身内からの告発
ドラグニルさんと共に俺が案内されたのは、艦内の会議室だった。
この部屋の机はドーナツ状の円卓になっていて、中央には音声と映像を投写するための機器が置かれている。
ドラグニルさんが最奥の席に座り、俺はその向かいの席に、俺の脇にエリカとムリアーデさんが控える。
「ルア、素が出ないように気をつけてよ。一応ドラグニルさんの前なんだから」
右隣からエリカがそっと耳打ちする。
まあ、母さんの仇に関する話なんだから、エリカが心配するのも当然だ。
「さて、それでは告発者のカメリアさんとつなぎますね」
ムリアーデさんがブックスタンドのような画面をなぞると、俺達の向かいにスクリーンが降りてきて、そこに目玉がついたような機器『プロジェクター』が映像を投写する。
ノイズが入った映像が安定してくると、正面を向いた女性の顔が映し出された。
『……はじめまして』
映っているのは、人間の女性だ。
アロウズと同じ黒髪で、奴より少し年上の中年といったところか。
年の割に、白髪と皺がひどい。たぶん、俺が思っているよりずっと苦労してきたんだろう。
『私はアロウズ・ジョーガルドのいとこ、カメリア・ジョーガルドです』
スピーカーが、カメリアさんの抑揚のない声を伝えてくる。
「はじめまして。私のことはルアとお呼びください」
カメリアさんは、母さんそっくりの俺の顔を見て、驚いた様子で視線を逸らした。
「……早速ですが、本題に入っていいでしょうか? 貴女は今回、いとこのアロウズ・ジョーガルドが国外への逃亡を企てていることを私達に密告するため、ここへと連絡をとった。それで間違いありませんね?」
『そうです』
言い終えてから、カメリアさんはキョロキョロと周囲を見回しているようだった。
『あの……ここでの会話って、盗聴される危険はないんですか?』
「ご安心ください。事前に説明されているとは思いますが、こちらへの通信は全て我が社の通信システム『リングギリアス』を使用しております。我がドラグニル社の名にかけて、ここでの会話は一切傍受されることはないと誓いましょう」
自信満々なドラグニルさんを見て、カメリアさんは安心したような顔をした。
やがて、カメリアさんはポツポツ話を始めた。
『……まずは、これをご覧ください。プロジェクターに映します』
モニターには、無地の封筒と白い便箋が映し出される。
『つい昨日、ヤント監獄塔に収監されているいとこから届いた手紙です』
その手紙には、姉と妹とカメリアさんの名前が宛先に書かれていて、便箋にはこのようなことが書かれていた。
んー。さすがに終身刑も視野に入れてたんだけど、ほんと勇者カーンさまさまだよ。
なにせ毒婦ルナを暗殺した俺を、特別にゴンドワナまで逃してくれるんだもんな。
でもさ、せっかくこの国からオサラバできるわけだから、家族には一応断っておいた方がいいかなって。
毒婦ルナの被害者アロウズを裁ける奴なんてどこにもいないぜ。
治安局? 裁判所? 総督府? 誰も俺を裁けるわけない。あいつら救星団にもスナガ団にも手を出せないんだぜ。
ま、オフクロがスナガ団に入ってたことを思いつきで言ったら、いろんな人達が味方してくれるなんて思わなかったけどな!
毎日お金やファンレターが大量に送られてきてよ、今からシャバでの暮らしを色々考えてるわけ。
親孝行しとくんだったなー、あ、そういやオフクロは去年死んだんだっけ?
でもどうでもいいわ。向こうじゃノンフィクションライターになって、左手団扇の暮らしが待ってんだもん。
俺は毒婦ルナのせいでこんなに苦しめられてきましたって、本に書きゃすぐにミリオンセラーだ!
ああ、そういえばルナにはレイプされてできた息子だか娘だかがいるなんて噂もあったなあ。
あいつがひねり出したゲテモノがどんな顔してるか、国を出る前に見てみたかったぜ!
アロウズ・ジョーガルド
ある程度想像はしていたが、母さんを殺した張本人がヘラヘラと笑っていて、しかも母さんが俺を産んでくれたことをゲテモノ呼ばわりまでしているとなると……。
「どうやら、貴女のいとこには同情の余地はないようですね……。私を殺しておきながら、同情を買うためだけにデマコギーに便乗するなど……」
俺はわざと母さんであるかのような演技を入れて、アロウズへの怒りをアピールする。
「ちょ、ちょい待ち! 疑うわけじゃないけど、この手紙が本人のものだって証拠はあるの?」
エリカに諌められて、俺はため息をつくような深呼吸をする。
そうだ。アロウズが書いた手紙であることを立証できなければ、あいつの嘘を暴けない。
「見た限りでは、筆跡は本人のもので間違いなさそうね……。いくつかの文字にアロウズ特有の、普通は絶対しない書き順の間違いが見られるわ」
ムリアーデさんは、この国では右に出る者がいない心理魔術師だ。
筆跡はもちろんのこと、手紙の文字の乱れやスペースの開け方からも、書き手の心理状態を見抜くことは容易い。
「……さて、話を戻すわよ。こいつがトンズラするっていう話を裏付ける情報が手に入ったわ。前も話した通り、ヤント監獄塔に協力者のジンさんがいてね。カーンのやつから直々に『アロウズを菖蒲の月、2日〜5日まで仮釈放しろ』っていうお達しがあったようなのよ」
仮釈放……? 裁判すら途中なのに?
「そして、ヤント国際空港で働いているグレミーさんからは、カーンの実家が所有するプライベートの飛空艇が、ゴンドワナ大陸のとあるリゾート地へ向かう予約を入れているわ。……ここまで来ればわかるわね?」
もしこの二つの情報が正しければ、アロウズはカーンの手引きで、ヤント国際空港からゴンドワナにトンズラこく予定……ということか。
『……アロウズは、昔から母親に甘やかされて育っていたみたいです』
カメリアさんの話が、いとこであるアロウズ……とその生い立ちの話に移る。
『あの子の父は、あの子が幼い頃に亡くなり、叔母は女手一つでアロウズを育てていたみたいです。幸い、裕福な祖父がお金の面で助けてくれましたが……』
その話の時点で、アロウズは新聞が作り出す『毒婦ルナのせいで貧困に喘いできた犠牲者』という虚像とは異なる証拠になる。
そういえば、アロウズには姉と妹がいるらしいが、母親が亡くなってからは雲隠れしてしまったらしい。
……まあ、家族が重大な事件の犯人になってしまったら仕方がない。
『アロウズは、世間では《スナガ団の反社会活動に傾倒した母親のせいでバラウール魔法学園に入学できなかった》という、悲劇の主人公として語り継いでいますが、私の印象は真逆です。……あいつは、人間のふりをした真正の化け物です!』
いとこから化け物呼ばわりなんて、ぜひアロウズ本人に聞かせてやりたい。
『アロウズは、叔母におかしいぐらい甘やかされていました。おもちゃが欲しいと言ったらばかに高いものでも買ってあげたり、悪いことをしても全然叱らないで「んもーアロウズったらー」って感じで……。そんな叔母に甘やかされたせいか、アロウズは思春期に入る頃には、単なるわがままで済まされないほどにおかしくなっていました』
「おかしくなった……? 具体的にはどのように?」
『……あれは、私とアロウズとで映画を観に行った帰りでした。おもちゃ屋の前を通りかかったとき、小さな男の子がおもちゃが欲しいって駄々をこねていたんです。呆れて見ていると、アロウズが急に男の子に近づいていって、おもむろにその子を蹴り飛ばしたんです。……まるでサッカーボールのように飛び跳ねて、地面に落ちたときに変な音がしました。私は思考がついてこなくて「ああ、骨折したんだな」って、どこか他人事のように思っていました……』
「意味もなく子供を蹴っ飛ばすって……」
『……当たり前だけど大騒ぎになって、その子のお母さんが悲鳴をあげながら我が子を抱き抱えていました。どうやらその子のお母さんが目を離した一瞬を狙ったみたいで、アロウズは何食わぬ顔でその場を立ち去りました。慌ててアロウズを追いかけて謝るよう言うと「あのガキは俺の財布をスろうとして弾き飛ばされただけだよ。ま、俺は心優しいし、警備員さんを呼ぶのは勘弁してあげるけどね」と、実に爽やかな笑顔で答えました』
あまりに常軌を逸した行動と言動に、隣のドラグニルさんも眉を顰めているようだった。
「……きっと私を殺したときもそうやって、捕まったら思いつきの弁解をするという習慣の通りに『ルナはスナガ団の手先だ!』なんて証言したんでしょうね」
ちなみに、スナガ団というのはこのユートピア直轄国の裏社会で暗躍する、オーク至上主義者が作った団体だ。
かつての魔王が倒された後、魔王軍に入っていたオーク達は「我々は魔王軍に無理矢理奴隷にされていたのだ!」と言いながら暴徒と化し、略奪を繰り返した。
その蛮行を見かねた勇者に鎮圧されるまで、スナガ団の悪行は何年も続いた。
ただ、その後もスナガ団の残党はこの国に潜伏し続け、社会の裏で小狡い犯罪と社会への侵食を繰り返していた。
……母さんの仇敵の中では「魔王の娘であるルナはスナガ団と結託していて、その報いを受けて暗殺された」っていう伝説が出来上がってるみたいだけど、母さんがスナガ団の摘発を行って、連中から散々憎まれていたことはどう説明するんだろうな。
『あと、美術学校に在籍していたとき、同級生を妊娠させたことで責任をとらされそうになって「俺の子じゃない!」って逃げようとしたせいで、その子のお父さんにボコボコにされたって聞いたことがあります。あいつ、昔から女の子にモテモテだったから、ありそうというか……』
そういえば、アロウズは母さんを殺した後、毒婦ルナを暗殺した英雄として持ち上げられて『双鉈流』なんて二つ名で呼ばれてたよな……。
特に、母さんを憎む派閥の女性陣には大人気だったっけ。
「でも確かに、アロウズは人間の30代とは思えないぐらいの若々しさね。童顔というか、カワイイ系というか……。あ、でもルナを殺した奴とお付き合いなんてありえないわね」
ムリアーデさん、そういうのは冗談でもやめてくれよ……。
「実年齢より若く見られる……なんて自慢しちゃうような奴は、たいていろくなもんじゃないわ。年相応の経験というか、責任というものを負ったことがない。そういう精神年齢の低さが顔にも出ちゃうのよ」
エリカの分析を聞きながら、俺はカーンのことを思い浮かべていた。
まあ……エルフもいろんな種族でも1、2を争う寿命のせいか、俺も「童顔ジジイ」って散々呼ばれてたから複雑だけど。
『……手紙にも書かれていましたけれど、叔母……アロウズの母親は去年亡くなりました。息子が逮捕されたことを誰よりも悲しんで、かといってスナガ団も捨てられなくって……。そんな中、前から抱えていた持病が一気に悪化して、そのまま……』
そう説明をしながら、カメリアさんは俯いてしまった。
カメリアさん……というかアロウズの家にも色々事情というものがあるんだろうが、今重要なのはそんなことじゃない。
アロウズの海外への逃亡を、如何にして阻止するか……そして、母さんを殺してせせら笑っているあいつに、どうやって報いを受けさせるかだ。
「……そろそろいいでしょうか、カメリアさん。事前に説明している通り、私はアロウズに復讐したくてここにいます。奴が飛空艇でゴンドワナまで逃亡するのがわかっているのであれば、事前に阻止するのは容易いでしょう。……ただし、カメリアさんのご協力があればの話ですが」
俯いたままのカメリアさんに、俺は一方的に話を続ける。
「ただ、この計画はカメリアさんのご家族であるアロウズに、凄惨なリンチを加えるものでもあります。……それを承知の上で、私達にご協力願えますか?」
カメリアさんはしばらく黙りこくっていたが、やがて顔を上げた。
『……かまいません。あの化け物を、この国の外に出さないためなら』
覚悟を決めた目つきを見て、あいつはあんな手紙のせいで、唯一の味方すらも失ったんだということが哀れに思えてきた。
いずれにせよ、遠慮する必要はもうない。
「ご協力感謝致します、カメリアさん。さて、アロウズの逃亡を阻止するための作戦についてですが……」
俺は、あの手紙を読んだ上で考えた作戦を説明する。
それを聞いているうちに、今度はエリカとムリアーデさんがドン引きしているようだった。
「あの……ルアちゃん、それ正気?」
「正気ですよ。まあ、こんなゲテモノじみた話なんて嫌でしょうけど」
俺達の会話を聞きながら、ドラグニルさんも冷や汗をかいているようだった。
そして、モニター越しに映るカメリアさんも同様だった。
「……まあ、この復讐計画の主役はルアだもんね。で、それに必要なモンは用意できるアテはあるの?」
「実は研究所の仲間のあの人が、この計画に必要なものを持っているんです。本来なら厳重に管理しなければならないものなんですが、私が頼んだらきっと……」
こんな計画を嬉々として話している俺は、母さんなら絶対しない悪魔のような表情だろう。
そんな俺を見たら、間違いなく母さんは俺に怒るだろう。
それでも俺は、奴への復讐を成し遂げたい。
母さんと俺をゲテモノ呼ばわりした、あの真正の化け物に。