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登録すべきこと

 始業式を終えてからも、あれやこれやと手続きが続く。

 学生寮への入寮の手続きもあるが、今は講義の履修登録が先だ。


 まず、バラウール魔法学園のカリキュラムでは、受講する講義を自分で選べるようになっている。

 必修科目という講義は必ず受けなければならないが、それ以外は原則学生の自由だ。

 ただし、学年の進学、および卒業には一定以上の単位の取得と、必修科目全ての単位を取得しなければならない。

 義務ではないからと勉学を怠るようならば、退学もありうる。

 それがわからないような馬鹿は、この学園にいらないというわけだ。



「はい、ようこそおいでくださいました、新入生の諸君。ここバラウール魔法学園の教頭、ストレイド・スピーダーです」


 本丸の大ホールに、俺を含めた新入生は集まっていた。

 学生が座る長椅子は、劇場の客席のように教壇を半円状に囲んでいる。

 そして、の一人であるストレイト・スピーダーが教壇に立っている。


「さて、ご存知の通り、これから諸君に講義の手続きについての説明と、私からのアドバイスとをお話しさせていただきましょう。つまらないからと言って途中で寝たりなんかしないでくださいね。後で困るのは諸君なんですから」


 このほとんど爺さんと言ってもいいデブは、カーンとは異なる不快感を醸し出す顔に、なんとも調子がよさそうな笑顔を浮かべている。

 説明と黒板への板書、さらに掲示物の貼り付けを交えながら、たいそう楽しそうに右も左もわからない若人への説明を続けていく。


「そうそう、おすすめの講義についてですが、特に共通語の取得をおすすめします。勇者様の御旗の下に集いつつある世界において、エルフ語にとって代わりつつある共通語を学ぶにこしたことはないですからね。え? この国の公用語はエルフ語だから必要ない? 学のない輩はやだねぇ〜〜〜……」


 いちいち癪に障るような言い方をはさみながら、スピーダーは講義取得に関する説明を続けていく。

 俺でも事前に調べていたことを、嫌味を織り交ぜないと説明できないのか、こいつ……。


 ……そういえば、母さんがムリアーデさんに愚痴っていた話の中に、よく「スピーダーっていう根暗なキャンパスメイト」の話が出てきたのを、今更ながら思い出した。


 母さんがこの魔法学園に入ったのは、俺が生まれてしばらく経った頃だった。

 成人とまではいかないが、俺をムリアーデさんやかつての仲間に預けても問題ないってくらいで、母さんは第152期生の主席として入学した。


 よくムリアーデさんと愚痴っていた話からも、学生でありながら多大な功績を残した母さんを、あの男がやっかんでいたことが容易に想像できる。

 母さんは「田舎者のエルフの分際で」「僕のような生まれつきのエリートでもないくせに」なんて日常的に言われ続けていたので、学園まで行ってそいつを殴ってやろうと何度も思った。

 だた、この頃はまだ母さんの出自がバレていなかったから、それでもまだマシな方なのかもしれない。


 そして、母さんが殺された後の動向から察するに、こいつもあの事件に関与している一人だと睨んでいる。

 エリカとムリアーデさんとは「あいつを言い訳不可能な状況に追い込んでから、スピーダー専用に作った計画を実行する」という打ち合わせをしている。


 やがてスピーダーの嫌味まみれの説明を聞き終えた後、俺は中庭のベンチで受ける科目にチェックを記入していく。

 この学園で「毒婦ルナそっくりのエルフ」として目立つのも目的だが、それと並行してもう一つの計画も進めていけるよう、自由に活動できる時間を作っておく必要がある。


 そして、俺は肝心のことを登録するために、本丸の事務所で登録を終えた後『校外就労登録』という看板がかかった部署を訪れていた。


「アルバイトの許可証の発行ですね? ではこちらへどうぞ」


 この学園では、けっして裕福ではない者が学費を支払うための制度が二つある。

 一つは、学園がその才能を認めた人物に学費を支援する、よくある奨学金制度。

 もうひとつは、学生本人が学費を稼ぐために、届出を出せば郊外での仕事ができるというもの。

 つまり、今で言うアルバイトのようなものだ。


 かつて、ここが魔王の要塞から魔法の学舎に改修されたとき、ここに通えるのは裕福な家庭の子女のみだった。

 魔法を学ぶためには語学、数学、今でいう科学などの専門知識が必要であり、今まで魔法を使えるのは、それを学ぶことができる富裕層に限られていた。

 そして何より、決して安くはない学費を払えるのも、当然そのような家の子女しかない。


 だが、学生の中には冒険者などの稼業を通して学費を捻出したり、魔法を研究するための素材を自力で集めてくる猛者もいた。

 そのように、過酷な境遇にもめげずに熱心に魔法を学ぶ者を見て、魔王はそのような手段で学業を修めることを許可した。

 今となっては、学業の合間に働いて学費を納める学生も、決して珍しくはない。


 よく考えたら、母さんも絵本の収入で学費を納めていたんだよな……。


「冒険者、ルア・モルグル……ランクは銅級ブロンズ、所属パーティ、なし……」


 受付のスタッフが、ブックスタンドのようなコンピュータの前で、冒険者としての身分証明に必要なものをチェックしていく。


「登録ができました。これからも冒険者としてのご活躍に期待しています!」


「ありがとうございます」


 スタッフの女性に礼をして席を立つと、出口でティルとアイラに出会った。


「あっ、ルアだっけ? アンタも仕事すんの?」


 そういえば、この二人は教室での様子からして知り合いみたいだったな。


「ええ、以前から冒険者をやっていましたので……。ところでお二人は?」


「私は下のタゥルイシル市の喫茶店でアルバイトをしてて、今後も続けていけるように登録しに来たの。それで、ティルは……」


「実はアタシ、こういう仕事してるわけ! ジャーン!」


 そう言いながら、ティルはウィズボードに映った自身の写真を見せてきた。

 写真は雑誌に掲載されたものらしく、煌びやかな衣装を纏った歌手が、豪華な舞台の上でスポットライトに照らされている。


「えっと……これのどこに?」


「よく見てよ! ホラ、ここ!」


 ティルが指差した箇所は、後ろで数人がダンスを披露している。

 そして、その一人は間違いなくティルだった。


「ダンサー……ですか?」


「実はティル、有名な芸能事務所で働いているの!」


 アイラが友人のことを、自分のことかのように話す。


「アタシもいろんな事情ってもんがあってさぁ〜、魔法について積極的に勉強したくなったんだよね。ホラ、将来魔法の知識があった方が、人生の幅が広がるじゃん!」


 ティルについては「この学園をナメている」と思っていたが、そこは訂正せざるを得ない。

 こいつは思ったより将来をしっかりと考えて、ここに入学したみたいだ。


「でも驚きました。芸能界で仕事をしている方もいたんですね」


「ま、ここはお仕事はなんでもどうぞって姿勢だもんね〜。犯罪と以外は」


 ティルの言う通り、かつて賎業とされた冒険者ですら許可しているこの学園も、絶対に許可しない仕事がある。

 それは、犯罪の委託業務と、売春だ。


 前者は当然として、後者はもしにそれを含めた場合、学園が「学費が足りなければ体を売ればいい」とアナウンスしたのと同じになる。

 そもそもこの国において公の売買春は認められていないし、それは学園として守るべき最低限の倫理だ。


 ……そういえば、俺が聞き取ったカーンからの被害報告には「じゃあ体売れば?」なんて言われたってのもあったっけ。


「…………?」


 ただ、アイラはティルが示唆したことが理解できなかったようで、首を傾げている。


「ま、まあ無事に許可は得られましたし、仕事と学業の両立は大事ですよね!」


 俺はこの仄めかしを軽くごまかした。


「そうだ、ルア。ティルとも話してたんだけど、一緒にお昼を食べに行かない?」


 いきなりのお誘いに、俺は思わず面食らっていた。


「……え? いいのですか?」


「アタシ達、せっかくルアとも握手できたんだし、誘った方がいいっしょ。入学したばっかだし、また今度でもいいけど」


 俺は大したことはしていないのに、まさか食事に誘ってもらえるとは思わなかった。

 せっかくだから、お誘いを受けることにしよう。


「……ええ、是非とも。丁度どちらもできましたからね」


 そうと決まればとティルが先頭に立ち、アイラと俺がその後に続く。


「そういやルア、もう履修登録済ませてるわけ? 普通もっとじっくり考えてから提出しない?」


「え? そうでしょうか? 何を学びたいかはもともと決まってましたから……」


 こうして俺は、この学園では初めての友達と、楽しい昼のひとときを過ごすことになった。

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