23話
叩きつけられた場所から黒い煙がたちのぼりはじめ、そして、叩きつけた瞬間にルカ様の体も同時に黒い煙で包まれた。
「うわぁぁぁぁ」
悲鳴が響き割り、ルカ様の瞳が黒く染まっていく。
「まさか……瘴気? 何故こんなところに!?」
「瘴気ですか!?」
「はい。こんなところで……一気に広がったら厄介です! 皆様後ろに下がってください!」
ロンド様はノエル様を立ちあがらせて移動しようとした時、ノエル様は何を考えたのかロンド様の一瞬の隙をついて押しのけて自由になるとルカ様の方へと向かって走った。
「ダメです!」
「いやよ! いや! 私はレオナルド殿下と結婚して末永く幸せになるの! ルカ様! ほら皆の方に行って! 早く皆を倒して!」
「あああああああああ」
瘴気がルカ様の体を侵食していく。地面に落とされた瘴気は、ルカ様の体を媒体にしようと蠢き、体を這い上っていく。
その様子を見た私は、聖水を作り上げる方法はないかと考えるけれど、ここには夜空に輝く美しい月も、清らかな水もない。
何かないかと考えた時、ノエル様が悲鳴を上げた。
「ちょっとこっちに来ないで! 向こうに行きなさいよ!」
「あああああ、おおおおおまえもおおおおきょよよよりょくしいいいいいろ」
瘴気とは、自然発生的に出現する人間の人体に大きな悪影響を及ぼすものである。自然物を腐敗させ、人間に寄生して広がっていく。
「ちょっと来ないで! きゃぁあ! いった! 貴方今私のことひっかいたわね! あああああああああああ……腕が、腕が!」
ノエル様はルカ様に引っかかれた腕を抑えた。
聖なる力を持っていたからこそ、瘴気の浸食はないものの、腕が真っ赤になっている。
「ノエル様! 早く逃げてくださいませ!」
現在の対応策としては聖水の能力をさらに凝縮した結晶を使い封じ込めるやり方、あとは聖女が聖水を使って祓うやり方がある。
騎士達はノエル様に襲い掛かろうとするルカ様を止めようと接近しようとするが、私は声をあげた。
「近寄ってはいけません! ノエル様! 今のルカ様は瘴気に侵され次の浸食先を探している状況です! 早急に離れないと貴方の力では瘴気に飲み込まれますよ! そんな怪我ではすまなくなります!」
「いやあぁぁぁ」
ノエル様は逃げ惑い、私は聖水の代わりになるものは何かないかと考える。
「何か、何か、何か……」
必死になって考えた時、私はハッと気づく。
月に祈りを捧げ、そしてその光を受けた聖力をよく通す液体。
「恐ろしいものを……思いついてしまったわ」
私は小さく独り言ちる。これは出来るだけ他の人に見せないほうがいいものだ。
今ここでの私の判断が、今後の聖女達の未来にもかかわってくるかもしれないと、私は息を呑むと、声をあげた。
「私が瘴気を食い止めます! 騎士達はノエル様を連れて外へ退避してください! ロンド様! アレス様にここ一帯を魔法で封じるようお願いします!」
私の声に、ロンド様はうなずくと、ノエル様をどうにか捕まえ、肩に担ぐと他の騎士達に号令をかけた。皆がその指示に従い、駆けていく。
「やめて! わ、私は、私はレオナルド殿下と結婚するのよ! もうすぐ結婚式の乙女を担がないで!」
「舌を噛みますよ! 黙って!」
「いやぁ!」
ノエル様の叫び声が響いて聞こえるが、退避していくのを見送り、私は小さく息をつく。
部屋の中に残ったのは、私とセオ様、そして瘴気に侵されたルカ様であった。
「あああああああああああああああ」
私は横にいるセオ様に言った。
「……出来るか分かりませんが、私の血液を使います」
「血液? ラフィーナ様それは一体」
「今はルカ様を侵食していますが、瘴気は空気中を移動します。ルカ様の体の中で増殖した後は一気に広がるでしょう。止めるなら今しかありません」
体が震えそうになる。
自分の中の血液を使ってどうなるかは分からない。ただ、今はこれしか思いつかない。
聖水を作る時、自身の中に流れる聖力を使い聖水を作っていく。
仮説ではあるけれど月の光を浴び、水に触れている私の血液は、聖水と同じ力をもっているのではないだろうか。
どうなるかは分からないけれど、やらないよりはやった方がいいだろう。ここで食い止められなかった場合、かなりの被害が出るだろう。
ロンド様がアレス様と連携し、魔法で一帯を封じるのが間に合えばいいが。
「ラフィーナ様……それしか手がないのですね」
セオ様は小さくそう呟くと、私のことを下ろし、じっと見つめてくる。
「はい……王国の為です。何もせずに死ぬよりは……やったほうがいいでしょう」
「ふふふ。貴方は、本当に変わりませんね」
「え?」
セオ様はその場に膝をつくと、私の手を取り言った。
「私、自分の中に芽生えた気持ちについて、貴方には伝えないほうがいいだろうと思っていました。叶わなくてもいい。傍にいられたら幸せだと感じていましたから。それに、貴方の重荷になりたくなかったので」
「セオ様?」
「さっき、聞こえてしまいました」
「何を……」
そこで私はハッとする。
聞こえたというのは、私の声がということで、さっきというのは……。
セオ様は優しく微笑む。
「私はラフィーナ様のことが、好きです。のんびりしたいと言いつつも、真面目に始めた仕ことは丁寧に最後までやり通すところや、美味しい物には目がない所とか。ふふふ。レオナルド殿下の側近を務めていた時には知らなかったラフィーナ様を知るたびに惹かれていました」
顔が熱い。セオ様の言葉一つ一つに、私の心臓は大きく音を立てていく。
今までも他の人に好きだと言われたことはあった。
愛していると言われたこともあった。
だけれども大概は、聖女としての私に向けられた言葉であった。
それはそれで私の側面ではある。ただ、では他の私を見ても好きだと言ってくれるのかと問えば、皆、思い描いていた理想とは違うと結論に至る。
それはとても虚しい物だった。
けれどセオ様は、聖女ではない、私のことを見て言ってくれている。
「ラフィーナ様好きです。最後まで傍にいさせてください」
「……セオ様……ありがとうございます」
「私にできることはありますか?」
「はい。力を、貸していただけますか?」
「もちろんです」
プスプスと音を立てて、瘴気が上がり始めている。
私は覚悟を決めると、セオ様の持っていた剣に自分の手のひらに切れ目を入れ、そこからぽたぽたと溢れる血を、セオ様の剣に伝わせた。
セオ様が苦しそうに私のことを見つめるけれど、私は大丈夫だと微笑み、今は痛みに堪える。
それから、聖水に行うように力を注ぎ込んでいく。
すると、剣が淡く輝き始めた。
「これは……」
「良かった。いけそうです」
「ラフィーナ様、ありがとうございます」
セオ様は剣を構え、私は手のひらに溢れてくる血をためながら、聖力を込め、力を注いでいく。
すると、赤かった血が、きらめき始め金色色に変わると、空気中に舞い上がった。
セオ様は剣を構えてこちらに向かって襲い掛かってくるルカ様に応戦する。
ルカ様の体は瘴気に包まれており、その体は剣を防ぎ、セオ様は苦悶の表情を浮かべる。
瘴気がセオ様の体を包もうとするけれど、黄金色の光がセオ様の体を守る。
私は、聖力を黄金色の光に込めるように祈りを捧げた。
黒い瘴気はまるで尾を振り回すかのようにセオ様を攻撃するけれど、それをセオ様は必死に受け、そして攻撃を繰り返す。
そしてその尾は数を増やすと私の眼前にも伸びてきた。
「ラフィーナ様!」
「大丈夫です!」
次の瞬間、光が眩しい程に金色に輝き、私を攻撃してきた瘴気の尾は光にぶつかった瞬間に霧散し消えていく。
部屋の中の瘴気も次々に光によって打ち消されていく。
「ぐあぁあぁぁぁぁぁぁあ」
奇声を上げるルカ様に向かってセオ様の剣が振り下ろされた瞬間、瘴気は光に溶けるようにして消え、ルカ様はその場に倒れた。
空気中に金色の光が舞い上がり、逃れようと蠢く瘴気も、光に触れた瞬間に溶けるようにどんどんと消えていく。
部屋の中に美しい金粉が舞っているようであった。
倒れたルカ様の怪我も光は癒した。
私の手のひらの傷も、光がキラキラときらめいて消えると、ゆっくりと時間をかけて金色の光は消えていった。
私はその光景を見つめながら、その場に座り込む。
「ラフィーナ様、大丈夫ですか!?」
セオ様の声に、私はうなずきながら、先ほどの金色の光を目で追うように視線を彷徨わせたのであった。
皆様完結まであと少しでございます。
よろしくお願いいたします。(●´ω`●)





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