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初めて足を踏み入れた教室で

 始業式の学園長からの話が終わり、学生一同が整列して各々の教室に戻っていった頃のこと。

 俺は自分のクラスである5組の教室で、自分の番号が振られた席に座っていた。


 バラウール魔法学園は、かつての魔王軍の要塞をそのまま利用しているため、随所に古城の名残が残っている。

 そして学生が魔法を修める教室は、第1〜第2学年の教室が3の丸に、第3〜第4学年の教室が2の丸に配置されている。


 やがて、俺が所属することになる5組の教室へと、見知った顔の教師が入ってきた。


「1回生5組のクソ虫ども、よくこの教室に来たな!」


 このクラスに入った新入生一同は、入学早々イカれた挨拶をかました担任に度肝を抜かれていた。


 その担任とは、俺の親友であるエリカだ。

 灰色のスーツドレスの上には、この魔法学校のシンボルとなるローブを羽織る。健康的な小麦色の肌と、ライオンの鬣を想起させる山吹色の髪は、昔から見慣れたものだ。

 が、なぜか手には黒革の鞭をくくりつけており、豊満な胸を強調するように腕を組んだ様子は、店を連想させる。

 エリカは自分の名前を、エルフ語に使われる『舌文字』で黒板に書いた。


「今日から貴様らの担任となったエリカ・グリペンだ! 先に断っておくが、貴様らは皆等しく鳥のフン程度の価値しかない! あたしがそんな貴様らをたっぷりと鍛えてやるから覚悟しておけ! この学園で魔法を学んだ後、貴様らが魔法使いとは肩書きだけの雑兵となるか、冒険者と轡を並べて戦場に立つ魔導師となるか、魔導器の製作と取り扱いを許された魔術師となるかは、貴様らの努力次第だ!」


 その滑稽な挨拶に、多くの学生が口をポカンと開け、一部の冗談が通じない学生は恐怖に震え上がり、ごく少数の察しがいい学生は笑いを押し殺している。

 ダサい演技を見ていられなくなり、俺はエリカに助け舟を出す。


「グリペン先生、そのような鬼教官の演技はお止めになってはいかがでしょう? ここは軍隊の訓練学校ではないのですから」


 俺のからかいにつられて、クラスのあちこちから笑い声が聞かれはじめる。


「だよねー。無理していらんことするもんじゃないわ」


 エリカは開き直ったようにキャラ作りをやめて、素の顔に戻って挨拶を再開する。


「さて、では改めて……。これから皆さんの担任になるエリカ・グリペンです。皆さんがこの魔法の学舎バラウール魔法学園に入学できたこと、そしてあたしのクラスに入ってくれたことを、心から歓迎します!」


 エリカの朗らかな挨拶に、今度こそクラスの全員が聞き入る姿勢に入る。


「それじゃあ早速、皆さんに教科書の配布を行います。この教科書は、皆さんと学園生活を共にすることとなるでしょう。特に、実技の教科書は本物の魔導書として使用できるようになっているため、くれぐれも武器を取り扱うつもりで、大事に扱うようにしてください!」


 号令の通り、教科書の配布が始まる。

 一人ずつ教壇の前まで足を運んで、それぞれ科目ごとに分かれた本を一冊ずつ持っていく。

 バラウール魔法学園の教科書は、全てが魔導書をもとにした革張りのハードカバーで、丸背に糸で綴じている。

 先程エリカが説明していた通り、この教科書の中には実際に、簡単な魔導書として使用できるものも入っている。


「教科書を受け取ったら、一度全部のページをチェックしてください。万が一、落丁や乱丁などがあった場合は、予備の教科書と取り替えますからねー」


 俺達学生一同は、魔導書をめくりながら内容を確認していく。

 ある者はパラパラと読み流し、またある者は教科書の内容そのものに夢中になっている。


「こんな古臭い本なんか使わなくっても、今時ウィズボがあるじゃんね〜」


 窓際の席で、机に乗り上げた女子学生がウィズボードをブラブラとさせている。

 どうやらダークエルフのようで、俺と同じくエルフの笹穂耳を持つが、肌は南国を思わせる褐色だ。実った麦の穂を思わせる金髪をポニーテールにまとめ、着崩した制服はすらりとした肢体を強調している。

 だが初日にもかかわらず、あからさまに学園の制服を着崩す辺り度胸がありそうだ。


「まあ確かに、魔法を使うだけならそれでもいいだろうけど……」


 その隣にいた小柄な少女が、ダークエルフの少女にやんわりと同意する。


 確かにこの女子生徒らの言う通り、かつて分厚い魔導書に書かれた呪文や足下を囲む緻密な魔法陣……現在はそのようなものの総称として『術式』という言葉がある……は、ウィズボードなどの機器類と出力装置があれば、容易に出現させることが可能だ。

 無論、その魔法を使用するには、自らの身に宿るエーテルと、それを全身に張り巡らせる『サーキット』と呼ばれる器官の制御といった、魔術師としてのスキルが必要となるが。


 にも関わらず、わざわざこのようなアナログな手法を学ばせるというのは、魔法の仕組みと歴史を1から教えることにより、専門家としての知識を身につけさせるためだ。

 「とりあえず魔法を使えればいい」程度の理解では、複雑な魔法を扱うには値しない。


「そんなこと言わないでください。こういうものから魔法の歴史を学ぶことも、大事な勉強ですよ」


 俺はあえて、この軽薄そうな雰囲気の女に苦言を呈した。

 席が近かったというのもあるが、母さんのいた学園でナメた態度を取り続けるようならば、釘をさしておこうと思ったからだ。


 ふと、この女は俺の顔を見て、何かに気づいたような素振りを見せる。


「アンタ、有名人? なんかいろんなメディアで見たことあるんだけど……」


 母さんそっくりの顔を見てこの反応だと、この女は世事に疎い……というよりは細かいことは気にしないタイプということだろう。


「いえ。別に有名人というわけではありませんが?」


「……まあいいか。アタシはティル。ティル・ヴァイパー・ロサンド。あんたは?」


 俺はティルがフルネームを名乗ったのに合わせて偽名を名乗る。


「私は……ルア。ルア・モルグルです」


「モルグル……モルグル……。珍しい苗字ね。ま、同じクラスになったんだし仲良くやりましょ、ルア」


 ティルはウィンクをしながらこちらに手を差し伸べる。

 俺はその手をしっかりと握り返した。

 ティルの手は温かみを秘めつつも、割と鍛えられているような固さを持っていた。


「ねえ、ルアさん……でいい?」


 ふと、机の向こうから声をかけられた。

 声の主は、さっきティルに同意していた少女だった。

 見た目はティルと同年代だろうか。彼女と違って制服をしっかりと着こなして、藍色の髪を肩までで切り揃えた、おっとりとした雰囲気が漂っている。


「はじめまして。聞いていたかもしれませんが、ルア・モルグルといいます」


 ただ、問題はきっちりと着こなした制服が、彼女の頭ほどもある乳房により、くっきりと押し上げられているということだ。

 不用意に動くと破れてしまいそうで、少々心配になる。

 ……って、凝視したら失礼だろうが、俺!

 幸い、この少女は俺の目線には気づいていないようだったが。


「私はアイラ・インパルスっていうの。よろしくね」


 俺はアイラの伸ばした手を握り返す。

 その手はティルとは異なり、柔らかさと冷たさを併せ持っていた。


「…………」


 ただ、俺の顔を見つめていたアイラが、なぜか困ったような顔をしている。


「どうかしましたか?」


「あ……いや……その……あんまりこういうことは言いたくないんだけど、ルアさんってよく、元勇者パーティのムーンライトと間違われたりするんじゃないかな? 名前も似てるし……」


 やっぱりそう来るか。

 もともと俺は母さんのということを積極的にアピールしていくつもりだったから、こんな反応も想定済みだ。


「そうですね。よく間違われてトラブルになることもあるんですよ」


 俺はわざと、この母さんそっくりの顔を自嘲気味に話す。

 ただ、アイラの反応からは『毒婦ルナ』への嫌悪ではなく、母さんそっくりの顔で苦労してきたのではないか……というが丸わかりだった。


「あ……その……ごめんなさい」


 アイラは心底申し訳なさそうに頭を下げる。


「……心配しないでください。もう慣れっこですから」


 実際、俺は母さんの息子というだけで、素性を隠して生きてこなければならなかった。

 俺自身も、そうしなければ母さんの弱点になりかねないことが理解できたからだ。


「さーて、みんな教科書は全部受け取った? それじゃあこの学園で生活していくために必要なことを、しっかりと説明させてもらうからねー!」


 教科書の配布を終えた後、エリカが新入生に対するレクチャーを始める。

 初っ端から悪ふざけをくらって面食らっていたクラスメイト達も、ひょうきんでフレンドリーなエリカの人柄に和んでいたようだった。


 そしてホームルームを終えた後、俺は本丸のバルコニーに向かい、エリカと合流してカーンの前に顔を出した。

5/29追記:

最後の行の「3の丸」という表記を「本丸」に直しました。


6/4追記:

間違えて「貴様ら」と表記していた箇所があったので、そこだけ直しました

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