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疑問・1


――――――――――――


なんで 考えているのと真逆にしか


この“小動物(りこ)”は動かないんだろう


――――――――――――第四章 疑問





学食で昼飯をとった後、事務所で高校の生徒手帳を提示して見学の許可を貰う。

慶太たちは、大学受験の為の見学がしたい、という理由で莉子と会う約束をしたらしい。



「大学受験の為なのに、院を見たいの?」

莉子の職場を見たいと開口一番、慶太が提案した。

それに少し不思議そうな表情をしていたけれど、慶太の押しに首を傾げながら研究棟へと俺達を案内してくれた。



「ここは、文系の研究室が集まってるところなんだけど。ホントに興味あるの?」

「文系っていうと、文学部の?」

思わずぽかんと口を開けて、研究棟を見上げる。

「そう、文学部の。大まかには法学・人文学・文理学・文学がこの棟には入ってるの。どうぞ、こっち」

正面にあるガラス扉を押し開けて、中に入る。



入った途端、何か特有なにおいがして首を傾げる。



――少し、埃っぽい感じがするのはなぜだろう。



鼻をひくひくさせながら歩いていたら、隣を歩く莉子に笑われた。

「埃臭い? それとも、湿気?」

眉を顰めながら、小さく唸る。

「埃……かな」

「文学棟だけあって書物っていうか、紙媒体の資料がたくさんあるからね」




白衣のポケットに両手を突っ込みながら、莉子は颯爽と歩いていく。

なんだろう。

この建物に入ってから、少し彼女の雰囲気が変わったように思える。




すたすたと歩いて最上階廊下の一番奥。

日本古典文学研究室、と仰々しい名前が掲げられたドアの前で足を止めた。


「教授、戻ってますかー?」

ノックをした瞬間に、返事も聞かずにドアを開けて中に入っていく。




って、おい。

どうぞとか、目線だけでも促すとか、なんかしろっ

さかさか入っていくなよ。




思わず後ろから歩いてきていた慶太と修平を振り返って、いいのかな、と首を傾げてみた。

さすがの俺でも、こんな所入るの勇気いるんですけどー



修平もどうしたらいいのか分からないようで、首を伸ばしてドアから部屋の中を伺う。

慶太は何の躊躇もなく、俺の横をすり抜けて中に入っていった。



さすがだ――



「失礼します」


そして一声かけるのは、忘れずに。


修平と目を見合わせて、ゆっくりとドアの中へと歩き出す。


部屋の中はスチール棚で真ん中を区切られていて、その向こう側に廻ると高校の職員室にあるような、スチール製のデスクが四つ向かい合わせの島になっている。

そして窓際に、こちらに向いたデスクが一つ。


全てのデスクには書類のような資料のようなものが積みあがっていて、ノートパソコンが置いてあった。

初めて見る“研究室”の中は、一言で表すと――雑然――だと思う。




窓際のデスクに、四十代位の男が椅子に座ってこっちを見ていた。

「君たちが、見学に来た高校生かい?」

「「「はい」」」

三人勢ぞろいで返事をすると、面白そうに男が笑う。


「三島が若い子連れてくるって言うからどんなのかと思ったら、想像以上」

「想像以上?」

莉子が寄りかかっていた窓枠から、少し身を起こす。

男はにやりと笑うと、俺たちを指差した。


「想像以上に、三島がメンクイということが分かった」

「教授!」

莉子が顔を少し赤くさせながら、教授と呼ばれた男の腕を叩く。

その男は立ち上がって、莉子の頭に腕を置いた。

よーするに、肘置き。




ちょっと、内心むかっとくるのは仕方ないと思います。

なぜなら莉子は、俺のターゲットだから。




莉子は嫌そうに身を引いて男の肘を頭から落とすと、片手を振って男を退かす。

「このふざけた人が、この研究室を担当している山口教授。若作りだけど、これでも四十五歳」

「三島ぁ、お前、単位いらないんだな?」

「それとこれとは別口です」

言い捨てて、俺たちの方に向き直る。

「さてと。何か、飲む? 教授の珈琲とか教授の紅茶とか教授のジュースとか勝手にっ取っていいわよ、そこから」

人差し指で俺たちの後ろにある小さな冷蔵庫を指し示すと、私は紅茶とにっこりと笑う。

「教授って呼ぶ割には、俺を大分軽く見てるよな。俺に憧れてこの研究室に来たんじゃなかったかね、三島莉子くん」

「そうなの? 莉子さん」

同じく取り出した珈琲をその長い手で教授に渡しながら、修平が首を傾げて莉子を見る。

慶太が取り出した冷えた紅茶のペットボトルを受け取りながら、莉子は自嘲気味に肩を竦めた。



「まさか高校から憧れていた研究生が、こんな人だったとは。私の青春、返して欲しいくらいですよ」

紅茶を飲んで、一息つく。

ついでに溜息もつきながら、横目で教授に視線を向けた。

「私が高校の時、教授が発表した論文読んで憧れて。そのあとうちの高校に講演に来たこともあって余計にね。頑張って院に入ってみたら人的には憧れられない教授でした」


「山口教授が目標なんです! なんて、目を輝かせていたのはいつの話か……」

教授が遠い目をして、窓の外に視線を移す。

「白亜紀より前なんじゃないですか」

「こんな可愛くない三島の、どこ見ておまえ等ナンパしたの?」

「されてないから!」

なんだか、本当に仲のおよろしいことで。



慶太はくすくすと押し殺した笑い声を零しながら、にこりと笑って教授を見た。

「だって、年上なのに可愛らしいじゃないですか。突っ込みどころ満載で」

「「どっちも褒め言葉じゃないし!」」

笑い声を上げながら、教授と莉子が慶太に突っ込む。



――ていうか、なんで俺って実況中継みたいなことしてんの

もうわかったよ、教授と莉子は仲がいいんだってことは



「莉子さん。置いてある資料とかって、見てもいいの?」


教授と話していた莉子に声を掛けながら、その小さな肩を人差し指でつつく。

莉子は少し驚いたように目をぱちくりさせながら、俺のほうに振り返った。

「え? 資料って……どの? 興味あるの?」

「え? うん」

あまりにも驚かれたので、意味もなく驚き返す。

素直に頷いた俺に、もっと驚いた声を上げたのは後ろの教授。


「あれ、ホントにうちに興味あったんだ。三島目当てかと思ってた」

八割方、当たってます。

少し目を細めて、莉子さんを見下ろす。


口元にだけ笑みを浮かべて、“いい顔”を作り上げる。


「本は好きです、でも莉子さん目当てで来たのもありますよ」

「……」

戻っていた目が、またくりくりと大きくなって俺を見上げた。

「ひゅー、やるじゃん三島」

ふざけてる教授は、この際無視。


ここまで言えば、莉子も少しは俺を意識するだろう。


ぱちぱちとまた瞬きをしていた莉子は、ちょいちょいと右手で俺を呼ぶ。

身長差があるから、声が良く聞こえないのか? なんて、素直したがって屈んだ俺。

その途端、莉子の右手が俺の頭にのった。



「かわいいなー、涼介くん! 昨日の事を気にして、今日来てくれたの? 大丈夫よー、私怖がってないから! ていうか、目の保養をさせてもらったし!」



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