勇者パーティの一員として論外
あれは、俺がまだレグナス率いるユートピア直轄国勇者パーティの一員だった、7年前の初夏のことだった。
「カーン・カラヤン……本日付で、あんたはこのユートピア直轄国の勇者パーティから出ていけ」
紛争地帯から戻って2日後、俺達は首都ランブ・ニムの喫茶店で会議をしていた。
そこで告げられた宣告に、俺は頭がついてこなかった。
「……は……?」
それを告げた相手は、このユートピア勇者パーティのリーダーである、アレキサンダー・アストラ・レグナスだ。
同じテーブルを囲んでいるのは、俺と同じ勇者パーティの面々だ。
レグナスの両隣には、睡魔の魔術師ムリアーデ・アントノーヴァ、犬耳の獣人コスモス・イントルーダーが、まるでレグナスに侍るかのように座っている。
それに反して俺の両隣には、象の獣人であるリチャード・ワイルドと、東の国出身の妖怪ハルヤ・トモナガが、まるで俺を見張るかのように固めている。
そして、俺とレグナスの間に入るように座っているのは、名もなき魔王の娘とされるエルフの女、ルナ・ムーンライトだ。
最近パーティに入ったこの女は、俺を振っただけにとどまらず、バラウール魔法学園出身の俺を差し置いて目立ってやがる。
「聞こえなかったか? あんたはクビだって言ったんだ」
納得できない話に、俺は身を乗り出して抗議する。
「おい、待てや! なんで俺が追い出されないといけねえんだよ!? パーティにとって必要不可欠な、バラウール魔法学園の魔術師カーン・カラヤン様だぞ!」
それに対して、レグナスは小さくため息をついて目をそらした。
そこに、ハルヤがまるでコイツを代弁するように呟いた。
「俺は1年近くあんたと一緒にいるが、ご自慢のバラウール魔法学園で教えられるような魔法……少なくとも第4階梯以上のそれを使っているところを見たことがない」
俺は右横へと身を乗り出して、ハルヤを睨みつける。
「は? 俺は前衛も後衛もできる万能職で、その魔法はバラウール魔法学園仕込みの本物なんだよ! お前みたいな盗賊あがりとは違うんだよ、ボケが!」
こいつだけじゃない。学院にすら上がれず、冒険者稼業を営んできたレグナスが、俺より上の立場に立ってることがおかしいんだ。
本当だったら、魔法学園出身の俺が勇者になるはずだったのに……。
「もしそう思うのなら、何かそれらしい魔術か知識を披露してみせろ」
「わざわざ無駄に魔術を披露しろだぁ? 下賤な田舎の妖怪のくせに、バラウール魔法学園出身の称号が信じられないっていうのか!?」
「見せられないということは、ご自慢のバラウール魔法学園仕込みの魔術が使えることを証明できない……という認識でいいんだな?」
まるで知ったような口をききやがって、ちっぽけな島の田舎者のくせに……。
「だいたいさ……パーティのみんなのことを見回してみて、まだわからないか?」
レグナスの言葉につられて周りを見てみれば、ルナを含む全員が、汚物でも見るかのようにこっちを睨みつけている。
なんだこいつら? 俺が何をしたっていうんだ?
「ここにいる面々だけじゃない。これまでの勇者パーティとしての業務の中で、お前は数えきれないほどの人を怒らせてきたんだ」
「俺の方が怒ってるに決まってんだろ!」
今度は机を叩きつけて怒りを表明する。
「大体、このユートピア直轄国と勇者連合の承認を得てパーティに加わった俺を、お前の勝手な判断で叩き出すなんて横暴が許されると思ってんのか!? ましてや俺は、昨日の武装集団との戦闘でも大戦果をあげてきたんだぞ!」
こんな訳がわからない理由で、勇者パーティを除名されるなんてあってたまるか!
「ああ、俺達は戦果を挙げてきた。そして、いつも通り俺達全員の戦果を、あんたがまるで自分一人の戦果みたいに載せてもらったよな? おまけに俺を含む、お前以外のメンバーを貶めながら……」
『勇者』とは、この世界の平和と秩序を守る国際機関『勇者連合』の承認によって、一国に一人だけ選ばれる、その国と世界の平和を任された存在だ。
その役割は、勇者連合の敵となる『名もなき魔王』を倒すことだったが、魔王が倒されてからは世界秩序の維持と、第二の国家元首としての役割となる。
その勇者が、気に入らないからクビにするだと……?
「まだ納得できないなら、これを見てみろよ」
そう言いながら、レグナスはテーブルの上に写真をばら撒いた。
「なっ……なんでそれを!?」
それは、俺の端末に入っているはずの、隠し撮り写真だったからだ。
「ルナさんに調べてもらったところ、あんたが風呂やトイレで覗きと盗撮を行っていたことがわかったんだ。それも一度や二度じゃない。本国にいる間はこれが常態化してたんだから始末に負えない……」
レグナスはため息をつきながら、写真の山をコツコツと突いている。
まるで官憲の者が尋問をするかのような光景だ。
「今のあんたには、選択肢が二つしかない。『自分からパーティを辞める』か、『俺達の手でこの罪を告発する』かだ」
こいつ、わざわざこんなものを抜き出して、俺を恐喝するつもりか?
「ふっ、ふざけんな! なんでわざわざ自分から辞める必要があるんだよ!? そもそもこんな恐喝で辞めさせようだなんて、勇者連合が認めるわけねえだろうが!」
「あんたの処遇に関しては、少なくともこの国……というかスィギラ総督とは話をつけてある。後は今までと同様に、勇者連合にも事後承認を行う必要があるがな」
お前の勇者としての地位を保証している勇者連合に、事後承諾だと?
「……言ってやれよ、みんな」
そのレグナスの合図に、パーティの全員が一斉に口火を切る。
「この写真もそうだけど……あれだけのことを何度も繰り返しておいて、何事もなく過ごせるとでも思っていたの?」
「実は……正直言ってカーンさんとは関わり合いたくありませんでした。それに加えて、性犯罪を何度も犯しているとなると、追い出す以外にありません……」
「本当ならとっくの昔に除名されていたところを、誰かさんの温情で生かしてもらえていたんだからそこは感謝しろ。……まあ、奴もかばいきれなくなってきたようだがな」
「……あんたは控えめに言ってクズだな」
そして、最後にルナが笑顔で言った。
「そもそも、あなたは勇者パーティなんて向いてなかったんですよ。他の仕事に就いて再起してみては? バラウール魔法学園出身の、優秀な魔術師なんでしょう?」
メンバーから浴びせられた罵詈雑言に、俺は悔しさから悲鳴をあげた。
「次はランブ・ニム城での記者会見が待ってるな……。ああ、めんどくせえ。明日の新聞には『無能勇者レグナスによるパーティ除名』って見出しを書かれるんだろうな……」
俺のことそっちのけで今後の予定を考えているレグナスに、とうとう俺もキレた。
「おいクソガキ、俺を追い出した後のお前らが、この国の舵取りをまともに進められるとでも思ってんのか?」
「少なくとも、あんたというマイナス要素しかない奴を追い出して、負ける理由はないね」
「ざけんな! 偉い人にかばわれて続いている勇者パーティが、俺を追い出して後悔する未来が見え見えなんだよ!」
レグナスは何も言わずに、すまし顔でコーヒーをすすっている。
「てめえらがその気なら、こっちから辞めてやろうじゃねえかよおおぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
俺は喫茶店全体に聞こえるぐらいの大声で怒鳴ると、椅子を蹴っ飛ばして立ち上がる。
そのまま俺は、ドアを乱雑に開けて店を出た。
あれは、あの厄介者に迷惑をかけられまくり、あげく貶められ続けていた7年間の初夏のこと……。
「ぷぎいいいぃぃぃぃぃっっ!」
俺達パーティメンバーから浴びせられた罵詈雑言の数々に、カーン・カラヤンはそのガマガエルのような顔を引きつらせながら、まるで豚のような悲鳴をあげた。
ああ……面倒臭い。息が臭い……いや、もはや全身が臭い。
あの人が推薦してきたメンバーだから、今まで辞めさせることができなかった。
でもカーンはそれをいいことに増長して、あちこちに迷惑をかけ続けた。
そのせいで、この勇者パーティはガタガタだ。
しかも、こいつは新聞に自分を売り込んで、ダメダメな勇者レグナスに代わる、この国の真の英雄だなどと書き立てられる。
日頃から、ハルヤとリチャードさんとルナさんの出自を蔑み、行く先々で数えきれない人々に危害を加えてきたこいつが……だ。
正直、もう我慢の限界だった。
そんな折、こいつがよりにもよって女装してのぞきや盗撮を繰り返し行っていたことがわかった。
たった今テーブルにばら撒いた写真も、カーンの所有していたものを複写してもらったものだ。
そこに座っている、こいつの後釜となる予定のルナ・ムーンライトさんに。
しばらくテーブルに突っ伏すような姿勢をとっていたカーンだったが、突然俺の方を睨みつけた。
「おいクソガキ、俺を追い出した後のお前らが、この国の舵取りをまともに進められるとでも思ってんのか?」
カーンはまるでその筋の人間のように、斜めに傾けた眼を向けて威嚇している。
しかし、こいつが大好きな『勇者連合』の承認を得た俺に「クソガキ」とは、こいつも出世したもんだ。
「少なくとも、あんたというマイナス要素を追い出して、負ける理由はないね」
こいつの中では、自分はエリートの一流魔術師と思ってるのかもしれないが、実際はただの小者だ。
もしこの嘘まみれの自称魔法剣士が、それこそルナさんぐらいの実力者だったら、人格の問題ぐらい目を逸らしていたかもしれない。
だが、こいつは問題ばかり起こす上に、何の仕事もまともにこなせない。
「ざけんな! 偉い人にかばわれて続いている勇者パーティが、俺を追い出して後悔する未来が見え見えなんだよ!」
それはあんたのことだろう……と言ってやりたかったが、俺から話しても無駄そうだったので言わなかった。
ただ、これ以上話すことはないという意思表示のために、テーブルの上にあったコーヒーを口に運ぶ。
それを見たカーンは、顔を怒りで紫色に染めていた。
「てめえらがその気なら、こっちから辞めてやろうじゃねえかよぉぉぉぉっ!」
カーンは店の迷惑になるような大声で叫ぶと、椅子を蹴り飛ばして店を出て行った。
店の備品が壊れたらどうしてくれるんだ。
「……く、狂ってる……」
俺の右隣にいた、コスモスがあの男への怖れを口にした。
「前から思ってたけど、あの人、とにかく狂ってる……」
俺達もあの男との付き合いは長いつもりだけど、あの自分だけは何をしても許されるって態度にしても、どんなに非を突きつけられても自分は悪くないって態度にしても、あんな人間が本当にいちまうのが信じられない。
カーンのすぐ隣にいた、リチャードさんが長い鼻を鳴らした。
「プライドばかり一丁前の小物は、えてしてああなるものだ。一人では何もできないくせに、そのくせ恩恵だけは人一倍欲しがる……。そういう輩のやることといえば、誰もが逆らえない正義を建前に、己のワガママを押し通すことと相場は決まっておる」
一冒険者からの叩き上げで、俺の何倍もの年月を戦ってきたリチャードさんらしい、様々な人々を見てきたからこそ言える言葉だ。
「俺達が知らないだけで、昔の時代にも、他の国にも、あいつみたいな奴がいたのかもしれないな……」
神殿や教会や寺院が強かった時代なら、信心深いフリをして、気に食わない奴を異端者狩りにかけただろう。
王の権力が絶対の時代なら、ひたすら王様に媚びへつらって、反対者に「王に逆らう不届き者」のレッテルを貼っただろう。
それがあいつにとっては、勇者とその立場を担保する勇者連合になっているだけだ。
……まあ、今は俺がこの国の勇者だから、あいつにできることなんてたかが知れているが。
「でも、ああいう奴はどこかで気づくでしょうね……自分がどれだけクズなのかってことに……」
ムリアーデがあいつが出ていった方向に、冷たい眼差しを向けている。
一息ついたところで、ハルヤがこっちを向いて訊ねた。
「……さて、どうする? 勇者様。あいつがいなくなった事後処理として、あいつの役割をどう引き継いでいくか」
それはある程度考えていたことだが、どんな反応になるかは予想がついている。
「魔術師のポジションについては、ルナさんに引き継いでもらうつもりでいたんだ。彼女もバラウール魔法学園の出身だし」
ルナさんをパーティに招き入れた背景には、カーンの大先輩となる彼女を監視役につけることにより、少しは改善を促せないかという狙いがあった。
結果として、あいつは行動を一切改めることもなく、尻拭いをしてくれたルナさんにも不義理を働き続けたが……。
「私はともかく、他に忘れていることはないかしら? カーンが引き受けていた雑用があったら、それも……」
ルナさんに指摘されて、ユートピア直轄国勇者パーティの責任者として確認しなければならないことを列挙していく。
「そうですね……。まずはパーティとしての戦力面ではなく、政治的な面ですが……」
自分で言っておいて、カーンはなんの政務にも関わっていなかったどころか、マイナスにしかなっていなかったことに気がついた。
「……訊くまでもなかったわね」
ルナさんがクスクスと笑っているのが、何よりの答えだった。
「で、では次にパーティとしての役割分担ですね。荷物持ちはそれぞれの分担で、なおかつ乗り物を使えば問題ありません。まずは前衛が俺とリチャードさんで、後衛が……」
思いつく限りの役割分担を述べていくが、やはりカーンがいなくなって困る部分などない。
「……何も、ないな」
感情を表に出さないハルヤが、皮肉な笑みを浮かべていた。
「それじゃあみんな、カーン除名の後はルナさんを後任としてパーティに編入、それまでルナさんが務める政務はムリアーデとコスモスに任せる……という感じでいいか?」
「いいんじゃない? ルナの負担を軽くできるのなら喜んでするわ」
「わ、私も頑張って政府の仕事を頑張りますっ!」
ムリアーデさんは嬉しそうに承諾し、コスモスも緊張しながら答える。
「正直、ルナ殿がカーンの後釜に座ると聞いたときは安心したぞ。奴が問題外なのも否定せんが、ルナ殿ほどの魔術師が入れば百人力だからな」
リチャードさんは、ルナさんとは昔からの付き合いだそうだ。
実際、今の彼は普段の険しい感じではなく、頼れる姉に接する弟といった感じだ。
これで、パーティの意見は全員一致した。
「ルナさん……ご迷惑をおかけしますが、これからも……」
そもそもルナさんをこのパーティに入れたのも、お荷物のカーンが俺の手に余っていたからだ。
これまでもルナさんには、奴のことで相当手間をかけてきた上に、今後も関わる予定のなかった勇者パーティで働いてもらうことになる。
俺達は様々な思惑から、新聞からとことん嫌われて執拗に貶められ続けている。
それこそ、カーンなんかを俺達に代わる勇者として持ち上げるほどに。
そんな俺達に関わったら、それこそ茨の道だろう。
「いいのよ、アレックスくん。息子も本格的に自立して、そろそろ新しい仕事を探していたところだから。それがたまたま勇者パーティの一員だったというだけなのよ」
こんな話を快諾していただき、本当にルナさんには頭が上がらない。
「……ルナさん、これからもよろしくお願いします!」
ルナさんに深々と頭を下げながら、この人がパーティにい続けられるよう頑張ると誓うのだった。
このときの俺は、まさかルナさんを俺のパーティに招き入れたせいで、彼女がこの国の民に苦しめられた末に殺されることになるなんて思いもしなかった。
7/9追記:
名前を最初に表記していたアレックス・レグナスから変えていたことに気づいたため、『オスカー・アレクサンドロス・レグナス』という名前を、最初の表記に準拠する『アレキサンダー・アストラ・レグナス』に変更しました
10/28追記:
レグナスがルナを呼ぶときの呼び方を『ルナ』で統一しました