月の魔女現れた後に
年に一度の球技大会の熱気も冷めていき、バラウール魔法学園は日常の勉学に戻っていく……はずだったが、今年の球技大会はそうはいかなかった。
「ねえそこのあなた! アロウズ・ジョーガルド容疑者が行方不明になってるって話は知っているわよね!?」
「そこの君! 先の球技大会のとき、アロウズ・ジョーガルド容疑者が来ていたのを見ていないか?」
朝早くから、あちこちの新聞社の社員が「毒婦ルナを殺した英雄アロウズを見ていないか、行き先に心当たりはないか」と、門を通る学生達に片っ端から声をかけて回っている。
一部は礼儀正しく立ち止まってインタビューに応じてはいるが、ほとんどは断りもなく顔をカメラに映そうとしたりする社員を冷ややかに見て、無視を決め込んでいる。
そして、こっちにも学園内まで入ってきた社員が……。
「ねえ君、アロウズ・ジョーガルド容疑者が行方不明になった事件について、何か知っていることはないかな?」
俺の方へ駆け寄ってきて、マイクとカメラを向けながら無神経に訊ねてくる。
そんな社員をあえて無視して、1回生が集う三の丸へと向かう。
「ちょっと! 無視してないで答えなさいよ!」
若い女性の社員が、暴言を吐きながら追ってくる。
そのタイミングで振り向くと、何か恐ろしいものを見たような悲鳴が返ってくる。
「えっ……? な、なに、こいつ……。ルナ……?」
それもそうだ。
俺の顔は、こいつらにとって仇敵であるはずの、母さんの顔と同じなんだから。
「おい、何をそんなに驚いて……いっ!?」
案の定、この母さんそっくりな顔に、カーンと同様の反応が返ってくる。
「すみません。不確かな情報を流布するわけにはいきませんもので……」
それだけ告げて、そのまま屋内へと入っていった。
チラリと後ろを見てみると、二人の新聞社員は幽霊でも見たように顔を青ざめ、立ち尽くしていた。
きっとテレビ番組には、このときのやりとりと俺の顔が映っていることだろう。
校内では、まるで災害か魔物の襲撃の噂を話すように、本来国内では報道されていないはずの話題で持ちきりだった。
「なあ、見たか? 昨日のアロウズが出てた配信……」
「ああ、見た」
「あれ、本物かな?」
「いやそんなわけねーだろ! 顔が似てるだけに決まってんだろ」
「そういえば、ルナと似てるエルフって言うと……」
一部の面々は、その配信に映っていた人物とよく似た顔をした、1回生のルア・モルグルの方を向く。
「いや、まさかそんな……ねえ」
そんな視線をあえて放置して、5組の教室へと入る。
「なわけねーだろって! アイラだって見たろ、あの凶悪そうなツラ」
「でも、あんなに顔が似てる人って……他には……」
席に座ると、ティルとアイラが近づいてきた。
「……ねえ、ルア」
真剣な顔をしたアイラが、俺の顔を覗き込んでくる。
「どうかしましたか、アイラさん?」
アイラはティルと顔を見合わせてから、おそるおそる話を切り出す。
「あの……ルア、球技大会の後はそのまま寮に帰ったよね?」
なるほど……。さてはアイラ、あの配信を見たな?
若い人にはネットに慣れている人も多いので、ある程度アロウズをぶちのめす場面を見ている人がいることは予想できた。
当然、母さんそっくりな顔をしたエルフが映っている場面も。
「ええ。寮に帰った後、チロさんに寮の仕事を手伝うよう頼まれまして……。9時ぐらいまでずっと『黄の塔』でお掃除をしていたんです」
「ラフトノーツさんに掃除なんか手伝えって言われたのか?」
「実は学園に入学してから、チロさんと仲良くなって……」
本当は学園内にいない俺のアリバイ作りは、チロさんと打ち合わせを済ませている。
更に監視カメラの一部映像にも、協力者のソーマトロープさんが細工をして、あたかも俺がいたかのように偽装してくれているはずだ。
「…………うん、そっか。そうだよね。あれがルアのわけないもんね!」
「だろ〜? だから言ったんだよ。ルアがあんな凶悪な顔するわけないって」
アイラとティルは顔を見合わせて笑っているが、そこにはあの配信を見たことによる不安も見てとれた。
そう、こうやって母さんの仮面を被って、勇者連合の秩序が治めるこの世界に恐怖を刻み込むのが俺のやるべきことだ。
母さんを殺して嗤っていた奴らは、母さんと同じ顔をしたエルフが、バラウール魔法学園に通っていることにも気が付くだろう。
それにつられて何か行動を起こしたところを、俺達の手で一網打尽にする。
俺がやるべきことは、そのための釣り餌になることだ。
「な! 言っただろ、アレはルアじゃないって」
ティルさんが、別のクラスメイトにドヤ顔でさっきの会話をアピールしに行く。
「いや……そりゃまあそうだけどさ……」
この様子だと、他の奴らからも怪しまれてたってところだな。
……まあ、疑惑が残ったままの方が都合がいいんだがな。
「はーい、皆さーん。ホームルーム始まるから席に座ってくださーい!」
担任であるエリカが入ってきて、教団の前に立つ。
いつものおちゃらけた振る舞いはなく、真剣な顔つきだ。
「……皆さん、おはようございます。ご存じの方もいるかと思いますが、昨日の球技大会のとき、あのルナ・ムーンライトを殺したアロウズ・ジョーガルド容疑者が、この学園内で行方不明になったことがわかりました」
エリカからの説明があっても、クラスの皆は「ああ……アレね」と納得したような雰囲気だった。
そりゃ、当日の夜にニュースで発表されて、今朝も新聞社の連中があちこちで大騒ぎしていたら知らないわけがない。
「もし皆さんの中に、当日ジョーガルド容疑者を目撃していた人がいたら、バラウール魔法学園の学生会へと連絡してください。く・れ・ぐ・れ・も! 今学園で片っ端からインタビューしている新聞社とか、部外者に不確かな話を流布するのはやめてくださいね!」
事件に巻き込まれた衝撃を演じている様からは、あのときの公開処刑で罪状を読み上げた人物とは思えないだろう。
「あの……グリペン先生。昨日、StarTubeの配信で、ルナ・ムーンライトを名乗るエルフが、ジョーガルドを、その……痛めつける配信を流していたようなのですが……」
アイラさんが、おそるおそるといった様子で配信のことを告げる。
「……そのことについては、私も知っています。でもあの配信については、本邦のどの新聞社も報道していませんし、ユートピア政府からは『只今調査中』以上の回答は得られていないので、相手にされない可能性が高いです」
その言葉には、本件にだんまりを決め込む各新聞社と政府への不信感を煽る狙いがあった。
「改めて言います。その配信以外の情報で、何か知っていることがあったら学生会までご連絡ください。以上で朝のホームルームを終わります。午前中の座学の準備をしておきますので、それまでお待ちください。以上!」
結局、様々な疑問が尽きないまま、学園は午前中の座学の時間へ、そして昼休みへと移っていく。
一見真面目に座学を受けていたように見えるクラスメイトも、内心アロウズが行方不明になった事件と、それと関連があるであろうあの配信が気になって仕方ない様子だった。
「……なあ、昨日アロウズが学園に来てたっていうけど、本当か?」
「いや、知らねーし」
「そういえば新聞社のスタッフ、わざとあの配信の話題無視してなかった?」
学園のどこへ行っても、こんな話題で持ちきりだ。
まあ、次の復讐計画まではまだ時間があるし、昼飯でも食って一息つくかな。
そんなことを考えていると、学園内へのアナウンスが鳴る。
『……お知らせします。1回生5組のルア・モルグルさん。1回生5組のルア・モルグルさん。至急本丸の学生会室までお越しください。……繰り返します。1回生5組のルア・モルグルさん……』
学生会からの呼び出し?
このタイミングで来たということは、あの暴露配信の件で事情聴取を行うつもりか?
でも、チロさんやエリカと計画したアリバイ工作に抜かりはない。
容疑者として扱われても、追求をかわしきる自信はある。
俺は食堂に向かいかけた足を止めて、学生会室へと向かった。




