4話 ※レオナルド達側
時は少し前へと遡る。
ラフィーナと婚約破棄を宣言したレオナルドは全ての書類をラフィーナが提出し、そして婚約破棄が成立した。
王城の執務室にて、椅子にふんぞり返って座るレオナルドにセオは挑むような視線ではっきりと述べた。
「レオナルド殿下、どうかもう一度考え直していただくことは出来ませんか? 聖女様に非はなく、これまでの功績に対してあまりにも非道な扱いではありませんか」
何度も何度も進言し苦言を呈してくるセオに、レオナルドはいらだった様子で机を叩く。
「くどい。すでに書類は全て受理された……以前から思っていたが、お前は自身の立場を理解しているか? お前はただの私の側近だ。それ以上でも以下でもない。その首飛ばされたくないのであれば、弁えろ」
「僭越ながら、殿下の過ちを諫めるのも側近の役目と理解しております。私の首をもってして止められるのであれば本望です」
真っすぐにそう言われたレオナルドが大きくため息をついた時、執務室のソファに腰掛けていた三人がくすくすと笑い声をあげた。
「セオ殿。婚約はすでに破棄されたのですよ?」
「そうだ。故にもう無理だろう」
「そうそう。諦めなよ~」
どこか浮足立つ三人は、笑顔でそういう。
レオナルドをセオと共に支えていく立場である、王国騎士団に所属するロンド、次期宰相と名高いパトリック、魔法使いとして非凡な才能を発揮するアレス。
三人とレオナルドは学園時代から仲が良く、よくこうやって集まっては一緒に過ごすことが多かった。
セオ自身は、どちらかと言えばレオナルドの側近として学ぶことが多かったため、三人とのかかわりは少なかったけれど、仕事上の付き合いはある。
三人の性格をある程度理解はしているセオからしてみれば、三人のその様子には違和感があった。
だけれどもその理由はセオには分からない。そしてレオナルドは三人のその違和感を感じてもいなかった。
「セオ。お前は頭が固いんだ。ほら、三人はこうやって賛同してくれる。否定するのはお前だけだ。諦めろ」
ラフィーナとの関係を修復するつもりのないレオナルドに、セオは諦めに似たため息をつくと、姿勢を正し、覚悟を決める。
「……そうですか。わかりました」
「あぁ。じゃあ仕事に戻るぞ」
「いえ、私はこれで失礼いたします」
「ん? なんだと?」
セオはレオナルドに頭を下げる。
「レオナルド殿下、これまでありがとうございました。私は今回の一件を止められなかった。側近として失格です。ですので側近の立場を辞させていただきます。最後にもう一度話をしてだめだった時にはそのようにするとの話も、国王陛下としております」
じっとその姿を見つめていたレオナルドはため息をつくと言った。
「そうかそうか。お前の代わりなどいくらでもいる。辞すと言うならば止めん。これまでご苦労だったな」
「はい。私の引き受けていた仕事につきましてはあちらに引継ぎの内容をまとめてありますので、それを確認していただければ大丈夫かと思います」
「わかった。ではな」
「失礼いたします」
レオナルドは面倒くさそうにため息をつく。
セオが出て行くとレオナルドは途端に機嫌が悪くなり、その場にいた三人も早々に部屋を出て行くことになる。
ロンド、パトリック、アレスの三人は庭までくると、顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「本当に上手くいってよかったですね」
ロンドの言葉に二人は同意するように笑みを浮かべる。
「あぁ。上手くいってラフィーナは婚約者という立場ではなくなった」
「うんうん。良かったよねぇ。だってさ、好きでもない相手と結婚なんて、ラフィーナちゃんもかわいそうだもんね」
三人は笑顔を一瞬で消すと、真顔で睨み合う。
「ここからは、真剣勝負というわけですかね」
「あぁ。ラフィーナが婚約破棄となり自由になった今、協力する必要はない」
「ははっ。言っておくけれど負けないからね」
睨み合う三人はレオナルドの機嫌を伺う常の様子とは違う。
王城内ではレオナルドと共に優秀であり将来有望だと噂される三人である。だけれど三人にはこれまでお互い以外には言えない秘密があった。
「ラフィーナ様は強くたくましい男性が好きでしょう。選ばれるのは私なのは間違いありません」
「ふっ。俺は譲る気はない。俺はラフィーナを絶対に幸せにして見せる」
「ははは。ラフィーナちゃんは僕を好きになるよ。これは絶対だね」
バチバチと火花が散る中、三人はそれぞれ歩き始める。
三人の秘密とはレオナルドの婚約者であり元聖女であるラフィーナのことをずっと慕っていたということ。
聖女であるラフィーナは美しいばかりではなく、人に優しくいつも笑顔を絶やさない女性であった。しかも有能であるから、三人は一緒に仕事をするたびに惹かれていった。
だけれども王子の婚約者であるラフィーナに気持ちを伝えることは出来なかった。
だが婚約が破棄され、婚約者のいなくなったラフィーナならば、誰にでもチャンスはある。
三人はそれぞれに笑みを浮かべる。
ラフィーナに選ばれるのは自分であるという自信がそれぞれにあった。
◇◇◇
そんな三名から扉が開いた途端に突然求婚を受けたラフィーナ本人はといえば、三人の言葉に驚きながらも静かに言葉を返す。
「あの、お気持ちはありがとうございます。ですがあまりにも突然で……今まで、その、お仕事のお付き合いだけでしたし……それに私、今結婚願望ないので……お断りさせてくださいませ。申し訳ありませんが、お帰り下さい……」
告げられた言葉に、たくさんの令嬢から告白をされることしかなかった三人は面食らった。
そして部屋に入る前、扉を開けた途端に求婚した三人は部屋に入ってすらいなかった。
故に、静かにラフィーナは扉をさっと閉めた。
「「「え?」」」
女性から冷たい態度など取られたことのなかった三人は呆然としたまま動けない。
「え? あ、あの、ラフィーナ様。私、ロンドです! 騎士団所属のロンドです!」
「えっと、ラフィーナ? 俺、パトリックだぞ? えっと次期宰相としてその色々と語り合ったと思うのだけれど……」
「あははは。冗談きついなぁ。アレスだよ? ねぇ、僕、アレスだよ! え? 一緒に仕事したことあるじゃん!」
閉じられた扉に向かって三人は声をあげる。
そしてもう一度扉が開いたかと思うと、そこにいたのはレオナルドの側近のはずのセオであった。
セオは扉から外に出ると、三人に向かって首を傾げながら言った。
「あの、私は今回国王陛下とも話をしたうえで、ラフィーナ様の補佐をするためにここにいるのですが……皆さんは、突然求婚をするなんて、どうしたのですか? ラフィーナ様、突然のことに、何か裏があるのではないかと、中で怖がってしまって……そりゃあ突然男性が三人も求婚してきたら、戸惑いますし、ちょっと、怖いと言う気持ちもわかります」
三人とはレオナルドを通して接点はあったものの、人間性を知るまでにかかわったことのなかったセオは言葉を続ける。
「この件、レオナルド殿下はご存じなのですか? その……側近を辞めた私が言うのもなんですが、友人の元婚約者に日も開けぬうちから求婚するというのは……あまり世間体のよいものではないかと、思うのですが」
事実を淡々と述べられ、三人はぐっと息を呑む。
だけれども三人にもそれぞれの言い分があった。
「私は、私はこれまでこの想いを押しとどめていたのです! もう、他の人のものになるのを眺めているのは嫌なのです」
「俺だってそうだ。俺以外の男の横に並ぶラフィーナを見たくない」
「僕だって! ラフィーナちゃんを守り大切に僕はしたいんだ!」
それぞれの言葉を聞いたセオは、小さく息をつく。
「そうですか。真剣なのですね」
三人は顔をあげると、そんな三人にセオは小さく息をつくと言った。
「気持ちは分かりました。ですが、先ほどの様子から言って、ラフィーナ様は皆さんのことを今はそういう風には見ていないのではないでしょうか」
「「「え?」」」
三人が驚愕の表情に固まるのを見て、セオは小さく息をつく。
セオは見た目が良く将来有望な彼らからしてみれば、自分に興味を女性が持っているのがこれまでは当たり前だったのだろうと予想する。
だけれどもそれが通じる女性ばかりではない。
セオはどうしたものかと考える。
「とにかく、今日の所はお帰りください。少しずつ友人としての関係を築くところから、ではないかなと思いますが……」
自分達の立場が友人ですらなかったのだということに初めてこの日気づいたのだろう。
三人はふらふらとした様子でその場を後にする。その背を見送ったセオは、部屋の中へと戻ると、箒をもって立っているラフィーナに驚いた。
「あの、その、箒は? どうしたのですか?」
セオの言葉にラフィーナは言った。
「いえ……突然の求婚なんて何か裏があるに決まっています。もし押し入ってきた時にはこれで対応しようと思いまして」
勇ましいラフィーナの言葉にセオは静かに沸々と笑いが込み上げてきて、口を押える。
「ふふふ。す、すみません。別にバカにしているわけではないのです。ただ、勇ましくて。ふふ。ラフィーナ様は案外おちゃめな方なのですね」
セオの言葉にラフィーナは目を丸くした後に、箒を構えていたことが急に恥ずかしくなったのか顔を赤らめ、箒を、掃除棚へと戻したのであった。
箒をもって構えるラフィーナちゃん!
貴族相手でも武器を手に持とうと思うラフィーナちゃん!
セオがいてよかったね(´▽`) ホッ
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