魔法の球技
今回の話を投稿するまで、またかなりの時間がかかってしまいました。
もう少し続けて投稿できるよう努力します
初夏の汗ばむ陽気の中、バラウール魔法学園の球技大会が始まった。
『ご来場の皆様、たいへん長らくお待たせいたしました。ただいまより、第207回バラウール魔法学園球技大会を開催します!』
ドラクリヤ先生の合図とともにマーチが流れ、会場は歓喜の声と拍手に包まれる。
『宣誓! 我らバラウール魔法学園の学生一同、魔法使いとしての誇りを胸に、正々堂々と試合に挑むことを誓います!』
4回生の首席、俺と同じくエルフのジールー先輩が、魔法使いとしての宣誓を読み上げる。
それを聞いた学生と観客とは、更なる熱狂に包まれた。
活気あふれる中、俺は人目につかない寮の監視塔『黄の塔』の中にある応接間で、エリカとチロさんの話を聞いていた。
チロさんは、紅茶が入ったポットと3人分のコップを持ってきた。
ポットから、香り高いお茶が注がれる。
「……ってなわけで、定期的に送られてくる薬を飲みながら、あのクズはなんとか持ち堪えてるみたいよ」
エリカはウィズボードの画面をスクロールさせながら、あちこちの協力者から送られてきた情報……特にアロウズへの制裁に関する報告をしていく。
あれからアロウズのもとには、定期的に『つわり虫』の成長を抑える医薬品が送られてきている。
あのときの矢文と同様、俺の矢に括り付けて。
「まったく……命の危機ってのは効果的だな。特にアロウズみたいな、自分のことしか考えてないクチにはな」
俺は冒険者としては、偵察などを担当する『スカウト』の役割を担うことが多い。
かつては便宜上『盗賊』と呼ばれたこの役割は、軽装でパーティの耳目としての偵察、罠の設置と解除を主な役割とし、戦闘では状況に合わせての遊撃といった役割を担っている。
そのような仕事では、当然魔法のみならず武器も用いる。
俺はエルヴンナイフ以外にも、弓を主な武器としている。
ただ、今使っている弓は、かつて冒険者『ルア・ムーンライト』だった頃のものではなく、新たに『ルア・モルグル』として登録し直したときに新調したものになっている。
「あんたが矢文を担当するって聞いたときは心配だったわ。あのクズを前にして、頭をブチ抜くのを我慢できるか心配だったもの」
確かに、あいつの顔を見る度、何度矢を頭に向けそうになったか数えきれない。
「もうあんときみたいな真似はしねえよ。そもそもこんな回りくどい作戦を提案したのは俺なんだし」
母さんを殺した上に、さらに汚名を着せた連中への憎しみに堪えかねて、勇者の座に就任したカーンを殺しに乗り込み、グレンを失った。
でも、もうそんな馬鹿な真似はしない。
今の俺には、復讐を手伝ってくれる仲間が大勢いるんだから。
「そういえばルアさん、もしアロウズが『つわり虫』のことを無視して逃亡したらどうするつもりだったんだい?」
「心配いりません。カラヤン家の飛空艇があるヤント国際空港には、グレミーさんが控えていますから」
もしあの手紙を無視してトンズラしようとしても、ヤント国際空港には協力者のグレミーさんがいる。
カーンの実家が所有するプライベート飛空艇で逃げようにも、既に飛び立つことができないように細工してあった。
飛ぶ前にトラブルは発覚するだろうが、無理に飛ぼうとすれば、そのまま空中分解だ。
「あ、それそれ。グレミーさんから『カラヤン家の飛空艇はフライト予約をキャンセルした』って連絡が入ったわ」
ということは、本当にアロウズを逃すためだけに飛空艇を貸し出すつもりだったんだな。
「だとすれば、心配はいらないねえ。アロウズが予定通りこの学園までノコノコやってきたら、あんたの憎しみを全部ぶつけておやり!」
言われるまでもない。
この2年間、数えきれない苦労を重ねて、ようやく復讐の布石が整った。
母さんを殺した上に汚名を着せた男に、今までの落とし前をつけさせることができる。
そして、それはアロウズやカーンと思想を同じくする者達……『バリダオ』への宣戦布告となる。
体操服に着替えてから、俺は5組の待機場所へと合流した。
既にエリカを最前列に、俺を除くクラス全員が集合していた。
「ルア、遅すぎ!」
ティルに怒られながら、俺は自分の出席番号のところまで辿り着く。
「すみませんでした。着替えに手間取ってしまって……」
「なんかルアって、体操服に着替えるときだけ遅くね?」
まあ、着替え自体は装備を換える『クイップ・イクイップ』を応用したものによりすぐに済むけど、それだとどこで着替えているか怪しまれそうだしな。
「さぁーてっ、ようやく全員集まったわね! いよいよ待ちに待った球技大会の始まりよ! さあみんな、先生と一緒に夕日に向かって走るんだっ!」
熱血教師ぶるエリカを見かねて、俺からツッコミを入れる。
「グリペン先生、これはマラソンじゃなくて球技大会ですし、今は午前中です!」
「あはは〜、まあね。では気を取り直して。コホン! これより、私達5組と1組の試合が始まります。気負わずに、練習でやった通りに行けば、必ず成果は出せるはずです。いつも通りに、ベストを尽くしていきましょう!」
エリカの号令を受けて、クラスの皆は拳を掲げて『おー!』と鬨の声を上げる。
そんな熱気の中、俺はよく晴れた空を仰ぐ。
「…………あいつも観に来るかなぁ……」
「あいつって?」
「うわっ!?」
横から声をかけたのはアイラだった。
全く敵意がないせいか、すぐに気づけなかったみたいだ。
逆にカーンやアロウズ……『バリダオ』のような連中だったら、あの濁った殺気からすぐにわかるんだけどな……。
「あ……いえ、その……冒険者の仲間にも声をかけていたんですけど、たぶん観に来られないかも……と」
俺はとっさに、尤もらしい嘘をついた。
そもそも、今の俺……銅級冒険者『ルア・モルグル』になってからの経歴は、全てソロでのものだ。
パーティはおろか、まともに交流のある冒険者はほとんどいない。
かつて面識のあった冒険者にも、復讐の協力者以外には正体を知らせていない。
「そっか……。私も家族が来るんだけど、まだみたい」
アイラが指差す先には、かつて要塞だった頃の演習場を用いたグラウンドがあり、周囲の観客席は満員の客で埋め尽くされている。
その中では、上級生が地上と空中とでそれぞれ異なる競技に挑んでいる。
『決まったーーー!! 3組チーム、まずは1点!』
上空に浮かべられたサークルにボールが入り、観客席からは歓声が巻き上がる。
地上では野球に似たグラウンドにベースを設け、その上で打者がボールを打ち返している。
そして空を見上げると、専用の長柄の杖を持った上級生らが、空飛ぶ乗り物『ブルーム』に乗って、宙を浮かぶ小さなボールを追いかけている。
バラウール魔法学園の球技大会の種目は、学年ごとに異なる。
まず俺達1回生は、バレーボールとドッヂボールを合わせたような『ウンゴル』。
2回生と3回生が、野球やクリケットに近い『ドリング』。
そして、最高学年である4回生が、今俺達が観ている『ミロン』だ。
種目が学年ごとに違うのは、まず最初になるべく簡単な球技から慣れさせていくことが狙いだ。
そして、どの種目も集団での競技なのは、昔から魔術師に欠けてきた協調生を磨くためだ。
「ねえ……私、運動ってすごく苦手だからさ、それに……昔からドッヂボールみたいのは苦手だし」
「意外ですね……。この前の身体測定だって、別に成績が悪かったわけでもないのに……」
「いやね、その……昔、ドッヂボールで思いっきり硬いボールを使っててさ、加減なんてしてくれなかったから、かなり痛くって……」
あ〜……。よく聞く話だな。
もし子供のドッヂボールに使われるのが柔らかいゴムボールだったら、ドッヂボールを怖がるようになる子供も少なくなるだろうな……。
「まあ、心配しないでください。ボールがアイラさんの方に飛んできたら、私が弾いてあげますから」
「……うん! 私も頑張るけど、いざというときはよろしくね!」
アイラは心底嬉しそうに微笑む。
なんか、召喚術を学んだときと似たような流れだな……。
1回生のウンゴルは、地下演習場の一部を使って行われる。
かつての連絡路を改修した見学者通路には、1回生の関係者がゾロゾロと集まってくる。
ウンゴルのルールは、先程述べたようにドッヂかバレーに似ている。
ネットを挟んだ5〜20人ほどのチームに分かれ、互いの陣地へとボールを投げ合う。
コートにボールを落とせば得点になり、ボールが命中した選手は失格となる。
なお、バラウール魔法学園では1クラス(平均20名)全員での参加となる。
杖を用いて、それを介した魔法を使ってボールを投擲、あるいはキャッチする。
ただし、この競技で使える魔法は限られている。
例えば、物をキャッチして動かす『サイキック・ハンド』か、衝撃波を発射する『ショックウェイブ』により、ボールを弾くことだ。
他にも、風の魔術『ウィンド・ブロウ』でボールの軌道を変えることもできる。
「なあ……あれ見ろよ。マジでドワーフか?」
ティルが指差す方向には、我が校の体操服を着たドワーフがいる。
丸っこい体型に髭面の強面は、いかにもドワーフらしい。
ただ、なぜか大きさが2メートル以上はある。
「だーっはっはっはっは! このオリン・グレゴルがいれば1組の勝利は間違いなし! 5組の軟弱者共など、ワシ一人で片付けてくれるわ!」
『こら、1組のグレゴル! 魔法の球技は礼節を重んじる競技だ! これ以上相手チームへの侮辱を続ければ反則とみなすぞ!』
審判に注意された巨大ドワーフの横で、眼鏡をかけた人間の女性が、こちらのコートと審判に頭を下げていた。
問題児を持つと、どこも苦労させられるんだな……。
「人間でも2メートル越えなんてそういないのに……。あれほどのドワーフなんて、他にはいないでしょうね」
試験を魔法ではなく、力技で乗り切ったと言われてもおかしくはない。
まあ、そんなことでここに入学できるわけがない。
見掛け倒しではなく、相応の魔術師であることを考慮に入れて相手しないと。
『それでは、始め!』
試合開始のホイッスルが鳴る。
「いくぞっ!」
サーブを打ったのは、うちのクラスのオルフだ。
杖から発せられる魔術でボールを浮かせ、それを相手のコートへと投擲する。
「甘いっ!」
1組の人間の男子が、衝撃波によりボールをこちらへと送り返す。
「それっ!」
アイラが小柄な体全体を弾ませ、杖とエーテルでつながったボールを打ち返した。
ドッヂボールみたいなのは怖いって言ってた割にやるじゃないか。
「よっと!」
オルフがボールを高く上げるが、そこにはあの巨大ドワーフが待ち構えていた。
「うぉぉぉぉおおらああぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
オリンとやらは地響きのような叫び声をあげ、杖から『ショックウェイブ』を撃ち、もときた方向へとボールを打ち返した。
「ぐおっ!」
オルフの腹に強烈なボールが命中し、そのままコートの外まで吹っ飛ばされてしまった。
「アクーラさん!」
「がはははは! まずは一番ガタイのいいオークが抜けたか!」
『1組チーム、1点!』
コートにボールが落ち、ホイッスルとともに1組に得点が入る。
エリカがオルフを介抱しながら、ベンチへと引きずっていく。
ガタイのいいオルフを吹っ飛ばすとは、腕力のみならず魔法の腕も相当なものらしい。
「皆、グレゴルさんに気をつけて! 他のところに投げ込むのよ!」
続いて、点を入れられた側……すなわちこちら側のサーブとなる。
「よっと!」
「なんの!」
さっきの眼鏡をかけた女性がボールを弾き、それをカズネが打ち返す。
オリンのいない、こちらから見て右側だ。
「ど……どうしよう……あんなの当たったら……」
アイラはあのボールの威力に恐怖し、身動きとれないでいるようだった。
まずいな……。アイラさんの方には打たせないようにしないと。
アイラ以外のクラスメイトも、あの巨大ドワーフの威圧感からか、有利な場所へとボールを打てないでいる。
すかさず相手側もボールを掴み、こちらへと投げ返す。
「させねえ!」
ティルさんがボールを弾くものの、高く跳ね上げてしまった。
「あっ……!」
しかも運悪く、ボールは例のドワーフの方へと飛んでいく。
「くたばれえええぇぇぇぇぇぇぇええええ!!」
待ってましたとばかりに、オリンは『サイキック・ハンド』でボールを掴み、それを投げ返した。
その先には、アイラさんがいる。
「危ねえ!」
ティルさんがそれに気づいて杖を向けるが、『サイキック・ハンド』が間に合いそうにない。
でも、アイラさんのすぐ隣には俺が控えている。
「そうはいきませんよ!」
アイラさんの顔面に当たる直前、俺は小型の竜巻を発生させる『ウィンド・ブロウ』を使い、ボールの動きを掌握する。
それは宙で螺旋を描くように回転しながら勢いを増していき、オリンが投げ返したときの倍の速度で飛んでいった。
「どわああああああああぁぁぁぁっ!」
対抗する技も思いつかないまま、デカブツの顔面にボールが直撃し、そのまま相手方の地面に落下した。
『5組チーム、1点!』
オリンは1組の仲間二人に引きずられ、コートから退場していった。
「ふぅ……怪我はありませんか?」
腰を抜かしていたアイラに手を差し伸べると、ボーッとした顔をしながら立ち上がる。
「……あ、ありがとう、モルグルさん!」
「言ったでしょう? ボールを当てられないように守るって」
少し間を置いて、ティルがこちらへ駆け寄ってくる。
「アイラ! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫だよ、ティル。別に当たったわけじゃないから」
ティルはホッと一息つくと、安堵の笑みを浮かべる。
「ルア……アイラを守ってくれてサンキュな」
「いえいえ、同じクラスの仲間ですから当然ですよ」
「アイラもゴメンな。アタシのミスのせいで危ない目に……」
「気にしないで、ティル。私も体がすくんで動けなかったから……」
アイラとティルが、しっかりと手を取り合う。
「油断している場合ではありませんよ。まだ試合は続いているんですから」
ホイッスルが鳴り、1組の眼鏡の女性がサーブを打つ。
あのデカブツが退場して、ようやく勝ちが見えてきた。
『14-16! 5組の勝利!』
試合終了のホイッスルが鳴り、客席の通路からは拍手喝采が聞こえてくる。
「やったわね、皆! この調子で次々勝利を収めていきましょう!」
歓喜に包まれるうちのクラスに、エリカが賞賛を送る。
アイラは両親と思しき中年の男女と、妹と思しき少女の方へと手を振っていた。
あれがさっき言ってたアイラの家族か?
家族がいるって、いいもんだな……。
「あ、ルア……ちょっといい?」
物思いに浸っていると、こっそり抜けてきたエリカから声をかけられた。
案の定、俺達の復讐計画に関する話だった。
「見張りのルークさんから連絡があったわ。アロウズがこの学園に侵入したって」
「だろうな……。何しろ腹を食い破られて死なないためには、この球技大会を観に来る必要があるもんな」
母さんが殺された時もそうだったけど、あいつらは何をしてもおかしくない。
それこそ、観客でごった返す中で襲いかかってくることもあり得る。
「わかってるとは思うけど……もしあいつに気がついても、決して自分からは仕掛けないでね。計画した通りに、人目につかない場所でアレを……」
「言われなくてもそのつもりだ。エリカと皆が作ってくれたチャンス、絶対にフイにはしない」
そう言いながら、俺はクラスの仲間とともに控え室へと戻る。
観客の中に紛れていた、アロウズに軽く微笑みかけて。