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黒寮に潜む幽霊

 俺とティルとアイラは、ここバラウール魔法学園の地下にある大食堂に来ていた。

 この学園は、かつて魔王の要塞だったときの地下設備を再利用して、さまざまな施設が建てられている。

 この大食堂も、かつての巨大な武器庫が元になっている。

 魔導灯による優しい照明と、直上にある本丸の中庭から取り込まれる光により、地下とは思えない明るさだ。

 その清潔な空間は好評で、学外の、特に学園の麓にあるタゥルイシル市の市民にも開放されている。


 そういえば、アイラもタゥルイシルの喫茶店で働いてるんだっけ?


「どうかした?」


「い、いえ、別に」


 学園の食堂は、長いカウンターで厨房と隔てられていて、そのカウンターにビュッフェ形式で色とりどりのメニューが並べられている。

 いちばん端にはトレイと用途ごとの皿、スプーンとフォークなどの食器が並んでいて、ここから順路に沿ってメニューを選んでいく。


 ティルはパンとバターを小皿に入れ、大皿に肉料理と魚料理など、カロリーの高そうなものを次々に入れていく。

 アイラはスープとサラダを中心に、バランスのいいメニューにしているようだ。

 ただ、デザートがかなり多く、そちらがメインなのかと思うほどだ。


「ティル、もうちょっと栄養バランス考えたら?」


「アイラこそ、甘いものばっかり食べすぎじゃね?」


 俺は二人の後ろについて、スープ用のボウルにポタージュとサラダをとって、デザートから葉っぱにくるまれたパンケーキのようなものを取る。


「それって、もしかしてライフ・ブレッド?」


 ライフ・ブレッドとは、古くからエルフに伝わる焼き菓子のような携帯糧食だ。

 エルフの秘術による霊験あらたかなるものと伝わっているが、その正体を知ってしまえばどうということはない。

 レシピは穀物をベースに、薬草、果物、木の実、豆をお好みで混ぜ、植物油と蜂蜜により練ったものをパンケーキ状に焼き固めるという、他の種族でも作れるものになっている。

 この保存食は、その栄養価と保存性の高さから、勇者連合軍と魔王軍の双方に用いられ、今では一般人もお手軽に食べられるお菓子となっている。


「ええ、昔から好きな食べ物ですので」


 俺も別にエルフだからというわけではなく、冒険者になってから何度もお世話になってきた。

 ただ、現在はこういう葉っぱにくるんだパンケーキ状のものではなく、サイコロ型か延べ棒の形にアレンジしたものを、包装紙にくるむという形式が多い。

 そのような携行性を高めたモデルが、昔ながらのパンケーキ型と一緒に、冒険者ギルドの管轄であるギルドショップで買えるようになっている。


 テーブルを囲んで、さっそく食事にうつる。


「さて、と……いただきます」


 アイラはスープを口にすくって、その味に歓喜しているようだった。


「……ん。やっぱり美味しいね」


 俺もスープを頬張ってみるが、こんなにもとろけるような味とは思っていなかった。

 ただ、なぜかティルが俺のメニューを見ながら、心配そうな顔をしていた。


「でも、さすがにルアの食事足りなくね?」


「そうだね、ちょっと質素すぎるかも……」


 カロリーが少なそうだったせいで、妙に心配をかけてしまったみたいだ。


「よかったらアタシの分けたげよっか?」


 ティルが大皿に乗ったメニューを見せてきたので、俺はライフ・ブレッドをぶらつかせる。


「そう思うかもしれませんが、意外とこれさえあればいけるんですよ。けっこう前の話になるんですけど、国内のダンジョンで孤立無縁になったとき、ライフ・ブレッドだけで3日間は生き延びられましたから……」


 冒険者として国内外を駆け回っていたときに、この携帯糧食には毎度お世話になっていた。


 ただ、それを聞いたティルとアイラは固まっている。

 あれ? なんかまずいこと言ったかな?


「なんかルアって、思ったよりかワイルドじゃね?」


「そ、そうだね、ハハハ……」


 どうも要らないことを言ったせいで、悪印象を抱かれたみたいだ。

 ……いや、悪印象というよりは、憩いの場で話すには笑えない話だったということだろうな。



 昼食を終えた後、俺はようやく住まいとなる学生寮までやってきた。


 バラウール魔法学園の学生寮は、二の丸にある兵舎跡地に建てられている。

 かつて木造の兵舎があった場所には、近代的な外観の集合住宅が建てられ、訓練場跡は乗り物を停めるための駐機場となっている。

 寮は4つの建物に分けられ、東の『青寮』、西の『白寮』、南の『赤寮』、そして北の『黒寮』という構成になっている。


「こんにちは」


「ああ、いらっしゃい! あんたがルア・モルグルさんだね、話は聞いてるよ」


 4つの寮の管理を務める監視塔、通称『黄の塔』で俺を出迎えてくれたのは、管理人のチロ・ラフトノーツさんだ。

 狼の獣人らしく、狼の人相に茶色の毛を生やし、恰幅のいい体つきに東の国で見られる割烹着を着ている。


 この人も、俺達が考えた復讐作戦への協力者の一人だ。

 俺の学園入学と並行して進められている、もう一つの作戦に協力してくれている。


「はじめまして、ラフトノーツさん。ルア・モルグルです。ということは、もしかして私の……」


「ま、まあね。エリカちゃんから聞いたときは、なんの冗談かと思ってたけどね」


 そりゃ、わざわざ女装して復讐計画を立てるなんて、正気を疑って当然だろうな……。


「これが409号室の鍵だよ。うちの寮はどこも男女共用だから、正体がバレないように気をつけておくれ。うちもできる範囲でならサポートしてあげるから、何か困ったことがあったら言いに来ておくれよ!」


「……ありがとうございます。またよろしくお願いしますね」


 俺は黒寮へと入り、住人への挨拶もそこそこに、仮住まいとなる409号室にたどり着く。

 他の部屋と同じ褐色のドアを開けると、そこには別世界が広がっていた。


「……ここが、俺の部屋……か?」


 ムリアーデさんは「ルアちゃんにお似合いの部屋にしておいたからね!」とは言っていたけれど、これは流石に……。


 まず花柄模様の壁紙と、淡いピンク色の絨毯が俺を出迎える。勉強机のような作業用デスクとオフィスチェアがあるが、どちらも可愛らしいパステルカラーで構成されている。部屋の隅には白いドレッサーとスツールが置かれていて、奥のベッドはピンクを基調としたファンシーなデザインだ。

 俺を母さんに似せるつもりなら、どう考えてもミスマッチな気がするんだけど……。


 そんな部屋に呆然としていた俺の耳に、ポケットからウィズボードの通知音が聞こえてきた。


「エリカから……?」


 メッセージ機能を開くと、エリカから短い伝言が送られてきたようだった。


『部屋の片付けが終わったら旗艦まで来て』


「まだ荷物も整頓し終えてないってのにどうしたんだ……?」


 ちなみに『旗艦』というのは、俺達の協力者が拠点として用意した、海中に隠された拠点を指す隠語だ。

 海中というとすぐに行ける場所ではないように聞こえるが、この学園のある場所に設置されている転送陣を使えば、即座に内部へ移動することができる。


 わざわざ『旗艦』まで呼びつけるあたり、俺達の計画に関する話だろうな。


「まあ、急ぎというわけでもなさそうだし……やること片付けてから行くか」


 俺は引っ越しのような部屋の準備を一通り終えてから、『旗艦』に続く転送陣が隠されている場所へと移動した。

10/28追記:

ストーリー内容をよく吟味した上で、一部内容を変更しました。

主な点は「ルナが学業と子育てを兼任していたら学生寮ではなく自宅から通っていたのでは?」と考えた上で、ルアの部屋はルナが学生時代に使っていたという点を、最初からルア用に用意された部屋ということにしました。

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