ等っ、どーいう判断基準だっ!」


かき分けたはずの集団から再び締め出されて、莉子のところにたどり着けない。

いつの間にか横に来ていた教授と坂口が、その様子を物珍しそうに慶太と一緒に眺めていた。

「凄い人気だねぇ、涼介くんは」

「ね? あの、有名なって言われるだけあるよね。教授」

「あははははー、莉子さんも一躍有名人」

教授と坂口の会話に、慶太が面白そうに笑っていて。


「ほのぼのと話してる場合か!」

そう怒鳴って再び集団に突撃しようと振り返った時、その声は響いた。


「あ、莉子さん。来てくれたんだー」


集団を見下ろす高い位置にある顔は、嬉しそうに緩んでいて。

修平に気付いた莉子が、安堵したように微笑んだ。


「修平くん!」


その笑顔に、動き出そうとしていた身体が固まった。

本当に、嬉しそうな笑顔だったから。

訳の分からない状態だったから、見知った顔に会えてほっとしたんだろうって思っても。



莉子を囲んでいた集団も何か感じるものがあったらしく、修平と莉子の間の人垣が切れた。

「わぁ。修平くん、かっこいいー」

莉子はそう言いながらその小さな手を伸ばして、大きな修平の着ているスーツのような上着の裾を掴む。

修平は嬉しそうにそんな莉子を見下ろして。


「莉子さん、俺、かっこいい?」

「うん! 制服もいいけど、修平くんはこういうカッコも似合うね」



俺と同じ様に、制服や服への賛辞なんだけど。


なんて、幸せそうな雰囲気。

のほほんとした、優しい空気。


さっきまでと、大違い。



気付けば、クラスの奴等は困惑したようなそんな表情で、俺とその二人を交互に見ていた。

でも、今の俺にそれに気づく余裕はなく。

よく分からないけど、そんな二人の姿を見ていたくない。苦しい気持ちが、渦巻いて。



思わず、固まっていた身体が動いた。



「え? 涼介くん?」


修平の上着を掴んでいた莉子の手を、掴みあげる。


「涼介?」


少し驚いたような、修平の声。

俺は、何も口にせず大股でドアに向けて歩いた。


身長差、俺と莉子でも結構ある。

足の長さも然りだろうから、小走りについてくるのが音で聞こえた。

それでも、ぐいぐいと引っ張り続ける。


クラス内は、静まったまま。


「ちょっ、涼介くんってば」


莉子の声だけが、聞こえて。

教室のドアを出る直前。

今思えば莉子らしい、俺にとっては怒鳴りたくなる言葉が叫ばれた。



「大丈夫、涼介くんも似合ってるから! その着物姿!」



――だから、そこかよ!



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