28話
私は立ちあがり、セオ様と共に一礼する。
「顔をあげてくれ……」
レオナルド殿下は少しやつれており、目の下には隈が出来ている。
あの事件から、内々に調査が行われ、レオナルド殿下事態は今回の一件には無関係であることが判明した。
ただし、私と婚約破棄をしてノエル様を婚約者にしたことや、その裏の顔に気付けていなかったということは問題視されており、現在レオナルド殿下が次期国王というのは問題があるのではないかと言われている。
立場も危い状況が続いているのは間違いない。
以前までの傲慢な雰囲気は消え失せ、覇気のない顔でレオナルド殿下は私のことを見つめると言った。
「……頼みがあって来た」
縋るような声と瞳。
弱弱しいその雰囲気に私は一体なんだろうかと思っていると、予想もしていなかった言葉が呟かれた。
「ノエルとの一件、本当に申し訳なかった……彼女が、あのような女性だとは……私には、見る目がなかったのだ……それで……もう一度、私と婚約をしてほしい。今更なのは分かっているが大聖女が婚約者に戻ったとなれば、現在ざわついている貴族達も大人しくなるだろう……頼む……ノエルと……婚約したのは、私の間違いだった。以前そなたに話したことは全て撤回する……本当にすまなかった。そなたの願いはこれから何であろうと叶えよう。だから、どうか、頼む」
最後は、消えてしまいそうなほど小さな声であった。
前髪を掻き上げることも、“ふっ”と笑う癖も出てこない。
それは私のこれまで見たことのないレオナルド殿下であり、国のためを思うならば、私はレオナルド殿下の婚約者に戻った方が、いいのだろう。
そう、分かってはいた。
「私は……」
戻るべきだ。
私が婚約者に戻れば、レオナルド殿下は国王となり私は王妃となり、そして国をよりよくするために共に歩んでいくことになるだろう。
今のレオナルド殿下であれば、私を無下に扱うこともないだろう。
「絶対に大切にする。今度は、心を入れ替える。チャンスをくれ」
王国のためを思うならば答えは出ている。だけれど、私の気持ちは?
身動きが出来ない私を見つめ、セオ様が静かに口を開いた。
「レオナルド殿下、よろしいですか?」
「……なんだ」
以前であれば口を挟めば苛立ったであろうレオナルド殿下だが、素直にそう言う。
そうした姿からもレオナルド殿下が変わったのが分かった。
セオ様は静かに口を開く。
「ラフィーナ様は、すぐに我慢をしてしまいます。自分よりも他人を優先させてしまいます。本人はゆっくりしたいと呟いていますが、人が困っていると動いてしまうのです。やらなくても良いことでも、後からの人のことを考えると行動してしまう人なんです……ですから」
真っすぐにレオナルド殿下を見つめてセオ様は言った。
「こうしたやり方は卑怯ではないでしょうか」
はっきりと告げられた言葉。私はそれに驚いて目を見開く。
以前のレオナルド殿下であればすぐに不敬だと言われたであろう。
私は緊張から手に汗を握り、そしてセオ様が罰せられるようなことにはならないようにしなければと思いながら、レオナルド殿下へ視線を向けた。
レオナルド殿下は眉間にしわを寄せてぐっと目をつむる。
それからうつむくと、ゆっくりと息を吐きだした。
「そう、だな……ははは。正論過ぎて……何も言えん。はぁぁ。そうだな。卑怯だ。私が私を王位につけるためにラフィーナ嬢を利用しようとしている……はは」
乾いた笑い声が響き、レオナルド殿下は頭を振る。
「どうして……間違えてしまったんだろうな……」
私は今、レオナルド殿下は何を想いそう呟いたのだろうかとじっと見つめる。
私と婚約破棄をしたこと? それともノエル様と愛し合ったこと?
レオナルド殿下は、息をついたのちに私に視線を向けると言った。
「わかった。では、これからそなたの元へ通おう」
思いがけない言葉に、私は、ん? と首を傾げる。
「私が悪かった。ふむ。ではこれからそなたとの仲を深められるように努力を重ねよう」
私はその言葉に、思わず声をあげた。
「来ないでください」
つい零れた本音に、セオ様が吹き出すのをぐっと堪えた気配を感じた。
私は唇を噛むと、レオナルド殿下に告げた。
「……私、正直に申し上げますと、もう殿下の婚約者には……戻りたくないのです。私はセオ様と一緒に、小さなお店を開けたら、それで幸せなのです」
その言葉にレオナルド殿下が驚いた表情を浮かべる。
「私と結婚すれば、眉目秀麗な王子と結婚出来た上に国母になれるのにか?」
相変わらず自分に対する自信は失うことがないのだなと私は笑みを浮かべながらうなずく。
可愛くないと婚約破棄の時に言われたなぁとふと思い出してしまうが、別段それはどうでもいい。
レオナルド殿下に可愛いと思ってもらえなくてもいい。
私が可愛いと思ってもらいたい相手はセオ様だけだ。
「私にとっては殿下と結婚出来ることよりも、国母になるよりも、セオ様の隣でお店を開けたら、その方が幸せです」
信じられないと言った様子で、レオナルド殿下は目を丸くして私とセオ様とを見て言った。
「まさか、お前達、まさか、恋仲になったのか!? 嘘だろう? 明らかに私の方が美しいというのに、この男を選ぶと?」
そういう所は変わらないなと私は思っていると、セオ様は笑顔で言った。
「毎日通っていただいて構いません。私も一緒にお出迎えしますね」
「う……嘘だろう? ちょっと待ってくれ、頭が追い付かない。嘘だろう、いや、待て、たとえ今はそうだとしても、私に毎日愛をささやかれていれば気持ちが変わるだろう!」
その言葉に、私は何と答えたらいいだろうかと思う。
「あの、その……変わらないかと……あの、殿下はご自身の容姿に大変自信があるようですが、あの……私にとっては一番素敵に思えるのは……セオ様なのです」
衝撃的だったのだろうか、レオナルド殿下の表情が何が起こっているのか分からないと言うように引き攣っていく。
「私のこの……美貌が? え、その……嘘だろう?」
「すみません」
私はそう答えながらも、王国の安定の為には本当ならば受けた方がよいであろう婚約の申し込みに戸惑う。
断ってもいいのだろうか。
そう思っているとセオ様が言った。
「ラフィーナ様、殿下はまるでラフィーナ様と結婚が出来なければ王位にはつけないように言っておりますが、まだ手立てはあります」
「え?」
「他の公爵家のご令嬢とご婚約を考える方法もありますし、次期聖女様のソフィー様に求婚するという手もあります」
そう言われてみれば、確かに私でなくても相応しい相手はいるはずだ。
ならば、私が無理に引き受けることはない。
私はほっと胸をなでおろす。
レオナルド殿下は眉間のしわをさらに深くするとため息をつく。
「今の私の状況で、婚姻してもらえると思っているのか?」
「ふむ。自覚されているのですね。では、ラフィーナ様も同様です。レオナルド殿下、ラフィーナ様がお優しいことに付け込むのはおやめください」
はっきりと告げられたその言葉に、レオナルド殿下はぐっと息を詰まらせる。
私は私以外の方法もあるのだと分かり笑顔で答えた。
「レオナルド殿下、私でなくてもよいのであれば他を当たってくださいませ。私は王妃の立場にも国母の立場にも興味ありませんし。それにセオ様がおります」
すっきりとした気持ちで私はそういうと、レオナルド殿下は肩をがっくりと下げた。
「……はあぁぁぁ。私はなんで、なんで……はぁぁぁぁ……分かった。ではな……」
ふらふらと立ち去っていくレオナルド殿下の背中を見つめながら、セオ様は呟く。
「レオナルド殿下は首の皮が現在一枚で繋がっている状況ですからね。だからこそ一番可能性が高く、最も皆から祝福されるラフィーナ様に声をかけに来たのでしょう」
「首の皮、一枚ですか?」
「はい。今回の事態、国王陛下の恩赦がなければ下手をすればノエル様幇助の疑いで殿下の幽閉もありえたかと思います。今王城での風当たりも強く、現在立場は危いです」
「そうなのですね」
私は遠くなったレオナルド殿下の背中を見つめていると、セオ様は言った。
「現在、我が国の王子は殿下だけですからね……国王陛下の決断がどうなるかはまだわかりませんが……殿下ならば、やり直せると私は思いたいのです。一度は忠誠を誓った相手ですから」
その言葉に私はうなずく。
私からしてみればレオナルド殿下には現在何の感情もない。婚約破棄された当初は色々思いはしたけれど、今では婚約破棄をされたことで幸福になった。
だからこそ、もういいのだ。
私はすっきりとした気持ちでセオ様を見た。
「早く家に帰りたいです」
そう告げると、セオ様も微笑みを浮かべた。
「私もです」
私達はお互いに微笑み合い、それからどちらともなく手を繋いだのであった。
いよいよ明日完結です(●´ω`●)
なんだか感慨深いです!
 





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