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ショートショート10月〜5回目

左ひじ

作者: たかさば

「おはようございます」


 朝、七時半。

 駅のホームで、学生服の男子生徒に声をかける。


「あ、おはようございます…!」


 にっこりと笑う学生の手には、白い杖。彼は、盲学校の生徒さんなのだ。


「はい、ひじ。ええとね…なんか出店が準備してるから、ちょっとだけ遠回りするね」

「わかりました…!」


 左の肘に手が添えられたのを確認した後、一緒に歩き出す。

 向かうのは、市営バスの乗り場だ。


「ちょっと雲が多いね。雨降るかな?」

「空気が少し湿っているので、可能性は高いですね…!」


「傘持ってきた?」

「僕、外は出歩かないんで必要なくて…!」


「あー、そうなんだ。私は出歩いてばっかだよ」

「僕は車で連れまわされてばっかです…!」


 歩いて三分程度の距離を、話しながら歩いていく。

 視線は…前方、時々、左右。


 私には足元を睨みつけて歩く癖があるのだが…、二人で並んで歩く時は前方に注意するように心がけている。前を見て歩かない通行人が勢いよくぶつかってくる可能性は、ないとは言いきれない。猫背になりがちな私の背が伸びる、貴重な時間帯だ。


「はい、到着。じゃ、またね」

「ありがとうございます…!」


 彼を初めて見かけたのは、入学式の朝だった。

 遠く離れた地にある学校に通う事になった私は、始発電車に乗って二時間の距離を移動して電車を降り、終点の駅のホームで…白杖をつく彼の姿を見たのだ。


 初めて声をかけた日は…いつだったのか、覚えてはいない。

 いつもは誰かと一緒に歩く姿を横目に、私鉄沿線への乗り換えの為に移動するのだが…、その日は一人で杖をついているのを見かけて、少し気になった。終点の駅という事もあり、先を急ぐサラリーマンの数も多く…何となく心配になって。


 ―――あの、何か手伝います?


 わりと身近に介助を必要とする知人がいたこともあり、声をかけることについて躊躇はしなかった。

 いきなり手を取ったりするのはマナー違反だと知ってはいたので、右後ろのあたりから声をかけたところ…、学生さんはゆっくり立ち止まってこちらをふり返り、目を閉じたままにっこりと笑った。


 ―――あ、それでは左肘をお借りできますか…?


 ―――どこまで行けばいい?

 ―――市営バスターミナルの、六番乗り場までいいですか?うどん屋さんがあるところです…!


 ―――おだしの良いにおいがするところ?

 ―――そうです!多分僕のほかにも学生がいると思うので、わかるかと思います…!


 ぶっきらぼうで優しくない私に対し…丁寧で穏やかな言葉を返す学生さんに、ずいぶん大人な対応をするんだなあという印象を持った。


 ―――ついたよ。一番後ろに並べばいい?

 ―――はい、あとは印があるので大丈夫です、ありがとうございます…!


 ―――いえいえ、じゃあね。


 無駄なことは話さず…会話のキャッチボールはするけれども、決して盛り上がることはなく。

 しかし、コミュニケーションとしては成り立っているような…不思議な、感覚。


 何となく、また声をかけてもいいかなという気になって…毎朝ホームを見渡すようになった。

 たまに誰かと一緒に歩いていることもあったが、ひとりでいる時は声をかけにいくようになった。


 ……私と彼の付き合いは、わりと長かったように思う。

 ずいぶん長く関わったようにも思うが、回数で言えば…そうでもなかったのかもしれない。


 声をかけはしたが、次の日の約束のようなものはしたことがない。

 話をすればいつもの人だと認識はするが…名前は知らず、聞いたことも、聞かれた事もない。

 当然連絡先なども一切知らないし、お互いにどこの誰だか、通っている学校すらわからない。


 いつ頃から姿を見かけなくなったのかは…覚えていない。

 色々と話したようにも思うが…ほとんど内容を覚えていない。


 今でも…ひじをそっとお出しするたびに、あの学生さんを思い出す。


 あの頃は、ボランティアだとか全然興味もなくて…知識もゼロで。

 ごくごく普通の、気の利かない会話しかできなくて。


 親切の押し売りになってはいなかっただろうか?

 歩く速度は速すぎなかっただろうか?

 話したエピソードはデリカシーに欠けてはいなかっただろうか?


 過ぎ去った出来事を思い出してはクヨクヨして、今現在の行動を躊躇わせる一因になっている。



「すみません、もうすこしだけ、早めに歩いていただいても?」



 ぼんやり昔を思い出していたら、お声がかかってしまった。

 ……いかんなあ、1つの事に集中できないのは、私の悪い癖だ。


「あ、ご、ごめんなさい!ちょっと昔を思い出しちゃって、ぼーっとしちゃって!!…あ、ここから階段になります、手すりは…はい、ここ!」

「昔…?」


「ああ…昔ね、ちょっと仲が良かった?人がね、目が見えなくてですね。ボチボチひじを貸してたんですよ、ええ」

「ああ…それで。そうですか、だから…歩きやすいんですね」


「…え?歩きにくいんじゃ?あ、次のステップの後でいったん踊り場です…三歩ぐらいでまた階段」

「ううん、すごく歩きやすいですよ。ただね、私がせっかちでね、すぐに早く歩こうとしちゃって…」


あの時、学生さんが何を思っていたかは…わからないけれど。

私の中には少しだけ、経験が蓄積されているらしい……?


「……きっとその学生さんも感謝してると思いますよ!その子の分もお礼を言わせてくださいな。ありがとうございました!」

「?? ありがとうございました!」


「いえいえ、アハハ、じゃあ、また」


改札口を出たところで待っていた息子さんにご婦人をお渡しし、頭を下げ下げ手を振った私は。


視線をやや下に向けつつ…、背中を丸めてバス乗り場に急ぐのだった。




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