10話
「ノエルは聖女としての能力は有しているが……その、何度話をしても公爵令嬢という立場が抜けず、聖女の仕事をしようとしないんだ」
「……はぁ」
私は気の抜けた声でそう返し、唇をぐっと噛む。
じっとレオナルド殿下の言葉を、私は静かに聞く。
「彼女は本当はとても優秀な女性なのに、結婚式を楽しみにし過ぎて浮かれているのか、聖女の仕事をしなくてな。苦情が関係各所から入っているんだ。それに妃教育も中々に進んでいなくてな、それで相談だ。そなたならば聖女の仕事も妃教育についても詳しいだろう? 今暇を持て余しているのだろうし、指導してほしい。あぁ、ちゃんと働いた分給金は出す」
先ほどまで一瞬言いにくそうだったのは、恐らくは自分のプライドがあったのだろう。だけれども一度口にしてしまえば、ぺらぺらとよく口が回る。
その言葉を私は聞きながら、この人は、私のことなんて本当にどうでもいいのだろうなと思った。
婚約破棄をして捨てた女に、どうして平然とした顔で新しい婚約者の指導をお願いしようと思うんだろうか。
はっきり言って、婚約破棄自体は出来て良かったと思う。王妃という立場は、今考えてみれば私には重すぎる立場だったのだ。
こうやってのんびり暮らしてみて、私はそもそも忙しすぎる日常に自分の性格が合っていなかったのだろうなと思った。
だけれどもそれと今回の話とは別の話である。
事実として私とは婚約破棄をされているのであって、そんな私に、婚約者の指導を頼むと言うのは明らかにおかしなことなのだ。
仕事自体はきちんと引継ぎの書類をまとめてあるので、見れば分かるはずだ。
セオ様はちらりと私の方へと視線を向ける。
助け舟を出すかどうかというようなその視線に、私は小さく首を横に振ると、レオナルド殿下の方を見て口を開いた。
「レオナルド殿下」
「明日から指導は始めてほしい」
「指導に関しては、私が行うのは難しいでしょう」
「ん? 何故だ? 忙しいわけではないだろう?」
その言葉に、私は小さくため息をつきながら尋ね返した。
「レオナルド殿下は、今の私の立場をどうお考えなのでしょうか」
「何?」
よくわからないと言うようなその姿に、私はこのままでこの人は大丈夫だろうかと思いながら、静かに部屋の中を見回す。
私の視線につられるように、レオナルド殿下も部屋の中を見回した。
「立場とは、どういうことだ? 聖女ではなくなったが国王陛下の恩赦により王城で不便なく暮らしているのだろう?」
レオナルド殿下にはそのように見えるのだなと思いながら、私は笑ってしまった。
「王子の寵愛を得ることが出来ず婚約破棄された元聖女。それが私です。神殿に入る際に貴族の籍は抜かれており、聖女という肩書がなくなれば私はただの平民と変わりません。だけれども能力が落ちているわけではありません」
レオナルド殿下の目が見開かれるのを見つめながら言葉を続ける。
「通常聖女を務めた女性は、高位貴族や王族に嫁ぎます。神に愛された聖女を家に迎え入れることは栄誉であり、家の繁栄にもつながると言われていますから。ですが今回、私は誰かに囲われているわけではありません。ですから外に出れば元聖女だと国民が慕うかもしれない。はたまた他国に攫われその能力を奪われるかもしれない。婚約破棄について偽聖女だと悪女に仕立て上げられる可能性もある。はたまたどこぞの誰かに担ぎ上げられてしまう可能性もある。分かりますか? レオナルド殿下の婚約者でなくなった私を外に出してしまえば何が起こるか分からない。だから国王陛下は私を王城内にとどめたのです。家を与え、そこで働いてもいいと言い、飼殺す。それが、私の今の立場です」
あくまでも、私は自分の立場について悲観することはなかった。
人間置かれた場所で頑張るしかない。それを幼い頃から私は分かっていたから。
だけれども客観的に言えばそういうことだ。
レオナルド殿下は、本当に王の器なのだろうか。
そんなことを思いながら私はにこやかに玄関口へと向かうと扉を開けた。
「お帰り下さいませ。私は、指導をすることは出来ません。それをすればノエル様も困るでしょう。婚約破棄された元聖女の指導を受けるなどと、他者から見下される可能性もありますから」
その言葉にレオナルド殿下は顔を真っ赤にすると、何も言わずに部屋から出て行った。
私はその背を見送ると、セオ様が扉をゆっくりと閉め、呆然と立つ私を促して椅子に座らせると言った。
「温かい、紅茶を淹れますから。少しキッチン借ります。その……この一杯を淹れ終わったらすぐに帰りますから」
「……」
私は静かに机を見つめた。
心の中がごちゃごちゃと纏まらずに、自分が今何を思っているのかさえ分からない。
ただ、一人じゃなくて良かったと思った。
最近のアイスクリームの消費量がえげつないです(*´▽`*)





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