12話
セオとラフィーナの会話をずっと外で立ち聞きしてしまったレオナルドは、セオが外に出てくるタイミングで逃げるようにして走った。
元婚約者の泣き声に、初めて聞く相手の心の底からの叫び声に驚きと衝撃を受けていた。
これまで自分が正義であり、何を言われても最終的には自分の思い通りになって来た。
ほらやはり自分が合っていたではないかとその度に思ってきた。だけれども、先ほどのラフィーナの泣き声を聞いたレオナルドは言いようのない感情が胸の中に湧き上がり、胸を押さえて走った。
ラフィーナの泣き声が耳にこびりついている。
――――――あの女が泣いた。あの何を言われても動じずにいた女が、元聖女が、元婚約者が、悲鳴を上げるように泣いた。
自室へと戻ったレオナルドは自分の中に芽生えた感情に衝撃を受け、それから、ノエルから返却されたラフィーナの作った引き継ぎ書へと視線が向く。
しっかりと読んでおくべきだと言ったのに、それがあると自分は追い詰められているような気持ちになると言って、ここへ持ってきた。
自分はノエルの気持ちも確かに分かると思い、自室にそれを置いていた。
震えそうになる手で、それを開くと、分かりやすいようにと丁寧に丁寧に文字が並べられている。
これを、一体どんな思いで書いたのだろうか。
そして自分は彼女に、何をしたのか。
「なんだ、この感情は。クソ。クソ。嫌だ。知らない。知りたくない。なんだよ。なんだよこの、胸の中に渦巻いて消えない、感情は!」
近くにあった花瓶を壁に投げつける。
砕けた花瓶と、したたり落ちる水。すぐに部屋の外から使用人の声がする。
「殿下、大丈夫でございますか?」
「何でもない。入ってくるな」
「かしこまりました」
鼻をかすめる花の匂い。思い出したくないのに、ラフィーナがたまに差し入れてくれた香りのよい花を思い出す。
癒し効果があるとか、そうしたことを呟いていた。
「ハッ。なんだよこれ……はははは。……罪悪感だと?」
気持ちの悪い感情が渦巻く。それは罪悪感というものなのだろうとレオナルドは思い、両手で顔を覆うと、唇を噛む。
知りたくなかった感情であった。
ずっと傲慢であれたらよかった。だけれども先ほどのラフィーナの初めて聞く泣き声はずんと胸の奥にのしかかり、自分に自覚させた。
自分が間違っていたのだと。悪かったのだと。
「クソ! クソが。嘘だろう……私が、私が間違っていたと? ハハハ。そんなわけない。そんな、わけが、ない!」
何故そう思ってしまったのか。
あの泣き声にどうしてこんなにも感情が荒れ狂うのか。
罪悪感など、どうして抱いてしまったのか。
「なんで」
――――私の前では泣かなかったくせに。
自分の中に芽生えたその感情に、驚愕しながら、じわじわと羞恥心が湧き上がってくる。
その日は結局よく眠れず、レオナルドは翌日執務室で仕事をしながら大きくため息をついた。
そんなレオナルドの様子に、仕事とノエルのことについて話し合いに来ていたロンド、パトリック、アレスはソファから声をかける。
「どうしたのです?」
「あぁ、ノエル様のことか?」
「あぁ、やっぱり問題が多いもんねぇ」
パトリックとアレスは執務室などのレオナルドしかいない部屋では気軽にしゃべりかける。
三人とは学生時代からの仲であるから、ノエルの件についても相談に乗ってもらってきた。だけれど、聖女となったノエルがこんなにも仕事をしないとは皆予想外であった。
「はぁぁ。ラフィーナであった頃は、こんなこと心配せずにいられたのにな」
レオナルドはそう呟いた後、三人から言葉が何も返って来ないことに疑問を抱き顔をあげる。
すると三人は真顔でこちらを見つめており、レオナルドは眉間にしわを寄せた。
「なんだ、その顔は」
三人はすぐに元の穏やかな表情に戻ると言った。
「いや、悩んでいるなと思いまして」
「そうそう。大丈夫さ。ノエル様も慣れるまでが大変なだけだろう」
「うんうん。頑張ってサポートしようね」
違和感を感じながらも、レオナルドはため息をついてうなずき、三人の座っているソファに自身も移動すると現在起こっている問題点などをあげていく。
そして三人が、ラフィーナの力をすでに借りて問題をとりあえずは解決できそうだという話を聞き、レオナルドは昨日の罪悪感を思い出す。
だからこそ、思ってしまった。
「……ラフィーナと婚約破棄をしたのは……間違いだったかもしれない」
気が付けばそう呟いており、三人にも同意されるかもしれないと思い顔をあげると、ロンドが冷ややかに言った。
「そう思っても、もう遅いですよ」
突然の言葉になんだと思っていると、パトリックが笑い声をあげた。
「突然レオナルド殿下らしくないなぁ。殿下には愛しのノエル様がいるでしょう!」
それに同意するようにアレスもうなずく。
「うんうん。殿下にはノエル様がお似合いだよ」
予想外の三人の言葉に、レオナルドはセオの言葉を思い出しながら呟く。
「……セオはいつもラフィーナとの婚約破棄についてもう一度考え直すように言っていたが、お前たちは、いつも……賛同してくれたな」
その言葉に、三人は黙る。
レオナルドはぞっとした何かを感じながら、口を開いた。
「何故、賛同してくれたのだ?」
三人は、立ち上がると微笑みを浮かべて頭を下げた。
「私は殿下の心赴くままにと思いました」
「俺はノエル様が運命の相手とレオナルド殿下が言ったので」
「僕にはレオナルド殿下を止める理由がありませんので」
気持ちの悪い空気が流れていき、三人に、レオナルドは尋ねた。
「何故、婚約破棄を止めなかった」
異様なその雰囲気にレオナルドは三人のことをじっと見つめる。
三人はにこやかに答えた。
「「「ラフィーナ様と婚約破棄をしてもらいたかったので」」」
「は?」
呆然とするレオナルドに、三人はもう隠す必要もないかとあっけらかんと話始めた。
「ラフィーナ様が殿下の婚約者である以上、自分の物にはできませんから」
「うんうん。さすがに王族の婚約者を奪うことは出来ないし」
「連れ去ろうかとも思ったけれどさ、それはそれで面倒だったしね」
まるでさも当たりかのようにそういうと、三人はレオナルドに言った。
「婚約破棄はもう覆せないのですから、今更なんですか?」
「ラフィーナについては俺たちに任せてくれたらいいから」
「そうだね。僕が幸せにするから安心して」
三人の中に小さく火花が散る。そこにはレオナルドは含まれておらず、すでにレオナルドは蚊帳の外の存在なのだと言われているようだった。
「何故……婚約破棄が正しくない道だったのであれば、進言してくれるのが、友ではないのか?」
その言葉に三人は吹き出す。
「私達の話など良いことしか聞かない殿下に話をしてどうなるのです?」
「そうだそうだ。自分が正しいと思っている人間にいくらいっても無駄さ」
「本当だね。あれ? もしかしてさ……今更ラフィーナちゃんが惜しくなったの?」
三人に睨みつけられ、レオナルドは声を荒げた。
「不敬だぞ!」
友だと思い、関係性が緩くなってしまったのが悪かったとそう声をあげると、三人はくすくすと笑い声をあげる。
「不敬ですか。そうですね。でもそれも聞き飽きましたねぇ」
「何かあればそうやって不敬不敬って。王族だからと言ってこの国では不敬では誰も裁くことが出来ないと理解してるか?」
「あはは! それにさ、今、自分の地位が危ぶまれているの分かっている?」
「は?」
呆然とするレオナルドに追い打ちをかけるようにアレスは言った。
「優秀な元聖女であるラフィーナ様を追いやった王族に、王位をつがせていいものか。そんなことが話しされているなんて、想いもよらないんでしょう?」
考えもしなかったその言葉に、レオナルドの顔色はどんどんと悪くなる。
そんなレオナルドに三人は恭しく頭を下げる。
「「「失言申し訳ございませんでした。これにて失礼いたします」」」
三人はレオナルドが何かを言う前に部屋から出て行く。
執務室のソファに、レオナルドは力が抜けるように座ると、両手で顔を覆いうつむく。
一体何が起こったのか分からず、そしてそれと同時に、セオの言葉を思い出す。
いつも自分を案じて厳しい言葉を言っていたセオ。
「あぁ……くそ……くそが」
レオナルドはそう何度も何度も、呟いた。
食事のレパートリーを増やしたいです(*´▽`*)
異世界飯作ってみたいですね。





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