18話
私が案内されたのは、王城の客間の一室であった。
その一室に入ると、侍女が紅茶と朝食用にサンドイッチを持ってきてくれた。
セオ様は食べながらで大丈夫と言ったけれど、私は先に話を聞きたくて口を開いた。
「セオ様、一体、何者が何の目的のために入ったのでしょうか……保管庫にあったのは薬草や栄養補給水くらいですが」
私の言葉に、セオ様は少し言いにくそうに口を開く。
「王城の敷地内の犯行です。この城に詳しくなければ難しいでしょう。それだけでかなり絞られるかと思います。また、ラフィーナ様が栄養補給水を作っているという事自体、ほとんど知られていないことです」
「そう、ですね。お店でも、栄養補給水を混ぜていることは言っていませんし……」
「知っているのはごく一部です。以前聖女の仕事を手伝ってほしいと言ってきた三名と、おそらくその三名から手伝ってもらったことを報告されたレオナルド殿下くらいでしょう」
その言葉を聞いてから、私は首を横に振った。
「私も一瞬は脳裏をよぎりましたが、皆様は違うと思います」
私の言葉に、セオ様も少し考えてから同意するようにうなずいた。
「……そうですね」
「はい。三名につきましては盗む大きな理由がありませんし、レオナルド殿下は、陰でこそこそとするよりは、大っぴらに私に命令して作らせると思います」
レオナルド殿下の性格はよくわかっているつもりだ。彼ならばこそこそとするよりもきっと私に直接命令しにくるだろう。
彼の場合は、婚約破棄をしてこの前の会話があったとしても、必要ならば命じてくる。
最終的に命じればいいという考えが彼の中には根強く残っているのだ。
だからこそ、レオナルド殿下が犯人という可能性は極めて低いのではないかと私は思った。
であれば、一体誰が犯人なのか。
「もう一人、ラフィーナ様が栄養補給水を作っていることを知っている人物がいます」
「そう、でしょうね」
私が聖女の代わりに仕事をしたことを知っている人物がいる。
それは現聖女であり、レオナルド殿下の現在の婚約者であるノエル様だ。
ただ確証はなく、それになにより何故栄養補給水を狙ってきたのか、私には分からなかった。
「ですが何故でしょうか。栄養補給水……聖水は、聖女であれば作ることが出来るはずです。いくら能力が低くても、聖女候補になれたということは聖なる力を保有しているはずです」
「そう、ですね」
「ですから、わざわざ人を使って私の栄養補給水を盗る必要はないかと思うのです。だって自分で作った方が、安全でしょう?」
セオ様はそこで黙り、眉間にしわを寄せる。
私はその姿がを見つめながら、本当にノエル様なのだろうかと考えていた時、部屋がノックされ中に人が入って来た。
「まぁ」
そ個に現れたのは、ロンド様とパトリック様、アレス様、そしてレオナルド殿下であった。
先ほど話題になった人達の登場に驚いていると、レオナルド殿下が口を開いた。
「言っておくが、私はそなたが作った物を盗むなんて卑怯な真似などしないぞ。だから、そのことで話があって来た」
はっきりと告げられ、私は相変わらずの物言いだなと思いながらもふと笑ってしまう。
「お久しぶりでございます。第一王子殿下にご挨拶申し上げます」
「お久しぶりです」
私達が立ちあがり一礼してそう言うと、レオナルド殿下は大きくため息をついたのちに、私達の向かい側のソファへと腰を下ろす。
三人はそんな殿下の後ろに並んで立つ。
「座れ。今回の一件について……話がしたい」
レオナルド殿下の言葉に、私達はうなずきソファへと腰を下ろした。
ただ座ってからしばらくの間レオナルド殿下は口を開くことがなく、一体どうしたのだろうかと思っていると、レオナルド殿下は言った。
「今回の一件、ノエルがおそらくは仕組んだことだ」
「え?」
突然の言葉に驚いていると、レオナルド殿下は言いにくそうに、言葉にする。
「……ノエルは……聖女としての力は、あくまでも候補になるほどのもので……最も優秀で秀でているわけではなかった」
レオナルド殿下の言葉に、後ろに控えていた三人が口を開く。
「ノエル様のご実家のハーメル公爵家が裏で手を回していたようです。そして私達三人もまた、ノエル様に……協力をしていました」
「あくまでも自分に出来る範囲で、ノエル嬢の株をあげるようなことをした」
「僕も、ラフィーナちゃんとレオナルド殿下が婚約破棄するためにはノエルちゃんがレオナルド殿下の婚約者になってくれたらいいなって……協力しました」
白状するように呟かれた言葉。
おそらくはレオナルド殿下とは事前に話をしてきたのだろう。レオナルド殿下の表情は悪く、頭を手で押さえた。
「ノエルには、これから改めて話をしに行くつもりだ……ラフィーナ……私がノエルに話をし、謝罪に来させる……それまで、大事にはしないでもらえないだろうか」
その言葉に私が驚いているとセオ様が声をあげた。
「レオナルド殿下、失礼ですが……それは、よろしくないかと思います」
「黙れ。お前はもう側近ではない」
はっきりとした拒絶の言葉であったけれど、セオ様は言葉を続けた。
「たしかに側近ではありません。ですが、レオナルド殿下、今回の一件のことの大きさが分かっておいででしょうか」
「わかっている。だが、ノエルもきっと追い詰められて」
レオナルド殿下の言葉を、本来ならばセオ様が遮ることはない。だけれど、遮ってでも伝えなければならないと思ったのだろう。
セオ様は声をあげた。
「帯刀していたのですよ。私は先程手当てをしてもらい治りましたが、眼球がつぶれるかもしれない怪我を負いました。わかりますか? 私だからまだよかった。もし、もしラフィーナ様だったならばレオナルド殿下、どう責任を取るおつもりですか」
部屋の中が静まり返る。
レオナルド殿下は今までに見たことのない程に動揺している様子であった。
「そ、それは」
「一歩間違えば、ラフィーナ様の命すら危うい状況だったのです。これを、見過ごすわけにはまいりません。すぐにでも聖女様に事情聴取等をするべきです」
「だが、だが今回の一件が明るみに出れば、ノエルは聖女や……私の婚約者の地位を落とされるかもしれないのだぞ!」
その言葉に、私はレオナルド殿下のことを真っすぐに見つめながら言った。
「ではまず、殿下が真剣に聖女様と話し合ってみてはいかがでしょうか。私はそれで構いません。ただ、一言。レオナルド殿下、セオ様は先ほどまで右目を大きく負傷されていました。王城内という、本来ならば安全な場所で」
痛かっただろう。
危険を察知して、窃盗に入った者達に一人で挑んだセオ様。
今回は命に別状はなかった。だけれども、剣を握った相手と対峙する時に、絶対に安全なんてことはない。
私の視線に、レオナルド殿下が唇を噛む。
「……この一件で、誰かが死んでいてもきっと殿下は同じように対応されたのでしょうね。殿下にとってそれくらいに、他人の命は軽いものと思います」
「ふ、不敬だぞ! とにかくこの一件私があずかる! 他言無用だ」
顔を真っ赤にして叫ぶレオナルド殿下を私は見つめながら、この人では我が国は長くはもたないだろうなと、王位継承について、そう静かに思った。
そして今回の一件が明るみに出たならば、レオナルド殿下は王位から遠ざかるだろう。
私が元聖女になったように、レオナルド殿下も、元王子になる可能性があるのだ。
ただ、現国王陛下には他にまだお子がいない。
それで首の皮一枚を繋いでるのかもしれないが、きっとそれを本人は分かっていないのだろう。
レオナルド殿下はそれからいらだった様子で部屋を出て行った。
そんなレオナルド殿下に三人もついて出て行ったのだけれど、あの三人も大変だろうなと静かに思った。
水分補給しっかりしていきましょう!(●´ω`●)
熱中症が怖いです!





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