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「ほ~ら涼介、いい加減機嫌直さないと、莉子さん来ちゃうよ?」
「あー? 別に関係ないね。莉子が来ようと来まいと」
適当に返事をしながら、自分の格好を見ないように視線を天井に向ける。
そんな俺の態度に、慶太はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「興味ないからって、クラスの手伝いをしなかった罰だよ」
その言葉に、おもいっきし溜息をついた。
莉子の大学にいったのは、もう先週の話。
今日から三日間、うちの高校は学祭に突入した。
中学と違って模擬店も出るし、結構好きな事できるし楽しみにしている奴等は多い。
俺も、何気に楽しみにしていたさ。
授業がねぇんだから。
適当にクラスの手伝いをして、適当にサボればいいと思ってたんだよ。
伏せた視線に、制服じゃない服が映る。
――なのにっ
「何で俺がこんな格好しなきゃなんねぇんだよっ! 何これ、なんかの罰ゲーム? 復讐? こんな男子高生おかしいだろ? いないだろ? いるなら目の前に連れて来い!」
一気にまくし立てると、場違いな声が慶太の後ろから聞こえてきた。
「どうしたの、涼介。女子が呼んでるよー。せめて、椅子に座ってろって」
「ほら、いた」
ひょこっと顔を出した修平を親指で慶太が指差す。
「……うちのクラス以外だよ」
がっくりと、肩を落として溜息をついた。
うちのクラスの出し物は、いわゆるカフェ。
そんなおしゃれなもんじゃないのは、裏でペットボトルやら菓子の袋が飛び交っている事で分かるが。
その、店員? の格好が、癖もんなんだよ!
「どこの世界に、こんなめちゃくちゃなコスプレ喫茶があるってんだっ」
そう。
皆さん、思い思いのコスプレをなさっておられます……って、おかしいだろ!
聞いてたさ、俺だって。
なんかそんなことするくらいは。
でも
――宮下くん、準備は手伝わなくていいわよ。当日、出来たものを着てくれれば。大丈夫、変なものは用意しないって
なんてクラスの女子が言ってたから、安心してたのに。
ナニコレ
着せられた後の俺が鏡を見て言ったのは、この単語。
制服ってか、これ、着物じゃんか!
武士だよ、武士!
刀まであるよ!
「おかしいだろ? 何でカフェってネーミングで着物?」
向こうの鏡に映るそれは、着物を着た自分の姿。
なんていうの? おかしいって言うか、着慣れないから恥ずかしすぎる。
しかも、なんか足がすーすーするしっ。
慶太は牧師の格好をした自分を見ながら、小さく首を傾げた。
「別に涼介の格好、おかしくないよ? 俺も、結構似合ってると思うんだけどー」
「洋装の方が、俺もいい」
ぶすっと、呟く。
クラスの女子らの、俺を見たときの反応がくそむかついた。
でっかい声で、「ギャップ萌えーーーーっ!!」 と、きたもんだ。
髪の毛茶色がかってっから、着物、おかしいって言いたいんだろ!
地毛なんだよ、これでも地毛なんだ!
こういう機会じゃなけりゃ着てみたいけど、ナニコレ、見世物?
「しかも、何で和装が俺だけなんだよ」
皆、種類は違えど洋装なのに。
俺だけ、袴。
修平は俺の前に立ったまま、慶太と同じ様に首を傾げる。
「そりゃ、涼介を目立たせてお客さん引き込もうとしてるんだから、しかたないよー。格好いいよ? 涼介って、何着ても似合うね」
そんな修平は背が高いからか、さまになってる執事のコスプレ。
「嬉しくねぇっ! なら、修平の着てる奴よこせ! それなら、制服に似てる!」
思いっきり襟首掴んで引き寄せると、修平は困ったように瞬きを繰り返す。
「でも、涼介が着たらだぼだぼだよ?」
「何気に身長差、自慢すんじゃねぇっ!」
百八十超えてる修平と比べられたら、当たり前に負けだっつーの!
いきまく俺を生暖かい眼で見ていた慶太が、修平を見上げた。
「修平、面倒だから力ずく。引っ立てて」
「あ?!」
「了解~」
叫ぶ俺と、のほほんとした修平と。
途端、修平に腕をとられて立ち上がらされる。
「おいっ、修平っ」
引きずられて歩き出しながら、腕を振り払おうにも叶わない。
のほほんとしているけれど、バスケのために身体を作ってるのは知ってる。
そんな筋肉、こんなとこで使わなくていいんだってのっ!
隣で慶太が後ろで両手を組んで俺の刀を持ちながら、楽しそうについてくる。
「諦めてよ、涼介。来場者アンケートで一位になったら、学食の割引券獲得なんだから」
「やっぱ、それかよっ」
引っ張ってもはずせない修平の力に諦めてついていくことにして、慶太を睨みつけた。
「当たり前じゃない、クラス分、一人千円山分け。三日分の昼飯が助かるもんね」
うちの学祭、いろんな賞があるんだけど、一番でかい商品がこれ。
来場者に配られるパンフにある投票券。
それで一番いいと思ったクラスに、投票できるのだ。
その一位の商品が、三万円の学食券。
俺も欲しいよ、そりゃあよ。
「だからといって、俺がこんな目にあう筋合いはないっ!!」
「あ、来た来たー」
慶太に文句を言ってたら、いつの間にかクラスに戻っていたらしい。
そこは、カフェといいはる女子達が作り上げた、カフェというにはいささかチープな教室。
その窓際にある椅子に、修平の手にぐいっとひかれて座らされた。
「勝手にいなくなんないでよね、性格悪くても顔はいいんだから」
学祭委員の女子が、俺の目の前に立ってぶーぶー文句を言い始める。
そんなこいつも、いわゆるメイドのコスプレ。
「うるせぇな、お前がその格好したかっただけだろ」
図星を故意にさしてやると、だから何?、とふんぞり返りやがった。
「こんな時じゃなきゃ着れないんだから、別にいいじゃない。何も手伝わなかったんだから、せいぜいそこで愛想振りまいてよね」
「――無理」
「でも、やれ」
にやりと口端をあげると、そのまま入ってきた客に向けて歩いていった。
「誰だよ、あんなのに学祭委員させたの」
慶太、そっくり。
隣に座った慶太に顔を向けると、にこにこと笑いながら目を細めた。
「いい加減観念してよ、涼介。あんまりうるさいと、……キレるよ」
「――」
笑顔のまま、冷気を醸し出せるこいつに勝てる気はありません。
大きく諦めの息を吐いて、腕を組んだまま天井を見上げた。
少しの我慢だ。
確か、今日は午前中だけいればよかったはず。
明日も明後日もいなきゃいけない時間はあったけど、とりあえず、今日が早く終わる事だけを願おう。
そう、思ったけれど。
「宮下くんだけ、着物だーっ。ちょっ、似あわなそうで似合うーっ」
……どっちだよ
「写真は? 禁止? えー、いーじゃん撮らせてよー」
……ふざけんな
聞きたくない自分への声が、いちいち癇に障ってむかついてくる。
「慶太くん、かわいー」
「はは、どうも」
それにいちいち応えるこいつ、やっぱすげぇよ。
俺、無理。
天井に向けていた目を閉じて、背もたれに体重をかける。
椅子の軋む音に、反対側を向いていた慶太が振り返った。
「寝ちゃ駄目だよ、涼介」
「分かってるよ」
目を瞑ってるだけ、と伝えると、それも微妙なんだけどと言いながら、遊びに来ていた生徒会の奴等と話し出す。
それを聞き流しながら、本格的に眠くなってきた頃。
それ、は、やってきた。