元勇者パーティメンバーの暗殺
夢を見ていた。
正確には、今見ているのが夢だと自覚できていた。
俺の意識は、大きなホールの片隅から、奥にある舞台へと向いている。
舞台の教壇には、俺の母さんが立っていた。
『みなさん、ごきげんよう。ランブ・ニム魔法研究所の所長、ルナ・ムーンライトです』
ユートピア直轄国の主要都市であり、かつて魔王の居城であったランブ・ニム城の研究所にて、母さんは客席に座っている学生に向けて挨拶をしていた。
彼らは母さんの母校、バラウール魔法学園の学生であり、最新の施設で研究されているさまざまな技術の見学に訪れていた。
母さんは、この『ユートピア直轄国』の勇者パーティの一員だったが、その立場を退き、今はここの所長を務めている。
それは、勇者パーティを辞めざるを得ない事情があったからだ。
『……今からおよそ百年前『名もなき魔王』が『異界の勇者』様に討たれ、勇者様がこの国の統治者となって以来、この直轄国は一度の戦争も行うことなく今日に至っております。それは国民ひとりひとりの、平和な国を目指す努力の賜物であると言えるでしょう』
この日、俺は母さんの様子を見るために、こっそりとランブ・ニム城での警備の仕事に回してもらった。
まあ母さんのことだから、見つかったら「私にかまってないで自分のことを優先しなさい!」って怒られそうだけどな。
挨拶を終えた後、母さんと部下の魔術師数名による引率が始まる。
かつての魔王城の城壁を利用した連絡路を通っていき、いわゆる魔力を指す『エーテル』を送る供給線を紹介する。
それから、外部からの転移による侵入を阻む『阻塞陣』を紹介し、次に研究所の内部を制御するコンピュータルームを案内する。
『……ここで使われているコンピュータは、かつて魔王軍がダンジョンの管理と制御に用いた、結晶記録媒体を参考に作られています。このおよそ百年間で、それらの技術は更なる発展を遂げ、皆さんも日常生活で使っているデバイスにも採用されています』
母さんから直に魔法を教わってきた俺でも、専門外の事柄が多すぎる。
しかし、学生達はそんな母さんの話を聞きながら、真剣な表情でメモを取り続けている。
母さんと同じ魔術師の道には進まず、この国を守る冒険者を志した俺を、母さんは応援してくれた。
その期待に応えるべく、俺は冒険者レギオンの一つ『ガードソルジャーズ』に入隊した。
『ガードソルジャーズ』は、軍隊を持たないユートピア直轄国において、国内の警察機能を総督府……より正確には、治安局から委託されたレギオンのひとつだ。
それは、人々を悪の魔の手から守る正義の味方に憧れた、俺の夢に近いところにある仕事だった。
やがて学生らは、ライフラインを維持するのに欠かせないエーテルを作る魔力炉へと案内される。
「ここは、ユートピア直轄国でも最新の魔力炉です。これで作られるエーテルの量は、従来の魔力炉の倍にもなります。もしこの技術を本格的に実用化し、これで作られるエネルギーを人々の生活に供給することができれば、これまでインフラが行き届いていなかった土地にもエネルギーをもたらすことができるでしょう」
もし俺がもう少ししっかりしていたのなら……「母さんを誹謗中傷するような連中は口先だけの根性なしだ」なんてタカを括っていなければ、そいつが天井裏から近づいてきていることに気づけたんだろうか。
「るうううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅなあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
地獄の底から沸き上がってくるような呻き声とともに、天井の板が落ちてきた。
天井をブチ破って飛び出してきたのは、まるで猛獣のような形相の汚らしい男だった。
その両手にはお粗末なマチェットを二刀流のように構えていて、二つの刃を交差させながら母さんへと斬りかかった。
「よくも、よくも俺様の人生を台無しにしやがってえぇぇぇぇぇぇえええええ!!」
母さんは、とっさに男と魔力炉の間に割って入った。
右手は男の交差した刃をミスリルのエルヴンナイフで受け止めて、空いた左手を魔力炉へと伸ばし、多面体の結界を張った。
そして更に、学生の皆さんの周りにも同様の結界が張られる。
「A班、あの不審者を捕らえろ! B班、スタッフと見学者の皆さんを守れ!」
隊長の号令に従い、警備を務める冒険者は学生達を守るために周囲を取り囲み、即座に男を取り押さえるべく駆け出す。
だが、俺達が動き出したときには遅かった。
「あ、あなた、それを捨てなさい……!」
「あぁぁ!? 何言ってるかわかんねーよ!」
鍔迫り合いになっている最中、母さんが左手を伸ばし、男の胸元にぶら下がっていた何かをもぎ取ったのが見えた。
「あっ……!」
「死ねっ!」
その隙を突いて、男は母さんの胸元に二つの刃を突き刺した。
「母さん!!」
そして、放り出された何かが轟音をたてて爆発した。
爆風に飛ばされ、母さんと刺客は派手に吹き飛び宙を舞う。
「きゃぁぁあああああっ!!」
周囲では、爆発による火災が室内を多い尽くす。
あまりの事態に、学生らはパニックに陥ってしまう。
「皆さん、落ち着いてください! スタッフの指示に従って、安全な場所へ避難してください!」
この研究所のスタッフと護衛の冒険者達は、学生を守りながら避難誘導を始める。
視界の端では、水魔法と自動消火装置による消火活動が行われ、火だるまになった男も水魔法で消火された後、他の冒険者にとりおさえられて暴れ続けていた。
「くそっ、離せ、離せえぇぇぇぇ!!」
俺はそんな周りの目もくれず、母さんに駆け寄る。
「母さん、すぐ治療する!」
俺は冒険者として使ってきた、怪我を治すための『治癒術』の一種『ヒーリングブレス』を母さんに施す。
「……も、もしかして、ルア……?」
でも、専門のヒーラーでない俺の治癒術なんて、焼け石に水だ。
「なんで、こんなとこまで来たの……」
「そんなこと言ってる場合かよ! すぐ助けるから……」
「……ルア、もういいの。この傷じゃもう……」
治癒の甲斐もなく、紅い血がどんどん流れ落ちていく。
母さんの身体が、だんだん冷たくなっていく。
「そんな! 嫌だよ、母さん! 俺、俺は……」
「いい? ルア、落ち着いて聞いて。これから先、どんなに辛いことがあったとしても、これだけは憶えていて。ルア……」
母さんは、俺の治癒をかけ続ける手に、熱を失いつつある手を添えて言う。
「私が絵本を通して教えたかったこと……。思いやりの心、命を尊ぶ心、物を大事にする心、ルールを守る心、いろんな人々と仲良くなろうとする心を忘れないで。……最後に」
母さんの眼から、一筋の涙が零れ落ちた。
「……生まれてきてくれて、ありがとう」
冷たくなった手は、力を失って俺の手をすり抜けた。
「母さん……?」
しかし、俺が呼びかけても母さんの眼が開くことはなかった。
「母さん! 母さん! 母さーーーーーーーーーん!!」
魔力炉を守るための消火活動が続く中、俺の絶叫は混乱にかき消されていた。