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つわり虫

 仮出所祝いのパーティを終えた夜のこと。



 俺は、壁も床も無機質な広い部屋の中に立っていた。

 天井にはランプがいくつも灯っていて、部屋の中央には何本もの太いコードが伸びる、花の球根のような形をした機械がある。


 ここは、どこだ?

 何だか見覚えがあるような……。


 思い出した。ここはランブ・ニム研究所だ。

 そして、この巨大な機械は魔力炉だ。


 懐かしいなぁ……。ここで毒婦ルナを殺したときから、俺は英雄『双鉈流ダブル・マチェット』として讃えられるようになったんだ。

 祖父さんに言われた通り、この魔力炉の前でルナを襲撃すれば、これを守るのに手一杯で隙ができるってのは間違いなかった。


「……お久しぶりですね」


「あん?」


 後ろからの声に振り向くと、そこにはルナ・ムーンライトがいた。

 あのときと同じ、研究者の白いローブを纏った姿だ。


「なな、なんでお前生きてんだ!? あんとき殺したはずなのに!」


 いや、そもそもこの女は生きてるかどうかも怪しかった。

 なぜかというと、ボロボロのローブの下は大火傷を負い、首には二振りのマチェットが突き刺さったままだったからだ。

 こんなの、墓の中からアンデッドとして蘇ったとしか思えねえ。


「私のことを気にしている場合ですか? ほら。既に貴方のお腹は、もう手遅れになってるじゃないですか」


 ルナは俺の胴体を指差す。

 そこを見下ろしてみると、なんともなかった俺の腹が、突如としてボコボコと歪に膨らみ始めた。


「な、なな、な、何だよ!? 何だよこれ!?」


 妊婦のように膨らんだ腹の中で、いっそう蠢きが激しくなる。

 その中から、巨大なワームが腹の真ん中を突き破って飛び出した。


「ぎゃあああぁぁぁああああぁぁぁぁああああ!!」



 目が覚めると、まだ夜も明けていないような時間帯だった。

 淡い常夜灯とふかふかのベッドは、いとこのカメリア姉さんが用意したホテルであることを物語っていた。


「は……はは……。何だよ、夢かよ……」


 身体中から吹き出した汗がシーツを濡らし、心臓はバクバクと鼓動を上げ続けている。

 全く、嫌な夢を見ちまったぜ。ちょっと水でも飲んで落ち着くか。


 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、ガラスのコップに注いで飲み干す。


「っぷはぁ……。ったく、一体何だったんだ、あれは」


 喉を潤しても、あのリアルな夢の嫌悪感は消えない。


「うっ……ぷ」


 水を飲んでから気づいたが、さっきからずっと吐き気がする。

 仮出所記念パーティで食べすぎたか? それとも飲み過ぎか?


 汗の不快感から、夜風に当たろうかと窓を開ける。


「ぐうぅ…………っ!?」


 涼しい夜風に当たっていると、急に腹の中がキリキリと痛んだ。

 別に催してもいないのに、変な痛みばかりが続く。


「まさか、さっきの夢って……!?」


 いやいや、あんなのはただの夢だろ。あんな虫が、実際に腹の中から飛び出してくるなんざ絶対ありえねえ。

 だいたい、腹からが出てくるなんざ、息子か娘か知らねえがレイプされてできたガキを産んだっていうルナのことじゃ……。


 ふと、耳元を風切り音が掠め、後ろの壁に何かが突き刺さった音がする。


「……………………へ?」


 いつの間にか、俺の左頬には横一文字に傷ができていた。

 振り向くと、後ろの壁には一本の矢が刺さっていた。


「わああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」


 なんだよ!? なんなんだよこれ!?

 ルナ信者か? それともレグナス派がやったのか?

 今時魔法でも銃でもなく弓って、いつの時代のつもりだよ!?


 シーツを巻き上げてベッドの影へと飛び込み、二本目、三本目の矢に備える。

 恐る恐るベッドから覗くが、最初の一本を最後に矢は飛んでこなかった。


「おい、うるせーぞ!! 今何時だと思ってやがる!?」


 隣の部屋から怒鳴り声と、壁を叩く音が響く。

 本当ならアロウズ・ジョーガルド様への侮辱で吊し上げてやりてえが、それどころじゃない。


 ベランダからは、港町の夜景がよく見える。

 目を凝らしてみても、矢を射った奴の姿は見えなかった。


「くそっ……シン魔王軍が。今更ルナを殺したことの報復のつもり……ん?


 矢をよく見てみると、そこには紙……いや、手紙が結ばれていた。


「矢文……か?」


 こんなものをくくりつけているということは、暗殺が目当てってわけじゃないんだろう。

 とりあえず手に取って、書かれている文章を読む。



アロウズ・ジョーガルド様へ


 夜分遅くに申し訳ありません。

 だんだんと夏が近づく初夏の月夜、いかがお過ごしでしょうか?


 さて、今宵貴方にお手紙を送らせていただいたのは、貴方にとても重要なお知らせがあったからです。

 アロウズ様は、先程から慢性的な腹痛、他にも発熱、吐き気に悩まされているのではないでしょうか?


 実はそれらの症状は、『つわり虫』という寄生虫によるものです。


 つわり虫とは、東国の冷帯に住む、鮭などの魚を宿主とする寄生虫の一種です。

 熊などの魚を食する動物を最終宿主とし、その糞と共に卵が排出され、いくつもの小動物に寄生した後、また魚に寄生するというサイクルを送っています。


 ただし、これが人間の体に入ってしまった場合、恐ろしいことが起こります。

 宿主は妊婦のつわりに似た、吐き気、腹痛、発熱といった症状に悩まされ続けます。

 やがて、大きく成長したつわり虫は、宿主の腹を食い破って飛び出しますが、殆どの宿主はそのときの激痛でショック死するといわれています。


 後日『つわり虫の成長を抑制する薬』を配送させていただきますので、それを飲めば症状は軽くなり、タイムリミットは伸びるでしょう。


 ちなみに、つわり虫を下すには、専用の薬品が必要です。

 ただし、この薬品をお渡しするためには、3つの条件があります。


1.明後日の午前に出発予定の、カラヤン家のプライベート飛空艇への搭乗をキャンセルすること。

2.菖蒲の月15日の、バラウール魔法学園で開かれる球技大会を見学すること。

3.この手紙とつわり虫のことを、決して他者に伝えないこと。


 以上の条件に従ってくださったのならば、私は姿を現して薬品をお渡しします。

 ただし、もしどれか一つでも条件を破った場合、つわり虫が一気に急成長して、貴方の腹を食い破って飛び出すでしょう。


 貴方が無事に助かりたいのなら、どのようにすればよいかは自ずとわかるはずです。

 聡明なる『双鉈流ダブル・マチェット』たる貴方が、賢明な判断を下すことをお祈りします。


ルナ・ムーンライトより



 最後に記された名前に、背筋が凍りついた。

 なんなんだこれは? タチの悪いいたずらか?

 それとも本当に、あのルナが墓場から蘇ったってか?


 というより、鮭だと? まさかあのときのサーモンに……!?


「あのアマぁぁぁ、よくも俺に寄生虫付きの魚を食わせ……ぐっ、うげぇ……っ」


 そんなことを考えている間にも、吐き気と腹痛が容赦なく押し寄せてくる。

 冗談じゃない。腹を食い破られて死ぬなんてあってたまるか。


「ちっくしょ……う。背に腹はかえられねえ……」


 それから俺は、朝になってからプラーベート飛空艇をキャンセルする旨の連絡を入れ、バラウール魔法学園で開催される球技大会の情報を調べ続けた。

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