2話
元聖女。つまり自分はもう聖女ではないので神殿も出なければいけないだろう。
唯一持っていたワンピースを着て、私はスカートを払うと鏡の前で自分の身だしなみを整える。
聖女は基本的に白い聖女服を身に着ける。
私が今着ているのは深緑色の地味なワンピースであり、唯一持っていた私服である。以前聖女という身分を隠して外出することもあるかもしれないと思い買っておいたものだけれど、結局一度も着たことがなかった。
「なんだか、違和感がすごいわ」
鏡に映る白色以外を身にまとった自分。
着なれない色に戸惑うものの、そのうち慣れるであろうと息をつくと、私は国王陛下の呼び出しに応じ、謁見の間へと急いで向かったのであった。
廊下を歩いていると、いつもとは違った視線を感じた。
「ラフィーナ様が……あぁぁ。私達の聖女様が」
「嘘でしょう。お労しいわ」
あぁ、憐みの声かと思いながら私は進んでいく。
自分は周囲からしてみれば惨めな立場なのだろうなと、そう思った。
ただ、周囲の視線とは裏腹に私の気持ちはすっきりと晴れやかなものであった。
これからは嫌々妃教育を受けることもなく、聖女として忙しく働くこともなくなるのである。
妃教育にかこつけて押し付けられていた国の仕事もしなくても良いと思うと、自分の時間がそれだけでかなり増える。
出来たら王城を出てどこかで働きながら暮らしていきたい。
趣味とかも見つけてみたいけれど何をしようなんてことを考えながら私は謁見の間へと足を踏み入れた。
張りつめた空気を感じながら気合をいれ、私は国王陛下の座る王座の前へと移動をすると、一礼して動きを止めた。
「王国の太陽である国王陛下にご挨拶申し上げます」
国王陛下は静かに私を見つめると、言った。
「面を上げよ」
私は静かに顔を上げると、国王陛下は私のことを見つめた後、横に控えていたレオナルド殿下へと視線を移す。
謁見の間には、国王陛下の他にレオナルド殿下、そして側近のセオ様、あとは神殿の神官長様とノエル様の姿があった。
国王陛下は視線を私へと戻すと口を開く。
「ラフィーナよ。今回の一件、そなたに罪はない。だがレオナルドが王族命令を出し、その上書類を勝手に制作し、婚約破棄そしてそなたの聖女の解任が受理された。罪は事実無根だが書類が受理されたのは事実だ。……聡明なそなたに問う。何故私に一度報告をしなかった」
聞かれるであろうなと、私は思っていた。
国王陛下はとても優秀な方だ。
本来であれば、私が迅速に国王陛下に今回の一件を話をし、婚約破棄の撤回をレオナルド殿下と話し合えば、どうにかなった、かも、しれない。
だけれども、王族命令は、軽い物ではない。
だからこそ、かも、であり絶対ではないのだ。
私はしっかりと国王陛下へと視線を返しながらはっきりと言葉を返す。
「王族命令は絶対でございます。聖女を解任された私が逆らうわけにはまいりません」
この王族命令については、これまでも問題視されてきた。
ただし国王が突然死去した場合や、病に倒れた時などの緊急時に用いられてきたために未だに残っていた物である。
婚約破棄に使ったのは、レオナルド殿下が初めてであり、これまでの王族の歴史上では私的に使われたことはなかった。
国王陛下は私の言葉に大きくため息をつくと、うなずく。
「それは、そうだな」
神殿へ提出しろと言われたものを提出する前に国王に意見すれば、それは命令違反と取られる可能性が高い。
それはそれで王族の命に従わなかった罪に問われるであろう。
国王陛下は視線をレオナルド殿下へと向けると言った。
「レオナルドよ。本当に良いのか?」
レオナルド殿下はその言葉に、はっきりと答えた。
「私は自分の意見を覆すつもりはありません。私の妻となるべくはノエルでありラフィーナではありません」
国王陛下はその言葉にうなずくと、私に向かって言った。
「ラフィーナ。そなたも本当に良いのだな?」
私は恭しく頭を下げる。
「はい。婚約破棄、並びに聖女の解任につきまして命に従う所存です」
国王陛下の瞳が残念そうに細まり、それからうなずく。
「そうか」
それから、国王陛下の横に立っていた侍従が私の元へと一枚の紙を持ってくる。
手渡され、私はそれを見ると、そこにはこれまでの働きの報奨金と王城の一角を私の居住と今後の仕事の為に使用しても良いとの許可する旨が記載されていた。
私はこれは先手を打たれたと思った。
「ラフィーナよ。これまで聖女としてよく務めてくれた。報奨金を授与する故、それを今後の生活にあてるがよい。また、そなたの能力は高く、他国に利用される危険を伴う故、王城管轄内に住み、今後も王国の為に力を貸してほしい」
どう返すべきかと私は思案しつつ言葉を選びながら口を開いた。
「おそれ多いことでございます。私の力であれば、微力ながらいつでもお使いください。ただ、私はすでに聖女の任も王子の婚約者の任も降りた身。また、自分自身今後の生活もありますので、ご配慮いただけるとありがたく思います」
あくまでも自分に出来る範囲と暗に伝えていく。
自分の身の安全も考えれば、王国に属することは問題ない。多少の面倒くささも仕方がないことであろう。
どのくらいかは分からないけれど、報奨金もあるのであれば、今後は忙しくない程度に働きながら生きていけたらいいなと考える。
国王陛下はうなずいた後、小さく息をついてから、視線をセオ様へと向けた。
ここで何故セオ様へと思っていると、国王陛下が予想外のことを口にした。
「今回の不祥事の責任の一旦は側近のセオ・ランドルフ、そなたが王子の側近でありながら止められたなったことにもある。故に側近を降り、今後はラフィーナの補佐をしていくように」
「はっ。今後ラフィーナ様の補佐として精一杯務めさせていただきます」
「は?」
私は突然の言葉に、意味が分からずに驚きの声をあげたのであった。
読んでいただき感謝です!\(^o^)/