1話
新連載です。少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです(●´ω`●)
「ノエルは、怪我をしている者へいつも明るく、元気を分け与える。彼女の周りはいつも笑顔と人であふれている。だがラフィーナそなたはどうだ?」
月に一度の婚約者同士の顔合わせの席にて、私は婚約者である第一王子殿下のレオナルド・フォン・ローブ様にそう問われ、一体何が言いたいのか分からず、眉間にしわを寄せてしまいそうになる。
さすがに王子様相手に顔を顰めるのも失礼かと思い、どうにか笑顔を保っていたのだけれど、話を聞いてもレオナルド殿下が何を言いたいのかがさっぱり分からない。
面と向かって婚約者以外の女性のことを褒める理由とは、一体何だろうか。
天気が良かったので今日の顔合わせは王城内にある庭のガゼボにお茶の準備がされ、心地の良い風が吹いていく。
だけれども、現在はそんな風が似つかわしくないほどレオナルド殿下の声は固く、苛立ちを含んでいた。
レオナルド殿下は勉強は出来、次期国王としても相応しいと皆が噂をしている。
私が十三になる聖女の任についた年に婚約が正式に発表された。
聖女とは聖なる力を有する乙女のことであり、その力が判明した場合、聖女候補として神殿に入り、その力を王国の為に使うという決まりがあった。
聖女の任期は五年であり、五年ごとに新たな聖女が決められるのだ。
十歳の時、聖なる力を有していると判明した私は、それから神殿で育った。
父との別れの日のことを私は鮮明に覚えている。
元は侯爵家の生まれであったけれど、母が亡くなり父が再婚したことで、家には居場所がなかった。
義母が来てから、少しずつ、少しずつ自分には居場所がなくなっていき、そして私は家の中にただいるだけの同居人のような存在になったのだ。
私は聖女候補として神殿に向かう時、父の部屋を訪ねた。
「お父様、これまでお世話になりました」
そう言って頭を下げ顔をあげた私を見つめる父は、どこかほっとした様子であり安堵の表情を浮かべていた。
その表情を見た時、私は父も自分のことをいないほうがいい存在として思っていたのだなと分かり、最後に挨拶をしなければよかったと思った。
そうすれば、捨てられたような気持ちにならなくて済んだのに。
その日以来、父とは会っていない。
聖女は神のみ使いであり、貴族ではない尊い存在として扱われるため、貴族の籍から抜かれるのだ。
なので今の私はただのラフィーナである。
実家に帰ることはもう二度とないだろう。私も望んでいないし向こうもおそらく望んでいないのだ。
聖女の力とは神に祝福されている者ほど強くなると言われている。だからこそ、ずば抜けてその力が高い者は、王族や高位貴族と婚姻が結ばれることが多い。
婚約が決まった当初は金髪碧眼の麗しの王子様が自分の婚約者になるのかとなんとなく恐れ多いような気がしたものだ。
五年経った今でも、王子妃になることは恐れ多いと思っていたけれど、昔抱いていたような結婚への憧れのようなものは消え失せていた。
本当は、小さなお店でも開いてのんびり暮らしたい。
今は淡々と、聖女の仕事、妃教育、王城の仕事をこなしつつ、月に一度のこの顔合わせを行うだけだ。
はっきりと言って、王子の麗しい顔にも五年もたてば見慣れてしまった。
レオナルド殿下は前髪を手で掻き上げると、青い瞳で私のことを見下ろしながら言った。
「そなたはノエル程、人から愛されるような聖女だろうか」
少し前から、ノエル様の名前がよく話題に出るようになっていたけれど、どうして今ノエル様の話を延々と聞かされているのだろうか。
ノエル様は私よりも二つ年下の十六歳の聖女候補の少女であり、元は公爵家のご令嬢であった。次期聖女として名前もあがっている。
私は現在五年目であり、今年で次の聖女へと任を引き継ぐ。
そして正式にレオナルド殿下との婚姻を結び、王子妃として今後は王国の為に働いていく予定である。
そう、思っていた。
「だからそなたとは婚約を破棄し、ノエルと結婚をしようと思う。彼女は次代の聖女だしな」
「は?」
寝耳に水とはこのことである。
ノエル様が聖女候補に名前を連ねていることは知っていた。だけれど次期聖女の発表はまだ先であり、レオナルド殿下は先に聞いたということなのだろうか。
私はしばらくの間思案すると尋ねた。
「もう一度お聞きしてもよろしいですか?」
レオナルド殿下は大きくため息をわざとらしくつくと、ふっと笑い言った。
「ラフィーナ。そなたからしてみれば、私の婚約者になれないことで絶望感を味わっていることだろう。まぁ、俺のような眉目秀麗な男はそういない。その気持ちもわかる」
「え?」
突然語りだしたレオナルド殿下は言葉を続ける。
「だがしかし、先ほども言ったように、ノエルの方が聖女としても優秀であり、人々からも愛されている。そしてなによりも、可愛い」
「かわ……いい」
「あぁそうだ。わかるだろう。それに、困ったことがあれば俺を頼ってくれる。お前はどうだ? まぁ、美人ではあるが、いつも愛想笑いばかりで私の話に心から笑うことも少なく、私という優れた男に頼ることなくなんでも進めてしまう。はぁぁ。だがそれに比べてノエルは私が話せば嬉しそうに笑う。困ったことは何でも相談してきてくれる」
「なる……ほど?」
「だから私はそなたとは婚約破棄をして、ノエルと結婚しようと思う」
堂々とそう言い放たれ、私は、質問したいことはたくさんあったけれども、最も気になることを尋ねた。
「ノエル様が聖女となった場合、任期は五年ありますが……それは、どうするのです?」
聖女の任と王子妃教育というものの同時進行の大変さはよくわかっているつもりだ。
結婚を五年延長するということだと私は思った。
けれどもレオナルド殿下の言葉は予想のはるか上をいった。
「元々そなたとの結婚式だった式をそのまま利用し、ノエルとの結婚式をあげるつもりだ。なに、聖女と妃。彼女ならきっと見事にこなすことが出来るだろう」
「は?」
花嫁を挿げ替えて、結婚式を挙げるということであろうか。
しかも、聖女と妃とをこなす?
まず第一に結婚式へ招待する人々には私の名前で結婚式への招待状を送っている。
それは絶対に無理だろうと私は言おうとしたけれど、レオナルド殿下はふっとまた笑った後にやにやとしながら言った。
「やはり私と結婚したかったのか?」
結婚したかったのかと問われれば、即座に否と答えられる。
確かにレオナルド殿下は見た目は美しく華がある男性だ。
聖女になった当初、聖女候補であった者達にはうらやましがられ嫌がらせをされることもあった。
聖女になったのも、王子の婚約者になったのも、私の意思とは関係のないことだ。
ただ私には居場所がなかったので、それを受け入れた。
幸福であったかと問われれば即座に否定をする。
聖女の任務と妃教育の両立というものは生易しい物ではなく、自分の凡庸な頭では理解することが難しく、だからこそ睡眠時間を削るしかなかった。
だけれど、ではここで婚約破棄をされたら私のこれまでの頑張りは、何だったのだろうか。
その思いが胸をよぎるけれど、結局のところ王族からの命令を逆らえるわけはない。
我慢しなければ。そう思い肩を震わせると、そんな私の肩に、レオナルド殿下がぽんっと手を置いて言った。
「まぁ落ち込むな。私の婚約者でいられたという事自体が、夢のようなこと。ふっ。だがまぁノエルと結婚する以上はそれなりの体裁が必要でな。なので、お前は聖女としては力量が見合っておらず、ノエルの方が優秀であり、また、これまで私に不遜な態度を取ったこともあったからな。それを踏まえて婚約を破棄させてもらう。そして今の時をもって聖女の任も解く。王族命令だ。そなたには拒否権はないが、まぁ、恨むなよ」
王族命令。それは、緊急の場合などに用いられる絶対の権利。基本的には使ってはならないものであるが、それで命じられた以上、私は了承する他ない。
つまり、この婚約破棄と同時に私は聖女の地位も降ろされたということであろうか。
王子とはいえそのような権限はないのではないか、と思うが、レオナルド殿下は頭の悪い方ではない。
つまりある程度神殿側にも話を通して内々に計画を進めていたのかもしれない。
私は聖女の仕事の引継ぎも何もしていないけれど、大丈夫なのだろうかと不安に思う。
なので、この後書類を整理し、引き継ぐ案件についてや、聖女の仕事については分かりやすくまとめておくかと頭の中で算段をつける。
こうなった以上は、私の感情など関係ないのだからと、私はむしろ肩の荷が下りてよかったではないかと自分を納得させる。
そもそも、自分には荷の重い立場だったのだ。
レオナルド殿下が婚約破棄してくれるというのであれば、ありがたくしていただこう。
そう考えを変えれば、私は呼吸がしやすくなった。
妃教育をもう受けなくても良いと思うと気が楽になり、レオナルド殿下と結婚しなくても済むのだと思うと、元々性格も合っていなかったのでほっとする気持ちであった。
だけれどもここでそんな不敬なことは言えないので、私はあくまでもしおらしく答えた。
「王子殿下、これまで婚約者として接してくださり心よりお礼申し上げます。婚約を破棄する件と聖女の地位を解任の件、神殿へと正式に提出しに行かなければなりませんので、一筆書いていただけますでしょうか」
「ふっ。用意してある。早急に提出するように」
「ありがとうございます」
私はうやうやしくその書類を受け取る。こうした仕事は早いので、やはり王子としての仕事はうまくやっていけることだろう。
元々仕事は手を抜かない方だ。
今後も私との婚約破棄は問題なく進んでいくだろう。
私は最後にレオナルド殿下のことを真っすぐに見つめる。
「ふっ。どうした? やはり名残惜しいか?」
いつも人を馬鹿にするかのように笑う癖。
自分が美しいと認識しており、自信に満ちた顔。
この顔も見納めなのだ。
自分に平穏な日常がくるなどということは諦めていたのにまさか、そのような日が訪れるなどとは思ってもみなかった。
「これまで……ありがとうございました」
自由だ。
私は王子殿下と結婚しなくても良いのだ。王妃などという仰々しい地位につかなくてもいいのだ。
感慨深い。
「ふっ。さらばだ」
私は一礼してから意気揚々と神殿へと向かおうと歩きだした。
庭を抜けて王城内の建物へと入った時、先ほどまで私がいたガゼボへとレオナルド殿下の側近であるセオ様が焦った様子で走っていく姿が見えた。
白銀色の髪と、青い瞳のセオ様は、侯爵家の方でありレオナルド殿下の第一側近としていつも真面目に努めていた。
私のこともいつも気にかけてくださる優しい方である。
そして細かな所にも気づき、丁寧かつ真面目に仕事をする。
レオナルド殿下からすれば、毎回毎回細かなところまで指摘されるのは好ましくなかったのだろう。
二人は仲がいいと言うわけではなかった。
そんなセオ様が焦る姿というのは初めて見たなと私はそう思いながら見つめていると、いつもは声を荒げることのないセオ様が何かをレオナルド殿下へと向かって言っている。
何かあったのだろうか。
セオ様は何かをレオナルド殿下へと訴えたようだけれど、レオナルド殿下がふっと笑うのが見えた。
遠目から見ても、あのふっと笑う姿は声まで聞こえてくるようだ。
「大丈夫かしら……」
セオ様が項垂れるのが見えて、何故か胸が苦しくなる。
以前であれば、私が間に入ることも出来たけれど、今後はそうすることは出来ない。
どうかセオ様が気落ちしませんようにと私は願いながら、背を向けて歩き始める。
この後は忙しいぞと自分に気合を入れる。
早々に神殿へ提出した後に引継ぎの書類を制作しなければならない。
「さぁ、大忙しだけれど頑張りましょう」
これが終わったら、丸一日眠ることも出来ると、私の心は晴れやかであった。
神殿へと私は向かうと、神官長ルカ様の部屋へと向かう。
純白の神殿の奥まった場所に神官長の部屋はあり、私はいつもここに来るたびに緊張をする。
神官長のルカ様は、青みがかった髪色と琥珀色の瞳の男性であるがいつもどことなく近寄りがたい雰囲気がある。
婚約破棄について、どのような顔をされるかと思っていたのだけれどおそらくレオナルド殿下と事前に話をしていたのだろう。すんなりと書類を受け取ってもらえて、私はほっとした。
「ラフィーナ様。これまでご苦労でしたね」
「いえ。これまでお世話になりました。失礼いたします」
「えぇ。では、また会いましょうね」
ルカ様の私を見つめる瞳がどこかねっとりとしたものに感じて、私は足早に部屋を出たのであった。
その後引継ぎの仕事をまとめるのに、数日間も要した私は、最後の書類を確認し終え提出すると、開放感に包まれた。
そしてやっと泥のように眠ることが出来た。
今までで一番幸せな睡眠時間であった。
そしてそんな幸せな夢の中で、私は一つのことを思い出した。
「なんで今のタイミングで思い出したのかしら」
この世界はノエル様が主人公の乙女ゲームの世界であり、私は偽聖女としてヒロインに地位を降ろされる役回りであった。
現実として今婚約破棄をされて地位を降ろされた。
物語はクライマックスを迎え、あとは聖女となったヒロインノエル様とレオナルド殿下が結婚すればハッピーエンドなのだろう。
「いやだわ。婚約破棄された後に思い出すなんて……どうして婚約した時に思い出せなかったのかしら……はぁぁ。妃教育……事前に思い出していたならあんなに必死でやる必要なかったの……はぁ」
ベッドから体を起き上がらせて、もう一度小さくため息をつく。
今更思い出したところでなんのメリットもない。
しかも思い出したのは自分に前世というものがあったことと、この世界が乙女ゲームの世界であるということだけ。
基本的な設定やキャラだけであり、事細かに覚えているわけではなかった。
名前まで思い出したのは攻略キャラが四名。
攻略キャラはレオナルド王子殿下、騎士ロンド様、次期宰相パトリック様、魔法使いアレス様。
皆仕事上おつきあいのある方達だ。たしかに攻略キャラらしく見目麗しい。
仕事を一緒にしながら、やけにキラキラしているなと思い、周りの女性達から人気あるなとは感じていた。
セオ様は乙女ゲームの中ではモブキャラとして映っていたなということも、今更思い出した。
ただ、思い出したところで特に何があるわけではない。
その時、部屋がノックされ、私は朝から誰だろうかと思っていると外から声が聞こえた。
「ラフィーナ様。国王陛下よりお呼び出しでございます」
この数日間、神殿からは婚約破棄と聖女解任にて関係各所から悲鳴があがり、王城内でも今回の一件が問題視されて大事になっているとは聞いていた。
だからいつか呼び出しがあるとは思ったが、ついに来たかと私は顔を引きつらせる。
「いやだわぁ~。引継ぎなんてしないで、逃げればよかったかしら」
けれど、引き継ぎをしなければ困るのは次期聖女である。それではあまりに前任として無責任。
それは自分の性格が許さなかった。
「はあ……さて、何かしらね」
私はベッドから起き上がると、今まで着ていた聖女服ではなく一体何を着て謁見すればいいのだろうかと、首をひねったのであった。
新連載スタートです!
ここから毎日更新頑張っていきます。
少しでも読んでくれる人がいるのだと思うと頑張れます。今回の聖女ちゃんはラフィーナ! 頑張り屋でちょっとずぼらな彼女の物語を楽しんでもらえたら嬉しいです。
ブクマや評価をいただけると飛び上がって喜びます!
ひゃっほー!!
今後の励みになりますのでぜひよろしくお願いいたします(*´▽`*)
最近暑すぎませんか? 暑い……皆様、お体気を付けてください。水分ガンガン飲んでいきましょう。私はジュースの飲みすぎですでに糖分過多です(/ω\)麦茶……にすべきなのは理解していますが……暑い日のジュース美味しいんですよね。